第5話 おまけ②「レイモンドとレイモンド」

文字数 3,921文字


カゲロウ
おまけ②「レイモンドとレイモンド」

 おまけ②【レイモンドとレイモンド】



























 「はあ・・・。それにしても、まさか将来あんなおっさんになってるなんてなぁ」

 レイモンドは、ため息を吐いた。

 そりゃ勿論、金持ちになっているとか、ダンディーになっているとか、今の自分の生活からはそんな風になるなんて思ってはいないのだが、それでも理想として心に秘めていた姿とは異なっていた。

 それに、煙草を吸っていたことも意外だった。

 今はまったく吸っていないし、むしろ臭いが嫌いで喫煙者に対して舌打ちさえしたいほどなのに、なぜ吸う様になってしまったのだろうか。

 ビールが好きなのは変わらないが、顎鬚にしても、髭なんて絶対に生やしたくないと思っているのに、なぜだろう。

 「ま、考えてもしょうがねぇか」

 レイモンドはごろんと横になって、今日は一日中寝ていようかと思っていたのだが、全然眠くなくて、身体を起こした。

 後頭部をぽりぽりかいたあと、出かける準備をして上着をはおり、鍵をかけた。

 行くあてもなく彷徨い歩いていたが、いつもの道を歩くのもなんだかつまらなくて、脇道に逸れてみた。

 人通りが急に少なくなり、どこかに店でもないかと歩いていると、小さな居酒屋があった。

 時間的にまだやっていないだろうと思ったが、そこにはすでに灯りが灯っていた。

 やっていなければ別のところを探すとして、とにかく扉を開けて中に入ってみると、そこには紫の髪の毛をした色白の男がにこやかに立っていた。

 「いらっしゃいませ、どうぞ」

 「もうやってるんですか?」

 「ええ。気紛れに開けているので、お客様はついていますね」

 なんだかちょっと怪しい感じもしたが、カウンター席が1つだけあるそこに座る。

 熱燗を頼み、それから少しつまみをお願いする。

 「今日はどうされたのですか?」

 「ああ、仕事休みで。家でのんびり過ごそうかと思ったんですけど、どうにも落ち着かなくて」

 「なるほど。では、ゆっくりしていってください」

 適当な食べ物を頼むと、グラタンやミネストローネのような洋風のものから、てんぷらなど和風のものまで色々出してくれた。

 「なんでも作れるんですね」

 「いえいえ、そんなことは」

 「俺なんて、目玉焼きくらいですよ。そもそも、キッチンに立つこと自体ほとんどないですから」

 レイモンドの言葉に、男は小さく笑っていた。

 少し世間話をしたあと、男がなにやら意味深な笑みを浮かべてきたかと思うと、こう言ってきた。

 「何か、お悩み事でもありますか?」

 「悩み・・・?」

 「ええ、もしよろしければ、話しだけでも聞かせていただければ、僕が解決出来るかもしれません」

 「・・・・・・」

 一瞬、ぼったくりでもする心算かと思い、レイモンドは持ち合わせのことを言ってみるが、酒も食べ物も、お代はいらないと言われてしまった。

 それこそ怪しいと、レイモンドは警戒する。

 しかし、男はただ微笑むばかりで、この世に不満があるなら話してほしいと、ただそう言ってくるだけであった。

 レイモンドは迷った挙句、未来の自分と出会ったことを話した。

 まあ、信じてもらえないだろうということを前提に話したのだが、男は真剣に、というよりも興味を持って聞いてくれた。

 この世に不満があるというよりも、未来の自分の方が不満で仕方がないと話したところで、男は一枚の真っ白な紙を差し出してきた。

 これは何だと聞いてみると、男は副業として寿命を取る仕事をしているそうで、そもそもそんな仕事聞いたことがないし、違法ではないかと思った。

 いや、この男そのものが、もしかしたら異質なものなのかと感じた。

 レイモンドはすぐにその紙を戻した。

 「あんた、何者?」

 「僕、ですか?」

 「ああ」

 「ご興味がおありで?」

 「まあ、こんなこと本当に出来るかどうかは別として、普通の人間じゃねえことだけは確かだろうな」

 「これまでに、そんなことを言われたことがないもので、とても驚いています」

 余裕そうにしている男に、レイモンドは今更ながら名前を聞いてみると、男は「ノア」と名乗った。

 それは本名なのかと聞いてみると、その名はあくまで店主としての名前であって、本名ではないとはっきり言われてしまった。

 しかし本名は教える心算はないらしく、本名を聞こうとしたレイモンドの言葉を遮って、今度はノアが質問をしてきた。

 「失礼ですが、お客様のお名前をうかがってもよろしいですか」

 「・・・・・・」

 「そんな怖い顔をしないでください。悪いようにはしませんので」

 「・・・俺も字で良いなら」

 「ええ、構いませんよ」

 悪用でもされるのかと思ったレイモンドは、本名のレイラ=モンド=チェルゴではなく、みなに呼ばれている方の“レイモンド”を教えた。

 すると、ノアの表情が動いた気がした。

 「そうですか・・・レイモンドさん」

 「知り合いに同じ名前の人でも?」

 「・・・いえ。実は、最初から、どこかで見たことがある気がしていたのですが、確証がありませんでした」

 「え?俺は初めてだと」

 「ええ、まあ、貴方は」

 「?」

 貴方は、というのを強調されて言われたようで、レイモンドは首を傾げる。

 何処かで会った記憶もなければ、そもそもこんな店自体知らなかったし、こんなに目立つ男を忘れるはずがない。

 ノアは新たな料理、里芋の煮物を出すと、食べ終わった食器を片づけ始める。

 文句のつけようがないその味付けに、レイモンドはさっさと食べてここから出ようと思った。

 そして全部食べ終えて、やはりそれでもお代はいらないと言われてしまったため、言葉に甘えることにした。

 扉を開けて出ようとしたその時、後ろから声が降ってくる。

 「またのお越しを」

 ふと後ろを見ると、こちらを見て微笑んでいるノアがいて、レイモンドは軽く会釈をしてから店を出る。

 「あ、すんません」

 「・・・こちらこそすまない」

 店を出てすぐ、男とぶつかってしまった。

 自分よりも背の高い、ニット帽を被って煙草を咥えていた男は、先程レイモンドが出てきた怪しい居酒屋に入って行った。

 ちらっと見えた男の髪は自分と同じ黄土色で、瞳も緑色をしていた。

 だが、以前会ったレイモンドとはまた違った空気を纏った男だった。

 自分に似た人間がいるというが、そのうちの1人だろうかと思うと、レイモンドは、家に帰って飲み直そうと、店に寄るのだ。

 その頃、入れ換わりで店に入って行った男は、店主であるノアに挨拶をするわけでもなく、しかし迷うことなくカウンター席に腰を下ろす。

 男の前にすぐに出された熱燗は、すぐに男の胃の中に収まった。

 「いらっしゃい」

 「・・・・・・」

 「やっぱり貴方だったんですね。手を出さなくて正解でした。寿命なんて取ったら、僕が危ないですからね」

 「・・・別に構わねえよ。俺がそう決めたなら」

 「それから」と続けると、男は煙草を口に咥えたため、ノアはそこに火をつける。

 ノアは黙って灰皿を差し出すと、灰をそこに落とし、肘をテーブルについた状態で再び口に咥えながら言う。

 「その格好と喋り止めろ。気味が悪い」

 「生憎、ここではこれの方が獲物がよく引っかかるもんでね」

 「辛気臭ェ店は変わらずか」

 「なら、がらっと心機一転でもして、女の子でも雇ってあげましょうか?」

 「・・・いや、いい」

 話しながらも手を動かしていたノアは、男の前にサンドイッチを差し出した。

 その横に封筒も添えて。

 「・・・・・・」

 封筒を見つめた男は、吸っていた煙草を出来る限り短くなるまで吸うと、灰皿に乱雑に押し付ける。

 片手でサンドイッチをつまむと口に咥え、その手をそのまま封筒に伸ばすと、片腕だけで器用に中のものを取り出す。

 口をもごもご動かしてサンドイッチを無事に全部口に入れ終えると、頬を膨らませながら食べているその姿は、リスのようだ。

 中に入っていた手紙らしきものを読み終えると、一旦はそれをテーブルの上に戻し、それから封筒の中に一緒に入っていた花弁を指先で掴む。

 手紙と封筒をノアが回収すると、それらはコンロの火で燃やされてしまう。

 「貴方もまた、数奇な運命をお持ちですね、レイモンド」

 「・・・てめぇに言われたかねぇよ、メイソン」

 そう言うと、花弁を巻きつけた煙草を吸って、吸い終るとすぐにそこから立ち上がる。

 「もうお帰りですか」

 「帰るんじゃねえよ、行くんだよ」

 「ああ、そうでしたね。失礼しました」

 「それと」

 扉に手をかけると、一旦動きを止める。

 ノアの方を振り向くこともないまま、男は低い声で紡ぐ。

 「あいつが来たら、俺んとこに顔だすように言っておけ」

 「・・・かしこまりました」

 がらがら、と閉められた扉を確認すると、ノアは店の灯りを消す。

 店の奥に入ると、紫の髪の毛で出来たそのカツラを取り、短い黒髪をガシガシとかき乱しながら着替える。

 「まったく、面倒なことを」

 裏口から外に出ると、そこはまるで違う世界に来てしまったかのような、そんな場所。

 そこに架かっている橋を歩いて渡っていると、橋の下からはゴロゴロと雷のような音がし、上を見れば魚が泳いでいる。

 騙し絵のような階段を幾つか上り下りすれば、目の前に1つの扉が現れる。

 ドアノブに手をかけて扉を開けると、また別の世界が広がっていた。

 「時代を見定めるべきか、それとも」

 ばたん、と閉められたドアの向こうには何があるのだろうか。

 知りたいのなら、知らない方が良い。

 そうでないと、世界が消えてしまうかもしれないのだから。

 ただ遠ざかる明日を前に、走ってくれる足など持ち合わせてはいないというのに。

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