第5話 児童の命を預かるという仕事

文字数 1,027文字

担任になるということ。
それは、クラスの児童35人の命を一手に預かるということである。

私は新卒で初めて持ったクラスに、重いアレルギーを抱えている子がいた。
アレルゲンに触れたら、すぐにエピペンを打ち、救急車を呼ばなければいけない子だった。

おりしも、その数年前に、同じような症状を持った子が誤って給食でアレルゲンを摂取してしまい亡くなるという事故が報道されていた。当時の担任の教師も2年目だったかの若手だったそうだ。

働き始めて1ヶ月経った5月ごろ、アレルギーに関する研修に参加した。
他校の先生方と事故の詳細を聞き、エピペンの打ち方を教えてもらいながら、改めて、自分の業務の責任の重さを感じた。

大学を卒業したばかりの右も左も分からない新卒としては、この子が1年間、事故なく健康に過ごすことが一番大切だった。

…だが、そう思っていても、毎日その子1人をずっと見ているわけにもいかず、当たり前だが、他の34人にも目を配らなければならない。
お昼の時間が1番注意深くその子を見る時間だが、自分の持ち授業が続き、お昼だけが連絡帳の返信や宿題チェックの時間になってしまう日もあるし、別の子が体調が悪くて食事中に吐いてしまえば、その後片付けに追われる。正直、アレルギーのある子をずっと見続けていることは不可能だった。

幸いにして、私が担任を持った1年、その子は、何事もなく元気に過ごしてくれた。
だが、1年間常に、全員の命、安全の責任を負う担任という仕事の重さは想像以上だった。

児童35人に対して、大人の目が自分1人分しかないことの怖さ。
アレルギーに限らず、例えば、何人かのケンカの対応をしている間、残りの子たちを見る大人がいないこともある。
もし残りの子たちで何かトラブルが起きた時の責任は担任にある。

もちろん、そうならないように学級づくりをするのが担任の仕事ではあるが、特に新卒はそのスキルも経験も乏しい。
クラスが荒れている時は、管理職や授業が空いていた専科の教師がヘルプに来てくれることもあるが、その先生方が他の仕事に費やすはずだった時間を奪ってしまうことにもなる。

近年ようやく、初任者にはベテランの指導教員が就くようになって改善されてきているが、
児童の安全のためにも、もっともっと人手を増やした方がいい。

毎日常駐するスクールカウンセラーや、困難を抱える子を見るだけの補助員(教員志望の教育系大学の大学生でも有難い)がいるだけでも、教師の負担が減り、児童の安全性も高まるはずだ。






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