第2話 嘆き雪原と万年氷

文字数 3,136文字

「うひぃ……。めちゃくちゃ寒い……」
 荒れ狂う吹雪の中ツグミは、カラスのマフィンをお供に雪原を彷徨っていた。
と言うのも、カナリアから新しいお使いの依頼を受けていたのだ。……成り行きで、だったが。
 前髪すら凍る気温の中、握っている使い捨てカイロだけが優しく彼を暖めている。
「くわぁ、くわぁ!」
 寒さをものともしないマフィンは、強風によろめきながらも元気に飛び回っている。
「君は羽毛があるから、暖かそうで羨ましいなぁ……」
 ツグミがそう呟いた。
 一歩、また一歩。雪に埋まっていく足を懸命に動かして進んでいると、何かが足に当たった。
 カナリアから借りた手袋を濡らしたくないツグミは、足で雪を掘る。
 コツン、と、硬い手応え、もとい足ごたえがあった。
「今度こそ頼まれたモノであってくれよ……」
 淡い期待を胸に、その手応えの正体の雪を払う。
 すると、柔らかな白色から掘り出された、銀色の歯車が顔を出した。
 ツグミは呆然とそれを手に取ると、奇声を上げながら放り投げた。
「なんで氷が出てこないんだよッ! 雪原だろうが、ここ!! どうして歯車しか無いんだよッ!! 廃工場か、ここは!?」
 腹の底から声を出し、肩で息をする。
 キンキンに冷えた空気が肺を駆け巡り、体温を下げる。しかし、それと同時に頭も冷えた様で、仕方ない、とだけ呟き、ツグミがまた立ち上がる。
「もうちょっと探すか……」
 深いため息と共に、彼はまた歩き出す。

 それは、ツグミの体感的に数時間も前の事。本当はそんなに経っていないのかもしれないが、彼にはそう感じていた。
「次は雪原に行ってもらおうかしら」
 ハーブティーを飲みながら、カナリアは思いついたように放った。
 突拍子も無い彼女の発言に、ツグミは思わず啜っていた茶を吹き出しかけた。
「あそこに落ちている万年氷は、魔法薬の材料になるの。取ってきてくれたら嬉しいなぁ……?」
 身長差なのか、図ってか。上目遣いのカナリアの瞳はとてもキラキラしていて、ツグミはなんだか、断ったら悪い気がしてしまった。
 そうして今に至るのだが……。
「どこまで歩いても雪、雪、雪……。吹雪で前も見えないし、何なんだよ……」
 ツグミがボヤいていると、先程まで元気に飛んでいたマフィンが、ツグミの肩に止まった。
 ふわふわとして温かい羽毛をツグミの首に擦り寄せ、満足そうな顔をしている。
「もしかして、暖めてくれてるの?」
 マフィンは、くわぁ、とだけ答えた。
「えへへ、ありがとう」
 鳥って体温が高いんだなぁ、と笑いながら一歩踏み出した。
 すると突然、視界が空を向いた。
「ふぇ?」
 何が起こったか理解する前に、全身に衝撃が走った。
「いっっっっったぁ……!?」
 気がつけば、仰向けになって倒れていた。そうか、転んだのか。後頭部の痛みがそれを証明している……気がする。
 いつの間に胸の辺りに避難していたマフィンが、呆れ顔でツグミを見下ろしていた。
「あはは、ごめんごめん……今立つから」
 そう言って地面に手をつく。すると、手元に硬い感覚があった。
 ツグミは首を傾げながら感覚の正体の雪を払う。いつもの歯車とは違う感触に、もしやと思った。
 ……その直感は当たっていた。掘り出されたのは、どこまでも澄んだ透明の物体だった。
それを手に取ると、果てしない冷たさが手袋越しに伝わってくる。
「これが万年氷……?」
 その美しさに目を奪われていたその瞬間。
「はーーーーっっっくしょいっっっ!!」
 ツグミは盛大なくしゃみをかました。そうだ、この辺りは物凄く寒いんだった。その事を思い出した彼は、芯から冷えた身体を震わせる。
 早くカナリアさんの所に帰ろう。そう呟き立ち上がったが、依然ホワイトアウトで視界は不良。
 ここから帰るのか……と絶望したツグミの背後に、いつの間にか影が一つあった。
「オイ、オマエ!!」
 抑揚のない声に振り返ると、案山子が一体立っていた。
「オマエ、マヨッタ! チガウカ!!」
 凹凸のない声で笑う案山子の言葉にツグミは、
「まぁ、迷ったけど……」
 と語尾を濁すと、案山子はクケケケ、と高く笑った。
「ダロウナ! ココ、ムゲン! ズットツヅク!」
 じゃあ、と、ツグミは口を開いた。
「どっちに行ったら帰れるかな?」
 案山子はしばらく黙っていたが、ポツリと
「ソンナコト、シルカ。ココ、ムゲンダカラ」
 と放った。それを聞いてツグミは、そっか。と呟くと、
「じゃあ、僕はもっと迷ってでも帰り道を探すよ。バイバイ、案山子さん」
 と手を振り、案山子の横を通って進み出した。
「オイ! ドコイク!」
 くるりと頭だけ後ろに回した案山子の叫びに、ツグミは足を止めて振り返り、答えた。
「カナリアさんの所!」
 オイ、マテ! との案山子の制止も聞かず、ツグミはただ歩き続けた。

 案山子の声が聞こえなくなってしばらく。
 流石に身体全体が完全に冷えてしまって動くのも一苦労になってしまった。
 気がつけばマフィンともはぐれており、彼の心の支えはただ、カナリアの元へ帰るその気持ちだけだった。
 だが、一向に出口は見付からず。次第に冷える身体に、限界を感じていた。
 ふと気がつくと、目の前に影のようなものがあった。
 ああ、助かった! と、ツグミはぼやけ始めた視界の中、その影に声を掛けながら走った。
 ……しかし、影は何も反応しない。
 やっと見える距離になって分かった。見えていたそれは、十字型の墓石だった。
「そんな……」
 思わず膝から崩れ落ちる。もう動けそうにない。
 誰のお墓か知らないけれど、僕も混ぜてよ。そんな不穏な事を考えては、ネガティブな思考を払拭するために首を振る。
 しかし、そろそろ限界のようだ。ツグミは目を閉じ、そのまま動かなくなった。
 
 夢を見ていた。
 普通に高校に行って、友達と遊んで、寄り道しながら下校して……。
 見知らぬ塔で少女と出会い、お使いをして……。
 もう、何が夢か分からなくなっていた。
 そう、何も……。
「ツグミ!!」
 名前を呼ばれて、目が覚めた。何だか胸の辺りが重い。
 視界に映ったのは、西洋のお屋敷によくありそうな天井と、胸の上で眠るマフィン……そして、カナリアの心配そうな顔だった。
「ごめんね、ツグミ。今日、雪原が吹雪いてるって知らなくて……」
 涙ぐみながら、彼女はツグミの手を握る。小さな両手は、とても温かかった。
 話によるとあの雪原は、雪が降ることはあっても吹雪くことは滅多にないそうだ。
「ううん、大丈夫。僕も無理したのが悪かったんだ」
 ツグミが笑う。その顔にホッとしたのか、カナリアも笑みを見せる。
「そうだ、シチューを作っておいたの。帰ってきたら暖まれるようにって」
 まぁ、切るのは使い魔がやってくれたけど。と、カナリアは笑いながらテーブルの上の鍋から、湯気が立ち上るシチューをよそう。
「ああ、でもマフィンを起こしたら可哀想だから、後で貰うよ」
 ツグミの言葉に、カナリアは、そう? とまた笑った。
「……そうだ。僕、なんでここにいるんだろう?」
 雪原で力尽きたはずでは……と首を傾げるツグミに、カナリアは
「ああ。それなら、私の使い魔に連れてきて貰ったの。マフィンが呼びに来てくれて、ね」
 その言葉に、ツグミはそっか。とだけ答えた。
 あの吹雪の中、マフィンは僕のために飛んでいってくれたんだな。
 そう考えると、ツグミは何となく彼女が更に愛おしくなった気がした。
「そういえば……カナリアさんのこと、僕は詳しく知らないよね」
 ツグミの言葉に、ティーカップに伸ばそうとしたカナリアの手が止まった。
「面白い話なんて、無いわよ?」
 ツグミが、それでも聞きたいと答えると、カナリアは、そう。とだけ答えて、姿勢を正した。
 夜はまだまだ長い。
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登場人物紹介

ツグミ

主人公の少年。

知らない世界に迷い込み、カナリアと出会った。

カナリアからの頼みでお使いをしている。

カナリア

常夜の塔・ヴェルセカの最上階にいる少女(もとい幼女)

使い魔はカラスで、別名鳥の魔女。

暇つぶしもかねて、ツグミにお使いを頼んでいる。

年の割に大人びているのは、上級魔女特有なのか、それとも……

マフィン

カナリアの使い魔の、若いカラス。

カナリアからのお使いであちこち歩き回る、ツグミの手伝いをしている。

優しく、気が良い。

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