第2話 ベーシック桃太郎からの飛翔

文字数 1,069文字

 桃太郎(原作)には、“転”がない。
 物語の基本は

だ。舞台設定から始まり、状況が展開し、ピンチが訪れるが、最後にうまくまとまる。オリジナルの『桃太郎』にはピンチという展開がないが、面白い小説にするには、“転”は欠かせないはずなんだけど…と思ったら、最後の課題があった。

【独自の発想を加えて仕上げてください】

 いよいよオリジナルから離れる時が来た。桃太郎のストーリーに「転」を加えるのだ。何がいいだろう。
 実は鬼は良い奴だった? それは、ありきたりすぎる。雉・猿・犬は鬼側のスパイだった? それもいいな。鬼の情報力、ネットワークで桃太郎をピンチに追い込める。
 鬼は桃太郎の親だった。うん、それもいい。桃太郎にだいぶ重い十字架をかけることができる。

 こうしてみると、例題がなぜ「桃太郎」だったのかよく分かる。日本人なら誰もが知っている話でありながら、あらゆる方向に可能性を秘めているのだ。

 悩んだ末、ようやく土台となるストーリーができた。ただ、それでもまだ「どこかで聞いた話」の感じもある。「独自の」というからには、設定の根底から見直した方がいいのだろうか。

 いっそ、舞台を現代に置き換えてもいいだろうか。サラリーマン桃太郎とヤクザ……いや、変な現代感は「桃から生まれた」を浮かせてしまう。吉備団子で人生や社会的地位を危険にさらす仲間などいやしない。それぐらいなら、流行りの異世界ファンタジー系だ。半獣の少女たちと旅するほうがしっくりくる。

 書き手としては、さらな課題として、三人称か一人称かという選択もある。一人称でも、桃太郎目線ではなく、犬目線で語らせてみるというのもいいかもしれない…

 このように、あらすじが決まっている『桃太郎』を書くことにさえ、無数の選択がある。その一つ一つが次の行動に影響し、ともすれば世界のありようを変えるのだ。作家は、棋士が盤面を見つめ、雀士が捨牌を掴むように、祈りに似た信念でベストを紡いでいく。

 その結果として今、僕の目の前に三本の「桃太郎」がある。

 気がつけばこの例題にとりかかって三ヶ月も経っていた。この愛着溢れる中から「売れる(であろう)もの」を選ばなければならない。
 なお、「どれを選ぶか」が最後の選択ではない。最後の選択は、その作品に相応しく、かつキャッチーな題名をつけることだ。

 さぁ、出版社に持ち込もう。ぜひ読んでいただきたい・原稿用紙五百枚、我が渾身の大作、初の日本童話発ハリウッド映画の原作となる、宇宙ハードボイルドサスペンス。

『スペース・レジェンド・オブ・ザ・ピーチ 鬼の惑星』

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