第2話 初めての夜

文字数 1,507文字

 夜になるとホテルの部屋のドアがノックされた。
 美樹がドアを開けると、裕翔が小さな花束を持って立っていた。
「ありがとう、さすがパリジャンね」
 美樹は花を受け取り、匂いを嗅いだ。
「 どういたしまして」
 裕翔は美樹に、フランス式の挨拶で頬にキスをした。
 美樹は裕翔の振る舞いに、頬がほんのり赤くなった。
 裕翔の服装はカジュアルだが、オシャレでセンスの良さが際立っていた。
 ネクタイはしていなく、白いシャツにグレーのサマーウールのジャケットを着て、ボトムはジーンズで足元は素足にビットローファーを履いていた。
 シンプルだが、背が高く手足の長い彼の容姿を一層引き立たせていた。
 ビストロの席に座った二人は、(はた)から見たら普通の恋人同士に、見えたかもしれなかった。 
 裕翔は昼間とは違い、髭を剃り髪を整えていた。
 シャワーを浴びたと思われる彼の身体からは、ほんのりオーデトワレの香りがした。
 美樹は、今日の昼間の行動の理由を聞いた。
「あいつが恨めしかったから、脅かしてやったのさ」
 裕翔は悔しそうに答えた。
「そんなことしたって無駄よ。何もならないわ」
「その通りだな。美樹と会って、やっと今気づいたよ」
 裕翔は自分のした事を、今更ながら後悔していた。
「大丈夫。裕翔には才能があるし、若いからまだやり直せるわ」
「そうかな。でも、パリじゃダメかもなしれないな」
「じゃあ、日本でやり直せば。一緒に日本に帰りましょうよ!」
 美樹は、裕翔に帰国を促した。
「お金がないよ」
 裕翔は情けなさそうな声で話す。
「水臭いこと言わないでよ。チケット代くらい借すわよ」
 美樹は、得意げに裕翔に言った。
「それだけじゃない、借りている部屋のことも考えないと」
「わかった、誰か借りる人を探せばいいのね。任せて」
 美樹は裕翔に頼りにされた事が、嬉しくてつい口から出まかせを言った。
「美樹、ごめんな」
「いいのよ、子供の頃からの長い付き合いでしょ」
「有難い。ところで美樹は、今付き合っている人はいるの」 
「うん、同じ職場のフランス人」
 ワインを飲みながら、美樹はつっけんどんに答えた。
「そうか、それはよかった」
 裕翔は、胸を撫で下ろした。
 美樹に恋人ができて、幸せになっていることに安心したようだ。
 恋人のジャンといるよりも、こうやって裕翔と一緒にいる方が何倍も楽しいと裕翔に言いそうになったのを美樹は抑えた。
 それよりも裕翔に頼られた事が、とても嬉しかった。
 裕翔との食事は楽しくて、美樹はワインを飲みすぎてしまった。
 
 裕翔は酔った美樹を、ホテルの部屋まで送った。
 部屋に入った美樹は、背の高い裕翔の首に手を回し身体を押し付けた。
 裕翔の身体は、美樹に誘われても何の反応もしなかった。
「ごめん、分かっているだろ」
 裕翔は、申し訳なさそうに美樹の手を、首から振りほどいた。
  美樹は服を脱ぎ下着になったが、裕翔は目を背けた。
「分かってる。抱いてくれなくてもいい、添い寝だけして一緒に眠りたいの」
 美樹はベッドに横になった。
 裕翔は諦めたように服を脱ぎ裸になり、美樹の横に身体を寄せて腕枕をした。
 裕翔の肩が美樹の腕に触れた。
「これでいいかな?」
「うん、凄く幸せよ」
 美樹は裕翔の腕の中で眠った。
 今までずーっと待ち望んでいた時間だ。
 裕翔の体温と寝息が感じられる。
 それだけで、美樹は十分に満足だった。
 子供の頃、手を繋いで一緒に眠った記憶が蘇った。
 裕翔の身体の温もりが、美樹には心地よかった。
 裕翔がゲイで、美樹を抱くことができない事などどうでもよかった。
 このままで時間が止まってくれたらと、思いながら美樹は眠りについた。
 二人は静かに眠り、朝を迎えた。
 
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登場人物紹介

上島美樹 フランス大使館に勤める女性で裕翔の幼馴染

中村裕翔  イケメンで美樹とは幼馴染、レディースのファッションデザイナーを目指すがゲイであることに悩む男性

柴崎琢磨  裕翔の恋仲になる美男子だが小柄な男性、裕翔を同じくファションデザイナーを目指している。出世のためにゲイのように装うバイセクシャルだが、マレで有名になる。


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