前編

文字数 1,012文字

 学校へ向かう途中の遊歩道には、赤茶けたレンガが互い違いに敷かれている。
 片足立ちになり、ひとつのレンガの上に立つ。一列先のレンガに降りる時は両足立ちになる。次の列のレンガには、また片足で跳び乗る。足がレンガをはみ出てしまったら失格。別に誰も見ていないから、判定を下すのは僕だけど。
 僕の通学路は、学年の違う子が多いので、僕が一人でそんな遊びをしていても、誰も気にしない。それに、僕は、あまり話しかけられるのが好きじゃない。
「ふうん、秦野くんって運動神経意外といいんだね」
 うしろから、ききおぼえのある声がした。
 振り返ると、同級生の山中が立っていた。どうもこいつは苦手だ。無表情なので、なにを考えているのかわかりにくい。いま、僕は褒められたのか。馬鹿にされたのか。
「馬鹿になんかしてないよ」
と山中は僕の目を見つめて言った。
 こいつ、どうして僕の考えてることがわかるんだろう、と思っていると、山中は、スカートをひるがえしながら、かろやかにレンガの上をはねつつ、たちまち僕を追い越していった。けん・ぱ・けん・ぱ・けん・ぱ・けん・ぱ・けん・ぱ・けん。
 十一歩目で片足に切り替えようとして、山中は右方向にぐらっとゆれ、バランスを崩し、両足で踏みとどまった。
 負けていられない気がして、僕は山中を追いかけようとした。けん・ぱ・けん・ぱ・けん・ぱ・けん。
 たぶん僕は焦っていたのだ。一人で遊んでいるところを、急に苦手な同級生に見られてしまったことに。
 いつもよりせかせかして跳ぼうとしたのがよくなかった。僕は七歩目でバランスを崩し、そのまま横倒しに転んでしまった。
 レンガに頭の右のほうをぶつけてしまい、にぶい痛みがひろがった。
 カタカタ、とランドセルのゆれる音が聞こえ、山中が無表情に僕を見下ろしていた。と、びっくりするほどの力強さで、山中の手で僕は抱き起こされた。
「大丈夫?」
 山中は僕がレンガに打ちつけた頭の脇をさわりながら心配そうに僕の目を見つめてくる。僕は女の子とこんなに顔を近づけたのは初めてで、山中の手から伝わってくるあたたかい体温にもドキマギしてしまって、思わず数歩後ずさり、その拍子によろけそうになった。
 と、右手に先ほどと同じぬくもりを感じた。
「早く行って、保健室で見てもらおうよ」
 山中に手を繋がれ、僕は学校へ行った。
「あのね、七は幸運の数字なんだよ。秦野くん、七歩目で転んだから、今日はきっといいことがあるよ」
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