第1話

文字数 1,996文字

「ごめんなさい……」
 と泣きながら謝るのはこの学園のマドンナこと西園清花(にしぞのさやか)だ。
 彼女がいるからこそこの学園が成り立つと言っても過言ではなく、現に彼女をきっかけにこの学園に入学してきた者は大勢いて、生徒、教師、男、女、関係なく彼女に惚れ、憧れ、信仰し、色々した。だからだろう。彼女の言葉に学園中が震撼したのだ。
「あなたとは、もう付き合えないの!」
 教室。
 西園からこれを言われたのは冴えない男子の一貝駛馬(いちかいはやめ)。
 学園中――いや、世界といってもいいだろう。世界が羨む美少女がこんな男と付き合っていたのか。別れることは大賛成だが、そもそも付き合っていたという事実が抹消すべき事実であると。大衆は怒り狂った。
「ごめんなさいね。せっかく、あなたが付き合ってくれと告白してくれたのに」
「付き合ってないぞ」
「ほんと、申し訳ないわ。でも、もう以前のような私達にもどりましょ?」
「いや、あの。ほんと、きみとは付き合ってないんだけど」
「ただの幼なじみにもどりましょ!」
「いや、幼なじみでもねーよ!」
 一貝駛馬。彼は九州からわざわざ関東の地へ入学してきたのだ。
 で、西園とは全くの無関係である。もちろんだが、幼い頃に出会ったことも――というか存在すら知らなかった。
「ひどい。そこまで言うことないでしょ」
「おい、貴様! 西園嬢になんてことを!」
 群衆が電気ケトルのように沸騰していた。コンセント一つで点く程度の奴らのくせに、随分と茹だってやがった。
(一体何事なんだ。僕は彼女とは初対面だぞ)
 瞬間っ、敵の攻撃が爆発した。
 爆破が起きたのははるか上空で、周りは誰も気づいていない。
「流石ね、あの攻撃を防ぐなんて」
 すぐに駛馬は理解した。
(こいつ、能力者か)
 まー、あれだ。少年漫画でよくある超能力とか、あれである。で、駛馬は正義の能力者だった。たまに悪い能力者を見つけては、成敗していたのだが。
 西園は正体を現したのか何らかの攻撃を繰り広げる。それらは全て駛馬に阻止されたものの、移動させた先――はるか上空では爆音が響いた。
(爆破能力か!?)
 ここは危ないと学園から、特撮で使われるような山奥の開けたとこに出る。
「きみは何なんだ」
 ちなみに駛馬の能力はワープ能力である。西園がした攻撃も、二人をこの地へ運んだのもこの力によるものだ。
「私は――そうか、あなたは覚えてないのね。実は能力者の手により記憶を書き換えられたのよ」
「そ、そうなのか?」
 そう言われたら何も言い貸せない――いや。
「じゃあ、周りを攻撃したのは何だ」
「あれはただ、ちょっとむかついて」
 じゃあ嘘だ。そんな危ない奴、自分だったら絶対に付き合ったりしないと。
「流石はヒーローね。あなたみたいなの初めてよ。私の能力が効きにくい人は」
 途端、駛馬に異変が起こる。あれ、こいつは僕の彼女? と。
「私の能力は、記憶の改変よ。ちなみにあなたがワープさせた攻撃はただの囮。爆弾を手で投げただけよ。あなた、戦いになれすぎて無条件反射で攻撃をワープさせてたのよ」
 確認もせずに、と。だから、彼は見誤った。あの攻撃こそが西園の能力だと思い込んでしまった。
「能力者には能力が効きにくいけれどね。でももう大丈夫。こんなに近づけばね。ほんとは怒った周りの大衆を利用して近づこうとしたけれど」
 これで、あなたは私のものよ。
「驚いたわ。私以外にも能力者がいたこと。まるでアダムとイブね。二人で新しい世界を作りましょう。きっと、これは運命なのよ」
 出だし無茶苦茶なことを言ったのは、彼に近づくためだ。駛馬を自分のものにするため。そのためには能力が必要だが、それには距離を近づけなきゃいけない。
「……あ、あれ?」
 だが駛馬の姿はなかった。
「そもそもさ、僕に近づくなんて不可能なんだよ」
 声がした方に振り向いても姿がない。どうやら、ワープの能力らしい。
「確かに距離が近づけば近づくほど記憶を改変する力は強まるが――完全に洗脳されなきゃ平気さ。いくらでも遠くに離れられる」
「くそっ、どこにいるのよ」
「そして、僕がワープさせるのは空間だけじゃないんだよ」
 気づいたら夜になっていた。
「僕は時間もワープさせることができる。疲れるけどね。幸い、ここは獣も出ない山でさ。お仕置きには丁度いい」
 近くに駅がある。それの始発で帰るがいい、と駛馬は言った。
「そんな――そんな、私相手にもならなかったの! そんな、もっと相手してよ! 私を見てよ!」
「能力なんて使わなくても、きみは努力すれば僕を惚れさせることはできたよ。別に僕はムッツリじゃないんだからさ。でも、きみはしなかった。これは他の能力者にも言えることだが」
 安易に能力に頼りすぎだ。
「やだぁっ、私を見捨てないで!」
「やだね、きみとは別れることに決めた」
 まだ、付き合ってもないけどさ。と、それ以降声はしなかった。
(了)
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