雨は外に降るとは限らない

文字数 1,501文字

 経年劣化。
それは気付かないうちにやってくる。日々、刻一刻と…毎日使用しているものほどその変化は見落とされがちである。トースターで焼いている食パンをじっと見張っていても、ちょうどいい焼き加減を見過ごしてしまうように。
 他人が見たら、なんであんなものを大事に使っているのか分からないくらい劣化していても、本人は気付かない。

 しかし、私の場合は気付かないにも程がある。いや、気付いているのだ。あえて、そのまま。…それは嘘かもしれない。
 なんせ、私の傘は雨漏りがするのだから。知らない間に傘を持つ手が濡れている。髪の毛が雨水を含んで重ぺったりとしている。それは結構な水分量で、傘の外に降る雨粒と変わらない滴がてっぺん辺りから降ってくる。傘をさしているのに頬に滴る雨水を空いた手の甲でぬぐい、先日ようやく気付いた。この傘は目的を果たせていないと。買い替え時なのではないかと!

 この傘を買ったのは随分前、気付けばもう10年以上前になる。下手したら20年…。数年で傘の軸のキャップのような飾りが取れた。そこから軸を伝って雫が時々落ちてくるようになった。最初は持っている手が少し濡れる程度。傘をたたみまとめる時よりは濡れない。そのうち段々、ゆっくりじんわりと内側の雨は増えていく。まぁ、少し濡れるけど使えてるし、骨組みが折れたわけでも、生地が破れたわけでもない。側から見てもちゃんと機能している傘。誰も傘を持つ手が濡れることには気付かない。それが今はどうだ。傘をさしているのになぜか若干濡れている人。外が土砂降りであればあるほど、比例して私のしっとり感は増していく。肩が濡れているとかではない。頭から濡れている。どう見ても短い距離を傘無しで歩いてきた人。傘があるのに…
 まだ使えることを信じて疑わなかったけど、全然使えてません。これは側から見ても誰も気付かないから、そろそろ買い換えた方が良くない?と言われたことはない。自分で気付いて愕然とした。今までなんで替えなかったんだと。焼き過ぎたトースト状態。もう、焦げてるのです。
 でもきっと私だけではないはず…一見分かりづらいから知らないだけで雨漏り傘はそこかしこに存在するはず。くだらないからわざわざ言わないだけで。多分…

 実は一度買い替えようとしたことがある。いや、一度ではない。何度か。傘って色んなデザインがあるから綺麗でつい買ってしまったりする。全然使えると思っているから、正確には買い替えではなく、買い足し。
 買って嬉しくなって使っていると、電車とかに忘れる。電車なら落とし物で預かってもらえてるかも知れないけれど、どこで忘れたか分からないこともある。新しい傘こそ、そうなる運命。そして、いつまでも残るキャップの取れた傘。使用頻度は結構多いのに何故。ある意味幸運の傘。ある意味呪われた傘。そうか、これが腐れ縁というやつか。前世に何かあったのかも知れない。道具も長く使うと魂が宿ると昔の人は言った。
 …宿っていても、内側に雨が降る傘はいらない…。え、冷たいかな…いや、どっちが!

 それでもまだ、味気ないビニール傘を使うよりはとつい手に取ってしまう。次に傘を買ったらちゃんと「ありがとう」と一言添えて、然るべき分別に出そうと思う。えっ、供養した方がいいのだろうか…

 靴でもバッグでもなんでもそうなんだけど、欲しいと思って探すとなかなか見つからなくて、他のものを探してたり、思いがけない時に気に入るものが見つかるのがこの世の定めらしいのであと何回雨漏り傘のお世話になればいいのだろうかと、いい加減色褪せた傘を今日もきっちりまとめながら、自分の物持ちの良さを少し恨む。
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