あなたの目は見ておられた
文字数 1,170文字
詩編139編16節
胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた。
わたしの日々はあなたの書に全て記されている
まだその一日も造られないうちから。
亡くなった我が子の告別式で、牧師が読んでくださった聖書の言葉が、この詩編139編16節でした。
初めて我が子を抱き上げたとき、静かに眠っているように見えて、思わず涙があふれました。
せっかく来てくれたのに、元気に産んであげられなくてごめんね。
小さいけれど、目と鼻と口があり、眉もあり、手足にはしっかり五本ずつの指がありました。女の子でした。
寒くないようおくるみでくるみ、お帽子を着せて、お花をいっぱい敷きつめた棺に寝かせました。手紙と母乳で湿らせた綿棒を一緒に入れました。
斎場で、あかちゃんだとお骨が残らないかもしれないと言われましたが、頭と太ももの骨がかろうじて残っていました。
夫と二人きりで、その小さなお骨を拾いました。
どうかこの子を生かしてください、いのちを救ってくださいという願いを、神さまは聞き届けてくださいませんでした。
産声も上げず、生まれてすぐにお空へ帰ってしまった、わたしのあかちゃん。
そんな我が子を、神さまはまだ
振り返ってみれば、この子がお腹のなかにいたとき、わたしと夫は幸せでした。
男の子か女の子か分からないうちから名前をあれこれ話し合って、気の早い夫は小学校や中学校の受験のことまで考え始めていました。
わたしたちが家族三人で共に過ごした短くともかけがえのない日々は、神さまの書に全て記録されているはずです。
ヨハネによる福音書で、イエスはこう言われました。
ヨハネによる福音書14章1-3節
「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻ってきて、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいるところに、あなたがたもいることになる。」
わたしたちのために「場所」を用意すると、イエスは約束してくださいました。
死んだ後に行く場所があると考えることは、ひとが死と向かい合わなければならなくなったとき、わたしたちを支えてくれる希望だと思います。
きっと、イエスご自身が、亡くなった我が子のためにも場所を備えて、神さまのおそばに迎え入れてくださったことでしょう。
不安も恐怖もない、光と喜びに包まれた場所で、永遠のいのちの輝きがあると思いたいです。
神さまが、大切な我が子を与えてくださったことに、感謝をささげます。
少し早くお別れすることになったけれど、神さまのみもとで、いつか再び会えると信じています。
胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた。
わたしの日々はあなたの書に全て記されている
まだその一日も造られないうちから。
亡くなった我が子の告別式で、牧師が読んでくださった聖書の言葉が、この詩編139編16節でした。
初めて我が子を抱き上げたとき、静かに眠っているように見えて、思わず涙があふれました。
せっかく来てくれたのに、元気に産んであげられなくてごめんね。
小さいけれど、目と鼻と口があり、眉もあり、手足にはしっかり五本ずつの指がありました。女の子でした。
寒くないようおくるみでくるみ、お帽子を着せて、お花をいっぱい敷きつめた棺に寝かせました。手紙と母乳で湿らせた綿棒を一緒に入れました。
斎場で、あかちゃんだとお骨が残らないかもしれないと言われましたが、頭と太ももの骨がかろうじて残っていました。
夫と二人きりで、その小さなお骨を拾いました。
どうかこの子を生かしてください、いのちを救ってくださいという願いを、神さまは聞き届けてくださいませんでした。
産声も上げず、生まれてすぐにお空へ帰ってしまった、わたしのあかちゃん。
そんな我が子を、神さまはまだ
胎児であった
ときからすでに見ておられた、と聖書には記されています。振り返ってみれば、この子がお腹のなかにいたとき、わたしと夫は幸せでした。
男の子か女の子か分からないうちから名前をあれこれ話し合って、気の早い夫は小学校や中学校の受験のことまで考え始めていました。
わたしたちが家族三人で共に過ごした短くともかけがえのない日々は、神さまの書に全て記録されているはずです。
ヨハネによる福音書で、イエスはこう言われました。
ヨハネによる福音書14章1-3節
「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻ってきて、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいるところに、あなたがたもいることになる。」
わたしたちのために「場所」を用意すると、イエスは約束してくださいました。
死んだ後に行く場所があると考えることは、ひとが死と向かい合わなければならなくなったとき、わたしたちを支えてくれる希望だと思います。
きっと、イエスご自身が、亡くなった我が子のためにも場所を備えて、神さまのおそばに迎え入れてくださったことでしょう。
不安も恐怖もない、光と喜びに包まれた場所で、永遠のいのちの輝きがあると思いたいです。
神さまが、大切な我が子を与えてくださったことに、感謝をささげます。
少し早くお別れすることになったけれど、神さまのみもとで、いつか再び会えると信じています。
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