第1話

文字数 2,730文字

「被害者の名前は、チェックイン時のサインによると、大平昭治(おおひらしょうじ)。運転免許証の顔写真及び記載事項とも一致しています。年齢は三十一。職業はカメラマンを自称していますが、実際は恐喝に手を染めていたようです」
「そんな奴が、時代の移り目を祝おうと、こんなホテルの十階、眺めのいい最上階の部屋に泊まるってか。価格も特別設定で馬鹿高くなってるだろうに」
「一緒にチェックインした女性がいたそうですが、今は行方知れずで」
「そいつが犯人てことで決まりか?」
「分かりませんけど、間違いなく第一容疑者ですね。派手な赤のドレスを着ていたとのことで、その格好のままなら、じきに見付かると思いますが……」
「死亡推定時刻は? 大まかな数字はそろそろ出ただろ」
「五月一日の午前0時を挟んで前後一時間ずつ、です。大きく外れることはないだろうと」
「近所でカウントダウンイベントが催され、花火を打ち上げたんだっけか? 花火の音に紛れて撃ったとしたら、誰も気付かんかもしれんな」
「可能性は高そうです。午後十一時から午前一時の間に、目撃というか、異変に気付いた者はまだ見付かっていませんから」
「撃たれそうになって、どうにか逃げられんかったのか。大の男が女を前に」
「手足は強力なガムテープでぐるぐる巻きに拘束され、口にもガムテープ。とても逃げたり助けを求めたりできる状態ではなかったでしょう」
「感覚的な発言に、理路整然と答えるなよ。――おっ、指紋が出たらしい。うん? 被害者の指紋じゃねえか」
「え、被害者の指紋が検出されたってわざわざ知らせに? どういうことだろ……」
「何だ、分かったぞ。ガラス窓に被害者の指紋がべたべたあって、それが字を書いたように見えたから、いち早く知らせてくれたようだ」
「なるほど。てことは、いわゆるダイイングメッセージですか」
「そのようだが……何だこりゃ。『018』だとよ」
「数字ですか。うーん、部屋番号? いや、このホテルは各フロアの階数プラス二桁番号だから、018はありませんね」
「語呂合わせじゃねえか? マルイ・ヤエとかいう女の名前とか」
「そんなことを言い出したら、きりがなくなると思いますが」
「何だと。じゃあ、例を挙げてみな。きりがないくらいにな」
「お、怒らないでくださいよ。こんなことで」
「俺は口から出任せ言う奴が大嫌いなんでな」
「しょうがないなあ。女の名前じゃなくてもいいですね? マルイ・エイト、マル・カズヤ、マルイワ、マイヤ、マイワ、マトヤ、マトバ、えーっと……ワイヤー? レイヤ、レイワ、レイ・イバ。うーん、オカズヤ?」
「待て。それくらいで勘弁してやる。二つか三つ前になんか言ったな。レイワって」
「ああ、言いましたね。奇しくもって言っていいのか、『令和』だ。そういえばテレビのワイドショーか何かで前にやってました。西暦の年を令和の年に変換する方法。令和を数字に置き換えると018。これを西暦の下三桁から引くんです。今年だったら、2019の019から018を引いて1。令和一年、令和元年てことです。うまくできてますよねえ」
「豆知識はどうでもいい。被害者が書き残した018が令和だとしたら、どんな意図が考えられる?」
「うーん……自分が撃たれたのは、令和になってからだと伝えたかった?」
「はあ? そんなことに何の意味があるってんだよ。発生から何年も経って遺体が見つかり、詳細な死亡日時が特定できない事件なら役立つだろうがよ。今回は死亡推定時刻は明らかになってんだ」
「そんな大声で文句を僕に言われても。被害者に言ってください」
「被害者にも言ってやったよ。まったく、でかい図体をして後ろ手に縛られた不自由な態勢で、ちまちまと指紋を付けて苦労したろうに。何でこんな訳の分からんメッセージを」
「――そうか。後ろ手だったんですよね」
「ん? どうかしたかそれが」
「だって、考えてもみてください。後ろ手に縛られてたのなら、字もそのままの姿勢で書いたはずですよ。普段書いているのと同じつもりで書いたら、字は逆さまになるんです」
「逆さまに……なるな、確かに。それで? 018が逆さだとすると、元は何だ」
「810になります。これなら真っ先に調べるところがありますよ。部屋番号、八階の十号室に行ってみましょう」
                               ……移動中……
「まさか、こっちにも死体があるとはな」
「えー、男の名前は成正明(なるまさあきら)。チェックインのサイン及び運転免許証で確認済みです。職業はまだ照会中。チェックイン時刻は、大平より二時間半ほど早いですね」
「で、こいつが赤いドレスの女に化けていたのか」
「多分。こうしてドレスとウィッグとヒールがあるので、間違いないでしょう」
「なのに、何でこいつまで殺されてる? しかも同じように後ろ手に拘束されて、足も縛られ、口にはガムテープと来た」
「確かに変です。状況から推すと、先にチェックインした成正が女性に化け、ホテルを一旦出てから大平と合流し、今度は男女カップルとしてチェックイン。隙を見て大平を拘束すると。成正は正体を明かして部屋のキーも見せた上で、計画を得意げに語ったんでしょうかね。で、大平を殺害後、810号室に戻って扮装を解き、知らん顔をしていた。こう考えるのが理にかなっています」
「成正を操っていた誰か第三者がいるってことだな。それを解き明かすヒントになればいいんだが、このダイイングメッセージが」
「またダイイングメッセージですね。血文字で、床に書かれているのはさっきと違いますけど。今度のは“hEISEI”。筆記体っぽいですが、平成と読めます」
「令和に平成か。出来過ぎだ。どうせまた逆さ文字だろ。何て読める?」
「そうですね……これも数字だとしたら、135134、かな」
「……なるほど、4は上の頂点が開いた形か。よし、じゃあすぐに行こうじゃないか。この部屋番号のところに」
「それが……このホテルは十階までなので、そんな部屋はありません」


           *           *


「結局、あれは逆さ文字じゃなかったんですね。床に書いてあったから、被害者が死ぬ間際にもがいて身体の位置が変わったとしたら、字のどちらが上かなんて分からなくなって当然です」
「だからってなあ……英語で書くことないじゃねえか。いや、黒幕だった犯人は英語を知らねえガキだったから、英語にしたのはまだ分かる。だが、文の頭を小文字にするとは」
「被害者は最高にテンパってたんですよ。“He is E・I”で犯人のイニシャルを表そうと思い付くくらいなら、ローマ字で名前をずばり書けばいいのにしないんだから」
――終わり――
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