文字数 1,536文字

 帰りは「普通」に乗る。自宅へ向かう各駅停車。
 電車に揺られていると、時々さみしい気持ちになる。I'm nobody……、I’m lost……、そんな気分になる。あ、なんか卑屈になりそうだ。でも、今の生活に不満があるわけじゃないよ。あわただしかったり、目まぐるしかったりはするけど、仕事は面白いし。ひと息つきたいな、と少しだけそう思ってるだけなんだよ、多分ね。
 席が空いてても座らない。リュックを抱えてドア脇の三角地帯に寄り掛かかる。ぼーっと外を見て過ごす。昨夜と同じ風景。でも、移動している。だから毎晩違って見えるんだ。イヤホンからはなにも聞こえてこない。音楽はいつの間にか終わっている。
 そろそろだな。もうすぐ、高架の下を道路が斜めに横切る。高速につながる四車線。見えるのはほんの数秒なんだけどね、この風景が好き。いくつもの赤いテールランプが、列を作ってゆっくり流れていく。たくさんの物語が運ばれていくのを見送るのって、なんかいち日のおしまいにふさわしいような気がするんだ。
 みんな、どこへ行くの?家や故郷に帰る人もいるんだろうな。また戻ってくるの?
 出かける楽しさ。離れるさみしさ。ワタシはさみしさや心細さを連想してしまいがちなの。旅行馴れしてないからかな。でも、ワタシ、平気。どこにでも行けるんだ。外国にだって一人で行っちゃうし。

 ねぇ、家族旅行って楽しい?ワタシ、連れてってもらったことがないから、わからないんだよね。父も母も生き物を相手に仕事をしてたから、土日でも家族が揃うことはほとんどなかったんだ。母はいても父は仕事、そういうパターンが多かったかな。
 そりゃ、たまにはね、遊園地くらいは連れてってもらったよ。もちろん日帰りだったけどね。
もしかしたら父は夜勤明けだったのかもしれないな。両親と一緒に出かける日は、一緒にいられる、それだけで特別だった。とってもうれしかったんだよね。でもね、知らないところへ行くのを、正直、心細く感じてもいたんだ。三人で笑っていられれば、それでよかったから。ずっと膝に乗せていてほしかったんだろうな。だからかもしれないけど、ワタシ、よんでよんで期が長かったらしいのよね。本好きな母も、あきれるくらい大変だったって。
 いい子にしてると、両親はうれしそうだった。でも、ホントはいい子なんかじゃなかったの。よんでよんでってお願いすることが、いい子の証なんじゃないか、なんかね、そう思ってたんじゃないかなって思う。
 二人に抱きつくとね、時々胸や腕から動物の臭いがしたの。ネコやイヌじゃなくて、もっと獣っぽい臭い。ふたりがいないとオレたちが困るんだ。そんな主張をする臭いだった。で、ある時、言っちゃったんだよね。お休みなんだから、仕事なんかに行かないでって。駄々をこねちゃったのよね。めそめそ泣きながらね。幼心にしまった、とも思った。理由はわかってたから。だれかが面倒をみなきゃいけない。でもね、どうしても思っちゃうんだよ。その役目、両親じゃなきゃダメなのって。月曜の朝、友だちの話を聞くたびにうらやましくて仕方なかったんだよ。夏休み明けとかもね。だから、その時は飲みこめないふりをしちゃったんだ。いまだにね、そのふりがつづいてるのよ。我ながら情けないとは思うんだけどね。
 単なるノスタルジーなのかな。わかんない。ただね、いまもこのノスタルジックな思い出を前にすると、幼いワタシが立ちすくんじゃうんだよね。家族旅行か。行かないんだろうな。少なくともあの臭いを忘れるまではね。
 ドアのガラスに映ったワタシと目が合う。今夜はさえない顔をしてんな。ガラスのワタシの口が微かに動く。I'm nobody……。今夜はやや重だ。



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