第1話 青年は当たり前のようにテレビモニターに吸い込まれる

文字数 1,304文字

 世良(せら)(れい)()は大学生である。
 じきに就職活動が始まるというのに準備をするでもなくゲームに逃避する程度の男だ。
 大学院に進めるほどの頭脳も経済的余裕もない。
 かといって将来に目標があるとか、憧れの職業なんてのがあるわけでもない。
 でも「働いたら負け」とか思っているわけでもない。
 なんとなく意思決定から逃げている。
 そんな状況だ。
 今日も今日とて休日なのをいいことにワンルームマンションにこもってゲーム三昧を決め込もうと、ついさっき近所のスーパーで特売の菓子や惣菜、飲み物なんかを買い込んできたところ。
 RPGマニアの彼は、ガチオタである。
 古今東西のRPGを研究し、バイトで貯めたお金をレトロゲームなんかに費やしている。
 むしろ、大学の専攻よりよっぽど博識である。
 まぁ、今の所こっち方面は一般社会に認められていないので、在野の研究者にしかなれないから仕方ない。
 玲太は昨日買ってきた全く見たことのないゲームのパッケージを取り出す。

 王国の勇者

 SHARP製8bitパソコンX-1 turbo Z II用と書かれている。
 八十年代のゲームだけれど、見たことも聞いたこともない。
 昨日は帰ってきてから深夜まで、ずっとネットで調べてみたけれど、ついに情報を探し出すことができなかった。

「いわゆる同人ゲームってやつかな?」

 同人界隈では同じくSHARP製16bitパソコンX-68000シリーズが有名だけど、それは九十年代に入ってから。
 8bit時代は自分たちでプログラムを組むのが普通だったから、機種が同じなら友達うちでコピーして回していたと母方の叔父さんが言っていた。
 これもその一つかもしれない。

「でも、パッケージまで作るとか、凝りまくってるな」

 ご丁寧に「定価:4,800円」と書かれている。
 もちろん消費税の表記はない。
 パッケージを開けると中にはディスクが二枚。
 ペラッペラの5(正確には5.25)インチ2HDフロッピーディスクだ。
 8ページ平閉じのマニュアルもついている。

「ぷぷ、凝り過ぎ」

 ディスクが生きているのは、ショップのオヤジが確認している。
 ただし、起動して画面が映るのを確認しただけ。

「まぁ、二百円だったし」

 玲太は、X-1 turbo Z IIの実機に2つあるフロッピーディスクドライブにディスクを両方差し込んで電源を入れる。
 IPLが起動し、フロッピーディスクをブートし始める。
 テレビモニタにCGが描かれていく。
 この時代のグラフィックとしてはまぁまぁの出来だ。
 画面中央下部に「スタート」の文字。
 カーソルを「スタート」に合わせてreturnキーを押すと、「はじめから」「ロード」と文字が変わる。

「『はじめから』と『ロード』って、表現は統一しろよな」

 などと独り言を言いながら「はじめから」を選択すと、画面が変わって非常にシンプルな入力画面になった。
 「なまえ」の欄にカーソルが点滅している。
 玲太は自分の名前「レイト」と入力してreturnキーを押す。
 やがて、画面が白い光に覆われていくというアニメーションが表示され……

「あ!」

 真っ白になったテレビモニタに玲太は吸い込まれた。
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