第3話 剥き出しの雄姿

文字数 15,434文字


カゲロウ
剥き出しの雄姿


 時のある間にバラの花を摘め、時はたえず流れ、今日ほほえむ花も明日には枯れる。

          ロバート・ヘリック





































 第三影【剥き出しの雄姿】



























 「ああ・・・」

 「レイモンド、さっきからどうしたの?数が増えて良かったじゃない。心強いよ」

 「・・・お前、自分と同じ顔がこんなにあって、笑ってられると思うか?気持ち悪いわ怖いわで、俺ぁ心が折れそうだ」

 まさに総動員だろうか。

 何処を見ても自分しかいないその光景に、レイラは思わず犯人を探す。

 その大勢の中から1人が見つかるのかは不明だが、他の自分とは何かが違うようで、レイラはすぐに発見する。

 「おいこら」

 ぐいっと、まるで猫を掴むかのように首元襟を掴むと、自らの方に引き寄せる。

 「礼ならいらねぇ」

 「礼なんて言う心算も予定もねぇよ。お前どういう心算だ?こんなに連れてきやがって、死にてェのか?」

 「何言ってんだよ。頭数はいた方がいいだろ。それに、安心しろ」

 「何がだ」

 「こいつらは俺とあんたの間の俺だから、俺は死なない。この便利な銃だって持ってるし、状況を把握してるから説明もしなくて済む」

 「・・・・・・」

 「な?」

 「な?じゃねえだろおおおおお!!!」

 得意気にへへん、と笑うレイモンドに、痺れを切らしたレイラは両頬を強く左右に引っ張る。

 「いはいいはい!!」

 これでもかというほど強く引っ張りながら、レイラは頬を引き攣らせて、それはそれはとても素敵な笑顔を向ける。

 青筋を立てているようにもみえるが、きっとそれは気のせいだろう。

 「お前なあ!!!こんなに俺を連れてくるってことは、この俺のうち、どれか1つでも死んだ場合、それ以降の俺は全部死ぬってことなんだぞ!!??リスク高めてどうすんだよ!!お前が生き残るよりも、俺が生き残った方が現状有利だろうが!!!!」

 「・・・・・・ああ」

 「ああ、じゃねえよ・・・」

 ようやくここで気付いたのか、レイモンドは静かに頷いた。

 しかし、連れてきてしまったものは仕方なく、これからまた1人ずつ戻すというのも時間がかかるため、諦めるしかなかった。

 力無く項垂れてしまったレイラを見て、レイモンドは小さく欠伸をしていた。

 「こんなに馬鹿だったか?俺」

 「こんなもんだな。それに、結局俺が生き残らないと、こいつらも死ぬしな。おっさんもだけど。俺を大事に敬って守れば良いと思う」

 「偉そうに言う事じゃねえんだよ。それに、こんなにぞろぞろ連れてきやがって。ただでさえ役に立たねえってのに・・・」

 「それは自分に言ってることになるから止めておくんだな。まあ、もしもどこかの俺が死んだとして、おっさんがこの時代からいなくなったとしても、俺が一応骨は拾ってやるから」

 「そういう問題じゃねえよ。なんだこいつ。殺していいか」

 「殺してみろよ。お前も死ぬからな」

 「どうしたらいい。なあ、俺はどうしたらいいんだよ」

 「とりあえず、冷静になろうか、レイモンド」

 ふつふつとわき上がる、自分に対する苛立ちをどう抑えて良いか分からず、レイラは今にもとびかかりそうな形相でレイモンドと対峙している。

 そのレイラを後ろからはがいじめして、なんとかレイモンドへの暴走を止めたサバンの横で、タツトは平然と影に銃を撃っていた。

 「とにかく、数が増えたことに変わりは無いよ。まあ、優先順位のトップに躍り出たんもが、”レイモンドジュニアたちを守る“ことになっただけだから」

 「気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ!!!俺ぁこんな馬鹿知らねえ!!」

 「だから、昔の君だからさ。そこは大目に見てあげてよ」

 「そうそう。そんなに怒ってると血圧あがるから。大人になって」

 「んだこいつ。一回上下関係ってやつを」

 「レイモンド」

 「なんだタツト。今俺ぁ大事な話を」

 タツトに呼ばれ、レイラはふと顔をあげてそちらに目をやる。

 すると、研究所の方へと向かってくる大勢の影が見えた。

 ついでに、その影たちに追われるようにして研究所の方へ向かってくる、レイモンド御一行もだ。

 「ったく。やるしかねえな」

 「誘導すればいいんでしょ?」

 「ああ。頼む」

 ひょいっと、レイラは研究所の建物内へと走って行った。

 ドドドド、と影を引き連れてきたレイモンドたちは、研究所内に入ると壁に書かれた矢印の方へと向かって行く。

 レイモンドたちはとある部屋に隠れるようにして逃げると、レイモンドを失った影たちはレイモンドを探し始めるが、目の前でギィ、と扉が開いている部屋があったため、そこに向かって行く。

 ぴちゃぴちゃ、と少し浸水しているのか、その部屋は足元が濡れているが、影はそんなこと気にしない。

 結構な影がその部屋に入ったかと思うと、急に廊下側から扉が閉められ、鍵をかけられてしまった。

 するといきなり、ビリリリリリ、と、身体中に電気が走る。

 床を水で浸していたのも、そこに電気を流せるようにコードを数本置いてあったのも、あれだけ目立つレイモンドでここに誘導してきたのも、これのため。

 身体中に電気が流れると、それはタツトが考案したショックを与える銃と同じような役割があって、影は”意識“を失った。

 バタバタと倒れて行く影を確認すると、ブレーカーを切り、壁に穴をあけてそこから水を流す。

 しばらくしてから部屋に入れば、影が床に倒れている光景。

 「結構いったな。お?」

 準備をしたりブレーカーを入れたり落としたりしていたレイラは、そこに倒れいている影には、足に何か巻かれていることに気付いた。

 「レイモンド、どうしたの」

 到着したサバンが声をかけると、レイモンドはサバン、ではなくてその後ろにいるタツトに声をかける。

 「おいタツト、こりゃなんだ」

 何だろうと、タツトはレイラの横にいってそれを見ると、「ああ」と気の抜けた返事をする。

 「多分こいつらは初期の影だね」

 「初期?お前がいた頃ってことか?」

 「うん。最初は個体を識別するために、こうやって足にマーカーをつけてたんだけど、最近は影の体内に何か注入してたみたい」

 「それでか。新しい影はそれが目には見えねえってわけか。けどま、こいつらはすぐに持ち主に返せるってわけだな」

 レイラたちは、マーカーのついている影を針でひとまとめにすると、まだ残っている影たちに見つからないように、そっと街に戻る。

 半分ほどの影が無事に戻ると、影は自ら動くことは出来なくなり、宿主の動きと同じように動く。

 「おおかた戻ったけど、やっぱり一気に全部は無理だね」

 「ああ。それに、奴等も馬鹿じゃない。同じような手を使おうとすれば、警戒されるだろうな」

 「なあ」

 「あ?なんだ」

 無事に影が戻ったのは良いとして、レイモンドは急に疑問を持った。

 それは、もっと早く、というよりも一番最初に聞くべきことだったのかもしれないが、興味がなくて聞かずにいた。

 しかし今になって、いや、トレイと出会ったことによって生まれた僅かな興味。

 「なんで影だったわけ?ロボットがいるなら、影まで利用しようなんて考えなくても良かっただろ?」

 「・・・・・・」

 急に3人とも黙ってしまったため、レイモンドは何かいけないことでも聞いてしまったのかと、ただ答えを待つ。

 一方、何も答えずにいる3人は、互いの顔を見ているだけ。

 しばらく黙ったままのため、ついにはレイモンドが口を開く。

 「なに?なんなの?知らないから答えられないの。それとも知ってるけど答えないの。答えたくないの。そもそも知らないの。え?何?喧嘩売ってる?俺がどうせ理解出来ないだろうとか思って、言葉を選んでるわけ?それとも機密事項?いや、そんなわけないよね。機密事項を知ってる市民はもはや市民じゃないからさ。つうかこんな状況でそんなこと考えているわけじゃないよな。なんか超ムカついてきたんだけど、どうしたらいい?この行き場を失くした俺の苛立ちはどこに向けたら解消される?とりあえず地面に転がってる影をひも結びにしていい?硬くひも結びしていい?何回か結んで一生解けないようにしてもいい?」

 「・・・・・・」

 それでも何も言わないレイラたちに、ついには余っている影に手を伸ばし、本当にひも結びをしようとした。

 レイモンドの腕を止めたのは、レイラの声だった。

 「待て待て。別に答えたくねえわけじゃねえから」

 「じゃあなんだよ」

 「俺ぁてっきり、タツトの方が詳しいだろうからタツトが答えるもんだと」

 「こういうときはサバンが説明する係かと思って」

 「レイモンドが話すべきことじゃないの?だってレイモンドだらけだよ?」

 「それは関係ねぇだろ」

 「じゃあレイモンドにしよう」

 「だから、俺よりタツトの方が詳しいだろって。俺はこの研究が始まった頃なんて、どうせすぐに研究費使いはたして潰れるって思ってたから」

 「確かに。詳しいのはタツトだよね」

 「説明係はサバン」

 「その説明係って何なの?」

 「だれでもいいから早くしろ」

 レイラは元科学者として研究所にいたタツトが話すと思っており、タツトは説明が上手と言うか好きというか、その担当と勝手に思い込んでいるサバンと思っており、サバンは当然のようにレイラが話すものだと思っていたようだ。

 だから、互いに誰も話さないため、なんで話さないんだろうと、互いの顔をじっと見ていたようだ。

 そんなことどうでもいいと、レイモンドは小さく舌打ちをした。

 「しゃーねぇな」

 そう言って、レイラが話し始める。







 「最初はもちろん、ロボットや機械で賄おうとしてたんだ。動物ばっかりが絶滅するなんて危惧されてたが、そのうち、人間も絶滅する恐れがあると言われ始めた」

 「人間が絶滅?」

 「ああ。そこで、1人の科学者が、人間を作ろうとした。人工知能を搭載した、人間の形をしたロボットじゃなく、本当の人間を、だ」

 「は?それは無理じゃ」

 話しをしながら、レイラはポケットから煙草を取り出し口に咥える。

 ライターを何度かカチカチ開閉したあと、そこに火をつける。

 「誰もがそう思ってた。だが、そいつが作りだそうとしてた人間ってのは、クローンのとこだった」

 「クローンって、あのクローンか」

 「そう。しかも、赤ん坊として生まれ、人間と同じ年月をかけて成長していくクローン。記憶なんかは消しちまって、別の人格として育てることも出来ると言われてた。だが、クローンには欠点があった」

 「欠点・・・」

 煙を吐き出すと、レイラは目を閉じる。

 深呼吸でもしているのか、ゆっくりと息を吸ってから吐き出すと、目を開ける。

 「記憶は消せても、個性は変わらなかったってことだ」

 別の人間として、異なる環境で育てたとしても、同じ遺伝子を持っているからなのか、行き着く未来に差は出なかった。

 得意なことは増えても、苦手なことは同じであったり、好きになる人間の好みが同じだったりと、別の人間と呼ぶにはあまりにも似すぎていた。

 「一番厄介だったのは、オリジナルとクローンを会わせた時、波長を合わせてしまうことだった」

 自分と同じ人間がこの世にいる。

 それが分かると、人間というのは悪知恵が働くもので、互いが入れ換わって生活をしてみたり、他人を騙してみたり。

 一番気が合うからこそ、他人でありながらも最も信頼出来る他人を手に入れた、そんな気分になってしまったのだ。

 顔を合わせなければ良いだけかもしれないが、それだけ波長が合うと、遠くで生活させていても、なぜかいつか何処かで会ってしまうのだ。

 まるで双子のように。

 同じ人を好きになったことで、オリジナルを殺してしまったクローンがいるように、その逆もまた然り。

 こうした事件が多発したことによって、クローンによる人間の生成は追放された。

 「それでも、諦めきれなかったんだろうな。研究を続けていたんだ」

 ひっそりと研究を続けていたその男のもとに、若い男が現れた。

 その若い男は研究熱心で、男の野望を理解し、それは未来のために必要だと言って、一緒に研究をするようになった。

 男は病気になり、若い男に夢を託した。

 ある日、その若い男は思ったのだ。

 クローンがダメだというなら、クローンを真似て、別のもので代用すれば良いと。

 丁度その頃、トレイは影を使っての実験を行っていたが、なかなか成果が見られなかった。

 会ってはならない男たちは、まるで悪魔に引き寄せられたかのようにして、この時代、この世界で出会ってしまった。

 トレイは男の研究の腕を買い、特別に研究所を与えた。

 クローンの要領で影を生かせる。

 「その第一歩として、影を切り取る方法を考えた」

 技術は進まなくて良いほど進んでいたから、影を固定し、肉体とは別にする方法などすぐに見つかった。

 影を切り取ったら死ぬのでは、という声もあったようだが、男は自らがその先駆者となるため、自分の影を取って見せた。

 男はしっかりと意識もあり、動くことも出来た。

 それ以上に世界を驚かせたのは、切り取った影が、1人でに歩き始めたことだ。

 何かのマジックだとか、細工がしてあるとか、そういう疑いを持っていた科学者たちも大勢いたが、実際にその場に来て影を見て影を触れることで、確信した。

 ―影の時代が来たのだと。

 それまでは決して光を浴びることのなかった影たちが、表舞台に立つ時代になったのだと。

 影を切り離した後、生体実験が行われるようになった。

 そこに立候補したのが、1人の女性だった。

 彼女は美人だったが、人間味はまるでなく、人間とは関わりたくないと宣言していた。

 彼女もまた優秀な科学者で、どこのラボでも必要とされるほどの頭脳と技術を持っていたが、彼女は見向きもしなかった。

 生体実験に関しては、彼女に一任された。

 まず始めたことは、影の観察からだった。

 目は見えているのか、耳は聞こえているのか、どのように歩くのか、痛みはあるのか、肉体としてそこにいるのかなどだ。

 視覚や聴覚がないことが分かると、なぜ人のいる方に歩いてくるのかという観察になった。

 彼女は部屋の色んな場所に移動して、フェイクとしてエアコンをつけてみたり、風をあててみたり、モルモットを走らせてみたり。

 すると、一種の動物のように、温度を感じ取る能力があることが分かった。

 それは影として存在してから身につけたものなのか、それとも本来人間の時から備わっているものなのか、それは分からない。

 「だいたいの影本来の生体が分かると、今度は“人間”と何が違うのか、本格的な生体を調べ始めた」

 影とはいえ、そこに男女差はある。

 しかし、そこに人間としての、動物としての生殖本能があるのかどうか、彼女は興味を持ったようだ。

 普通に考えれば、男性の影にしても女性の影にしても、生殖器もなければ遺伝子を残すための体液なども持っていない。

 男性の影と女性の影を無理矢理重ね、第三者の手によって、それらしい姿にしてはみるが、やはりそういう欲求もないらしく、さらには妊娠もしなかった。

 そこで止めればまだ良かったのかもしれないが、彼女は止めなかった。

 男性の影と女性の影に、今度は動物を交えさせたのだ。

 当然だが、これも失敗に終わった。

 ただ、これは意識を持たせてから分かることなのだが、意識を持った影たちの中には、こうした行為を自らする者もいたようだ。

 動物とも、同性同士であっても。

 もちろん、妊娠などしないため、子孫は残らないのだが。

 痛みを調べる実験でも、影は無残な姿にされていた。

 形を変えられる影は、立体のまま身体を切られることもあれば、ぺらぺらの紙の状態で切られることもあった。

 どちらにせよ、痛みを感じないことが分かり、そのうち、ストレスが溜まった科学者によって、好き勝手されることもあった。

 影は人間と違って、何をされても文句も言わなければ逃げもしない。

 都合の良い、実験道具だったのだ。

 さらに実験が進むと、今度はある男性によって意識を与える研究が始まった。

 身体中に管をつけて、そこに謎の液体を流し込んでみたり、脳を操作してみたり、手術のように身体を開き、体内に心臓の代わりとなる機械を入れてみたり。

 やっと意識を持ったと思っても、すぐに元に戻ってしまうこともあった。

 両足でしっかり歩くはずなのに、そこには何の意図も思考もないのだ。

 難しいことは止めて、単に強いショックを与えてみた。

 すると、影は物を持つことも、椅子に座ることも、目的に向かって歩くことも、さらには道具を使う事も出来るようになった。

 もっともっと人間らしくしたいと、男は影たちに感情や知識も与えようとした。

 しかし、もともとそれらをコントロールする脳を持っていないため、そう簡単にはいかなかった。

 歩くことしか出来なかった影は意識を持ち、やがては自らの身体を自在に動かせるようになった。

 それは人間と同じようで、しかし、クローンとは違って自分の顔もオリジナルの顔も知らず、余計なことは言わないし考えない。

 まさに、人間に都合よく作られたもの。

 男によって意識を持つようになった影は、少しずつ暴走を始めた。

 それは決して、欲求というものではなく、きっと影としての本能だったのだろうが、ニュースはこの事件を、研究の成果だと褒め称えたほどだった。

 犠牲者になった人間のことなど、ほんの少し憐れんだくらいにして、影が一人の人間として認識された瞬間でもあった。

 しかし、その時の影にはまだ本体との唯一の繋がりがあったため、本体が事故や病気、他の理由で死んでしまった時、影も同時に消失してしまうという難点があった。

 研究対象がいなくなると、トレイは考える。

 影はもう1つの個体であって、1つのアイデンティティでもあるのだから、本体と縛りつけておくのは可哀そうだ。

 いや、可哀そうと思ったのか、自分の為だったのかは知らないが、とにかく、影は影として生きて行くことが出来るようにしようと考えたのだ。

 「そうだ。影は我々と共に生きるべきなのだ。労働者でも兵士でもない。我々と同じ、尊重されるべき人間として、ここに存在するのだ」

 人間はなぜか、共食いもせずに生き残ることが出来ている。

 人間の代わりにロボットや機械が働き、危ないことをしているからこそ、人間は平和で安全な生活を送ることができ、守られる存在としてそこにいる。

 ロボットや機械、クローンに動物の全てを利用して生きているのなら、人間と同等の価値を持っている影もまた、同じような待遇にすべきではないのか。

 そんな歪んだ結論に達したらしい。

 幾ら生まれたときから一緒とはいえ、肉体に縛られている影は、まるで肉体の奴隷ではないか。

 彼らを1人の人間として、1つの個体としてそこに存在させることが出来れば。いつしかさらなる生命が生まれるかもしれない。

 だからこそ、トレイはその研究を自ら始め、行った。

 「人間は自分たちこそが神にもっとも近い存在だと思っている。幾ら神格化された獣がいようとも、それはあくまで獣。神などではない。今こそ我等が神となり、創造主となり、影に生命を与えるのだ」

 無能な学者は未来を読めない。

 無能な権威は力に屈する。

 無能な自由はただ地に伏す。

 無能であれば害はなかったのかもしれないが、生憎、トレイにはその能力があった。

 不幸中の幸いと言えば、まだその素晴らしい能力にも足りないところがあったということだろうか。

 完璧とも思えたトレイの実験だが、壁にぶち当たる。

 舌舐めずりをしながら、己という存在を確かなものにするため、トレイを利用していたかのように、影は待っていた。

 人間の中でも、愚かとしか言えない欲求。

 その愚かな部分が足りない影にとって、自分たちと人間が同じように扱われている理由が分からなかった。

 人間はなぜ腹を満たしたがるのだろう。

 人間はなぜ快感を忘れられないのだろう。

 人間はなぜ愚かで、人間はなぜ慈しみ、人間はなぜ泣きじゃくり、人間はなぜ痛がり、人間はなぜ歪むのだろう。

 それらは決して、影が見た世界ではない。

 ただ、感じ取れた世界が、そうだった。

 自分達の身体を、まるで動物や物のように扱うくせに、自分たちのことを人間と同等だと言う。

 それならば、人間だって同じことをされるべきではないのか。

 苛立ちなどは感じないし、悲しみも苦しみも、喜びもなにも感じていない。

 ただ、人間の話していること、していることから導かれた答えだ。

 「てなわけさ。ま、影が自己を理解してるかは分からねえが、人間の会話の内容を理解するだけの能力は、備わっていてもおかしくねぇからな」

 「じゃあ、本当にこれは影の復讐ってこと?」

 「断言は出来ねえ。何しろ、この影の中に自分の影がいるのかと思うと、そう思いたくはねぇからな。出来れば、どっかで野たれ死んでてくれてた方がマシだ」

 影は、自分たちが人間と同等だとするなら、同じことをしても良いのではないかと思った。

 だから、目の前にいる人間の身体を切り裂いてみた。

 すると、人間の身体からは、自分達とは違い、赤い液体が溢れ出てきて、人間は瞳孔を開きながら倒れて行った。

 どうしてそうなるのかなんて、知らない。

 痛みなんてないはずだろうと、またすぐに動けるようになるだろうと、自分に合わせた行動に出た。

 だが、どれだけ待っても人間は起き上がることはない。

 それどころか、次々に別の人間が現れて、その倒れている人間を見ては悲鳴をあげ、自分の方を指さして怒りや恐怖を見せる。

 意味など分からない。

 だから、同じように、した。

 この身体に纏わりつくような液体はなんだろうとか、自分たちにはない部品が幾つもついているとか。

 “人間”というのはきっと、精巧に作られたロボットなのだ。

 「人間が動物をペットとして売買し、選別し、回収し、処分する。もし動物にも人間と同じくらいの知能や思考を与えれば、人間が同じように扱われる時代が来るかもな」

 「まだ影相手だからここまで出来るけど、これが動物相手なら、人間は真っ先に死んでるよ」

 「こいつらは、やり過ぎたんだ。影を人間みてェに崇めようとしたせいで、世界を巻き込む大事件になったってわけだ」

 ぐりぐり、とレイラは煙草の火を地面で消した。

 話している間に数本吸っていたようで、同じ場所には10本ほどの煙草の吸殻がぐったりと置いてあった。

 「だけど、どうする?まだまだ影は沢山いるけど」

 「そうだな」

 レイラは顎鬚を摩りながら、眉間にシワを寄せていた。

 んー、と何か考えているレイラの後ろの方で、レイモンドが再び綺麗に挙手をすると、サバンが名前を呼んだ。

 レイモンドがまた良い考えがある、と言うと、先程のことで懲りたのか、レイラが二度と提案するなと言ってきた。

 しかしそれでも、レイモンドはずいっと前に出る。

 「今度は絶対大丈夫。俺、自信ある」

 「・・・自分で言うのもなんだが、俺がそう言う時は本当にダメなんだよ。勘弁してくれよ」

 「そういうこと言える立場か?俺をここに連れてきて勝手に巻き込んだくせに、俺に死ぬなだの勝手なことするなだのって、どうかと思うよ」

 「じゃあなんだ?大人しくお前の提案に乗っかれってか」

 「別に無理に乗らなくてもいい。俺が勝手にやるから」

 「・・・何する気だ?」

 怪訝そうな顔でレイモンドを見ると、「ひとつ教えてほしい」と言われた。

 「なんだ?」

 「あいつが言ってた、“あの人”って誰のことだ?」

 それは、トレイが言っていたこと。

 優秀で有能、研究所を作るにあたっての重要人物となった、影の研究を託されたという、その男のことだ。

 すると、レイラは不機嫌そうな顔から、ぴく、と眉を小さく潜ませた。

 新しい煙草を吸おうと口に咥えるが、唇を動かして弄んでいるだけで、火をつけようとはしなかった。

 「・・・お前がよく知ってる奴だよ」

 「は?俺が?」

 「ああ。いるだろ、お前の近くに。実験だの研究だのが好きで、人柄も良い、性格も真っ直ぐな男」

 「・・・俺?」

 「冗談言うな」

 「えー・・・そんな奴いたか?俺の知ってる奴。俺の近くにいる奴」

 しばらく瞑想に耽っていたレイモンドだが、急に目を見開いたかと思うと、レイラの方を勢いよく見た。

 すると、レイラは静かに頷いた。

 「嘘だろ。なんであいつが」

 「本人はただ、研究の為だったんだろうよ。あいつに悪気はなかった」

 「けど・・・」

 「で、どうするんだ?」

 その事実に、レイモンドはごくりと唾を飲み込む。

 まさかこんなことになるとは思っていなかったが、知ってしまった以上、やるしかない。

 「俺のもとの時代に戻って、そいつをなんとかする」

 「なんとかするって」

 「なんとかするよ。サバン、結構マシン乗っちまったけど、あとどれくらいなら行けそう?」

 「どうだろうね。これだけの時代に寄ってきたとなると、乗れてもあと1回行けるか行けないかじゃないかな。多分、戻ってはこれないよ」

 「1回乗れりゃいいんだ」

 そう言って、レイモンドたちは家に向かう。

 そこには影たちは待ち伏せしており、レイモンドたちに襲いかかってくる。

 レイラたちが影を押さえつけている間に、レイモンドは一直線にマシンに向かって走って行く。

 「レイモンド!!」

 急に名前を呼ばれ、レイラがふり返ると、そこにはこちらを見ているレイモンドがいた。

 銃を撃ちながらも、確実に聞こえてくるその声を聞きとるように、耳を澄ませる。

 ニヤリと笑うと、吐き捨てるように言う。

 「もうここには戻って来ねえ。だから」

 そう言うと、レイモンドはタツトに渡されていた銃を、レイラに向かって投げる。

 弧を描いてレイラのもとに飛んできたその銃をキャッチすると、マシンのドアの部分が閉まって行くところだった。

 「後は頼んだぜ?」

 言い終ると同時に閉まったドア。

 そして地響きを立てることもなく、マシンは時空と時空の狭間に出来る歪みに吸い込まれ、消えていった。

 残されたレイラは、視線の位置を変えて影を撃ち抜く。

 「そりゃこっちの台詞だ」







 「いってェ・・・」

 目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。

 レイラが最初に来たときよりも酷い着地だったのか、部屋はメチャクチャだった。

 いや、元からこんな具合だったかもしれない。

 それはともかくとして、レイモンドは身体を起こし、すぐに目的の人物を探すため、スマホを取り出した。

 いるべき時代に戻ったからなのか、それとも制限時間が来たからなのか、レイモンドの影は戻っていた。

 「くそっ!!出ねえ!!」

 何度も何度もかけ直すが、今仕事中できっと気付いていない。

 仕事場は知っているため、そこまで全速力で走っていこうとするが、信号機が赤になってしまい、イライラしながらも青に変わるのを待つ。

 ようやく青になって、レイモンドはまた走りだす。

 メロスにでもなった気分だが、そんな美しいものではない。

 その間も、やはり何度も電話をかけ続けるが、一向に出ないため、わざと出ないのではないかと思うほどだ。

 久しぶりにこんなに走ったからか、レイモンドは呼吸を荒げ、心臓だって酷く苦しいが、ここで立ち止まってはいけない気がして、心臓が乾いても足を動かした。

 レイモンドが懸命に走っている頃、レイラたちも影を抑え込むのに必死だった。

 「レイモンド」

 「なんだ」

 「さっきの、どういうこと?もしかして、元凶のその男、殺す心算じゃないよね?そんなことしたら、確実に捕まるよ。幾ら未来のためなんて言い訳したってさ」

 「・・・・・・」

 補充用の針に入れ替え、引き金を引く。

 未来を救う為に、過去で殺人を犯すなど、決して正しいこととは言えない。

 「さあな」

 「さあなって。自分のことでしょ。それに、もし返りうちにでもあったらそれこそ、レイモンドが消えちゃうんだよ?!」

 「・・・ああ。だけどよ」

 「だけども何もないよ」

 「・・・まあ、俺が、なんとかするんじゃねえの?」

 口角をあげながらそういうレイラに、サバンもタツトも、それ以上は何も言わなかった。

 必死になって走っていたレイモンドは、途中で呼吸を整えるため、どこか店にでも入ろうかと思ったのだが、入ってしまうとこのことを忘れてしまいそうだったため、我慢した。

 少しだけ休んで、ゆっくりと確実に足を進めて行くと、そのとき、手に持っていたスマホが揺れる。

 急いで画面を開くと、そこにはずっとかけ続けていた名前があった。

 慌てて出ると、のんびりとした声が聞こえてきた。

 『レイモンド?どうしたの?』

 「ああ、ちょとな・・・。なあ、近くまで来てるんだけど、昼飯一緒に行かねぇ?」

 『うん、いいよ。丁度今から昼休みなんだ。どこに行けばいい?』

 近くに見えた空いている店を指定すれば、相手はすぐに了承した。

 先に店に入ると、出された水を一気飲みする。

 それは走ってきたことに対する疲労からなのか、それとも、これから起こることへの緊張からなのか。

 どちらにせよ、いつものように落ち着いていられないことだけは確かだ。

 メニューを渡されたが、待ち合わせしてるからそれからでと伝えると、もう一杯水を出してくれた。

 それをちょびちょび飲んでいると、がら、と音がして、レイモンドを見つけたその男は、いつもの笑顔で手を振ってきた。

 レイモンドの正面に座ると、メニューを貰ってそれぞれ注文をする。

 男が一口飲んだとこで口を開こうとしたレイモンドだが、男の穏やかな口調が、レイモンドの言葉を足止めする。

 「珍しいよな。レイモンドから昼飯一緒になんて。どうしたんだ?」

 「あ、ああ・・・」

 「なんか怖い顔してるけど、何かあったのか?」

 「いや、あのさ、それより、最近仕事どうなんだ?上手くいってんの?」

 明らかに不自然だが、無理矢理話をずらせると、男は「それがさぁ」と眉をハの字に下げながら話す。

 「次の研究で、ある生物を使って、その生態から人間に応用出来ないかって思ってるんだけどさ、その研究の前に自分の論文の手伝いをしてくれって、教授がさ」

 「そうなんだ」

 「酷いよな。教授の論文手伝ったって、別に俺達に何かあるわけじゃないし。それに、普通研究職って定時で帰れると思うだろ?でもそうでもなくてさ」

 「・・・・・・」

 文句は言っているが、今の仕事に不満があるかと聞かれると、それは無いらしい。

 正直言うと、レイモンドからしてみれば、その研究1つ1つが、自分たちにとってどんな良いことがあるのか知らないし、きっと日常として使えるようになるのは、ずっと先の話だろう。

 親友の夢を壊すのも、迷うところだ。

 しかし、レイモンドがどうにかしなければ、同じ未来が待っている。

 「レイモンド、やっぱり変だぞ。何か相談でもあるんじゃないのか?」

 「・・・あのさアルト、お前」







 「あれ?」

 戦っていた影たちが、次第に消えて行く。

 何処へ行ったのかと思っていれば、すう、と自分の足元に見覚えのある黒い、同じ動きをする影が。

 「レイモンド!」

 「・・・・・・」

 名前を呼ばれ、レイラはサバンの足下に影が戻ってきていることに気付いた。

 同じように自分の下にもそれが横たわっていて、周りを見渡せば、他の影たちも持ち主の元へと戻ったようだ。

 「やったー!!!」

 「影が、影が戻ったぞ!!」

 「終わった・・・やっと、終わったんだ」

 影が無いからといって、生きていけないわけではない。

 しかし、影を取られてからというもの、生きた心地がしなかったのも確かだ。

 光があるのに影がない。

 レイラが銃を腰におさめていると、サバンとタツトが近づいてきた。

 「何したんだろうね?」

 「・・・さあな」

 「レイモンドって、自分に興味ないわけ?それとも、何をしたのか覚えてるから、言わないだけ?」

 「一々教える必要はねえだろ。それに、終わったんだからいいじゃねえか」

 「出たよ。レイモンドの常套句」

 「ああ?」

 「別にィ?あ、見て」

 タツトの言葉に少しだけ険しい顔をしたレイラだが、すぐに話しを逸らしたタツトの目線を追う。

 すると、廃れていたと思っていた太陽は輝きを取り戻し、空も海も大地も、全てが再び呼吸を始めたように美しい。

 言い過ぎかもしれないが、廃墟が桃源郷へと変わったようだ。

 「・・・・・・」

 「ねえレイモンド」

 「何だ」

 「この世界がずっと続くかな?」

 「知るか。過去はどうなるか分からねえ。もし、別の人間が現れて同じようなことを始めりゃ、また、未来は変わるからな」

 「未来は過去次第だからね」

 「・・・ねえ、どうでもいいんだけど、俺腹減った。早く帰って何か喰いたい。出来れば煮込みハンバーグとか」

 「なんで早く食べたいくせにそういう時間がかかるものを言うのかな。ハムならあるし、お菓子もあるよ」

 「やったー。ありがとう、サバン母さん」

 「母さんじゃありません」

 タツトがスタスタと、これまでにない動きで家に帰るため、サバンもその後を着いて行く。

 2人の後ろ姿を眺めながら、レイラは後頭部を無造作にかきながら、一度振り返って研究所が建っていた方を見てから、足で帰路を辿る。

 数歩歩いたところで誰かに見られているような気がして首だけ動かしてみるが、そこには誰もいなかった。

 気のせいかと、レイラはサバンに呼ばれたため、気の抜けた返事をしながら歩く。

 そんなレイラの背中を見つめている男。

 男はニット帽を被り、片方の目には傷がついており、片方の腕はそこにない。

 ニット帽の隙間から見える髪は黄土色をしており、まるで宝石のように輝く綺麗な緑の目をしている。

 男は煙草を取り出すと口に咥え、火をつける。

 「ここにいたんだ、レイモンド」

 「ああ」

 「懐かしい?」

 「まあな」

 「いつ見ても、レイモンドはレイモンドだね」

 「うるせぇぞ、タツト」

 「ノスタルジーも良いけど、そろそろ戻ろう。此処に長居したところで、未来は何も変わらないよ」

 「・・・・・・」

 男は煙草を咥えたまま、踵を返す。

 そして、空間の中に現れた扉を開けると、その中へと消えて行った。

 そんなことは露知らず、家に戻ったレイラたちは、街が祭り騒ぎになっていたため、そこに参加することにした。

 タツトは出店を片っ端から寄って行き、食べては寄り、食べては寄りを繰り返していた。

 きっと明日食べ過ぎて腹が痛いと言うだろうからと、サバンがタツトに胃薬を渡すが、タツトは大丈夫だと言って結局飲まなかった。

 すると、思っていた通り、翌日タツトは昨日の自分を恨みながらも、根性で続いていた祭りに参加するのだ。

 レイモンドのスマホが鳴る。

 それに出れば、相手はあのアルトだった。

 「もしもし」

 『レイモンド、この前はありがとな。決心してあの仕事辞めて良かったよ』

 「そっか。けど、好きなことだったんだろ?昔から研究者になりたいって言ってたし」

 『そうなんだけどさ。まあ、今の仕事も嫌いじゃないよ。それに、尊敬するような教授もいなかったし、研究なんて、多分俺には合ってなかったんだよ』

 「・・・まあ、お前がそれで良かったなら」

 あの時、アルトに手をかけるべきなのか、迷った。

 だが、それだけはどうしても出来なかった。

 ならば、アルトが研究から離れれば良いのではないかと思った。

 レイモンドの周りにも、転職をしている人は結構いたし、アルトは要領が良いから何処でも大丈夫だろうと、別の仕事を勧めた。

 罪悪感がなかったわけではない。

 研究をして、それをいつか役に立たせたい。

 そう立派な夢を持っていて、研究の仕事をするために勉強を頑張っていたことも知っている。

 きっと本当に、優秀な人材だ。

 未来であんなことが待っていなければ、あのまま続けてほしいくらい、能力があって人としても良い奴だ。

 「ごめんな、アルト」

 『え?何が?』

 「いや、こっちの話。で?新しいとこどうなんだ?彼女でも出来たか?」

 『そっちはまだ。けど、すごい人がいるんだ。すごいって言っても、趣味の方なんだけど。とにかく、すごいんだ』

 「そっか。楽しそうだな」

 それから少し話しをして、電話を切る。

 レイモンドはふう、とため息を吐く。

 まさか、あの恐ろしい研究の発端が、自分が今こうして信頼を寄せている友だなんて、本当に驚いた。

 しかし、こうして未来も親友との仲も守れたのだから、良しとしよう。

 ふと、何かの気配を感じて辺りを見渡す。

 「?」

 いつも歩いている道、いつも見ている光景、いつも感じている世界のはずなのだが、何かが違う様に思う。

 それは過去と同時に未来が変わったせいなのか、はたまた別の理由なのか。

 レイモンドは肩を動かして息を吐くと、そのまま歩き続ける。

 一週間も続いた祭りが終わると、レイラたちもぐったりしていた。

 特にタツトは、ずっと食べ続けていたため、お腹が風船のように膨れていた。

 レイラは少し寒気を感じ起きる。

 掛け布団が身体に乗っかっていなかったため、自分にかけて身体を丸めてみるが、それでもまだ寒かった。

 身体を起こし、上に一枚温かいダウンを羽織ると、外に出る。

 「レイモンド、か。今度会った時ぁ、一発殴っておかねえとな」

 独りごとを言いながら小さく笑っていると、空から何か降ってきた。

 「なんだ、こりゃ?」

 雪が降る様な時期に近づいてはいるが、それにしてはまだ早い様な気がする。

 掌でそれを受け取ってみると、冷たさもなく、白さもなかったため、雪ではないことは分かった。

 それを指でいじってみると、まるで砂利のような、ざらざらする手触りであった。

 顔を上に上げれば、空からちらほらと降り続くそれ。

 レイラは目を細め、煙を吐いた。

 「・・・嫌な予感がするな」

 もう一度口に咥えて煙を吐き出すと、煙草の火を消して家の中に入る。

 そして布団に包まると、静かに寝息を立てた。







 「幾ら過去を変えようとも、時代は同じ運命を辿る。それは歯車がかみ合いながらも何度も回るように。人間の命がまた生まれ変わるように。運命の悪戯は、こうした策略によって物語となる」


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