文字数 1,212文字

 かすみはいつものように携帯にセットした目覚ましが動き出すよりも先に目覚めた。
 午前五時三十分。外はうっすらと明るい。カウンターのところにメモ書きが置かれていることに気づいた。
 ――今日は弁当をつくる必要はない。登校する用意ができたら事務所へ。慶次
 かすみは歯を磨き、顔を洗う。制服に着替えて身支度を調え、事務所へ上がる。
「おはようございます」
 慶次はすでに起きていた。
「あの、メモが……」
「ああ。ほら。弁当だ」
 慶次はバンダナで包まれたものを手渡してくる。包みごしに温もりを感じた。
「これ、慶次さんが……?」
「お前には確かに仕事を手伝う許可を正式に出したが、だからといってお前が学生でなくなったわけじゃない。まだ十六歳で、今は人生に一度しかない大切な時期だ。だからできるかぎり子どもらしく過ごせ。これからは俺が弁当をつくる。お前ほどうまくはできないが、練習はこれからもしていく」
「もしかして、指の怪我は……?」
「まあな。でも気に病むなよ。俺が不器用だったせいだ」
「お弁当、見てもいいですか?」
 慶次はやや緊張の面持ちで頷く。
 包みをほどくと、プラスチックのピンクの弁当箱が現れる。
 ふたを開けてみると左半分はご飯スペース、右側はおかずだ。肉団子にハンバーグ、ポテトサラダにプチトマト、そして焼き魚。
「メシはのり弁にするか、ふりかけにするか、おにぎりにするか迷ったんだが、とりあえず初日だからふりかけにした。今度、好みを教えてくれ。できるかぎり反映させる。もちろんサンドイッチが良かったらそう言ってくれ。だが、個人的には育ち盛りだからパンよりもメシのほうが腹持ちもいいと思う」
 かすみは弁当をじっと見つめる。
「気に入らないか。もし、あれだったら、金をやるからコンビニ弁当でも」
 慶次が心なし、おどおどしたように言った。
「いえ、あの、満足です。すごくおいしそうです……」
「そ、そうか」
 誰かからこうして食事を作ってもらうのは、もしかしたら初めてかもしれない。
 小さい頃、幼稚園の遠足にすら父はコンビニ弁当を持たせた。心配した保母さんが自分の弁当を分けてくれたのを覚えている。自分で料理が出来るようになってからは常に作る側だった。小学校のクラブ活動でもかすみは万事そつなく料理をこなすから、いつもかすみは誰かに食べさせる側だった。それに対してどうこう思ったこともなかった。そうすることが当たり前だったから。それに、自分の作ったものをおいしいと食べてくれることでも十分、満足してもいた。
「どうした?」
 胸の奥がむずむずした。
「な、なんだか照れくさい、ですね。ありがとうございます」
 慶次はポケットに両手を入れると、そっぽを向いた。
「まだ冷凍食品がほとんどだから家庭の味というにはほど遠い、がな」
 誰かから想ってもらえる。その馴れない感覚に、かすみは頬が火照るのを感じた。
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