第1話

文字数 3,077文字



その昔、ヤマトの古くに伝わる
西の秘境山に存在する山間部には、

風人(ふうにん)の里と呼ばれる集落があった。









─── 午後 亥の刻 ───




チリチリ… … チリチリ…

リ──────ン・・・.. リ────…ン 。



(風太)
「よいしょ.. っと、」

「ふうまにいちゃん、じゅんびできたよ 。」


(風馬)「 … 火は大丈夫そうだな、また後で見に行くから。」


兄、風馬が囲炉裏の火具合を確認すると、
風太は幼い兄弟二人で一緒に寝る搔巻(かいまき)を被りかけ就寝準備に入る。


(風太)「 ゆうま? ねるよ。」


弟の勇真が風馬の着物をクイクイと引っ張る。


(勇真)
「 ?にぃた 」

(風太)「 ふうまにいちゃん、今日はまだおしごとあるんだって。だから少しおそくなるよ 」


(風馬)「 作業が終わったら俺も寝るよ。明日は早いぞ おやすみ、勇真。 」


(勇真)「あい」














──── ・・ リイィィィン… 。
リィリィィ… ……



………… 、




パチッ.. 。

(囲炉裏の火)
「パチパチ… …パチッ」


月明かりと蝋燭(ろうそく)の火が灯る縁側作業の傍ら並べられていたのは、
仕事に使う【※手槍】や飛びクナイのものだった。

(※ 柄が細く短めの槍(風馬のは三角錐状のモノ)。接近戦での狭い場所で用いる)


カキッ 。
(目釘抜きで柄から槍頭、ハバキをバラす)


(風馬)「 ……。」
スッ
(拭紙で刃の古い油を拭き取る)



打粉作業を済ませ、
油布で新しく槍頭に油を塗り直していた時だった。


【桜花】
「 …?、風馬。 今日は遅い就寝か。」


(風馬)
「 父上。、はい 明日の出立に向けて先代様より夕刻、里の “ 任 ” を命じられました。

「 今、その準備の最終調整を行なっていたところです。…、」


(桜花)
「 話は聞いている。」



(二人とも夜空を見上げる)





──────── … 。


満月の周期を避け暗躍に遂行する夜の闇仕事は通常なら新月を選ぶのだが、
今回ばかりは急を要する仕事だった。

潮や月の満ち欠けの影響によって奇襲を仕掛ける闇戦(やみいくさ)
夜猟を行うのに特殊な戦闘技術を訓練されてきた風馬は夜目が効く為、 “ 裏影(うらかげ) ” と呼ばれた里の暗躍に抜擢されこれまで多くの実績を積んでいる。

しかし今回は、その戦法が敵側にとっても視界に止まりやすい任務の危険度が高まる可能性が大いにある。

そんな今宵、満を期す中秋の名月に空を眺め、桜花は口を開いた。


(桜花)「 しかしこの月を見ると、」

(風馬)
「ぇぇ これほどばかりの見事な月ですね 」


後ろの広間では、風太と勇真がスヤッと気持ちの良い寝息を立て、向かい合ってる姿が二人の目に入る。


(風太) スヤ…。
────、
     …、 ────── …
スゥ. . 。(勇真)


(桜花)
「 風馬、…少し(一杯)付き合わないか。」




(月見酒に誘う)



.. ──── 、

月明かりの縁側、父から差し出された徳利に盃を差し出すと艶やかに光る透明な酒が静かに注がれた。



──── ・・ リイィィィン… リィィ… …… 、
リィィーー… 。


「……キリキリ.. 、 キリリィィン… 。 」
(秋の虫)



この地方で古くに伝わる盃作法 。

里の成人男性において、
自分より身分の高い目上の者から最初の灼を受ける一番酒には、目下を上に持ち上げる・部下を非常に思いやるという上下関係を表す特別な酒会話な意味でもあった。

戦前なら部下への景気づけ健闘を祈る意
祝杯なら手柄を褒め称える・相手の幸せを願い祈る意

家族であれば身を案じる


つまり、親の立場から
“ お前の身を案じている・無事に帰ってこい” という意味にもなる。


(風馬)「 父上.. 」

(桜花)「 お前のためにこしらえた良い新酒だ。さぁ、飲め 」





……………… 。


水面鏡の小さな満月がくっきりと浮かび上がっている。

手に持つ盃を口へゆっくり運び、クッと一口
飲んだ時だった。


(桜花)
「 … すまん。恐らく先代も立て続けにいま手を焼いてるこちらの案件でお前の身を危険な役目に使わせてしまった。」


(風馬)

「 いえ、これは自分の務めですから父上は何も。 … ただ、朝廷から先駆けに指示する敵の動きを断てと。かなり大きな動きが見られたので、近隣で一体何が」


「………、」


(桜花)
「 不穏な動きがあった。但馬(兵庫)、阿波(徳島)、土佐(高知)、周防(山口)、肥前(佐賀・長崎)、日向(宮崎)、【※マホロバ地方】に及ぶ六つの国にある少数部族だが、(かしら)地位の者だけがここひと月ほどで突然、全員が同じ立て続けに亡くなったとの知らせが入ったのだ。」

「 その権力を統括する人選争いが、いま六つの部落で内乱が起こっている。」


※【マホロバ地方】… (現代の関西地方を指す近畿から合わせて中国、九州、四国とされる総称の国)


(桜花)「 彼らは、次の元締め長となる力がまだ就任して実力も成人芽が若い故に、村の規律を統治する新たな調整には時間が要る。」

「 だが、それを良しとしない者の一部が軍の脅しにかかればどうなると思う。」


(風馬)「 … 裏切り(内部暗殺)… ですか 。」


(桜花)
「 ……。 頭の死因は、殆どが朝廷側が仕向けた外部で殺め(あや)られたもの。しかし中には、やはり地位を奪い取る内乱目的のために上手く利用された者も少なくない。」

「 軍への抵抗を弱らせた隙をついて自分達の傘下に落とす手段… か、あるいは国そのものを滅ぼす策に陥れ部族を手に掛けるとは… 」


(桜花)「 本来 優れた力であっても、各諸国の団結がもろければこれを機に、ヤマト全土征服をけしかけにここぞとばかりに朝廷が揺さぶりかけてくる。これこそ奴らの思うツボだ。」

(風馬)
「 いま彼らにも、個々に存在する一つの核集落を作らせ連結をとらせなければ国から部落を守る術は無いというわけですね。」


(桜花)「 … だが、説得にはやはり此方からの実力行使も避けられない自体にあってな、直接顔を合わせなければ。」


(桜花)
「 私は【※高王(たかおう)】達と共に明日、 周防へ遠征に行く。皆にも留守中、里の外の警戒を呼びかけ、危害と見なす他所からの偵察侵入者は決して許さないよう処理は命じている。」

(※【高王】… 桜花と同じ朝廷支配に反し風人と同盟意志を持つ中国地方全土を治め槍を扱う一族の主。桜花の戦友)


(桜花)
「 軍は部落体制の実権を掌握し、
必ず侵攻に攻め入るはず。」


小さな部族とはいえ、それなりの土地の所有と戦の心得がある。


(桜花)「 彼らは守るべき、救わねばならぬ大事な民だ。」


(風馬)「 やはり、 」


「( 先代の即決の判断はその先手を打つことを ) 」


“ 敵が遠征に散る前に中心部を撃つ。”

(先代)「 大和の国へ向かえ風馬。」


“ 先伸ばす雑草(外敵) は、刈り取らねば視野()の見通しも国が乱れる。”


(先代) “ あれ(桜花)が、荒れた(集落)(実力行使) をおこしてやらねば新たな(結束)は芽吹かん。”


平穏(自然) は自分たちが調和(手入れ)を怠れば、そこには様々な争い(支障)が起きやがて好き勝手な支配に侵されればその(土地)は枯れ果てるしか、その先の救いなどない。”


お前がやるべきことは

これ以上、奴らの野放しは許すな。



“ 任を完遂させよ。”



(桜花)
「 先代は、あのような厳しい方だが、世の思慮深い見方と自然を理解する考えが何より尊い。マホロバの国を思い一番、この里を愛しているからだ。」


(風馬)
「 、……そうですね 。」


『 自然と共にある暮らしは、
人の心を清らかに作用させ土地を豊かにする。』


” 天の時をよみ、地の利を預かり、また人の和に恵まれ徳と智を備え大業を成せよ。“


桜花はその講和を結ぶ時代が今の自分達の役目だと心の内を明かした。





─── ・・ .. 。
(風)





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