第5話 山路《やまじ》3

文字数 3,404文字

(いったいどういう造りになっているのだろう?)

狭い門には片開きのドアがあり、そこから建物までの細い道が縦に真っ直ぐ伸びているように窺える。 一見すると、それは4mほど続いているようでもある。

その先はなんとなく右隣のホテルとつながっているように感じ取れるのだが、道路に面している玄関前からでは暗くて良く見えない。

(どうなっているんだ?)

竜雅は、山路が指定した『あし屋』という定食屋に対して『どうにも不思議な建物』という印象を受ずにはいられなかった。

(隣のホテルのオーナーの家なのか?)

若さ故…と、言うべきか?
興味が湧き出すとどうにもその先を知りたくて抑えが利かなくなるらしい。
気がついたときには自然と身体が動き出しており、竜雅は建物までの通路へと歩きだしていた。すると、直前まで想像することさえできなかった光景が竜雅の目に飛び込んできたのだ。

(なんだこれは?……石畳の道? 石の下は……土になっている。。。)

一瞬、竜雅は狐につままれたような感覚に陥ったがすぐに気を取り戻し、冷静にこの家というものを分析しだした。

(これは……家に通じる通路ということか。……だとしたらこの外壁と屋根は何のために? ……もしかしたら、隣のホテルが関係しているのか?)

竜雅が石畳を踏みしめながら入り口から4m先にある突き当たりまで進んでゆくと、右側に家の入り口を知らしめている【一目で年代物だと分かる木製の両開きの門】が目についた。

(……おどろいたな……。 それにしても、これは……立派な門だ。)

竜雅は感嘆するしかなかった。
遠目から見れば古く汚らしくさえ感じられるかもしれないほどのものだが、この門の左右にそびえ立つ門柱には歴史の重みさえ窺えるような躍動感が溢れている素晴らしい彫り物が刻まれており、それが、この家の家格というものを知らしめているかのようで、無心となっている竜雅は何かに導かれるようにしながらこの彫り物に手を触れはじめた。

(元々は武家屋敷だったものを造り替えたのかな?)

さらなる興味をこの家に抱いた竜雅は、山路が来るまでこの家にあるという定食屋の主人から話しを聞きながら残す時間を費やすことにした。

中に進んで分かったことだが、『芦屋』は右隣にあるホテルの中腹をえぐるような形で民家として存在しており、純和風の造りとなっている古い一軒家があるその場所だけが、およそこの地には似合わない異空間を生み出している。
門をくぐって3mほど先には2階建住宅が凜としながらその存在を主張しており、竜雅が想像していた『ホテルとつながっている』といったような安易なものではなかった。

1階の正面にはブロンズカラーでアルミ製の引き戸が右端側に、それと中央からやや左寄りには古い引き戸があり、戸の前には『定食・あし屋』という立て看板が置かれている。

竜雅が門を抜けてすぐに目が付いたその扉を開けてみると、店内の幅は2mほどで真っ直ぐに伸びたカウンターのみという簡素な作りとなっており、椅子は6席ほどしか見あたらずまだ客もいない。

カウンターの中では何やら煮物を仕込んでいるような匂いを香らせている女性の後ろ姿が目に入るが、どうも竜雅の来店には気がつかないでいるようだ。

「あの、すいません」

竜雅のかけた声でようやく来客を知った女性が後ろを振り向くと、ゆっくり頷くようにして微笑みかけた。

(…予期せぬこととはこうも続くものなのか?)
ここでも、竜雅は隠せない驚きを顔にだしながら自分に疑問を投げかけるしかなかった。

(!?……おどろいた……。 もっと熟年の方かと思ったら……若い、そして綺麗だ。。。 なぜだ??? なぜこんな女性(ひと)がこんなところで?)

人は…想像していたものと大きく異なる意外な結末を知った時、一瞬だが全身にアドレナリンが充満したような錯覚を起こすことがある。
その原因は様々だが、多くは凝り固まった頭でっかちの教育をまともに受けてきたために起こる現象といえるだろう。
そういった常識や定義といったものを覆すほどの強い電流にも似た衝撃を脳内に与えるもの、それを【覚醒刺激】というのかもしれない。
覚醒を知れば己がこれまでに学んできたものの全てが仮定の上に成り立つものだということに気がつくことができるが、そこまでに至る者はごく僅かしかいない。
ただし、それに気がついた者はついには終わりの見えない【真】を求めるようになる。
その【真を求めた】結果として具現化されたものが、現代文化というものなのかもしれない。

この世界にある仮定の代表といえば・道徳・言語・物理といったものだが、これらは異なる人種が共存してゆくうえで【都合が良く便利であり意思の疎通ができる】ものとしてこの世界に生まれたものに他ならない。
それらの本質にあるものは【人間という種族の繁栄】、つまり後世にまで種を残そうとする
【生き物としての本能】でしかない。

こういった本質を知ればその先に目指すものがおぼろげながらに見えてくる。
見えてくれば次にすべき事が分かり、それをクリアすればまた次にすべき事が見えてくる。これを繰り返していくことで新しい異次元の文化や秩序というものが生まれてくることとなり、そのきっかけとなるものが【覚醒刺激】という体感現象なのかもしれない。

まだまだ微弱ではあるがこの竜雅もそう、彼は今、その【本質】のスタートラインに立とうとしていた。


「あとからもう1人来るんですが、入ってもいいですか?」

この家といいこの女性といい、竜雅はこの『あし屋』というものに得もいえぬような興味を抱きはじめていた。

竜雅の問いに女性は微笑みながら、店内の1番奥にある椅子を指すようにして手を伸ばす。

「あっ、では、おじゃまします」

定食屋とはいえ、どこか見知らぬ人の家に上がり込むような感覚に似たものがあるため、竜雅はやや緊張気味にカウンター奥の椅子にゆっくりと腰を下ろした。

(それにしてもこの女性(ひと)の振る舞いから感じる美しさは何だ? 何気ない手の動きひとつにしても品の良さと教養が伝わってくるような……、それでいて未だに一言も話していない。 ……不思議な女性(ひと)だ……)

山路との待ち合わせ時間まで10分ほどではあるが、何も頼まずに居座るわけにもいかないと思った竜雅はカウンターの上にあるメニューを手にした。

(食事は…あれ???…『今日の定食』としか書いていない。 もしかしてこれだけってことなのか? じゃあ、飲み物は……アルコールだけか。 …困ったな…)

山路から教えを請うつもりでいる竜雅としては、彼よりも先に食事やアルコールを口にすることは失礼なことでありとても教えを受ける者がとるべき態度ではないと心得ている。
だが、初めて来たこの店の椅子に座りながら何も頼まないというのも心苦しいものがある。 特に目の前にいるような品の良さが窺える女性(ひと)に対してはより一層神経質になりながらものごとを考えてしまうので、『今回は非常に悩ましい事態に陥っている』と言ったところだろう。

メニューに対して強い眼差しでジッと睨みつけている竜雅の姿を見た美しき店主は、よく冷えている瓶ビールとグラスを若い客のテーブルの前に置き、そのまま瓶の蓋を開けると『トクトク』と音を立てながらグラスに注ぎはじめた。

「あっ!……いや、ビールはまだ……」

注文をされていないビールを注ぎ終わった店主は右手をグラスに向け、竜雅に対して
『どうぞ、召し上がれ』と声が聞こえてくるようなしぐさで優しげに勧めてくる。

(…どういうことだ? まさかこの女性(ひと)、俺の心の中を読んでいたのか? いや、まさかね。 それにしても、完全に虚を突かれたような格好になってしまったな。 ……いや、ような……ではなく、明らかに俺は虚を突かれているんじゃないのか? )

疑念か、これまでの経緯から導き出したものなのか、それとも、シックスセンスというものなのか。。。

【 Brain Juice !!! 】
それは一瞬。 そう、秒数にも表せないほどのほんの一瞬ではあったのだが、脳内に流れた激しい電流のようなものが竜雅に覚醒刺激をあたえた。

グラスに注がれたビールを片手に取りそれを一気に飲み干すと、竜雅は美しき店主に声をかけてみる。

「山路さんはよくここへ来るみたいですね」

おそらく、脳内でザワついた無数の強電流が若き竜雅に語りかけていたのだろう。

『すでにお前の戦いは始まっているぞ』……と。









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