第1話

文字数 2,593文字

スカートよし!
ソックスよし!
髪型よし!

玄関の姿見に映る自分を確認して、寿々乃はしとやかに微笑んだ。

あぁ爽やか。
あぁ真面目。
これでこそうららかな乙女。

「行ってきま〜す」
「行ってらっしゃい」
リビングで父と母が微笑む。
「ほんとによかったわねえ……」
「家族で越してきて正解だったな」

寿々乃が中学三年生の終わり、父に転勤話が舞い込んだ。父だけが単身赴任するという案もあったが、それを頑なに拒んだのは寿々乃だった。
「私も行く! 家族が離れ離れになるなんてダメだよ!」
こんなに家族思いの子だったのかと父と母は涙を流し、家族で転居することに決めた。
 
「寿々乃ちゃんおはよう」
「はるかちゃんおはよう」

教室の片隅で、寿々乃とはるかはいつもと変わらぬ穏やかなひと時を過ごしていた。

ガタガタッ。

教室に駆け込んできた加代が寿々乃の机にぶつかる。

「あ、ごめん」
「いいよ」
寿々乃はにこっと笑って机を元に戻す。

「あの子たち、正しい高校生って感じだな」
加代は窓際でたむろする仲間に言った。
「は? なに?」
スマホの動画を見ながらケラケラ笑う仲間が加代に聞き返す。
「なんでもない」
カバンを置いて、加代も動画を覗き込む。

ある日の帰り道、寿々乃とはるかが歩いていると、加代が男にしつこく付きまとわれていた。

「原田さん、嫌がってるね」
「そうだね」
「どうしよう……」
「原田さんに用があるふりをして声をかけてみようか」
「えっ、寿々乃ちゃん怖くない?」
「少し怖いけど。はるかちゃんはここで見ていて、おかしなことになりそうだったら110番してくれる?」
「うん、わかった」

「原田さ〜ん、待たせてごめん!」
そう言いながら寿々乃が加代に駆け寄る。
「遅くなってごめんね!」
戸惑う加代にかまわず、話しかける寿々乃。そして男を見て言う。
「こんにちは。原田さんのお友達ですか?」
「そうだよ! こいつに話があるんだよ!」
「私はないよ」
興奮する男に加代が言い放つ。
「原田さんは話はないって言ってます。なので、失礼しますね」
「待てよ!」
加代の腕を掴んで引き戻そうとする男。寿々乃はその腕を(はた)き落とす。
「あんまりしつこくしないほうがいいよ」
「なんだと?!」
「聞こえない? しつこいって言ってるんだよ」
ギロリと睨む寿々乃の目を見て思わずひるむ男。
「また原田さんにしつこく付きまとったら私が許さないからね」
さらに声を低くして寿々乃が男に念を押す。
寿々乃の凄みに気圧され男が一歩下がる。
「行こう。原田さん」
そう言ってはるかが様子を見守る方へふたり一緒に歩き出す。
「あんた、何者?」
「原田さんのクラスメイトです」
その日はなぜかそのまま、寿々乃、はるか、加代の三人でカフェに行ってケーキセットを食べた。
寿々乃はとてもうれしそうだった。

ある日、寿々乃はインフルエンザにかかり学校を欠席した。

屋上でひとり、本を読むはるか。
そこに加代がやって来た。

「今日は相棒は休みなの?」
「あ、原田さん。寿々乃ちゃんはインフルエンザで欠席」
「井上って何者?」
「何者って?」
はるかはにっこり微笑んで聞き返す。
「あいつ、ただ者じゃないだろ」
「原田さんはわかるんだ」
「前からなんか怪しいとは思ってたけど、こないだ助けてくれた時に確信した」
「原田さんだけに話すんだから、秘密ね」
「加代でいいよ」
「じゃあ、加代ちゃんだけに話すね」
「おう」
「寿々乃ちゃんはね、中学までは井上組って言われるヤンキーグループのリーダーだったんだよ」
「ええっ?!」
加代のリアクションを見ておかしそうに笑うはるか。
「お父さんの転勤で引っ越して来て心機一転、真面目な女子高生として生きることにしたみたい」
「そうだったのか……」
「私も実は中学一年生まで寿々乃ちゃんと同じ中学校だったんだ。親が離婚しておばあちゃんのいるこっちに引っ越して来たの。でも苗字も変わったし、私、前はすごく太ってたから、寿々乃ちゃんは私って気づいてないみたい。て言うか、きっと私のことなんて忘れてるよ」
「そうなのか……。井上組……」
「怖かったんだよ〜」
その頃の寿々乃を思い出して楽しそうに笑うはるか。
「でもわたしみたいないじめられっ子にはすごく優しかった。男子にからかわれるといつも助けてくれた」
「想像つくよ」
先日の寿々乃を思い出す加代。
「でも寿々乃ちゃんは私が前の寿々乃ちゃんを知ってるって気づいてないから言わないでね」
「なんで言わないんだよ」
「新しい自分になってがんばってるんだもん。でも私は昔の寿々乃ちゃんのことも絶対忘れない。今の寿々乃ちゃんも前の寿々乃ちゃんも大好きだから」
 
しばらくすると、今度ははるかがインフルエンザで欠席した。

屋上でひとり詩集を読む寿々乃。
そこに加代がやって来た。
「よう、この前はありがとうな」
「どういたしまして。あれから大丈夫?」
「うん、もう大丈夫」
「お前とはるかって不思議だな」
「原田さん、もうはるかちゃんと仲良くなったの?」
「加代でいいよ。お前が学校休んでる間、ちょっとな」
「お前じゃなくて寿々乃ね。私が休んでる間に仲良くなったんだね」
「とにかくはるかは寿々乃のことが大好きなんだって」
「あはは。それはこっちの台詞だよ。いつからはるかちゃんのこと大切に思ってるか……」
「え?」
「加代ちゃんだけに話すから内緒にしてね。実は私、小学校のころからはるかちゃんのこと知ってるんだ」
「……」
「大人しくて目立たないけど、花壇の花の世話をしたり、困ってる下級生に声をかけたり、とにかく誰にでも分け隔てなく優しい子でさ。私もあんなふうになりたいなぁってずっと思ってた。でも中一の終わりに転校しちゃって……。こっちに引っ越して来たらはるかちゃんがいたからびっくりしたよ。うれしかったなぁ」
「はるかは寿々乃が昔からはるかのこと知ってるって知らないんだろ? なんで言わないの?」
「前からかわいかったけど、すごく大人しくて男子によくからかわれたりしてて……。今は前よりずいぶん明るくなって楽しい高校生活送ってるんだからわざわざ思い出させなくていいじゃん? 私は昔のはるかちゃんも今のはるかちゃんも大好きだけど」
「あははっ! お前ら憎らしいぐらいに相思相愛だな!」

加代がふたりの秘密を話すことはなかった。

寿々乃とはるかは今日も穏やかな高校生活を送っている。

そしてたまに見え隠れする寿々乃の昔の片鱗を、はるかと加代はこっそり楽しんでいるのだった。
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