第1話

文字数 3,038文字

1作目『姑獲鳥の夏』は映画でみて「ふーん」と思い、だったらこれをと友人に薦められて読んでみた。
君、厚さにびびっちゃいけないぜ。
これ読まないで死ねなかった……。

……【段階:読了前】……

確かに長いけど、するすると読みやすい文体だ。
まだ途中だが素直に面白いと思う。

ただの薀蓄ミステリかと思いきや
なんと表現したものか、
まわりくどさをウリにした娯楽文学?
じれったいほどに真相究明のスト―リーも
京極の講釈もまわりくどい。
しかし、そこがポイントでぐいぐい読まされてしまう。

キャラの造詣もよく、合いの手や突っ込みが入っていて長い講釈もまるで飽きない!

事件全体がぼんやり浮かんでくるまで
そうとうまわりくどく待たされるが
それが、京極や木場、関口、榎木津といった面々(みな際立った個性を持っている! が、詳しくは言わんぞ! 其処も楽しむがいい!)の
丁丁発止のやりとりを聞いてるのが楽しくてやめられない。
(なあ、こんなことがあっていいのか? いや、あっていいもなにも実際そうなんだから仕方がないが)

なんなんだこの気持ちイイまわりくどさは!?
長くてまわりくどいって、どう考えたってマイナス面のはずなのに。これはそれを逆手にとって楽しませてくれる。そこが実に新しい!
これがオンリーワンの個性というものなのだと
僕は思った。

ただの薀蓄ミステリじゃないぜ。
長いけどセリフの語感、リズムは半端じゃない
気持ちよさを保っていて、長いのに緊密でまるで無駄がない。ついつい京極の長講釈を実際に声に出して読んでしまうほどだ。

本書で起こるバラバラ殺人とか、
事件についてはややこしいし、ネタバレになるから書かないが、いいなと思ったのは殺人の動機についての講釈だ。

普通の小説でも現実でも殺人が起これば、
それにもっともらしい動機がつく。

はじめに動機ありき。
いわく、虐待だ、トラウマだ、
あーだこーだetc……だから殺した。
そういうレッテルをはり、くくり、
殺人者と自分達がまるで遠くかけ離れた
存在であるかのようにする。
そうやって安心したいために動機が必要なんだと本書はいう。

だが実際は様々な原因が積み重なり、
たまたま環境的に殺せる環境が整って、
そこで魔が差しただけ。
それでも殺人は起こる。

誰でも「殺したい」とかいう感情は持っている。
あとはそれを実行できる環境が来るか来ないかだけの話で、殺人者と我々にはなんの隔たりもない。

なるほどなと思う。
いや、正直に言うと、
最初はちょっと理屈がすぎないかい? と思った。
けれど、殺人の動機にこれみよがしに
虐待だなんだと騒ぐ話には
ちょうど食傷気味になっていたところだったので
この京極の簡単にくくらずにその場に立ち続け、物事を真摯に、あるいは冷徹に引き受ける視点にはなかなか考えさせられるものがあった。

いや、まあ要因としては確実にあるんですよきっと。虐待とかイジメとか、その積み重ねが膨らんだ何かとか。

でも、だったら虐待された子は
みんな殺人を犯すのかっていったらそうじゃないでしょ。

心や人間の生命自体の基本的機能については
ぶっちゃけ、殺人鬼と我々はどうしようもなく
一緒ーーだって嫌なことされたらイヤだし
いいことされたら嬉しくなるでしょ? 誰だって
ーーなので、実際、試してみてもいいけど
例えば、真っ白い何にもない狭い壁の中に
四六時中閉じ込めて、人に会わせず、
「死ね」「バカ」「くず」とか、
否定的な言葉を毎日執拗に浴びせていたら
誰でも確実に気が狂うはず。

つまり条件さえ揃えてあげさえすれば人は
誰だって狂えるし、
また別な条件が揃えば、
殺人だって犯せるって寸法だ。

いや、だからって犯していいぞって話ではなくて、
単純に動機でくくって、
「やっぱりねー! おーこわっ!」とか言って、
自分とはまったくかけ離れた人種みたいに遠ざけちゃう人々よりも、
あくまで同じ人間として遠ざけず
「え、これ、マジで同じ人間!?」と
きちんと怖がりたいし、
自殺なんかもそういう距離感で僕は見つめたい。

うつ病とかも。
オーバーワークが続いて睡眠不足が続けば、
誰でもリミットの条件を越えれば鬱になれるし、死にたくもなる。
実際、僕はそれを経験したし、
まったくあさっての対岸の話ではない。
(まあ、リミットには個体差があるだろうけどね)。

……【段階:読了後】……

今読み終わったのだが、
心臓はまだ不安定だし、
物語酔いのような状態になってしまった。

なんたる悩ましい世界を顕現させるのだ
京極夏彦という男は!

後半のクライマックス。
黒衣の陰陽師京極と、
白衣の天才科学者との対決。
そこで読者はなんとも恐ろしい
「魍魎」という感覚に震撼させられる。

「魍魎」とは「境界」、そして
人として行ってはならない“向こう側”だ。

「魍魎」にあてられて、人は
自らの闇に取り込まれ、
向こう側へと渡ってしまう。
常人では誘われたら抗えないほどの引力で…。

(陰陽師の京極だけは平気だったけど。
あと木場も大丈夫か)

すべてが紐解かれると、
最初の1ページ目で描かれた幻想的なシーンが
どーんと魍魎の姿をなして胸の中に溢れてくる。そこで震える。

この小説こそ「魍魎」そのものだ。
あけてはいかん、魍魎の匣!
なんという引力!
思いっきり、引き込まれた!
なんじゃこりゃあ!?
(読み終わって友人がどうしてもと薦めてきた本当の意味がわかった。この実感を僕にも握りしめさせたかったのだろう。ああ、もう、わかったよ。僕も確かに向こう側に渡ったよ! これで満足かい!?)

【段階:読了して更に時間経過したのちの追記】

読了後、「魍魎」に触れて
どっと疲れたことを書き忘れたので追記しておく。

揺さぶられすぎて、疲れたのだ。

そう、まるで関口くん(人一倍気弱な?登場人物)になった気分。
関口くんだけが、確か、語りが一人称だからかな。
どうしたって感情移入してしまう仕掛けになっているのかも。

それから頭の中に浮かんでくるセリフや言葉が
昭和戦後のちょっと古めかしい言葉使いになってしまっている。
すこぶる尾をひく作品だ。

どうしたって君、そういうことになるのじゃないか?←

それから構成の話もしとこう。
まわりくどさの文学と書いたけれど
それはペダンティックなキャラの語り口のうまさと
構成のうまさ両方のことを指しているのさ。

小説内小説を載せているメタな作品なんだけど、
これがアッ!という、うまいところで、
ガツンと効いてくる。

でも、この辺はこの小説の肝に関わるし、
ネタバレになるので、これ以上は書かないでおく。

ただ、これだけは言っておいてもいいかな。
読み終わったあと、

「ほう…」

としか言えない生首の存在が、
妙にリアルに、胸の奥に鮮明に
響いてくるのであるよ…

いやはや、「魍魎」を実体験させられた日には
降参するしかないでしょ。
うむ! 参った! 降参!

君、今すぐ書店に走った方が身のためというものだぜ。
なんなら密林(Amazon)さんでポチってもいい。
「魍魎」に触れてみればわかる。

断じて請け負うが、君も「境界」を体験することになる。
ではまた、いずれ”向こう側“で逢おうじゃないか。我が友よ。
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