11.背後霊

文字数 2,016文字

十二月中旬。
とても懐かしい、昔の人の夢を見た。
僕は昔から寝つきが悪いのか、よく夢を見る。
夢の内容は詳しく覚えていないが、その昔の人が出てきたことだけは記憶の片隅にあり、目元に溜まった涙がそれを物語っていた。
部屋のベッドから起き上がった僕は、涙が溜まった目元を拭ってから、締め切ったカーテンを少し開けた。
外は寒いのか、窓ガラスの所々に結露が発生していた。

春に咲く桃色の桜の花。
地表にある物全てを焦がす勢いで照りつける夏の日差し。
並木道を埋め尽くす紅葉。
顔をかすめる冷たい北風。
雪桜が見られる程の異常気象が相次ぎ、そもそも外出する回数も減った一年だったが、それでもそういう風物詩は影を薄めつつも例年通り顔を出したように思える。
少なくとも僕はそう思えた。
そして例年通り、そういった風物詩を見たり感じたりする度に昔の人を思い出して、僕の後ろで背後霊が笑う一年だった。

ここで詳しい話をするつもりはない。
宗教や学校のクソガキ共に散々痛めつけられて入水した僕を、助けてくれた。
同い年で当時イジメられていた者同士、傷を共有させてくれた。
細く白い指で僕の手を引っ張って、色んな季節を、色んな楽しみを味わわせてくれた。
僕の手を優しく握ってくれて、死体同然だった僕の壊れた心を作り直してくれた。
宗教の無機質な愛しか知らなかった僕を抱きしめてくれて、本当の温もりを教えてくれた。
その人みたいな優しい人が生きているという、このクソみたいな世の中でも生きてみたくなるような、そんな喜びを教えてくれた。
そして最終的にはこのクソみたいな世の中に辱しめられて殺された。
そんな人が昔いたって話だ。
この世の中じゃどこにでも転がっている、よくある話。
その人が宙吊りになったことを知った夜から、背後霊がずっと僕の後ろに居座るようになった。
そしてその夜から、背後霊がいつもその日その日の僕を見張るようになった。
至る所でその昔の人との思い出が蘇り、そして後ろで背後霊が笑う。
僕の見る世界は、そんな全くもって生きづらいものに変わってしまった。

最初は後悔と悲壮感、虚無感が頭の中で渦巻いてどうにかなりそうだった。
手の中にあった温もりの大切さを、失ってから初めて気づいた自分が本当に馬鹿らしく感じた。
そして何かに喜怒哀楽を感じることも、誰かを愛することも、生きることもすっかりやめてしまおうと思った。
でもそんな僕の気持ちに反して、たくさんの人が助力してくれたり支えてくれたりするようになっていった。
そして日に日に巨大な影みたいだった希死念慮も薄れていって、気がつけば今日まで生きてしまっていた。
その人が宙吊りなってから幾年。
その人との思い出や、後ろで見張り続ける背後霊の扱いにもそろそろ慣れてきた。
昔は本当に四六時中その人との思い出や背後霊を感じては震えて、一人泣くことが頻繫にあった。
でも今では、それらを思い出したり感じたりしても昔ほど悲壮感に襲われることはない。
時間が解決してくれたということなのだろうか。
いや、それはないな。
今までその昔の人と離れ離れになった寂しさや、何もできなかった悔恨を忘れたことはない。
でも僕の中で変化が無かったかと言うと、それも噓になるな。
最近になってやっと気づけたことがある。
孤独と孤独が集まった僕らは、結果的に離れ離れになってしまった。
でも言い方を変えたら、僕らはきっと一度は一つになれたのではないかということに。
その人との思い出や背後霊に相変わらず色々感じてしまう。
でもそれは、周りに散々痛めつけられた挙句に一度僕の手で殺めたものの、その人がもう一度優しく作り直してくれた心が、正常に動いている証拠なのだということに。
それに考えてみれば、ずっと僕を見張り続ける背後霊に恩がないわけではなかった。
その人が逝った後、一度僕は死のうとしたことがあるんだよ。
宗教信者の親に全てを否定されて、もうどうでもよくなって一人真夜中に宙吊りになろうとした。
でもその時、死ぬ直前の走馬灯みたいに、背後霊が昔のその人との思い出を思い出させてくれた。
そして背後霊が、僕を優しく後ろから抱きしめてくれたんだ。
それで僕は涙がとまらなくなって、死ぬのをやめてしまった。
そういう経緯で、一度背後霊に助けられている訳なんだ。
だからずっと後ろで居座り続ける背後霊に、感謝していなくもないんだよな。

離れ離れになったことに今でも寂しさを感じる。
変に温さを持ったあの人との思い出が至る所で笑う。
背後霊も相変わらず後ろで僕を見張っている。
でも、あの人が感じさせてくれている寂しさなのだから。
僕があの人のせいで生きている故に、思い出も背後霊も感じることができているのだから。
あの人はきっと、気にしないで生きろと言うだろうけどさ。
この寂しさとも、思い出や背後霊とも、疎まずにこれからも接していこうと思っている。
そしてあの人が教えてくれた、生きてみたくなるような喜びを求めて、これからも歩いていく。

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