雄蜂と女王蜂

文字数 1,313文字

 男子中学生の武藤ケンタは同じクラスの女子生徒である高沢ユミに淡い気持ちを抱いていた。
 ユミは容姿端麗で美しく、黒く艶のあるセミロングヘアと共に気高く周囲を引き付けるオーラを身に纏っていた。体つきも良く、体育の授業で半袖の薄着になった時などは、滑らかな肌と各部の膨らみと曲線がユミを少女から若い女へと変貌させ、周囲の人間の様々な興味を誘った。ユミはその事を自分でも意識しているのか、自分より明らかに劣る女子生徒や、劣情を抱く異性に対して常に勝ち誇ったような目線を投げつけていた。
 ケンタもそのユミに引き付けられた異性の一人だった。彼は学校という名の巣箱の中にいる男子中学生に過ぎなかったが、動物のオスとして美しい異性を求めている時期に達していた。ケンタの気持ちに気付いていたユミも、自分に惹かれる相手が増えた事に悪い気はしなかったので、つかず離れずの関係を保ち、無知なケンタを喜ばせていた。


 北海道への修学旅行の日程が決まると、ケンタとユミは同じ班になった。ユミが自分と同じ班になったことを喜んだケンタは、放課後にユミを呼び出して自分の気持ちを伝えた。
「ありがとう。武藤君」
 ユミは恥じ入る事もなく落ち着いた様子で答えた。ケンタが自分に対して好意を持っていたのは承知していたし、自分に対する下劣な視線も感じ取っていたのだ。ちょっとした火遊びをしてみたいと思っていたユミは、ケンタにこう言った。
「修学旅行で自由時間が組まれたら、二人で過ごさない?二人だけの思い出作りをしようよ」
 ユミの言葉にケンタは頷いた。まだ純朴な気持ちが残っていたケンタは淡白な喜びを覚えたが、ユミは自分が女と言う要素を使って他人を動かした事に喜びを覚えていた。
 二週間後、二人は北海道へと向かった。しかし二人と生徒達を乗せた観光バスは帯広郊外で事故に会い、他の生徒と共にケンタとユミは帰らぬ人となった。


 それからケンタは事故現場近くの養蜂場の雄の蜜蜂として生まれ変わった。同じ巣箱に住む蜂の中には、ケンタと同じく事故で犠牲になり、蜜蜂に生まれ変わった同じ学年の生徒数人が居たが、ユミの姿はなかった。ユミがいないと思うと、ケンタは喪失感を抱いて、蜂らしくブンブン鳴く事さえ億劫になるようになった。
 やがて雄蜂として成熟したケンタは、繁殖の相手となる女王蜂を探して仕方なく巣箱を後にした。すると等間隔で並んだ巣箱の中に、一つだけ多くの雄蜂を引き寄せている巣箱を見つけた。興味を持ったケンタがその巣箱に入ると、そこには大勢の働き蜂達を従わせ、メスとして卵を産む為に雄蜂達と交尾を繰り返す女王蜂に生まれ変わったユミがいた。
「武藤君久しぶり。あなたも蜂になったのね」
 交尾を終えたユミは半ば呆然と自分を見つめるケンタを見つけて言った。ケンタの中には再会の喜びではなく、自らの欲望に忠実になれる喜びが支配していた。
「修学旅行前に言った約束、覚えている?それをしようよ」
 笑みを浮かべたユミの言葉に従い、ケンタは彼女の元に飛び込む。こうして二人は自分達の欲望に従う事ができたのだった。

                                      (了) 
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