第1話 夜の川口 SIDE A

文字数 1,128文字

 20時過ぎ混み合う京浜東北線は荒川を渡る。
「なんか疲れたなぁ」
 窓ガラスに少し写った自分の顔を見ながら、とめどない思いが浮かんでくる。
 今日も彩子の無駄な一日が終わった。
 神田の支店で9時前から働いて、仕事が終わって退行するのが夜7時。
 ちょっと前までは9時あたりまで普通に働かされていたことからすれば、コロナの影響でだいぶましになったが、その代わりに常にマスクをしないといけなくなった。支店内にいても、外に出てもマスクの中には悪い空気しか回ってこない。普段偉そうにマウントとる部長も何もしようもなく、なんとなくこのまま、ずるずる世の中悪くなって行くしかないなとも思う。
 不景気もありくだらない飲み会もなくなり。予定がないことへの罪悪感も減ってきた。これは悪いことではない。
 ただ、マスクをしていると私の声はお客さんに聞こえにくいのか、何度も同じことを言わされのは気が滅入る。仕事の内容は間違えが許されないのに、達成感も変化もない営業窓口業務。単純な流れ作業で、気持ちだけ削られていく。
 同期のうちに辞めるものはやめていき、やめないものは愚痴だけ吐く、そして、それを越えていくとに何も感じなくなるようだ。なんか楽しいことでも起きないものか。
 ただ今さら転職して新しい人付き合いなんて考えただけで気が重い。だからといって、このままの生活には何の意味も感じられない。何の為にこの電車に乗ってる大勢の人は毎日時間かけて移動して会社に行くのか。
 ひょっとして全く意味ないんじゃないかこの人生。
 そんな気持ちを抱えつつ川口駅を出ると、いつも行く量販スーパーで閉店前値下げされたキンパと発泡酒を買った。
 奥田彩子(28)は、ここから10分程のところにある8階建て中古のワンルームマンションを昨年ローンで購入していた。川口にマンションを買ったことを聞きつけて、支店で普段話さない人から「川口はこれからイイらしいね」「下手な東京よりよっぽど便利だよ」と褒められてるのか馬鹿にされているのかわからない感じで良く話しかけられた。こういうやつは大体東京で3LDKに高いローンを払ってるやつ。旧大宮・浦和に住む人からは「こんど、どっかで合同さいたま会やりましょうよ」とささやくように誘われるが、この会は開催される気配がない。埼玉に限らず、山手線の外を出ると、どこも駅前は同じような店しかない、どこでやろうと一緒だ。

そんなここ川口。駅前だけは昔作った大型店舗が立ち並ぶが、裏は飲み屋だらけで、大勢のジジイが深夜まで楽しそうに騒いでいる。まぁ、そんな飲み屋商店街もちょっと歩くと静かになる、コンビニもない。
 商店街を抜けて自宅まで僅かなところで、彩子はうめき声のようなものを聞いた。
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