第4話 ゆきだるま

文字数 1,778文字

 午後五時。

 ホームの雪は彼女がいる場所近辺を除き、片付いた。

 元々、彼女がいる場所は列車の乗車口が無いので、雪かきをする必要はなかった。それでもいつもは余裕があれば雪かきをするのだが、今回は彼女が雪遊びを出来る程度に残しておいた。

 僕は再び彼女にお茶を持っていってあげた。

 彼女は全く飽きることなく雪遊びを続けていた様で、雪だるまが四つほど作られていた。大きさはまちまちで、一番大きいので彼女の背丈ほどあった。

 今、彼女は木の枝を使って雪だるまの手足を作っている所だった。僕の姿に気付くと、木の枝を置いて、とことこと、こちらに歩いてきた。

 湯のみを渡すと、お辞儀をして受け取り、ベンチに座って飲もうとした。なぜかこんどは一息に飲もうとし、熱いのに驚いてしまい、お茶をコートに少しこぼしてしまった。

 少し涙目になり、舌を出している。少し火傷してしまったようだ。どうやら、手袋をしていたせいでお茶の熱さを感じる事が出来なかったらしい。

「だ、大丈夫?」僕はハンカチを出して、お茶がかかってしまった部分を拭いた。ちょっとかかった程度なので自然にかわかせばいいだろう。

 彼女は涙を手袋の甲で拭き取りながら、こくんとうなずいた。そして今度はふうふうと息をかけて飲み始めた。

 僕は雪だるまを再び眺めてみた。

 一番大きい雪だるまの横に、それより一回り小さいサイズの雪だるまがあり、その前に二つの雪だるまがあった。
前の二つの雪だるまも片方が少し小さい。前の二つは大体彼女の身長の半分ぐらいだった。

 正面から見ると、前の二つは後ろの二つの間に立っているように見えた。

 それはなかなか良く出来ていた。普通、これ位の大きさになると、胴体にしても頭部にしても丸くならず、いびつな形になってしまうのだが、この雪だるまたちは結構きれいな球体になっていた。思えば、彼女は転がさずに雪をせっせとくっつけて作っていた様子だった。
 
 気付くと彼女が横に立っていた。僕に空になった湯飲みを渡す。

「雪だるま作るの上手だね」と僕は彼女に告げる。

 彼女はそうかな、と言う風に首をかしげた。

「凄いよ。初めてでこんなに作れるなんて」

 すると彼女は俯いてしまった。何か気に障ることを言ってしまったかと少し焦ったが、落ち込んでいるのではなく、ほめられた恥ずかしさで俯いているようだった。

 少しして彼女は顔をあげる。まだ少し顔が赤い。そして彼女は一番小さい雪だるまを指差し、そして自分の事を指差した。

「これがりんちゃん?」と僕はたずねる。

 こくん。頷く。

「じゃあ、他の三人はりんちゃんの家族?」と聞いてみる。

 首を縦に振る。その通りらしい。

 僕は彼女の家族構成を当ててみる事にした。

 前にある大きい方の雪だるまを指差し、「これがりんちゃんのお兄さん?」と聞く。

 彼女は少し頬を膨らませ首を横にふる。間違えたようだ。

 「じゃあ、お姉ちゃん?」

 うん、と首を縦にふる。

  後ろの小さい方の雪だるまを指差し「お母さん?」と聞く。

  うんうん、と首を二回縦に振った。

  最後の一番大きい雪だるまを指し、「ならこれはお父さんだね」と言った。

 彼女は う、と彼女は首を半分縦に振った所で止める。そして、首を思い切り横に振った。一度ではなく、繰り返し、なんども、なんども。
 
 それはなんだか、僕に向けてではなくて、自分に対して言い聞かせているように思えた。


 彼女は一番大きい雪だるまの横に行って、思い切り体当たりをした。

 雪だるまの首が落ちて、横に転がった。

 彼女はなおも体当たりをする。なんども、なんども。

 僕はそれを呆然と見つめていた。なぜそんなことをするのか、わからなかった。

 十回ほど体当たりされたせいで一番大きい雪だるまはほとんど原型をとどめていなかった。

 そこで彼女は体当たりを止めて、その場にしゃがみ込んだ。雪だらけになりながら、泣いていた。

 僕はそっと彼女に近付く。

「大丈夫?」と声をかけてみる。その声で彼女は僕の方を向いた。そして僕の顔を再び見つめてきた。

 その瞳は涙と悲しみに溢れていた。頬を伝って涙がぽろり、ぽろり、落ちていく。僕はその瞳から目線を反らせなかった。そして無意識に、りんにゆっくりと両手を伸ばしていた。

 彼女は僕に抱きついて、声を上げて泣き始めた。おとうさん、おとうさん、と連呼しながら。
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