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文字数 3,235文字

 ホワイトローズたちが帰ったところで、新たな来客がやってきた。
 この国、アーランド王国の第二十四王子であるガルフォードだ。
 ガルフォードは一人だけで、取り巻き連中は連れていなかった。

「礼拝に来ました」

 聖堂内、祭壇のそばにいるニルマの元へやってきた彼はそう告げた。

「おおー、ちゃんとくるとはねー」
「約束しましたからね」

 粗暴な態度は鳴りをひそめていた。その気になれば真面目にやれるらしい。

「ま、こなかったら引きずってでも連れてきたけど」

 ガルフォードの身体がびくりと動いた。どんな目にあうのか想像してしまったのだろう。

「お身体は大丈夫ですか?」

 心配している様子でセシリアが聞いた。

「おかげさまで……回復魔法にここまで効果あるとは知りませんでした。不勉強のいたりです……」

 ガルフォードの身体はすっかり元通りになっていた。
 ローザの回復魔法が効果を発揮したのだ。

「いえいえ。普通の回復魔法ですと、ちょっとした怪我を癒やすのが関の山というところですので、ガルフォード様のお考えは間違っているわけではないんです」

 冒険者として現役の神官で、欠損部位を修復出来るほどの使い手はほとんどいないとのことだった。
 神官の回復魔法が熟練の域に達するにはかなりの時間がかかるらしい。
 冒険者としての神官が馬鹿にされるのは仕方がない面もあるのだった。

「それで、礼拝はどのようにすればいいでしょうか?」
「適当でいいけど? ちゃんと反省してたらね。神様はちゃんと見てるから」
「ニルマ様……聖導経典がいないからって、そんな……」
「違うって! 礼拝ってのは本当に心がこもってたら、それでいいんだって!」

 作法はあるにはあるが、信徒でない者にまで要求するほどでもない。
 そのあたりは気持ちの問題だった。

「わかりました」
「終わったら帰っていいよ。私はちょっと用事あるから」

 ニルマたちはガルフォードをおいて、聖堂を出た。
 ニルマは、教会の借金問題について調べるつもりだった。

  *****

 ガルフォードは一人、聖堂に残された。
 誰もいないのだから、真面目に礼拝をする必要はない。
 ニルマもガルフォードが来たことで、すでに納得していることだろう。
 だが、ガルフォードはマズルカ像の前に跪き、手を合わせた。
 そして、人生ではじめて、真摯に祈りを捧げた。
 怖かったのだ。
 適当に礼拝をするのは簡単だ。
 どのように礼拝をしたのかなど、他者にわかるはずもない。
 だが、そんな心根は身体のどこかにあらわれはしないか?
 胸を張って、礼拝をしたと言い切れるのか。
 ニルマに、心をこめて祈りを捧げたと告げることができるのか?
 自信がなかった。
 とにかく、本気で祈り続けて、できる限りのことはやったと言える状態でなければ不安で仕方がなかったのだ。
 なので、ガルフォードは必死になって祈った。
 どれほどの間そうしていたのか。

『うちやで』

 ガルフォードはそんな声を聞いた。
 男とも女ともわからない不思議な声だ。
 ガルフォードは祈りをやめ、あたりを見回した。
 誰もいなかった。
 もしや冥想状態になり、幻聴を聞いたのか。そう思っていたところ、さらに声が聞こえてきた。

『探さんでも目の前におるで』

 ガルフォードの前には、マズルカ像しかなかった。

「まさか……マズルカ神様ですか……」
『そやで』

 ガルフォードにとって神とは抽象的で、便宜的な存在だった。
 神器は神々が授けたとも言われているが、それは伝説上のことだ。誰かが権威付けに利用したぐらいにしか思っていなかった。
 まさか、神が実在していて、こうやって語りかけてくるような存在だとは思ってもみなかったのだ。

「こ、この度は……不敬の限りを尽くしてしまい、大変に失礼なことを……」
『ええで。ゴミとか小汚いとか言われたことぐらい気にしてへんから』

 そう言う割にはしっかりと根に持っているようだった。

『人の祈りに応えるんは、三百年ぶりぐらいかな。あんたよっぽどあの子のこと怖かってんなー。ここまで本気の祈りは久しぶりやで?』
「その、恐縮です……」
『そんな怖がらんでも。ニルマちゃんはええ子やねんで? 悪いことせん限りはなんも怖ないで?』

 そう言われると耳が痛かった。
 ガルフォードには、これまで非道の限りを尽くしてきた自覚があったのだ。

『それでもまあ、あの子はあんたを許したやろう? 問答無用言うわけやない。更生の余地があると思えば手も止まる。あれでもあの子は、聖女の中では理性的なほーやから』
「あれで……聖女とはいったい……」

 だが、理性的と言われればそうだったのかもしれない。
 怒っていても、冷徹に暴力を制御し、的確に技を振るっているのだ。
 その点で、ただ暴力に酔うような輩とは違うのかもしれなかった。

『聖女ゆーんは、おるだけで絶対の安心をもたらす、愛と理と法の守護者やね。地上における、神の代行者ゆーわけや』
「なるほど……」

 ガルフォードが思っていたような聖女ではないようだが、その力は圧倒的なものだった。守護者と言われればそのように思えてくる。

『ん? こんな説明で納得してもーたん?』
「違うのですか?」
『まあ建前上はそーゆーことやけど。実際は枷つーか、手綱つーか、鋳型やね。役割や立場が人を作るゆーんはわかるやろ? あかんたれでも責任ある立場につけたら、立場に応じた立ち居振る舞いができるようになるゆーやつや。あの子も聖女にしたら落ち着くんやないかなーって、そんなノリで任命したんやけど、妙な感じにはまってもうて。で、うちは友だちおらんなってもーた』
「え? その、話のつながりがわからなかったのですが?」
『うちは他に比べるとゆるーい感じでやっとったから、馬鹿にする奴らは結構おったんよ、神の間にも。まー、そしたら聖女になったあの子は、張り切ってうちを馬鹿にした奴らを殴ってまわりよったんや。おかげでうちは腫れ物扱いや。もう誰も気軽には話しかけんようになってなぁ』
「神とは殴ったりできるものなのですか……」
『昔はね。神ゆーても、そこらへんにおったんよ』
「……このようなことをお聞きするのは大変に失礼なことかもしれませんが……神が本当にいるのなら、なぜ私たちをお救いくださらないのですか。私たちは異界からの侵略をうけ、滅ぼされようとしています。ご存じないのですか?」

 神などいない。
 そう思っている者の大半は、これを理由としている。
 異世界から侵略者がやってくる異常事態だというのに、この世界を祝福しているはずの神々はなんの救いももたらさない。
 ならば、神は存在しないか、人間に興味を持っていない。信仰などするだけ無駄だと考えるのだ。

『ごめんなー。もう神はこの世界にはおらへんねん。みんな神滅大戦で死んでもうた。今のうちも、残りかすみたいなもんで、なんの力もあらへんねん』
「そうなのですか……」
『けどまあ、あの子をうまいこと使えば侵略者ぐらいどーにか――』
「まだ帰ってなかったの?」

 背後から声をかけられて、ガルフォードはびくりとした。
 振り向けば、ニルマが立っていた。

「なんか、生徒を廊下に立たせたまま忘れて帰っちゃった先生みたいな気分になるからさ。ほどほどのところで帰ったら……どうしたの?」

 気付けば、先ほどまでそこにいるかのようだった神の気配は消え去っていた。

「あ、いえ、先ほどまで、マズルカ神さまのお言葉が……」
「え? 凄いじゃん!」
「信じてくれるんですか?」
「なんで疑わなきゃなんないの?」

 ニルマは不思議そうな顔をしていた。ガルフォードが適当なことを言っているとは、少しも思っていないようだった
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