ぼくはつまらない話しか書けない

文字数 1,442文字

 何もかも嫌になって、書きかけの「無題のドキュメント(5)」を削除する。気分転換に何か書いてみるか、と思って古いWordを立ち上げてみたけど、相変わらず、つまらない文章しか書けかった。 

 …つまらない文章はゴミとおなじなんだよ。

 そんなのじゃ、気分転換なんてできるはずもなく。

 はぁ。

 一度立ち上がって伸びをすると、背中がぱきぱきと鳴った。ずっとパソコンに向かっていたせいだ。

「…ぬるい。」
 なんとはなしに手を伸ばしていたインスタントコーヒーはもうすっかり冷めきってすっぱくなっていた。渇いてねばねばする口腔内を気味の悪い酸味と嘘くさい苦みが通り抜けていく。

 タスクバーのデジタル時計によると、今は二十二時をすこし過ぎたころ。

 Wordを開いたのは七時前だったから、食事も忘れて作業していたらしい。なんやかんやグチグチ文句垂れるわりに結構楽しんいでるじゃないか、ぼくは。

 夕飯の時間まで、お袋にメシだと呼ばれるまで、と思っていたけれど、この連休中、両親は旅行でうちに居ない。すっかり忘れていた。

 うわ、通知が親のラインで埋まってる。ニコニコしたお袋と親父のツーショットが大量に並んでいる。どんだけ楽しんでるんだよ。

 こんな時間から晩飯を作るのも面倒臭くい、履き古しのツッカケでふらふらと外に出る。

 今夜はお手軽に安く済ませることにしよう。

 熱帯夜の住宅街は耳に染み付いてもはや気にもならなくなってきた蝉の声以外は何も聞こえなくて、耳鳴りがしそうだ。
 静かな夜だった。

 蛾のまとわりつく青白い街灯に照らされたぼくがカーブミラー越しにぼくを睨んでいる。
 彼は、よれよれのジャージを着た貧相なナリをしてつまらなそうにぼくを見下ろしていた。着替えに戻るほどでもないか。どうせ会うのは牛丼屋のバイトだけだし。

 家から程近い牛丼屋は県道沿いにあって、高校生の頃はよく行っていた。あの頃は並はおやつサイズだと言ってバカみたいかきこんでいた。

 最近はご無沙汰だったけれど、人のいない店内をLEDが無機質に照らしていて、内装は取ってつけたようによそよそしく、さも清潔なふうを装っていた。
 壁に貼られた時給だけ手書きの求人広告によれば、ここのバイトの時給はぼくのそれとたいして変わらないらしかった。

 出したばかりのお冷は一気飲みするには少々冷たすぎた。喉を暴力的なほど冷たい水が降りていって胃に消えていく。

 前髪の長い大学生ふうのバイト君に注文をすると、もにょもにょと何か言って厨房に下がっていった。なにか飲む気分にはなれなかったから牛丼並だけ。

 テーブルに並べられた調味料からお新香を取り小さな取り皿に山盛りにする。
 しゃきしゃきもしゃもしゃ。或いは牛丼よりもこっちのが好きかもしれない。

 金属製のトレイはよく見るとほこりがたまっていて、おまけにカピカピになった紅ショウガが張り付いている。


 やがて、ぼくと眠そうなバイトの二人きりの店内に入店を告げる安っぽいチャイムが鳴って、ぼくのすぐ隣に女性が座った。なんだこの人。
 盗み見た女性の横顔はかすかに既視感があるような気がしたものの、ぱっと名前が出てこない。あ、目が合った。やや気まずい。
 女性はさも当然というような気軽さで、
「久しぶり、こういうのを「奇遇だね」って言うのかな?」
 どちら様でしょう。
「え、——あれ、もしかして誰だか分かってない?」
 
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