第17話 百合の間②
文字数 1,516文字
コーヒーはそれほど好きではなかった。
味の良し悪しもわからないが「美味しいです」と、正語 は真理子に向かって微笑んでみせた。
真理子は、ちょこんと頭を下げた。はにかんだ顔でそのままうつむいた。
正語の正面には鷲宮高太郎 が座っていた。腕を組んだまま、前に置かれたコーヒーカップに目を落としている。

しばしの沈黙。
いっこうに始まらない『ホームドラマ』に焦れたのか、口火を切ったのは雅 だった。
「高太郎! なんとか言いなよ」
雅にドヤされた高太郎は顔を上げた。「どういったご用件でいらしたのでしょうか」と、静かにきいてきた。
何と言おうか。
——お宅のお嬢さんの左目に魅かれるまま、こちらに伺いました。
とは言えない。
正語はとりあえず、困ったような顔を作り微笑んだ。
「だからさあ」と雅が身を乗り出した。「『西手 』の智和 さんは一輝 さんの件を表沙汰にしたいんだよ。一輝さんを死なせちゃったコータをしょっぴいて、警察に突き出したいって思ってんだよ!
この人はそのために智和さんのとこに来たんだけど、真理ちゃんが気を効かせて、こっちに来てもらったってわけよ」
雅の言葉が終わらないうちから、真理子は正語に顔を向けてきた。
「コータは何もしていません!
あの子、一輝さんの遺体を見て取り乱してしまって、自分が温室に鍵をかけたせいだって、思い込んでいるだけなんです」
(俺は、あんたの弟のことなんか、知らないぞ!)
悲しそうな青灰色の目で訴えられて、正語は居心地が悪い。
「どうかこのことは穏便に済ませて下さい」と高太郎が小さく頭を下げた。
高太郎に続き真理子も、こちらは深々と頭を下げてくる。
(おいおい、勘弁してくれよ……)
高太郎はすぐに頭を上げて再び無表情で腕を組んだが、真理子は頭を下げたまま、声を震わせた。
「智和さんは、コータを悪く言うけど……あの子は本当に慎重な子で……中に人がいるかどうか、確認もせず鍵を閉めたりなんか、絶対しません」
弟は精神が不安定だと真理子は言っていたが、本人に会ってみないと分からない。
うっかり鍵をかけてしまったのかもしれないし、真理子が言うように混乱しているだけかもしれない。
だが——。
(事実はどうあれ、どうせ所轄の案件だ)
自分は深入りしない方が良さそうだと、正語は判断した。
「智和さんは、一輝さんの死因に関しては問題にされていないようですよ。私は、神社で見つかった一輝さんのスマホの件を調べて欲しいと言われただけです」
「弟はそれもコータ君の仕業だと考えているようです」と高太郎。
「違います!」と、真理子は顔を上げて高太郎を見た。「あの子はこの家に恨みを持ったりしていません!」
「他に誰が、あんなつまらない悪戯をするんだ」と、高太郎が冷ややかに言った。
真理子は項垂れ、唇をかみしめた。
「真理ちゃん!」と雅が立ち上がった。「テニスしに行くんだよね。もう出た方がいいよ。生徒さんたち、待ってるし!」
雅は真理子の肩に手を置くと、正語に顔を向けた。「今日さあ、町でテニス講習会があるんだよ。学校の運動会なんかとおんなじでさ、町中みんな集まんの、娯楽がない田舎ってヤだよね。でね、真理ちゃんは中学の先生やってるし、参加しなきゃ何かと言われるから、まずいのよ。ねっ、真理ちゃん」
雅に言われた真理子は、ふらふらと立ち上がった。「失礼します」と頭を下げた。
真理子が出るならついでにと、正語は腰を浮かせた。
「智和さんを待たせているので、私はこれで失礼します」
真理子を送りがてら一緒にテニスコートに行くのもアリだなと思った。
もう少し真理子から弟の話を聞き、場合によっては専門家の治療を受けるように促そうと考えた。
味の良し悪しもわからないが「美味しいです」と、
真理子は、ちょこんと頭を下げた。はにかんだ顔でそのままうつむいた。
正語の正面には

しばしの沈黙。
いっこうに始まらない『ホームドラマ』に焦れたのか、口火を切ったのは
「高太郎! なんとか言いなよ」
雅にドヤされた高太郎は顔を上げた。「どういったご用件でいらしたのでしょうか」と、静かにきいてきた。
何と言おうか。
——お宅のお嬢さんの左目に魅かれるまま、こちらに伺いました。
とは言えない。
正語はとりあえず、困ったような顔を作り微笑んだ。
「だからさあ」と雅が身を乗り出した。「『
この人はそのために智和さんのとこに来たんだけど、真理ちゃんが気を効かせて、こっちに来てもらったってわけよ」
雅の言葉が終わらないうちから、真理子は正語に顔を向けてきた。
「コータは何もしていません!
あの子、一輝さんの遺体を見て取り乱してしまって、自分が温室に鍵をかけたせいだって、思い込んでいるだけなんです」
(俺は、あんたの弟のことなんか、知らないぞ!)
悲しそうな青灰色の目で訴えられて、正語は居心地が悪い。
「どうかこのことは穏便に済ませて下さい」と高太郎が小さく頭を下げた。
高太郎に続き真理子も、こちらは深々と頭を下げてくる。
(おいおい、勘弁してくれよ……)
高太郎はすぐに頭を上げて再び無表情で腕を組んだが、真理子は頭を下げたまま、声を震わせた。
「智和さんは、コータを悪く言うけど……あの子は本当に慎重な子で……中に人がいるかどうか、確認もせず鍵を閉めたりなんか、絶対しません」
弟は精神が不安定だと真理子は言っていたが、本人に会ってみないと分からない。
うっかり鍵をかけてしまったのかもしれないし、真理子が言うように混乱しているだけかもしれない。
だが——。
(事実はどうあれ、どうせ所轄の案件だ)
自分は深入りしない方が良さそうだと、正語は判断した。
「智和さんは、一輝さんの死因に関しては問題にされていないようですよ。私は、神社で見つかった一輝さんのスマホの件を調べて欲しいと言われただけです」
「弟はそれもコータ君の仕業だと考えているようです」と高太郎。
「違います!」と、真理子は顔を上げて高太郎を見た。「あの子はこの家に恨みを持ったりしていません!」
「他に誰が、あんなつまらない悪戯をするんだ」と、高太郎が冷ややかに言った。
真理子は項垂れ、唇をかみしめた。
「真理ちゃん!」と雅が立ち上がった。「テニスしに行くんだよね。もう出た方がいいよ。生徒さんたち、待ってるし!」
雅は真理子の肩に手を置くと、正語に顔を向けた。「今日さあ、町でテニス講習会があるんだよ。学校の運動会なんかとおんなじでさ、町中みんな集まんの、娯楽がない田舎ってヤだよね。でね、真理ちゃんは中学の先生やってるし、参加しなきゃ何かと言われるから、まずいのよ。ねっ、真理ちゃん」
雅に言われた真理子は、ふらふらと立ち上がった。「失礼します」と頭を下げた。
真理子が出るならついでにと、正語は腰を浮かせた。
「智和さんを待たせているので、私はこれで失礼します」
真理子を送りがてら一緒にテニスコートに行くのもアリだなと思った。
もう少し真理子から弟の話を聞き、場合によっては専門家の治療を受けるように促そうと考えた。