ザ・バイヤー

文字数 1,997文字

その日、俺はタイのカンボジア国境沿いに在る小さな田舎町の市場に居た。
「おい、いったいどういうことだ?」
ここは俺が数年来、通い続けている馴染みの古着店だ。
「リーバイスが10本とビルケンシュトックが5足・・これで全部だと?」
「ああ、すまないなナカタ。最近は救援物資にも碌な物がなくてな」
店の親父が顔をしわくちゃにして言い訳をする。だがこれはおかしい。
俺は時間と手間をかけてタイ全域のデパートから中小小売店、このような田舎の市場に至るまでコネクションを作り上げ、目ぼしい商品は店頭に出回る前に押さえていた。しかしこの1か月ほどはどこに行っても商品が枯渇している。異常事態である。
「ナカタ!来てたなら声を掛けてよ」
振り返ると痩せた20歳前後の娘が立っていた。
「ああ、マイ。すまなかった。用事が済んだら声掛けるつもりだったんだ」
これは嘘だ。確かにマイとは2度ほど寝たことがあるが、今回も誘おうとは思っていなかった。しかし考えてみれば市場で働く彼女から何か情報を聞き出すことが出来るかもしれない。
「マイ、もう仕事は終わるのか?飯でも食いに行こう」

若いマイは体力があるので果てしないところがあるが、俺は朝までに何度もマイを満足させた。そしてその合間には知りたい情報を聞き出すことも出来た。
俺のシマを荒らしているのはどうやらかなり魅力的なに日本の女らしく、古着屋の親父は鼻の下を伸ばして俺に回す予定の商品をその女に流したのだ。俺の息が掛かっているタイ全域の市場で同様のことをしているのであれば、かなりの腕利きである。
週明けには新製品のブランドスニーカーがバンコクの**デパートに入荷する。希少でプレミア価格の付くカラーはバックストックで押さえることになっているが、この女は危険だ。早急に手を回さなければならない。

日曜日に仕入れの拠点にしているバンコクに戻ると、俺は**デパートに向かった。売り場責任者の男に明日入荷予定の俺がピックアップする商品の確保を依頼する。もちろん1000バーツ紙幣を握らせることも忘れてはいない。
その夜、俺はルンピニー公園の近くにあるジャズのライブハウスに向かった。
この店はバンコクに戻ると必ず立ち寄る店だ。ステージでは今夜もスリリングなインプロビゼーションが繰り広げられていた。
最初のステージが終わった休憩時間に、バーカウンターの席に座りビールで喉を潤している俺のとなりに20代半ばと見られる女が座った。
「あなた、中田さんでしょう?」日本語だ。
「君は誰?」
「私はそう、麗子とでも呼んでちょうだい。あなたの噂は聞いてるわ」
なるほど・・・この女がそうか。
「俺も君の噂は聞いてる。名前を聞くのは初めてだがね」
麗子は細身だが身長は170cmはあるだろう。体にピッタリとしたTシャツと薄手のイージーパンツというラフな服装だが、この店に居る着飾ったどの女よりも美しさが際立っていた。
「こんなところで俺に声を掛けて、いったい何の用だ?」
「お願いがあるの。**デパートに明日入荷するスニーカーだけど、私に譲ってちょうだい」
驚くほど図々しいお願いだ。
「嫌だと言ったら?」
「うふふ・・嫌でもなんでも私は持っていくけどね。別にあなたに断る必要はなかったんだけど、あなたの噂を聞いて一度会ってみたかったのよ。ねえ・・・」
麗子は俺の肩に手を回した。豊かな胸の感触がゾクゾクするほど心地よい。麗子はかなりの手練れらしい。
「中田さん、すごいんでしょう?あちこちで聞いたわ。一度お手合わせ願えないかしら」

俺は麗子の誘いに応じた。麗子が泊っているホテルの大きなベッドの上で、俺たちは激しいバトルを繰り広げた。麗子はやはり一流の手練れだった。外が明るくなって麗子がシャワーを浴びに立った時、さすがの俺も疲労からか眠りに落ちてしまったのだ。
「中田さん、楽しかったわありがとう。私はもう行くね」
目を覚ました俺の手には手錠が掛けられ、ベッド脇の家具に繋がれていた。
薄いワンピースに着替え、メイクまで済ませた麗子が立っていた。
「そうそう**デパートの売り場責任者さん、彼とも飲みに行ったわ。でも寝てはいないわよ。私は誰とでも寝るわけじゃないから誤解しないでね。最後にそう、中田さん、噂通りすごかったわ。じゃあね」

その日の夜、なんとか定宿に戻った俺の携帯電話が鳴った。**デパートの売り場責任者からだ。
「ナカタ、あの女、空港で捕まったよ。荷物からヘロインが出たから20年は出られないね」
「よくやってくれた。今夜しっかり埋め合わせするから」
「うふ、楽しみだ」

麗子の誤算は売り場責任者がゲイだということを知らなかったことだ。
俺は女だからといって差別はしない。敵対する者は全力で叩き潰す。
それがプロのバイヤーというものだ。覚えておくがいい。
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