あるいは創話の採点

文字数 1,997文字

「例会を始めます。今回のお題『甘じょっぱい話』、何かありますか。……皆さん出足が鈍いようで。普段いの一番に挙手する前垣(まえがき)さん、いかが」
「うーん。あま~い話ならいくらでも転がっているし、(から)い話なら(つら)いに読み替えられるってもんだが、甘塩っぱいはなあ。駄洒落で逃げようと、思い付いたはいいがすぐに悪い意味で煮詰まっちまった」
「その駄洒落とは?」
「あんまり言いたくねえな」
「そう仰らずに。毎度先陣を切り、ハードルを上げて他の方々を発表しづらくしているのだから、その罪滅ぼしと思って」
「しゃあない。ま、取っかかりになればってことで、ほぼ没ネタを披露しよう。二人の海女さんの話だ。潜る方の。モグリの尼僧って意味じゃないぞ」
「分かってますって」
「――ある地方で海女二人が一人の男を巡り争い、海女らしく採ってきた鮑の数でけりを付けようとなる。制限時間は十分。両者同時に飛び込み、荒れた海に苦戦しながらも採っていく。残り一分でともに十個。次で勝負が決する。二人は一つの鮑を同時に掴んだ。途端に掴み合いになる。制限時間は過ぎたのに上がってこない。ただごとではないぞと海女仲間が潜ってみると、二人は一個の鮑を握りしめたまま、海底に沈んでいたという。海女じょっぱりの話、これにて一巻の終わり」
「ん?」
「だから、海女じょっぱり、だよ。青森や岩手の方言で、意地っ張りをじょっぱりと言うだろ。意地っ張りの海女が二人、その性格のせいで死んじまったって話。もう、説明させるな」
「なるほど。悪くはないが、やはり、逃げ、ですよねえ」
「うるせえ。無理矢理話させといて」
「はは、すみません。他にいませんか。今ので勇気づけられという方もいるのでは」
 数名が発表するもいずれも大絶賛には至らず。たとえば密室殺人を画策した男の話。犯行後、扉を閉めたまま掛け金式閂を掛けるべく、受け金に砂糖を盛り、蟻を数匹解き放って現場を去った。時間の経過とともに蟻が砂糖を運び、閂が掛かるはずが何故か失敗。犯人は首を傾げつつ残った砂糖をなめてみると、なんと塩と間違えていた、というオチ。
 またたとえば、関取に恋した女の話。甘い物好きで体形を気にしていた女だが、思い切って告白するとOKの返事。関取も大柄な女性が好みだった。以来、本場所巡業を問わずついて回った女。無論、席は砂被り。もっと太ろうと大福やらカステラやらを食べながら、応援に力を込めた。ところがあるとき女は病に倒れ、緊急搬送。診察の結果は糖尿病……と思いきや、高血圧。力士らの撒く塩を知らぬ間に摂取していたようだ、ちゃんちゃん。
 あるいは、大阪のおばちゃんの話。大阪のおばちゃんは見知らぬ相手によくあめちゃん(あめ玉)をあげるイメージがある。主人公も冬、来阪時にあめをもらった。しかし会う人会う人何故か塩味のあめをくれる。真夏なら塩分補給ということで分かるのだが、何故今? 三番目のおばちゃんに思いきって聞くと、町内婦人会が豪州旅行から帰国して間もないから、らしい。
「どうもぱっとしません。我こそはという方、いませんか」
「今までのと大差ないですが」
「おっ、五味(ごみ)君。時間的にラストになると思うのでうまく締めてよ」
「ほんとつまらない、しかも短いネタですが……総合格闘技の興行を観に行ったんです。全十二試合。ファンとしては技術の攻防が見られれば判定になってもいいとも言えるんですが、やはりKOや一本で決まるとすかっとする。で、第一試合が判定、それもだらだらした試合だと、以降に響く気がするんです。ほとんどが判定決着になる、みたいな」
「では第一試合がスカッと終わるのをまずは期待する?」
「その通りですが、第一試合は判定ドローでした。嫌な予感がしたものの、二試合目は秒殺KO。おっ、これは期待できると思ったら、三試合目は再び煮え切らない戦いで判定にもつれ込む。今日は外れかと落胆しかけたら、四試合目は華麗な関節技であっさり一本。持ち直したと思いきや、次の試合でまたまた退屈な判定引き分け」
「もしや最後まで交互に?」
「ええ。消極的な判定と積極的な決着が交互に。メインがKO決着でよかったようなものの、何とも妙な心地がしたもんです。で、帰り道、一緒に観戦した友達がぽろっと、『今日の興行は甘塩っぱかったな』と言ったんです」
「どういう意味なのやら?」
「ぴんと来てもらえないのは辛いな。格闘技の試合で一本やKO決着が多い興行を糖分高め、激甘興行なんて言ったりします。一方、判定が多いのを塩分が濃い興行なんて表現します。寝技に持ち込んで相手に何もさせないが自らも決めに行かないのを塩漬けにすると喩えるので、そこから来ているんだと思います」
「つまり、甘い試合としょっぱい試合が交互に来たから甘塩っぱい興行だと」
「はい。つまらなかったですね、すみません」
「いや。今日は採点を甘めに、基、甘塩っぱめにしときましょう」

 おしまい
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み