第九章 「淫らな十二月」

文字数 9,108文字

 東京に出て来てから、なぜか市ヶ谷という街には縁がなかった。乗り換えには使っても(いくつも地下鉄が交差しているから)、駅の外の空気を吸った記憶がない。待ち合わせは「橋の北東側」だった。外堀にかかる橋である。私は新宿から総武線に乗った。乗り換える前に、ちょっとお高いけれど駅ビルのデパ地下で買い物をした。エビとアボカドとバジルソースとパスタ。家から鍋やトングも持ち出した。昨日コンビニで紙皿とフォークも買った。渋い顔はされない。きっと笑ってくれる。根拠はないけれど、確信はあった。
 彼はやはり先に来て橋の向こうに立っていた。いつものリュックを肩に背負っている。今日の彼はJRの駅から橋を渡ってくる私を真っすぐに見通せる場所で待っていた。駅を出て左右を見回している様子からずっと見られていたのだろう。だから私は心もち顎を上げてゆっくりと橋を渡った。見られているという心地よい高揚感が、私の胸を震わせる。早くそばに着きたいという思いと、もう少しその眼に見られていたいという思いが交錯した。
 曇天で気温の上がらない一日になると予報されていた。私は季節が晩春や初秋でないことを少し恨めしく思った。厚いコートやセーターが、彼の眼差しをその手前で吸収してしまうことに。彼も残念に思っているにいるに違いない。厚いコートやセーターのその先へ、容易に届かないことのもどかしさに。私は少しでも…と思ってコートの背中にたくし込んでいた髪を表に出した。そのために橋の途中で立ち止まり、片方の手の荷物を下ろさなければいけなかった。だが、そこまでしたにもかかわらず、残念なことに今日は風もない。橋の上には冷たい空気がひっそりと横たわっている。それでも長く伸ばした私の髪は、私の体の一部として、彼の眼差しを絡めとり、わずかだが私を喜ばせた。
 間もなく橋を渡り切る。一歩、二歩、今日は彼のほうからこちらに歩み寄る。だから私は着水の上手な鳥が翼を広げるように歩みを遅らせる。吐く息が白い。あと三歩、二歩、一歩でふたりの吐く息が混ざり合う。彼の柔らかな微笑が、今日はそこで輝きを増す。きっと私の微笑もまた同じように。
「寒くなりましたね」
「でも今日は部屋の中だから」
「うん。床暖房もあると書いてあります」
「書いてある?」
「実は、一昨日蓮沼が契約して、昨日鍵をもらったばかりなもので」
「じゃあ、ふたりで初めてドアを開けるのね!」
 そんなことが訳もなく嬉しい。なんて素敵なことなの!と思ってしまう。彼は私が両手に下げている紙袋と買い物袋を覗き込み、ひとつ微笑むとふたつとも受け取って、横断歩道に向かう。私はもうずっと以前からそうしてきているかのように、自由になった腕を彼の腕に絡ませる。彼は荷物をふたつ、私の反対側の手にまとめてくれる。だから私は荷物に邪魔されず、ぴたりと彼に寄り添った。信号が変わって歩き出す。渡った先を少し歩いて坂道を登る。けっこう急な坂道だ。初めてだと言いながらも、地図は頭の中に入っているらしい。しばらく登ったところで右手の建物に入った。
 ちょっと失礼、と言って私の腕をほどき、厚手のジャケットの内側から電子キーを取り出す。オートロックの自動ドアを抜けると、電子キーは私に手渡された。だから私はふたたび彼の腕を取り、体を寄せた。エレベーターで七階に上がり、七〇三号室の前で立ち止まる。私は電子キーをかざし、カチッという受付音を聞いてから、ドアを開ける。カーテンが引いてあって薄暗い。私が先に靴を脱ぎ、彼が後から靴を脱ぐ。右手にトイレ、洗面、バスと並んでいる。短い廊下の先に扉があり、押し開けると右手に小さなキッチン、そしてフロアリングの部屋には丸テーブルとベッドと小さなデスクがあった。私たちは荷物を部屋の隅に下ろし、食材はキッチンの上に置き、マフラーや上着を左手にある作りつけのクローゼットにかけ(ハンガーが三つ下がっていた)、床暖房のスイッチを入れてから、カーテンを引き開けた。
 密集するビルの間から外堀が見下ろせる。その向こうに線路が走っている。その向こうにはまた大きなビルが建ち並ぶ。私たちは窓辺に立って外を眺めた。ほどなく床暖房が足の裏に伝わってくる。私はいつものように彼と腕を絡めようとする。が、彼はいつもと違って私の腰に腕を回してくれる。だから私は躊躇うことなく彼の腕の中に入り込む。ビルの隙間を総武線の黄色いラインがゆっくりと走って行く。右から左へ。次に中央線のオレンジ色のラインが走り去る。左から右へ。追いすがるように黄色いラインが左から右へ。そしてまた今度は右からオレンジ色のライン。私たちの窓からは車両ふたつ分ほどの視界しかない。だから車両の中の眼には私たちは映らない。私たちに眼を凝らす人間もいない。ぴたりと閉まったサッシは音も寄せつけない。曇り空を通り抜けてくる力ない冬の陽射しだけが唯一知り得る世界の中で、私たちは待った。
 でも、それはなかなかやって来ない。でも、待たされるほどに待ち遠しさは募って行く。待つことの幸福感に満たされて行く。いまそれはほぼ半分くらいまで満ちてきている。もう半分だが、まだ半分だ。私の腰の上で彼の手が少しだけ動く。だから私も彼の腰の上で少しだけ手を動かす。ふたつの手はふたたび落ち着く。ふとカラスが一羽現れて空を横切った。ふたりの眼は同時にその姿を認めてあとを追う。空は線路よりも広く私たちの上に広がっている。カラスは私たちの頭の後ろのほうからやってきて、線路の向こうの崖の上のビルの向こうに姿を消す。それまでにずいぶんな時間がかかる。私たちはその間、同じものを見ていることに深い満足を覚える。
 部屋がかなり暖まってきた。私はふとエビやアボカドのことを思い出して緊張する。それらはキッチンの上にあって冷蔵庫に入っていない。だが床暖房の上に置いてあるわけではない。だから私はほっとして緊張を緩める。私の緊張は彼に伝わり、彼を惑わす。なぜならこの緊張はこの場にふさわしくないものだから。彼が私に顔を向けるべきか迷っていることがわかる。けれどもすぐに私の緊張が解けたことは彼に伝わり、彼は安心して顔を動かすことをやめる。そして私たちはいまこの場にふさわしい緊張の中へと戻って行く。
 長く立っている私たちはそろそろ足の重心を動かしたくなった。重心を動かすとセーターとセーターが縺れ合う。縺れ合うセーターは私たちに解消すべき境界の存在を教える。私たちはセーターばかりでなく何枚もの布で、ふたり合わせればかなりの枚数になる布の厚みで、互いに隔てられていることに気づかされる。俄かにそれらの布が自らの存在を主張しはじめる。ゆっくりと満ちて来ていた幸福感がじりじりと後退する。私たちはこのままではいずれこの幸福感を失うであろうことを察する。
 いつからそのように決められたのか知らないけれど、先に布を剥ぎ取られるのは概ねいつも女の体のほうだ。私は別にそのことに疑問を抱いているわけではないし、だからそのことに今ここで逆らおうとは思っていない。だがそれを彼の手がすべきか私自身の手がすべきかについては迷いがある。どういう訳かそこには決まり事がない。そこまで決めておけば面倒な駆け引きをひとつ減らすことができるのに。だから私はほんの少しだけ体を彼のほうに向けて問い掛ける。そうしてわずかに体を斜めにすると、私の大きな乳房が彼の胸に問い掛けるのだ。彼は男としてはさほど背の高いほうではなく、私は女としてはいくらか背の高いほうだから、乳房と胸はほぼ同じ位置にくるのだった。
 言うまでもなく、彼はそれに応えなければならない。
 部屋はもうすっかり暖まっていた。私は真新しい下ろし立てのブラとショーツという姿にまで、彼の手によって布を剥ぎ取られた。そしてベッドの端に腰掛ける。彼は私の前の床に膝をつき、私の左腿の傷痕に(もうとっくに包帯は取れている)いくども口づけを繰り返した。彼はまだセーターを着けているし、スラックスも穿いているし、靴下すら脱いでいない。カーテンは開かれたままであり、時折、雲間から弱々しい陽射しがガラス窓を透り抜け、床に差し込んでくる。陽射しはそこで力尽きたかのように、きらきらと散らばって消える。陽射しは私たちを祝福するためにやってくるのか、それとも責罰するためにやってくるのか、私にはいずれともわからない。しかしどちらにしたところで、陽射しは奇妙な愛撫に浸る私たちのベッドにまでは届かない。
 セーターもスラックスも靴下も着けている彼は、ブラとショーツしか着けていない私の太腿の傷痕に口づけることを、もうずいぶん長いあいだ続けている。私はそんな彼のいくらか白髪の混じりはじめた髪を撫で、きれいに剃刀のあたっている頬を撫でながら、まるでそこが私の体の中でもっとも敏感に反応する部位であるかのように、恍惚と眼を細める。あるいは陽射しがきらきらと床に散らばって見えるのは、私がそうしてうっとりと眼を細めているせいなのかもしれない。ああ、彼はいま傷痕への口づけをやめて、今度はそこに舌を這わせはじめている。私はもう腰掛けていることができない。思わず両手で頭を抱え仰向けに倒れ込む。あれ以来長く伸ばしてきた髪がベッドの上に広がった。
 それは私がずっと待ち望んでいたものであり、彼にしか許されないことだった。私は初めて知る底知れぬ陶酔感に朦朧として行く意識の中で、私の中のありとあらゆる事どもが浄化されて行くのを見送っている。それらは三十六年という歳月をかけて私を形作ってきたはずなのに、いま浄化されて行っているのだ。私はここで、この東京の狭いウィークリー・マンションの一室のベッドの上で、間もなくすっかり生まれ変わるだろう。完全変態を遂げる昆虫のように、そこに新たに現れる私は、これまでの私からは想像もつかない姿をしているに違いない。
 そのとき―――燃え立つ白い光の筋が私の体を引き裂いた。左腿の傷痕から、まず股関節を蹴りつけて、ついで脊髄を駆け抜けると、ついに頸椎を突き破った。私は悲鳴を上げた。すぐに抱き締められた。私も必死に抱きついた。荒れ狂う嵐に吹き飛ばされないように、彼から決して離れることのないように、彼を決して失うことのないように。でも、どうして? どうして今日はそんなことをするのですか?
「誕生日をお祝いしてくれませんか?」
「誕生日?」
「二十九日なんです」
「もうすぐだ! どこか予約しておかないと。ご希望は?」
「お魚が食べたいです。おいしいお魚」
「お魚ですね」
「はい」
 うなずいて、私は布団を鼻先まで引っ張り上げ、眼だけを覗かせて彼を見た。十七歳の女の子が、こういうときに、そうするように。そして彼は優しく柔らかく微笑んでくれる。でも、どうして? どうして今日はそんなことまでしてくれるのですか?

§

 翌日から私には彼を訪ねる日々が始まった。六時半に目を覚ましパソコンを抱えて満員電車に乗ると、彼が朝食を用意して待っていた。市ヶ谷の小さな机が私の新しい仕事場になった。彼はベッドの上に寝ころんで、最近始まった老眼をぼやきながら本を読む。古本屋さんで買った文庫本。誰もが知っているのに読んだという人に出会ったことがない不思議な傑作たち――『ロリータ』、『ユリシーズ』、『失われた時を求めて』。十一時になるとふたりで買い物に出かける。今日のお昼ご飯と、今日の晩ご飯と、明日の朝ご飯。お昼ご飯は私が作る。晩ご飯は彼が作る。買い物帰りにはDVDを一枚借りてくる。
 一時間半ほどプログラミングに集中すると、私は彼に開いている本を閉じさせて、こめかみや耳たぶや首筋へのキスをせがむ。それに満足すると、また机に戻ってパソコンに向かう。冬至が近いから五時にはすっかり暗くなる。暗くなったらパソコンを閉じ、私がベッドに体を投げ出せば、彼の舌が太腿の傷痕を這い回るのだ。そしてそのままベッドの中でまどろみながら、彼が作る晩ご飯を待つ。食事をしながら借りてきた古い映画をひとつ見る――『郵便配達は二度ベルを鳴らす(ジャック・ニコルソンのやつ)』、『グレート・ギャツビー(レッドフォードのやつ)』、『愛の嵐(なんて淫らで素敵なランプリング!)』、『ブルー・ベルベット(なんて淫らで素敵なロッセリーニ!)』。
 時々、街を歩く。皇居をめぐって東京駅まで。平川門のほうから周ったり、桜田門のほうから周ったり。彼は見かけによらず恋人つなぎをする。私にはたぶん四年ぶりくらいの恋人つなぎ。そのうえ場所をわきまえずにキスをする。こんなところでしちゃダメよ――どうして?――恥ずかしいから――誰も見ていない――みんな見てるわ――知らない人間だよ――そうだけど……
 買い物はしない。いや、そうだ、時計を買った。時刻を知ることはパソコンやスマートフォンや腕時計やらで足りるものの、ベッドの上ではそんなものを手にしたくない。だからアナログの置時計を買った。秒針が滑らかに回るところがいい。飾りのない丸い形。
 コーヒーはコンビニで買う。内堀を眺めるベンチに並んで腰かけて、小鳥みたいに体を寄せ合って、都会の緑に紛れて匿名になる。どこかから逃げてきたみたいね、私たち――悪いことはしていないはずだけど――してるわ――どんなこと?――言わない――どうして?――言いません!
 彼の振る舞いは日に日にエスカレートして行く。私がディスプレイに集中していると、ふいに首筋にキスをする。ふいに胸元に手を入れる。私はヒャーッ!と思わず声を上げて振り返り、笑っている彼を睨みつける。散歩の帰りの東京駅のプラットフォームでいきなり抱き寄せる。座ったロングシートの後ろでお尻に手を回す。この人痴漢です!と私は彼の耳にだけ聞こえるくらいの大声で叫ぶ。
 ほんとうに困った人。困った人? 違うわ、可愛い人よ! 三十年もの間、自分を偽り、周囲を欺き、正体を隠し、息をひそめるようにして生きてきた。彼は十五歳のとき、自身の意思で考えることを諦めた。社会と関わらず、人と交わらず、大人になることを自らに禁じて大人になった。断固として三歳児にとどまるブリキの太鼓の鼓手・オスカル坊や、優柔として十五歳の少年にとどまるスケッチブックの描き手・達郎坊や。
 そう、この人はただのイタズラ坊主。彼は大人のふりをした大人。初めてイタズラを許してくれる女に出会った。私も大人のふりをした大人。初めて楽しそうにイタズラしてくれる男に出会った。十七歳の男の子と女の子が、こういうときに、そうするように。
 そうして今年もクリスマスイブを翌日に控え、天皇誕生日の夜が更けた。
「もう十時ね。帰らなくちゃ」
「帰らないでいいようにはできないのかな?」
「それは一緒に暮らすということです」
「あなたには、それは難しい?」
「あなたこそ、そんなことできるの?」
「わからない。…どうすればできるんだろうか?」
「ねえ、スケッチブックを出して」
 彼はリュックからスケッチブックを取り出す。私は最初から何枚かをめくり、一軒の小さな家の画を開く。平屋建ての、古いけど住みやすそうな家。きっと大切に手入れをされてきた家。雨にも負けず風にも負けず、子供たちが泥んこの足で駆け上がったり、戸袋の奥で冬を越す虫たちが眠っていたり、玄関の庇にツバメが巣を作ってしまったときには縁側から出入りした。
「あなたがどこかに見える?」
「う~む……この縁側かな?」
「じゃあ、私は?」
「あなたは……うん、縁側から続く居間にいる」
「縁側であなたはなにをしているの?」
「もちろんスケッチブックを持っている」
「じゃあ、居間で私はなにをしているの?」
「そうだな、なにか家の仕事をしているような、気がするけど」
「たとえば?」
「たとえば? たとえば、ん~、なんだろう……」
 眉根を寄せて考え込む彼の頭を、私は嬉しさのあまり思わず胸に抱き締める。テーブルに体が当たり、ティーカップが音を立て、鉛筆が転がり落ちる。彼はそのまま私の胸に顔を埋めようとする。私はもう嬉しくて嬉しくて、頭の中で時計を叩き壊す。ねじが飛び、ばねが弾け、針も歯車もその場で気を失う。しばらく眠っていなさい。ちゃんと救急車を呼んであげるから、安心して。
「梅と桜なら、どっちが好き?」
「桜だね」
「ダメよ。梅にしなさい」
「どっちが好き?て……」
「さ、ここに梅を描いて」
 彼は私の胸の中で顔を少し横に向け、私が思わず抱き締めたときに取り落としたスケッチブックを引き寄せて、私が思わず抱き締めたときに転がり落ちた鉛筆を拾い上げ、私の胸に抱かれたまま、小さな家の縁側の前に梅の木を一本、大胆に丁寧に描き加えた。繊細で、複雑で、北斎や若冲のような梅。枝先がなんだか松葉杖のようね。花はまだ七分咲きなの?
「動物は描けないのよね?」
「描けない」
「人間も?」
「人間も動物だよ」
「あなたと私も?」
「え…?」
「ふたりで鏡の前に立ってみましょうよ」
 私たちはバスルームに入った。ウィークリー・マンションの狭いユニットバス。鏡も小さくて、私たち二人を並んで映すことはできない。彼がまずスケッチブックを構えて座り込み、自身を正面から縁側に描き加える。私が次に畳んだ彼のシャツを何枚か膝の上に置き、斜め横から首を正面に向けて正座をする。私を鏡に映す必要はないのだけれど、そうしないと左右と前後が合わなくなってしまうから。彼が後ろからセーターを脱がそうとするので、思い切り手を叩いた。
「目鼻はつけないのね?」
「それは無理だよ」
「いいわ、それで。…とってもいい感じ。どう?」
「うん、幸せそうな人たちだね」
「これ、私たちよ?」
 彼は驚いたように鏡を見る。私が彼のシャツを膝の上に畳んでバスルームの床に正座をし、彼がスケッチブックを手に後ろに立っている。私たちは鏡を通して互いの顔を見る。右と左、前と後が反転した、微笑む女と驚く男。彼はまだ驚嘆と歓喜とが入り混じったような顔をしている。この世界の秘密にやっと、ついに気づいた顔。十七歳で気づいてもよかったはずなのに、十五歳で時間を止めてしまったから。そしてまたセーターを脱がそうとするので、私は思い切り手を叩いた。
「どう? できそう?」
「できるか?て言われると、ちょっとわからない」
「じゃあ、楽しそう?」
「そうだね。すごく楽しいそうだな、とは思うよ」
「それでいいわ」
 私は立ち上がり、足が痺れていたからバランスを崩し、彼の腕に支えられた。そして今度こそ強い意志を持ってセーターを脱がされた。このイタズラ好きな絵描きさんは、決して空想の画は描かない。いまそこにあるものしか描かない。眼に見えるものしか描かない。そう、眼に見えないものを信じてはダメ。大切なものはすべて眼に見える。そしていつのまにやら服を剥ぎ取るのが上手になった。私は鏡に全身を映して見る。後ろから乳房を抱き締める彼と、ふたたび鏡の上で眼を合わせる。
「大事にしてくれますか?」
「大事にします」
「もう逃げ出したりしませんか?」
「はい、しません」
「蓮沼さん、いいおうちを見つけてくれるかしら……」
 そこで時計の救急車が到着し、時計のお医者さんが降りてきて、チクタク、チクタク、時間がふたたび動き出す。ああ、もう四年半も経ってしまっているだなんて。どうしてこんなに長くかかってしまったのかしら? 私たちはずっと同じアパートの真上と真下に暮らしていたはずなのに。彼は私の足音や掃除機をかける音を毎日聞いていたはずなのに。私は窓から彼がリュックを肩に出かけて行くのを、そしてまた帰ってくるのを、毎日毎日じっと見ていたはずなのに。どうしてこんな意地悪をするのかしら? 私たちはほんの瞬きするほどの間しか、この世界にはいられないというのに。
 ――あなたはスケッチブックを左手に、鉛筆を右手に縁側に座っている。私は日陰になった座敷から、アイロンがけをする手をふと止める。明るい小さな庭に顔を上げると、明日にも梅が満開になりそうだとあなたが言う。丘の上の公園はどうかしら?――週末には賑わいそうだね――じゃあ、金曜日にお散歩に行きたいです――うん、いいよ――お弁当はなにがいいですか?――コンビニのおにぎりでかまわない――そんなのダメです!――どうして?――私が作りたいから、お弁当――なら君がおにぎりを握ればいい――そうですね――天気予報はどうだったかな、雨なら出かけないよ――どうして?――あの丘は足元が悪い――ああ、あなたもうお歳を召していらっしゃるから――酷いな…。あなたはスケッチブックを縁側に置いて腰を上げ、たぶん新聞を取りに行く。私はしばらく春の初めの夕陽に顔を向け、少し目を細めながら、金曜日の丘の上の公園へのピクニックを想像する……。
 気がつけば、私の三十六年目はもうあとわずか五日しか残されていなかった。今夜を含めてあと六回寝て起きたら、三十七年目が始まる。あとわずか五日? 違う。あとまだ五日もある。あとまだ六つもの夜が残っている。それは神様がこの世界をほぼほぼ創り上げてしまえるほどの時間。そして私と彼は、同じ縁側を、同じ居間を、同じ庭を思い描いた。梅と桜は違ってしまったけれど、きっと彼は知らないのね。札幌では梅と桜は一緒に咲くのよ。梅も桜も桃も、すべて一緒に花をつけるの。そうね、いつかふたりで見に行きましょう。私のとっておきの場所に連れて行ってあげる。  (了)



【引用】
中島敦『李陵・山月記』(新潮社)
ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』(伊吹知勢訳、みすず書房)
ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』(近藤いね子訳、みすず書房)
ジェーン・オースティン『高慢と偏見』(富田彬訳、岩波書店)
アンナ・カヴァン『あなたは誰?』(佐田千織訳、文遊社)
ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』(池内紀訳、河出書房新社)
ウィリアム・シェイクスピア『から騒ぎ』(小田島雄志訳、白水社)
ロナルド・ファーバンク『オデット』(柳瀬尚紀訳、講談社)
E・M・フォースター『眺めのいい部屋』(北條文緒訳、みすず書房)
リチャード・ブローティガン『愛のゆくえ』(青木日出夫訳、早川書房)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み