名物が、ない。

文字数 1,829文字

 山口は頭を抱えた。困った。大事な取引先へ持参する手土産を選ぶようにといわれたのだ。先方の社長は京都の生まれだと聞いている。よりによって京都。無理だ。その地名を聞いただけで震えあがる。山口の地元もそれなりに歴史ある土地柄だが、京都には太刀打ちできない。

 山口の地元の特産品といえば有名なのはフグだろう。幸福の福とかけて

と呼ぶ。値段としてはいい線をいっていると思うが手土産としてはどうだろう。一般的にはやはり菓子折りがメジャーではないか。もうひとつ、有名どころでは獺祭(だっさい)がある。晩酌を(たしな)む相手ならもってこいだが、あいにく先方は下戸(げこ)らしい。よって却下だ。

 地元で菓子折りといえば外郎(ういろう)である。外郎って名古屋じゃないの? と99%のひとがいうが、なにも名古屋の専売特許ではない。しかも地元の外郎は名古屋のそれとはまったく別物である。わらび粉が使われておりモチモチしていてうまい。しかし、京都にも外郎はある。よって却下。

 山口は子どものころ、源氏巻(げんじまき)が好物だった。筒状のカステラ生地に餡が挟まれた菓子で、あれを切らずに一本まるまる食べるのがとても贅沢だった。その源氏巻が地元銘菓ではなく、お隣の島根県・津和野のものだと知ったときのショックはたいへんなものだった。
 なぜ島根で源氏なのだ、となかば八つ当たり気味に調べたところ、かつて津和野藩の家老が吉良上野介(きらこうずけのすけ)に献上した菓子が元になっているらしい。忠臣蔵で悪名高い、あの上野介である。どうやらその上野介が清和源氏の流れを汲むことから源氏巻という名がつけられたようだ。
 そうだったのか、と目から鱗が落ちた。それなら致し方ない、と山口は素直に納得した。

 もうひとつ、山口は好きな菓子があった。新・平家物語という菓子だ。ひとくちサイズのバウムクーヘンのような生地のなかに餡が詰まっている。形状としてはお隣の福岡銘菓・博多の(ひと)と同じである。これがまたうまいのだ。
 いやな予感がしつつも調べてみたところ、こちらもお隣・広島銘菓であった。このときはさすがに、なぜ広島で平家物語なのだ、とは思わなかった。安芸守(あきのかみ)であった平清盛が安徳天皇の誕生を待ちわび、厳島(いつくしま)神社に請願したのはなにかで読んだ覚えがある。(ゆかり)があるのだ。きっとそこからきているのだろうと理解した山口だったが、その銘菓の名前は、かの文豪・吉川英治の『新・平家物語』から取られたという。
 そっちなのか、と山口はうなだれた。
 吉川英治に罪はないが、もうなにも信用できない、と思う。

 山口の頭に思い浮かぶ地元の銘菓(地元のものではないものがいくつか紛れ込んでいるが)といえば、そのくらいだった。
 三方を海に囲まれ、その地名のごとく山にも囲まれた風光明媚(ふうこうめいび)な土地である。海の幸・山の幸にも恵まれている。
 それなのになぜ、これといった名物がないのだ。
 子どものように地団駄(じだんだ)を踏みたい気分である。
 大内義隆、毛利元就(もうりもとなり)、伊藤博文、吉田松陰、高杉晋作。名だたる歴史上の人物の名を残す由緒ある土地柄にもかかわらず、なぜ。
 かの菅原道真公(すがわらのみちざねこう)(まつ)った、日本三大天満宮のうちのひとつ、防府天満宮もあるというのに。京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮が有名すぎるあまり、知名度はさほどないが、県内の受験生であればこの天満宮の御守りをひとつは持っているに違いない、学問の神さまとして山口の地元では有名なのに、なぜ。

 以前、中国から働きに来ていた男と知り合い、
「この街はどうですか。どんな印象ですか」
 と聞いてみたところ、真っ先に返ってきた答えが
「道路がきれい」
 であった。
 そうなのだ。あまり大きな声ではいえないが、山口の地元は政治家の力が大きく、どんな田舎でもたいていの道は整備されている。
 そうか、道路か。
 その中国人に罪はないが、山口はしょんぼりとうなだれたものだ。

 道路といえば、山口の地元はガードレールがオレンジ色である。これは県内でも国道のみなのかもしれないが、子どものころから見慣れた風景なので、よそでもそうなのだと思っていた。しかしどうやら違うらしい。
 なぜオレンジなのかというと、夏みかんが特産品だからだそうだ。

 そうだ。夏みかん。
 お隣・広島名産の瀬戸内レモンほどの知名度はないかもしれないが、たしかに夏みかんは山口の地元の特産品である。
 京都にみかんの菓子はあっただろうか。
 頭を抱えていた山口は俄然、元気を取り戻し、いそいそと携帯端末の検索エンジンを開いた。

 さて、山口の運命やいかに。
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