小説のネタ

文字数 639文字

 二十四時五十分。突然僕は目が覚めた。

 目が覚めた理由は、新しく書こうとしていた作品のネタが思い浮かんだから。冒頭から中盤の、物語が最もおいしい所までシナリオが浮かんだのに、目が覚めた瞬間、頭の中で鮮明に描かれていたストーリーの展開も、情景も登場人物の台詞もすべて消えてしまった。
 僕は重くなった瞼と鈍いままの思考を動かしながら枕元の明かりを点けて、ネタが思い浮かんだ時に書き取る為のノートとシャープペンシルを手に取った。そしてまっさらなノートにシャープペンシルの先を突き立てて、さっきまで頭の中に浮かんでいた物語の展開、情景、台詞などを思い出そうと頑張ってみたのだが、何も浮かんでは来なかった。さっきまで明確な手触りを持って浮かんでいたはずの世界が、地面にこぼれた炭酸水の泡のように細かい粒に変化してそのまま消えてしまったようだ。残っているのは濡れた部分だけで、色も匂いも残さず、ただ小さな沁みになって残っているに過ぎない。
 僕は何も思い出せない自分にがっかりして、ノートとシャープペンシルを戻し、部屋の明かりを消すと、目を閉じた。今月一杯開催中の小説サイトに投稿する為の作品を書く為に、どうしても気の利いたシナリオが必要だったのに。

「まあ、いいや。考えていれば常に何かは思いつく」

 僕は誰も聞く人が居ない自分の寝床の中で思った。太陽が昇り、世の中を鮮明に見る事が出来れば、新しい事を考えられるだろう。そしてこの経験を得た自分は今より賢い人間であると信じて、また眠りについた。
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