まりつき

文字数 1,070文字

 路地裏で、女の子がまりをついていた。
 てん、てん、てん。
 手がひらひらするたびに、おさげ髪がぽんぽん跳ねる。
 まりは生きもののようによく弾む。
 車も入れない狭い路地だ。土曜日の昼下がり、通る人は誰もいない。
 わたしの家は路地を曲がった先にある。
 お使い帰りのわたしは、思わず立ち止まって女の子を見た。
 一年生か二年生、わたしと同じくらいの年。白いブラウスに紺のスカート。
 近所にこんな子はいない。
 どこかの家に遊びにきているのかな。
 てん、てん、てん。
 きれいなピンク色のゴムまりだ。
 女の子の頬は、上気して赤くなっている。
 まりといっしょに楽しげに身体も上下する。
 てん、てん、てん。
 わたしは、ちょっとうらやましくなった。
 女の子は上目づかいにわたしを見て、にっこり笑った。
「ついてみる?」
 うれしかったけれど、わたしははっと首を振る。
「でも、お家に帰らなくっちゃ。お使いの途中なの」
「大丈夫だよ、ちょっとだけなら」
 そう言いながらも、女の子は見せびらかすようにまりをつき続ける。
 てん、てん、てん。
「ね、おもしろいよ」
「うん」
「かしてあげる」
「いいの?」
 てん。
 女の子は、わたしの方にまりを弾ませた。
 わたしは思わず続けてまりをついた。
 まりはひんやり、いい気持ち。手のひらに、吸いつくようだ。
 てん、てん。
 お使いの牛乳が入ったレジ袋が邪魔になる。
「持ってあげる」
 女の子はわたしからレジ袋を受け取った。
 満面の笑みをうかべてる。
「じゃあね」
「え?」
 女の子はレジ袋を持ったまま、くるりと背を向けて駆け出した。
 追いかけなくっちゃ。
 けれど、まりは弾みつづける。
 角を曲がる時、女の子はおさげではなくなっていた。
 わたしと同じ肩までの髪、緑のパーカーにデニムのキュロット。
 あれは、わたしだ。
 牛乳持って、ただいまって家に帰るんだ。
 じゃあ、わたしは誰だろう。

 まわりの景色が霞んできた。
 あの路地ではなくなった。
 たそがれ色の光の中、わたしのまわりに編み目のように道がある。
 ここは、どこの路地にも通じてる。
 ひとりでに手が動く。
 まりは弾む。
 てん、てん、てん。
 そうだ、わたしも代わってくれる子を探さなくちゃ。

 わたしは、ずっと探してる。
 でも今は、みんなお家の中で遊んでる。
 まりつきしたがる子なんてどこにもいない。
 てん、てん、てん。
 わたしは、まりをついている。
 まりが、わたしに憑いている。
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