第1話

文字数 3,013文字

 華胥は、国土の大半を砂漠が占めながら「女神の千年井戸」もしくは「女王の階段井戸」と呼ばれる貯水池を有する大国。その神殿を兼ねる井戸の水底には神の竜が棲まうという。

起「血塗られた嫁入り」
 華胥の国の東の果ての小さな村。リャール(リヤル)とドゥーニャ(ドニヤ)は、仲の良い兄妹だった。既に親はなく、二人きりで支え合って生きて来た。ドニヤは村一番の美人で、王宮へ輿入れが決まる。度々渇水あるいは洪水に襲われる辺境の地は貧しいが、花嫁を献上すれば治水は王の勅命で受けることになる。孤児の兄妹を助けてくれた村へ恩返しもできる。後宮へ入れば、兄妹は二度と会えなくなるが、貧しい村で暮らすよりずっと良い。リヤルは妹を説き伏せ、花嫁を輿に乗せた。しかし、間も無く、妹の花嫁行列が賊に襲われたと報せが入る。輿入れ前の花嫁が権力争いに巻き込まれたのか? リヤルは妹を殺した犯人とその黒幕に復讐する為、妹に変装して後宮を目指す。

承「陣の魔法使い」
 後宮への潜入は時間との勝負だ。本物の花嫁が殺されたという報せが後宮へ届く前に乗り込まなければならない。道中、行き倒れている旅人・リーとその連れを助ける。連れの少女は、ドニヤによく似ていた。リーはお礼に用心棒になってくれる。幼い子供のように見えるが、リーは陣の魔法使い(呪文ではなく魔法陣を使う。呪文より陣の方がより古い魔法)だった。また、リーの連れは、少女ではなく「幻の竜」で、見る者の心の一番柔らかい場所に住むものの姿に見えるのだという。心の柔らかさは常に変わるもので、特に愛と憎しみ、喜びと怒りあるいは畏れはよく似ている。もし仮に、君が恋に溺れている最中か、あるいは殺人を犯したことがあるなら、その相手に見えるかも知れない。リヤルは、リーの竜を貸して貰えないか交渉するが、断られる。代わりに、後宮でリヤルの正体がバレないよう、夜の作法(の回避術)として、王が訪ねて来た時は朝まで物語を語り聞かせるよう、知恵を授けてくれる。リー王都の外れまで送って貰うことに。竜の背に乗って空を翔るなんて、夢のようだった。別れ際、お守りとして、竜の鱗を一枚手渡された。やっぱり君は運が良い。竜の鱗は千年に一度くらいにしか滅多に剥がれないから。

転「伏魔殿の麗人」
 王の名は、ザマーン。千人の妃を持つと噂される一方、第三妃が死産し間も無く身罷られた際には千夜に亘り喪に服したとも。ともあれ、王の下に、新しい花嫁が予定より随分早く輿入れしたと報せが届いた、筈である。が、ドニヤに変装したリヤルの下へ、王は来ない。何の後ろ盾も持たない辺境の花嫁など扱いは知れている。リヤルはある晩、部屋を抜け出し、偵察を兼ね後宮の屋根の上を散歩することに。一番高い塔へ登ると、千年井戸の神殿が見えた。その時、急に声がして、足を踏み外しそうになる。助けてくれたのは、シェーラ。同じく最近輿入れした花嫁だった。その綺麗な笑顔に騙されてはいけない。王の寵愛を独り占めしようと、ライバルを蹴落とすのが伏魔殿の女達だ。警戒するリヤルに、シェーラは手鏡を差し出す。しかし、手鏡に見えたのは、掌一杯の竜の鱗だった。リヤルも同じものを持っている。リーの竜の鱗である。シェーラは、南柯から輿入れする際、リーに助けられたのだった。リヤルとシェーラは会う度に打ち解けてゆく。ある時、シェーラはまだ結婚するつもりはない、と心の内を吐露する。リヤルは、リーに教わった「夜の作法(の回避術)」を教える。最も、リヤルはまだ一度も披露する機会に恵まれないのだが。その晩、遂に王が現れた。ザマーン王は噂よりずっと穏やかな人物に感じられた。リヤルは物語を語り聞かせる。翌朝、王はまた来て良いかと尋ねる。リヤルは「お越しの際は事前に文でお知らせ下さい。私にも予定があります」と返す。言った後で冷や汗が背中を伝う。調子に乗りすぎたか? 王に指図など…しかし、王は笑って許した。

後宮で殺人事件が起きた。被害者はシェーラ。リヤルの復讐が一つ増えた。穢れた後宮を清める為に、ある人物が召喚される。リーである。

結「女王の千年井戸」
 リーによる謎解きが始まる。リーこそが、代々の王座と盟約を結び、その遺言を遂行する「女神の井戸守り」つまり井守だった。井守とは、千年井戸の守護者で、井戸に棲まう竜の庇護を受ける者。リーの竜こそ、この国の人々の命を支える泉の主だった。ザマーンの遺言は、引き続き千年井戸を守ることと、妹シェーラの護衛。シェーラは花嫁ではなく、王の実妹だった。更には、既に暗殺されていた兄王ザマーンに変装し、暗殺事件の真相を調査していたのだった。シェーラを男装させていたのはリーの魔法。殺したはずの王が平然と政を執り行う姿を見て狼狽する者がいたら、そこから黒幕が割り出せるだろう。あるいは、後宮や神殿に出入りを許されたリーが連れる竜に、己が手にかけた相手を幻視した犯人が恐れ慄き告解を望むかも知れない。リヤルが妹の復讐と同じ方法で、シェーラも動いていた。しかし、リヤルの登場が水面に波紋を拡げる。暗殺したはずの花嫁が輿入れし、動揺した側室があった。早まった侍女がシェーラを襲い(同じ竜の鱗を持っていたことからリヤルと人違いした)反撃したシェーラが侍女を誤って殺めてしまう。間に合わなかったリーは、侍女の遺体とシェーラを入れ替えることに。リーは、ザマーンとシェーラ兄妹の母親の輿入れの際に出会って以来、彼女らを見守っていた。南柯から輿入れしたのは、シェーラの母親のことだったのだ。
シェーラは今、一連の暗殺事件の黒幕と対峙している。リヤル、君はどうする?
決まってる。シェーラを助ける。

王の簒奪を目論む大臣は王家の外戚で、第三妃の実父だった。今すぐ玉座を寄越せと、階段井戸の踊り場からシェーラを脅す。竜は高潔だ。棲まう泉が穢れてはその魂は潰えてしまう。この場で罪を犯せば、それが誰であろうと千年井戸は尽き、玉座も治めるべき民草も滅びことになる。しかし、大臣は聞く耳を持たない。リーは、リヤルと契約を結び、竜を纏い「時の魔法」を発動する。時を止めたのだ。王が玉座に就く間にただの一度だけ、井守に許すことができる奇跡。リーはこれまでに、千年に一度と言われた大洪水に襲われた際に王都の大堤防の決壊を防ぐなど、神話に語られる奇跡を起こしていた。そんな大それたことを今?俺なんかで?良いの⁉︎ リヤルは思わず声を上げる。しかし、大臣は凍ったように微動だにしない。本物に時が止まっているのだ。
今、この時。君で良かった。振り返ると、シェーラがいた。今まで正体を隠していた、もう何を言っても信じて貰えないかも知れないけれど、君が生きていてくれて、どんなに嬉しいか…
リヤルは戸惑う。シェーラが二人いる?目の前で泣きじゃくるシェーラと、リーの傍に立つシェーラ。リーはやれやれ肩を竦める。忘れたのかい?我が竜は幻の竜。見る者の心の一番柔らかい場所に住むものの姿を見せる。ドニヤとザマーンが笑っている気がした。

後日、千年井戸の神殿で婚礼が執り行われる。女王の婿取りである。女王シェーラと、リャールという王配を得た華胥は、後宮を廃止、地方の官吏も大幅に異動を行う改革を進めた。竜が古い鱗を落とし新しく生まれ変わるように、大国華胥は蘇る。

プロットは以上。
次頁あらすじ。
3ページ目は主要登場人物解説、用語解説。

 
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