第3話 サンスクリット・コースの奇妙な面々①

文字数 2,741文字

 トリブバン大学ビショバサ・キャンパスは、地方の高校のような、小ぢんまりした(たたず)まいだ。

 ネパール人の学生には、英語、スペイン語、ドイツ語などのコースが開かれている。外国人向けコースは、ネパール語、ネワール語、サンスクリット。

 実用的なネパール語コースは人気があり、クラスが2つもある。対照的に、ネワール語コースの生徒は、たった2人。

 ネワール語とは、ネワール族の話す言葉だ。

 ネパールには、さまざまな民族が混在する。ヒンドゥ教徒が多くを占めるチェトリ、移民が定住したチベット系民族、山岳民族のグルン。挙げればキリがない。
 ネワール族はカトマンドゥに古くから住む民族で、半分は仏教徒、半分はヒンドゥ教徒。彼らの話す言葉は、ネパール語とは文法も発音もかけ離れている。音の感じは中国語に近いかもしれない。

 サンスクリット・コースの生徒は、私を含めて4人。

 リカルドは、背の高い大柄のメキシコ人だ。メキシコ人といっても、私たちが想像しがちの浅黒い肌で黒髪の姿ではなく、北米にいそうな白人男性である。年の頃は、40代後半から50代前半、といったところか。インドの神秘に憧れ、サンスクリットを学びたい気持ちが芽生えた。目標は、聖典『バガヴァッドギーター』や英雄譚(えいゆうたん)『ラーマーヤナ』の読解だ。

 ダニエルは、30歳半ばのイスラエル人である。アメリカでカメラマンとして働いた経歴を持つ。インド旅行を切っ掛けに、スピリチュアルに目覚めた。アーユルヴェーダ(インド伝承医学)に関心を持ち、関連書籍の読解のためにサンスクリットの習得の必要を感じている。

 日本人の男性、篠田さんも、サンスクリットの魅力に惹き付けられた一人だ。関東の某私立大学で25年間に亘り英語の講師を務め、定年退職した。以後、ヨーガの修行をライフワークにしている。サンスクリットのマントラを習得したり、ヨーガスートラ(ヨーガの教典)を読解したりに興味がある。

 そして、私。言語学的関心と神秘思想的関心とが入り混じって、心の中で〈ごった煮〉になっている。



 同じ趣味・嗜好(しこう)を持つ貴重な仲間だ。

 日本では、サンスクリットを話題に語れる友達がいなくて寂しかった。関心事が共通だと、親しくなりやすいだろう。一生涯の友達になれたら、との淡い期待を抱いた。

 教師であるディーパは、私よりも2つ年下の女性だ。
 指導方針は、「わかりやすく教える」。

 伝統的サンスクリット教授法においては、文法学者パーニニが体系化した文法学を踏襲している。
 パーニニは、なんと、紀元前4世紀ごろの人物だ。イエス・キリストも、まだ生まれていない。日本においては、縄文時代から弥生時代に移行し、やっとこ稲作を始めかけたころだ。そんな大昔の学者のラインを、ずっと受け継いでいる。

 伝統を重んじる姿勢はインドの美徳の一つであるが、もう少し柔軟になってくれると、学習者は助かる。パーニニ文法の難解さでサンスクリットの習得を諦めた人が、どれほどいることか。

 その点、ディーパは寛容だ。パーニニ文法に固執せず、誰にでもわかりやすい指導を心懸ける。

 思想教育を排除する方針にも賛同できる。

 良し()しは別として、サンスクリット学習者は、思想が偏りがちだ。たとえば、日本におけるサンスクリット学習者の大半を、仏教関係者とヨーガ修行者が占める。ディーパにサンスクリットの教えを請う外国人たちの多くも、ヒンドゥ、仏教、新興宗教、ニュー・エイジなど、さまざまな信仰を持つ。

 授業中に宗教論争が過熱する状況を、ディーパは(いと)う。宗教的儀式や哲学文献に欠かせないサンスクリットだから、思想から完全には切り離せない。それでも、なるべく関わらないスタンスだ。思想的な話題になると、「私はわからないので」と、さっと引く。言葉には出さないが、「語学として教えます。習得したサンスクリットを哲学・思想研究に使うのは自由だけど、外でやって」との考えだろう。合理的だ。思想について知ったかぶりをしない(いさぎよ)さにも、好感が持てる。

 授業は9時から11時の2時間。長期休暇を除いては、平日は毎日と聞いていた。
 実際の授業日数は、月の半分ぐらいだ。祝祭日が頻繁にある。加えて月に何度か、政府により外出禁止令が出た。

 外出禁止令を発令は、マオイストの活動の阻止と、民間人の安全の確保が目的だ。マオイストが襲撃をする時、日付や場所を予告する場合がある。政府はマオイストの動きに応じて、民間人の一切の外出を禁じる時間を発表する。

 発令中は、通りから人の姿が、見事なまでに消える。
 退屈なので、窓の外をぼんやり眺めたり、屋上のテラスで本を読んだりした。
 屋上にいると、《トモダチ》のオーナーが慌ててやってきた。「部屋に戻り、窓からも離れて」と。窓から外を眺めていた人が、流れ弾に当たる事件があったそうだ。うかうか外も眺められない。

 オーナーが、私のために勉強机を用意してくれた。部屋に運んでもらう。休講になっても、部屋で自習ができる環境が整った。

 授業のある日は、8時過ぎに《トモダチ》を出る。大学までの約30分の道のりを歩く。

 埃っぽい通りを、軍隊が行進する。その隣を旧型の戦車がゆっくりと通過した。戦車のキャタピラーが埃を撒き散らし、空気はさらに埃っぽさを増す。

 通学路には、市場がある。
 近隣の山岳地帯から下りてきた人々が、茣蓙(ござ)の上で野菜を売っている。葉物は束売りだが、根菜と実は量り売りだ。天秤に分銅を載せ、目方を量る。
 市場は朝だけで、大学の帰りには終わっている。大学へ向かう時に美味しそうな野菜を見掛けると買ってしまい、教室に野菜を持参する羽目になった。

 活気のある市場を出ると、カトマンドゥ随一の目抜き通りに差し掛かる。

 時折、マオイストの活動の(あと)を目にする。襲撃された店舗の、硝子(ガラス)の砕かれたショーケースを脇目に歩く。

 やがて広場が見えてくる。
 祭りの前には、生贄(いけにえ)用に売買される山羊が集結する広場だ。生贄の売買がない時は、市民に開放される。古くてボコボコになったサッカーボールで、子供たちが遊ぶ。

 ちょうど広場の前に差し掛かった時、小さな爆発音がした。広場の真ん中で、砂埃(すなぼこり)が巻き上がる。視界が(かす)んだ。広場にいた人たちが大声を上げて、一斉に逃げ去る。私は何が起こったか理解できず、茫然と立ち尽くした。急に目・鼻・喉に痛みを感じ、涙と咳が止まらない。初めは砂埃の大量吸入による身体の防衛反応だと解したが、涙の量が尋常ではない。マオイストの仕業か軍隊の攻撃かは不明だが、催涙弾が爆発したようだ。

 軍隊の行進、戦車を横目に、ときには催涙弾の攻撃を受けながら、大学へ通うシュールな日常。状況を考えると、催涙弾の効果がなくても泣けてくる。
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登場人物紹介

リカルド

クラスメイト

メキシコ人

40代半ば(当時)

神話やインドの文学に興味があり、『ラーマーヤナ』(インドの代表的な文学作品。ラーマ王子の英雄譚)を原文で読みたい

きっちりした性格

ダニエル

クラスメイト

イスラエル人

30代半ば(当時)

アメリカでカメラマンをしていた際、ヨーガを学び始める。精神世界・瞑想に興味ありいずれはサンスクリットでヨーガ・スートラ(ヨーガの経典)を読みたい

大の甘党。ディスコでの夜遊びがやめられない

篠田さん

クラスメイト

日本人

65歳(当時)

ヨーガ、瞑想の(自称)エキスパート。日本の某私立大学の英語講師を25年に亘り勤め上げた。サンスクリットを学んで教本を出版したい

本人曰く、動物をも感動させる歌声を有し、森で鹿を泣かせたことがあるらしい

ディーパ

教師

ネパール人

25歳(当時)

幼少の頃から英才教育を受け、サンスクリットをマスターした才女

3児の母でもある

宏美(私)

日本人

27代半ば(当時)

大学1年生の時にインド旅行で衝撃を受け、インドの虜に

基本的にボーっとしてる

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