カメラを止めろよ

文字数 1,990文字

友人に動画配信者がいる。いや「いた」。

彼とは小学校からの付き合いで仲間内では「ケンケン」と呼ばれている。
ケンケンは13歳の誕生日に動画配信サービスのアカウントを作った。それからゲームの実況をしたり、漫画の考察をしたり、あれこれと動画を何本か投稿してきた。でも再生回数はイマイチ、いや全然伸びなかった。
あまりに伸びないのでケンケンは辛くなった。それで俺に相談した。「何かアイデアはないか? 絶対バズるやつ」と。俺に相談しても仕方がないと思うのだけれど、他ならぬケンケンの頼みなので必死に考えた。で、一つ思いついた。

「昔ヒットしたドキュメンタリーもどきの映画があってさ。魔女伝説の取材映画を撮りに行ったグループが怖い目に遭って、行方不明になるって話なんだけれど。心霊スポット訪問をライブ配信しているみたいな雰囲気でさ」
「それだ」

と、いうわけで「ドキュメンタリーもどき」の企画がスタートした。ケンケンが「おれのじいちゃんちが空いている」と言った。何でもおじいちゃんが(高齢者)ホームに入った後、そのままになっているらしい。自転車で20分くらい走れば着いて、いい感じにボロいとか。そこを使って「親戚が住んでた空き家で怖いものを見つけた」みたいなのをやろうと。
小道具なども準備をして撮影を始めた。俺も手伝いに行った。動画のあらすじはこんな感じになる。ちなみにこの話は俺が考えた。

“おれの親戚には突然音信不通になった人がいる。先日その人から『自分はもう戻らない。家の片付けを頼む』という手紙と共に鍵が送られてきたので家に入ってみた。
そこでおれ、配信者KENT(ケンケンのことだ)が見たものとは……!?”

俺はかなりちゃんとした台本を書いたつもりだった。けれど、大事なことを忘れていた。
ケンケンはとんでもない大根だった。小学校の学芸会の劇で、表情も動きもなしで台詞を棒読みしていたことを、撮影が始まってから思い出した。
今回も台詞は嚙むし、緊張感が必要なところで変なふうに笑う。何度も「もうカメラを止めたら?」と言いたくなった。ケンケンの手の中にあるスマホのカメラからの視点で撮影していて、本人の顔が写らないのがせめてもの救いかもしれない……。後で編集をしてごまかせる。

さて、まったく順調ではないものの撮影は進み、最後の最後、親戚が残していった(という設定の)PCをケンケンが起動するところまで来た。
グダグダだった撮影もようやくこれで終わりというわけ。
このシーンではPCのWEBブラウザに残っている履歴から、これもまた俺が用意した“ユートピア郷団の(ダミー)ブログ"に辿り着く流れになる。そのブログには次のような文章と、“ユートピア郷団”での生活をイメージした写真(AIに描かせた)が載っている。

――ユートピアの思想に生きましょう。行き過ぎた文明を離れ、自然のもとで秩序と調和の道を共に歩みましょう――

うん。意味不明だ。ユートピアについてネットで調べて、適当に言葉を繋げただけだからね。でも不穏な感じはするだろ? で、それを見たケンケンがこう呟くところで撮影は終了する。

「ユートピア郷団……おれの親戚はひょっとして今そこにいるんだろうか……?」

……ご想像のとおり、この動画の再生回数も全然伸びなかった。
俺としては恥ずかしい動画だったので、観られていない事実に少しほっとしながら「俺の台本が悪かったせいだよ。ごめんな」とケンケンを慰めた。
だが、この動画を投稿してから1週間ほど経った頃、こんなコメントが付いた。

“ユートピア郷団を良く知る者です。KENTさんのご想像通り、ご親戚は郷団の同志になったのだと思います。この件について詳しくお話したいのですが、KENTさんの連絡先を教えていただけますか……?”

最初にこのコメントを見た時、ケンケンと俺は「やべー」とゲラゲラ笑い合った。しかしこれにどう返事をするか考えているうちに、別アカウントからも似たようなコメントが矢継ぎ早に付いた。

“ご連絡をいただければ、ご親戚と再会できるようお手伝いします”
“ブログの画像はわれわれの第2農場だと思います。ご案内します”
“KENTさんがご親戚の決断を受け入れられるよう、ユートピア郷団のことを知ってほしいのです”

それでケンケンはビビった。もちろん俺も。フィクションとして作った動画が奇妙な奴らを呼び寄せている。からかわれているのだと思うが、怖い。最初のコメントが付いた時から再生回数がガンガン増えているのも気味が悪い。

ケンケンは覚悟を決めた。

「おれ、顔出しをしていなくて本当に良かった……」

そう呟きながら、ケンケンは動画配信サービスからアカウントを削除し、配信者KENTを封印した。
俺たちは理解したのだ。カメラを止めるタイミングは大事で、そこに鈍感じゃダメだってことを。

それでケンケンも俺も、今普通に過ごせているのだ。
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