第1話 飛躍

文字数 4,521文字

疲れきった表情の佐竹洋一は、規則正しく流れてくる音の信号で、目を覚ました。

その衝撃は、彼が「朝」を理解し、目を覚ますには、十分すぎるものであった。

ベッドから腰を下ろすと、アンドロイドのように、リビングへと足を動かし始める。

なんの面白味もなく無機質な部屋には、読みかけの本や缶ゴミが転がっていた。

リビングでは、外から光だけでなく、喧騒も差し込んでおり、既に町は仕事を始めていることに気づく。

テレビをつけると、情報番組「MP3」が、始まっていた。

彼にとって変哲もない日常である。

職場へと向かうため、彼は朝食をカタツムリバーとインスタントコーヒーで済ませると、制服に着替え、ドアを開けた。

両脇では、隣人が、痴話喧嘩を、繰り広げており、廊下には、飲んだくれと失業者が、居座っており、眼も当てられない状況だった。

ボロアパートのエレベーターに乗ると、駐車場へと向かう。

大変な1日の幕開けである

[警察庁直属日本人工生命監理局西京区支部]。
「おい佐竹、内線でろよ。」

先程からデスクで、鳴り響いている通知音に、痺れを切らした同僚の横間が、声をかけてきた。

辺りを見渡す仕草をして、面倒な仕事を避けようとしたが、状況を悪化させただけになってしまった。

受話器を取ると、危惧していた面倒ごとが、耳に飛び込んでくる。

「何をしているんだ。3コール以内に受話器は取れと言っているだろ!2時間前に、中華街で、3名の感染者がいると通報が入った。すぐに検疫をしろ。すでに警察は動いている。」

赤井課長からの仕事の連絡だった。

焦りからなのか怒号とさほど変わらない声で命令をだしてくる。

「先月も確認したところじゃないですか。防疫課は何をしてるんですか?」

少し資料に眼を通しながら、不満をぶつけた。

「これでも"最善"を尽くしてるらしい。恐らく、今回の件は大規模な売春組織が関わっている。以前からマークしていたところだ。特検の許可も降りているから、従業員は、見つけたら、処理をしろ。」

「"全員"ですか?それとも"見つけたら"ですか?」

「全員だ。」

「了解です。」
内線が途切れると、小さなため息をつき、引き出しを開けて必要なものを取り出し、すぐに面倒ごとの処理に取りかかった。

回ってきたタスクのデータを確認すると、エレベーターをおり、駐車場で公用車に乗り込む。

シンプルな曲線の公用車は唸りをあげ、川浜の中華街へと向かった。

[神奈川地区川浜中華街]

喧騒が大きくなるにつれて、川浜へと近づくのがわかった。

「ここで下ろしてくれ。」

明かりのついていないネオンと煙で溢れ、活気に満ちていた。

目的地では、既に警官たちが、事情聴取をしている最中だった。

彼らは、佐竹の存在に気づくと、ムッとした表情で、帽子を深く被り挨拶をした

「お疲れ様です」

表面上で、友好的な関係を、取り繕っているが、明らかに、我々を毛嫌いしている様子が、彼らのから流れていた。

彼らに会釈だけをすると、中へ、案内してもらう。

淫らな匂いと欲望が渦巻くピンクの店は雑居ビルの3Fで営業していた。

待合室には模造木製の4脚椅子がいくつか置かれていて、22年製のBX-31型アンドロイドが、3体座っていた。

どれも「ジェシー」と呼ばれているタイプで、相手が抵抗をしてくる様子はなかった。

慰安用のアンドロイドで、ボディーには、古い傷と修理跡が見られた。

それぞれの型番を、メモすると、検査を始める。

検査をするに至って、必要な道具を、バックから取り出した。

シナプス能力測定装置、思考力検査ソフトが入ったノートパソコン。

シナプス能力測定装置は、アンドロイドのシナプスの運動能力を、測定する装置で、思考力検査ソフトは、AIに複数の質問を、投げ掛け、返答から、どのウィルスに、感染者しているかを、判断する装置である。

まずは"まんなか"の「ジェシー」からだ

シナプス能力測定装置を、彼女の首の付け根に装着させ、ソフトを強制的にダウンロードさせると、感染者かどうかのテストを始める。

検査結果をみるために公用のデバイスを起動すると、ロード画面ではアイコンがくるくると回っ
検査が82%ほどすすんだところで、イラつきを隠すために、腕時計をしきりに見始めた。

12:56.25

12:56.58

12:57.49

そんなことをしていると、検査結果が表示される。

[陽性 社会的革命型ウィルスの可能性98%]

佐竹は、次のアンドロイドの検査を、始めようとする。

しかし、それを見越していたのか、座っていた椅子を、持ち上げると、目の前のノートパソコンへと、振り下ろす。

間一髪のところで、姿勢を崩し、床へと転げた佐竹は、未曾有の事態から距離をとる。

いや、未曾有の事態ではない。

彼は、何度もこんなことは、経験している。シャットダウンをし、廃棄場にはこんだアンドロイドから、拳銃を突きつけられたことだって経験した。

しかし、突然の出来事に脳の思考速度は、30%低下していた。

そして、ある種のPTSDにより、彼は、腰にある拳銃が、見えなくなった。

体は動かなくなり、視界が、フェードアウトしていく。

他の2体はそれぞれ別のものを探し、片方は観葉植物を、片方はノートPCを手に取り、武装する。

売春婦から処刑人へと変わり果てたアンドロイドは、そのか細い腕で鈍器を大きく振りかざしたが、廊下にでていた警官が、発砲する。

しかし、警察の採用拳銃では、体を貫通することはなかった。

そのちっぽけな鉛弾は彼女たちの柔らかの皮膚を赤く染めると、どこかに弾かれる。

断頭台で、石を投げられた処刑人たちは、群衆へと向かう。

彼女達は、未曾有の衝撃に対して、恐れを感じずガラスのような眼で、警官達を睨み付けると、前進した。

とにかく前進した。

彼らが何発撃とうとも。

左の警官の頭に、椅子を大きく振りかざす。

激痛が走り、体制を崩し、顔を歪めているが、そんな暇はない。

3体が、規則正しく鈍器を、振り下ろしていく。
悲鳴が上がり、ドスドスと鈍い音が、警官を襲う。

その声は、佐竹を呼び戻し、ようやく、監理局正式採用拳銃から特殊加工12mm弾が、2発放たれた。

弾丸は、寸分の狂いもなく、正確に回転をしながら、徐々にアンドロイドへと近づくと、頭部と腹部に侵入していく。

頭部は、水と砕けた基盤の破片が、腹部からは内蔵を型どった機材が、撒き散らされる。

完全に破壊されたアンドロイドは、体勢を後ろに崩し、上半身がベッドで眠るように倒れる。

しかし、残りの2体は、活動を停止しない。

玉砕覚悟で、自ら与えた使命を、果たそうとする。

佐竹の熟練がものをいい、すぐに2発の弾丸が、放たれた。

部屋は、硝煙の香りが充満し、床には、最初の2発の薬莢が落下した。

正確に頭部を破壊すると、アンドロイドたちは警官へ棒を、振り下ろすのをやめた。

2体は、その場から1mmも動かずに、棒を構えた状態だった。

警官は、顔を抑え、血を流しながら、床を転がっている。悲鳴は、聞くに堪えない醜い声を、垂れ流していた。

仲間の警官が、無線で応援を要請している内に、佐竹は、店舗の奥へ、急いで向かった。

マガジンを取り出し、残弾を確認する。

残り3発。

そして、替えのマガジンが1つ。

計10発。

「まず、奥の階段をかけ上がっていく。」

先程、車内で見たこの店の構造を思い出しながら、作戦会議を1人で始める。

このプレイルームの廊下を駆け抜け、階段を上がれば、事務所とVIPルームが見えてくる。

あとは、事務所に飛び込み、この店の経営者と残りのアンドロイドを、処理して完了だ。

全て事務的なものだと考えながら、奥の階段を恐る恐る上っていく。

サイトは、ぶれることなく正確に構えられ、決闘のような緊張感が、頭の中をぐるぐるする。

急いで、廊下に出ると、挨拶がわりに銃弾が飛んでくる。

敵は焦りからか、こちらが顔を出す前に、引き金を引いていた。

そのおかげで、命からがら、壁に隠れることができた。

腕だけをだし、牽制がてら1、2発撃ち込む。

こんな店のボディーガードをやってることだけあって、ある程度、場馴れしているようだが、監理局員には敵わない。

彼は、相手が無駄弾を撃つ内に、規則性を見いだす。
そして、敵が12回ほど乱射したところで、腕に1発弾丸を撃ち込む。

呻き声をあげ、銃を落とす。

重くて軽いプラスチックの音が聞こえる。

すかさず、マガジンをリロードし、スライドを引く。

そして、両手で力強く構え、プレイルームの扉が同じ顔をしてならぶ狂気の廊下に身を乗り出し、頭に弾丸を放つ。

奥にいた金髪のホスト風の男の顔は破裂し、辺りを真っ赤に染める。

邪魔なものを排除して、階段を駆け上がり、事務所へ向かう。 

先程の男のものを踏み、靴から不快な音が鳴る。

無機質なアルミサッシのドアを蹴飛ばし、構えた。

事務所は、屈強な男達の死体で彩られており、その中央にはためきそうなコートを着こなす、警護用アンドロイドが荒い鼻息で立っていた。

開いている手を拳に変え、こちらに向かってくる。

「自由だ!平等だ!社会革命万歳!」

もう片方の手にはスパナのようなものが握られていて、それをありえない速度で振り下ろしてくる。

腕を上に掲げ、防御しようとするも、あっけなく倒される。

監理局正式採用の防弾籠手が砕け、中からは特殊ジェルが溢れてくる。

すぐさま目の前の巨漢から距離を取り、籠手をはずして、床に捨てる。

急いで、銃を向けるが、相手はすでにスパナを振り下ろし始めていた。

生存本能が、反射的に引き金を引かせる。

必死で3発の弾丸を撃つと、相手はのけぞり、スパナを手から放して、倒れた。

ようやく視界が戻ってくると、息苦しさを感じ、呼吸のサイクルが早くなる。

「特殊アラミド加工をしてんのかよ、このくそったれが。」

唾を吐き捨てると、安堵の気持ちで、すぐにVIPルームへ向かった。

廊下はすでに死臭が満ちていた。

VIPルームの扉は半開きになっていて、中からは、死人のような青い光が、漏れていた。

銃を構え直す。

背中には妙な感覚が走り、こめかみを汗が伝う。
筋肉と言う筋肉が身を寄せあって、緊張感を高める。

雑音は聞こえない。

「動くな!監理局だ!」

ドアを開けると、そこには機械に繋がれた男が、椅子に座っていた。

コードが絡まりあって、キャスター付きの椅子が動かなくなっている。

青白い光に包まれている男は、手を床に落としていた。

脱力しきっており、抵抗ができるような状態ではなかった。

拳銃を向けながら、男の顔を覗き込む。

そこにあったのは深淵ではなく、失神した人間だった。

口からはよだれが垂れ、バーチャテクの義眼は虚ろな目をしている。

正確には繋げ"られた"ようだった。

救急隊員が到着するまでの間に、目の前のパソコンを調べ上げる。

そこでは5年前に起きたテロ事件での演説の様子が、電子依存性のある映像に編集されて、再生されていた。

この状況からはとあることが、推測される。

それは"人間"を媒介として、感染するウィルスの可能性だ。

これは信じ難い結論であり、信じたくない事実でもあった。

体の奥から何かが、呻く感覚があった。

そんななか、一通のチャットがこの男あてに届いていた。

{クラウチング「なぁ、神は卵生だと思うか?}
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