600年に一度だけの
文字数 1,941文字
秋が去り、冬の足音が聞こえてくる10月の半ばごろ。
見渡す限りの紺色の制服はもう全部長袖で、
彼女の目にはこの時期の晴れ渡った空のようにも見えた。
中学校独特の古風なチャイムが鳴り響き、一気に生徒の会話で溢れかえるクラス。
「どう、知らないでしょ??」と幼い子供のような目で語るのは高月綾。
ここの生徒で、向日葵のような眩しい笑顔がよく似合う。
明るく誰にでも優しい、典型的なお姉さんタイプだ。
だが性格に反して、この世代でイマドキの流行とかおしゃれとかには
興味を示さないのもまた彼女の魅力の一部である。
そっと微笑んで返すのは篠宮鈴子。
鈴子もここの生徒で、篠宮財閥の令嬢である。
本人はその自覚が無いらしく、いつも安定の敬語が彼女のクールさを
更に引き立てている。
「ね?」と誇らしげに言ってみせるのは佐藤菜穂。
前の2人と同じく、ここの生徒である。
ちょっとわがままなお嬢様タイプだが、それを上手く
コントロールできるのが彼女の長所だ。
さて、ここで彼女たちの話題の中心の「メリオス座流星群」について解説しよう。
「メリオス座流星群」。
600年に一度しか見られないと言われている流星群で、
言い伝えでは「メリオス」という国が滅んで星になったのが「メリオス座」らしい。
鈴子の言うとおり、それはそれはすごく綺麗らしい。
…まあ、この600年間、誰も見ていないのだけれど。
有名な天文学者によると、流星群が発生する日にちは1日前まで分からないそう。
なんともワガママな流星群である。
もちろんこの大きな出来事をメディアはこぞって報道するから、
今は誰もが知っている。
600年に1度、というものだから、生きているうちに見れない人も
当然沢山いるはずだ。
そんな中でこの流星群を見られるわけだから、
綾たちは期待と興奮でここ連日子供のように胸を高鳴らせていた。
鈴子が心配して声をかけると、綾は不安そうだった顔をさらに暗くして、
少し間を開けて口を開いた。
いや、勉学は悪いどころか優秀な方なのだが…
つまりは世間一般に言われる「おバカ」とか「天然」と言う分類の人間なのだ。
本音を言うと綾がちょっとアレで、2人は正論を貫いているだけなのだが。
西の方ではこれが通じてしまうのだから驚きである。
しかし、本当に当日雨が降ったらとんだ災難である。
綾の言うとおり、また600年見られないのだから、
これ以上に悔しいことなどないだろう。
大体の人は「雨で中止になった」「雨が降ったから見れなかった」という
悲しい経験をした事があるだろう。
だが今回は別だ。「また今度見よう」などと言っていられない。
なぜなら今度は600年後だからである。
これを逃したらもう見られないと断言できるのだ。
その顔には「名案でしょ!?」と書いてある。分かり易い。
そんな綾を見て鈴子も菜帆も顔を見合わせて苦笑いする。
いつものこと。子供っぽく可愛らしい発想にはもう慣れきっているのだ。
もうすぐ始業のチャイムが鳴ってしまう。早く座らないと。
綾は2人をそう促して、今回のお喋りタイムはお開きとなった。