第3話

文字数 5,137文字

「あ、あれって・・・」膝ガクブル状態でレイカがつぶやいた。

「赤い目・・・」とヨウコ。

赤い目の女はとくに反応せずその場から動かず二人をじーと見つめるだけだ。

「どうしよう!ヨウコやばいって」

「逃げよう!!」

レイカはヨウコに言われるまでもなくその前に駆け出していた。ヨウコも反射的にその後を追う。

一方彼女たちの動きに応じるかと思いきや、赤い目の女はやはりその場から動く気配がない。

ヨウコとレイカは階段を駆け下り七階のフロアから更に下へと降りようと階段の折り返しをターンした瞬間それを妨げるように廊下沿いの窓をすり抜けてそとから黒い影が飛び込んできた。

屋内に入ってきて床の上で人影になるまで、コンマ一秒間ほど、それはあきらかに人間を超えた動きだ。


レイカはブレーキベタ踏みのごとくピタッと足を止めたせいで、その背中に勢い余ってヨウコがぶつかる。

赤い目の女と二人の距離は二三メートルほどだ。

廃墟内は言うまでもなく闇の中であり、さらに女の顔も深く黒い髪に覆われていてその表情は霧がかかったように見えない。赤い目だけが強烈に刺すような視線で彼女らを射抜くように向けられていて、そこに生きた人間がもつ強い意思と感情が感じられた。

女は二人に向かって一歩二歩近づいていった。無言のまま、言葉としてなにも表明しない女は、若い少女たちに何かを求めるようにその長く細い手を伸ばしてきた。

「きゃあああ!!」とレイカは大きなを悲鳴を上げて後ずさりしたとき床に落ちてる何かに踵を引っ掛けて転びそうになる。

「レイカ!!」ヨウコはレイカに手を差し出し彼女の背中を支えてやり、いっしょに後ろに退避しようとする。

しかし赤い目の女の手は想像以上に早く動いた。まるで手が伸びたような錯覚に陥ったヨウコとレイカは、それぞれの肩をガッチリと掴まれてしまった。

それは女性というよりもはや人間とは思えない怪力で、赤い目の女は僧帽筋が切れてしまう思われるほど指を食い込ませながら、ヨウコとレイカを掴み上げた。二人は靴のつま先だけがなんとか床に付いているような状況で吊るされてしまった。


「痛い!!」

「あんた誰なの!?」

赤い目の女は二人を更に上に持ち上げて、少女二人の足は床から離れて宙に浮いた状態になった。

「誰かぁ出すけてぇ!!!」レイカが叫び

「やめろお!!」ヨウコも叫んだ。

二人の叫び声が七階のフロアに響き渡った。しかし誰も助けに来ない。そして赤い目の女はそのまま二人を窓際まで引きずっていった。

「レイカ怖がっちゃ絶対にダメだよ!!」 ヨウコは女の目と目が合ったが、その視線を離さないまま叫んでいた。

「怖いとかいうレベルじゃないよ!」

「てかこいつ幽霊じゃないよ!」

「え!?幽霊じゃないならいったい何なの・・・」

「わかんないけど生きてる!」

そのときなぜか二人を掴んでいる手が緩み、再び負たちのつま先が床に着いた。気のせいか赤い目の周りに柔和な笑みが浮かんだ気がした。

そして遠くからサイレンの音が聞こえてきた。その音はだんだん大きくなってきて、この廃墟ビルの方へ近づいて来ていることがわかった。

突然肩を掴んでいた手の力が抜けて、ヨウコとレイカは雪崩が打ったように床に転がった。大勢を立てなおし床に手を突き起き上がったヨウコがそっちの方を向き直した時にすでに赤い目の女の姿は消えていた。

「いない!!」

ヨウコは思わずそう叫んで、レイカもその声に反応して起き上がって、二人から間近の窓に近づいていった。ビルの下の方を確かめようと、ざっと辺りを見回したが、女の姿はどこにもなかった。しかし救急車両のサイレンの音が更に大きくなってきていて間もなくここへ来そうだとわかった。

「あれって幽霊じゃないの?」とレイカ。

「うん・・・でも私もよくわかんない。人じゃないけど、実体と言うかあいつちゃんとした肉体があったでしょ?」

「うん、でも消えたちゃったよ?」レイカはつぶやくようにいった。

二人はお互いの顔を見合わせたまましばらく呆然とするだけだった。

するとそこで今度は、階下、おそらく二三階くらいからだと思われる、何者かが叩いているような建物全体が振動する物音が聞こえてきた。

「あいつまだ居るみたい・・・また来るつもりかな?それとも私たちをただ弄んでるつもり?」レイカの恐れは限界に近いらしく呼吸が浅く弱い声だったが、まくし立てるような早口になっていた。

「マジであいつ何がやりたいんだろうね。そしてなんで私たちなのかな?・・・てか幽霊でもないし人間でもないってさ・・・・この廃墟でなにか説明の付かないことが起きてるかも・・・?」

ヨウコはそういった後にレイカの顔を見て、彼女の精神状態がいよいよ危うそうだと気づくと、自分だけでもしっかりしなければと、なんとか気を取り直し再び動き出した。

それに促されたかのようにレイカもその背中に続いた。

二人は横並びになって、それぞれスマホライトを再びかざし直して足元を照らしながら、七階からさらに一階下の六階のへ向かってゆっくり警戒しながら階段を降りていった。


「もしかしてどっかにいったんじゃない?」とレイカ。

「いや、また窓から来るつもりかも・・・」ヨウコは用心深くつぶやいた。

そんなふうにささやき合いながら、自分の気配を最小限に消しつつ足を運んでいた六階の踊り場を通り過ぎていた途中で、そこに立てつけられたバリケードの大きなベニヤが突然前触れもなく勢い良くはじけ飛んだ。それはもの凄い風圧を起こして少女たちの肩口をかすめていって反対側の壁にたたきつけられた。大きな衝撃音を発したべニア板は真っ二つになってそのままは階段の下方へと落ちていってしまった。

ヨウコとレイカは驚きすぎて言葉も出ずにその場にしゃがみこんだ。

すると吹き飛ばされたあとに開いた向こう側、つまり六階のフロアスペースにあの赤い目の女が立っていた。女ははやり無言で二人に近づいてくる。

「いったい何がしたいんだよ!?」

「ヨウコ・・・・私が行こうなんて言って・・・マジでゴメンね」レイカは半泣きで言う。

「いまさら何言ってんの!泣いてる場合じゃないって!!とにかく逃げるの!!!」

「無理だよもう!どうせまた先回りされるよ・・・」

ヨウコが振り返ると、赤い目の女がちょうど五階のフロアに降りてきたところで、廊下へ出て直角にとこちらラへ向き直ると、歩くというよりも床から少し浮いているかのよう歩いてきた。

ヨウコは迫り来るその姿をまじまじと見ているうちに、赤い目のからは赤い光を発していると言うよりも、何かが中で燃えているような気がした。女が人間なのか幽霊なのか、接近される刹那の間にそれを見定めようとしてみたが、それがわかったところで意味がないと悟った。とにかく逃げるしかない。

「走って!!レイカ!!!」

ヨウコはレイカに激を飛ばしてもう一度階下走るように促した。


赤い目の女は、彼女が背負った憎悪を燃やしながら二人を追ってゆく。


少女たち二人はさらに一階下の五階へそして更に四階へと降りようとしたが、はやり動き出したレイカの身体はぎこちなく恐怖で硬直したのか足をくじいて転んでしまい、そこからの一歩踏み出せなくなってしまった。ショックと恐怖が彼女の正気を奪って許容限界を超えたのだ。

と、そのとき階段下の三階から声が聞こえてきた。それは成人男性の野太い声だった。

「誰かいるか!?」

「あ?います!!ここにいます!!!」ヨウコが叫んだ。

「すごい音がしたが、大丈夫か?私は警察官だ!」

「はい!・・・いや!・・・た、大変なことが起きちゃって!!」レイカが慌てて返事をして説明しようとしたがうまく言葉に出来なかった。

「一体どうなっているんだ?悲鳴が聞こえたが君たちかい?そもそもここは立ち入り禁止のはずだぞ。しかも階段途中の封鎖しているベニヤがめちゃくちゃになってしまってるし、あれは君らがやったのか!?

ヨウコとレイカはそれに返事をする前に、恐る恐る首を出して階段下方を覗いた。そこにはやはり制服を警官がいて、ゆっくりと慎重に登ってくる姿があった。警察官は半身になって警棒をてにしながら、彼女らの元へと近づいてきた。

「警察がどうして・・・?」ヨウコは警官に尋ねた。

「このビルで何者かが身を投げたという通報があったんだ。君たちが目撃者のひとりか?」

「いや違います!私たちはただ入ってちょ、ちょっと中を見てみようかってお、思っただけで・・・・あれが・・・」

「いずれにせよ勝手に入れば不法侵入だし、若い女の子ふたりでこんな廃墟へ来ちゃ危険だ。こういう場所はトラブルの元だよ!好奇心だったとしてもダメだ!」

警察官は警棒を収めて、二人をそんな感じに叱りつけながら彼女たちの表情をうかがってここで起きてる状況を正しく把握をしようとした。

「それにしてもさっきの音は一体何だったんだい?大きな物音がしたみたいだが・・・」

「それは・・・」とレイカが返事しようとして見た警官の背後に赤い目が入り込んだ。


「お巡りさん!後ろ!!」ヨウコが叫んだ。

「ん?」
警察官はその声に反射的に振り返る。

「あん?なに!?」

警察官はとっさにホルスターから銃を取り出した。しかし構えようとした瞬間もうその場所に赤い光はなかった。

「何なんだ・・・!?」

その次の瞬間、こんどは警官が向いていた方向から左側の視野の死角ぎりぎりの辺りに何者かの姿もしくは気配を感じた。その姿は闇のような人影でだったが、警官がそっちに素早く向くと、それは女で濃い黒く長い髪はぼさぼさに乱れ飛び目だけが赤く光ってこちらを向いているのがわかった。

「誰だ!?」

警官はゾワッと背筋に嫌なものを感じて筋肉を緊張させて無意識的に格闘の大勢をつくったが、赤く目を光らせている怪しい女は、彼から二三メートルほどの距離の場所に立ったまますぐに動く気配をみせなかった。だがやはり女の赤く血走ったような光る目だけがしっかりと警官を捉えていた。
にらみ合いが十数秒間ほどあっただろうか?女は警官の問になにも答えないまま、ゆっくりと警察官に近づいていった。

「!動くな!撃つぞ!!」

あからさまにあやしすぎる女に対し、警官はとっさに拳銃を抜いた。警官はその後もう一度女に警告したが女は止まらなかった。

警官はそこで威嚇のつもりの二発を発砲した。拳銃の大きく乾いた炸裂音が響いた。

「次は本当に撃つぞ!!」

そのセリフが終わる間もなく、赤い目の女は動きをシフトさせ肉眼で捉えられないような俊敏で奇妙な動き肩をして警察官に襲いかかった。

「うおおおぁぁ!!」

警察官は雄叫びをあげながら、今度はしっかり狙いを定めながら拳銃を発砲した。しかし的を得て当たるはずのその弾丸は命中せずに空をいぬいただけで、その先の一直線上のにある遠くの壁にめり込んで弾痕の穴を開けるに終わった。

「なぜだ!?」警官は唸るように言った。

赤い目の女の尋常なならざる能力によって、左手だけで警察官の首を掴み喉深くにまで爪を食い込ませて持ち上げると、そのまま外へ向かって窓から引っぱり出した。もはや出すというよりも強引にパンチを繰り出しサッシごとぶちぬくような感じだった。それに全く躊躇する様子はなく、警官を握った女の手はビル外壁外部に突き出た状態であり、警官を四階の外に宙吊りにされている様態だった。彼のかぶっていた帽子とともに割れたガラス片とコンクリート片を散らしながら地上に落ちてゆく。

「やめろ!・・・・止めるんだ・・・・」

警察官の弱い叫び声がビルの外に響き渡った。しかし助けは来ず警察官はそのまま地上へ落ちていった。

「ひっ・・・・」レイカは目を閉じ身を縮めながら弱く悲鳴を上げた。

「助けて・・・・」
警察官はそう短い言葉をのこしながら落下していき地面に激突して動かなくなった。

「きゃああああ!!」レイカはその音を聞いて芯から恐怖に震えて叫んだ。

一方ヨウコは自分の手足が冷たくなっていることを感じながらも、毅然と気を保とうとして赤い目の女をみると、その横顔に表情を読み取ることは難しかったが、わずかに口角があがり笑みを浮かべているように思えた。

しばらくして赤い目の女はヨウコとレイカ二人の方へと向き直った。

(《あなたがワタシと生きてくれるの?》)

この世のものとは思えないような言葉を聞いた。本当にそれが言葉なのか自信がないが、二人には女がそう言ったように聞こえた。

「何言ってんの?・・・いやだ!いやだよ!いやだって!!」レイカがぶるぶる震えて錯乱しながら声を発した。

「な、なんで・・・・殺したの?」ヨウコはひとりごとのように呟いていた。

だが赤い目の女はそれには答えず再び黙って二人を赤い目で見据えているのだった。

つづく
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登場人物紹介

芹沢ヨウコ。都立雛城高校二年生。実質なにも活動していない茶道部所属。勉強は得意だが興味のある事しかやる気が起きないニッチな性格。根はやさしいがさばさばしているため性格がきついとクラスメートに思われがち。両親の影響のせいで懐疑派だがオカルトに詳しい。

水原レイカ。都立雛城高校二年生。芹沢ヨウコとは同級生で友人同士。弓道部所属して結構マジメにやっている。両親に大事そだてられていて正確は優しくおっとりしているが、素直すぎてなんでも信じてしまう。ホラーは好きでも実は苦手だけど痛い目にあっても大して気にしないし見た目より図太い。

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