第4話

文字数 2,043文字

 実は私、子供の頃から、ほとんどお洋服を買ってもらったことがありませんでした。第一子長女なのに、です。祖父母にとって待望の女の子だったわけですし、普通なら母親を含めて『着せ替え人形状態』になっても不思議ではありません。

 でも、子どもには凡そあずかり知らない大人の世界の中で、私には、主にお二方からふんだんな御下がりが贈られていました。しかも、御下がりとはいっても、そのほとんどが上質で高価なものばかり。

 祖父母にしてみれば、思う存分買い与えたいのに思うように行かず、ものすごく残念で歯痒い気持ちだったのですが、超ドケチで守銭奴な母にとっては願ってもない状況でした。




 舞台衣装にしてもしかり。発表会の役柄の場合、年齢や体格的なもので大体の役が決まります。それほど生徒の数も多くないお教室でしたから、必然的に私が頂く役は、数年前に紗久良ちゃんか澄美玲ちゃんのどちらかがやっている確率が高かったのです。

 そして何より、二人の伯母たちの関係性から、私が貰う配役が自分の娘がやったものかどうか、非常に気になるところだったようです。その部分に関しては不可抗力だと思うのですが、それでもライバル心が疼くというのでしょうか、該当したほうはちょっとした優越感があったようでした。

 ですから、お願いされれば決して嫌と言う筈もなく、むしろ勝ち誇ったように喜び勇んでお譲り下さる訳です。まんまと母の作戦に乗せられているのを知ってか知らずかは別に。もうこうなると、ちょっと違う意味で、リアル版、バレリーナ(のママ)・ライバル物語です。




 当然、私は衣装を譲って頂いた御礼を言わされるわけですが、正直言ってこればかりは心底不本意でした。本心を言うと、自分だけの新しい衣装を作って欲しかった。

 決して『お古だから嫌』ということではないのです。まだ使えるものを再度利用することは、恥ずかしいことではないし、いろんな意味でとても良いことだと分かっています。

 でも、バレエに限らず、どんな発表会でも表彰式でもパーティーでも同様に、私は一度も新品の衣装を買ってもらったことがなく、非日常のまさに『晴れの舞台』の衣装なのですから、一度くらいは自分の為だけに誂えてくれた新品の衣装を着てみたいと、子供心にも、女子心にも思っていました。




 そう思っていたもう一つの理由は、三歳年下の妹、ゆりの存在でした。姉妹の場合、姉のお古を妹が着るというケースが多いと思いますが、我が家の場合、私が頂いたお古は従姉たちが着たものを三学年下の私が着ているものですから、いくら品質が良いとはいえ、私が着終える頃には、それなりに劣化も消耗もします。

 何より、彼女たちとゆりでは六年の歳月が経過していますから、流行という部分でも無理がありましたので、必然的に、妹のゆりが新品(とはいえ、安価なものですが)を買ってもらい、姉の私は従姉のお古を着ることが多かったのです。

 ところが、母には、私が常に新品で妹がお古を着ているという思い込みがあり、口癖のように、


「いつもあんたばかり新品なんだから、たまにはゆりに買ってやらないと可哀想でしょ」


と言うのです。

 なぜそんな事実と違うことを言うのか、ずっとそれが不思議だったのですが、のちに伯母(母の実姉)から聞いた話で、母自身、幼い頃にいつも姉の御下がりを着せられていたことに強い不満を抱いていたそうで、幼い私に自分の姉を、ゆりに自分の姿を投影してたのだろうと言っていました。

 なので、意識的か無意識か、はたまた病的な妄想かは知りませんが、そんな状況になっており、そもそも事実と違うにも関わらず濡れ衣を着せられているようで、ずっと理不尽な思いだけが燻っていたのです。




 ですが、そんな私の気持ちなど全く意に介すことなどなく、母は、


「よかったねぇ~。あんた(私)感謝しなきゃ、こんな良い衣装を貰えて。それも、紗久良(澄美玲)ちゃんが着たものを着せて貰えるなんて、こんな名誉なことはないんだから! 紗久良(澄美玲)ちゃんは、本番で誰よりも上手に踊ったんだから、あんたも上手に踊れるように、爪の垢でも煎じて飲ませて貰ったら? お義姉さん、本当にありがとうございました~。ほら、あんたももう一度ちゃんと御礼言いなさい!」


 という具合のことを、本人達の目の前でごくごく自然に言うのです。伯母たちに嫁・小姑の因縁があればこそ、言われたほうとしては悪い気はしないでしょう。

 自分に利得がある相手に対し、気分良く煽て思い通りに誘導することにかけて、母は天才的と言えました。そして、私は決して本心からではない御礼を、何度も何度も、丁寧に頭を下げて延べさせられるのでした。

 ちなみに、当初、お衣装を作る費用として祖母から預かったお金ですが、たとえ一円も使わなくても、祖母に戻されることはなく、そのまま『使途不明金』として行方を眩ませるのが、毎回のお約束でした。




 そんなこんなで歳月は流れ、私は小学五年生になっていました。



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