When Home Calls (家庭が呼ぶ時)
文字数 5,207文字
第一年目の六月末
Rose Cottageの火事、引っ越し、そして椎香が飛び出してからまた四ヶ月経った。RCGの住民たちの間で噂話が流れ始めて来た。「火事は、わざとだって」とか、「和尚さんの姪御さんが出て行ったって」とか、「裏社会の人達が学校に絡んでる」など色々聞こえた。もちろん、私の正面に言わなかったけれど。
「先生、あのですね……」おしゃべり好きなおばさんが二、三人私のところに寄って来た。名前は覚えていないけど、とにかくよく町で見かける方々だった。
「先生、ある方がね、裏社会の人達に英語教えているんですって?」一人の女性が言った。彼女は、小柄でよく喋る人だった。
「それが、何か」
「いえ、大変ですよねぇ~」彼女は、片手を口もとに、一緒にいる二人と顔を見合わせて大きく頷いた。
「もしかして、脅されて仕事を受け取ったとか?」二人目は、ちょっと背が高くて黒縁眼鏡をしていた。
「先生は外国の方ですから、知らないでしょうけど、そういう方々に気を付けてねぇ」三人目は、顔が丸くて、細い目をしていた。ところが、その細めた目に何か光っているのを見えた。
「ご忠告をありがとうございます」私はお辞儀した。
「ところで先生、ちょっとお聞きしたいのですが」
「なんでしょうか」
「先生は、いつまでここにいらっしゃるんですか」
「契約は二年ですが、それに何か?」
「いいえ、ある方に伝言頼まれてねぇ」ノッポの方が言い出した。
それを聞いた途端、イラっと来た。この流れでは、誰かに頼まれて私に文句を言いに来たんだ。いい大人がなぜ自分の言いたい事言わないのだ。小学生じゃあるまい。
「それは、何ですか」
「先生の教え方は……その……なんといえば……」
「もっとフレンドリーに私達向きにできないかしらと……」もう一人が付け加えた。
「もしかして、御一緒に英語教室に参加しますか?」私はちょっと意地悪く返答した。「今、ちょうど日常会話の勉強していますが……」
「ご一緒に」を聞いて話をしていた奥さん方が一斉に一歩下がった。
「い、いいえ」
「そんな……夜遅くに……」
「ええ、それに、や、夜間学校の今の生徒達の足を引っ張るような……」
「そうですか?それは、残念ですね」心中でちょっとほっとした。
「そこで、昼間に、私達だけのクラスを……」
思い出した。この方たちは、私の教え方に問題あって出て行った元生徒たちだった。
「午後ですか……残念ながら、午後に私もうスケジュールがいっぱいなので夜間学校しかないのです」
「そこを、何とか……」
「和尚さんに相談してください。あの方が私の英語教室責任者ですから」私は、肩から掛けているカバンのストラップをぎゅっと握った。「すみませんが、私はもう次の仕事が待っているので、失礼させていただきます」そう言いながら頭を一回下げて、彼女たちから離れた。そして、心の中で彼女達にアカンベェをした。
マリヤ……神様の呆れる声が聞こえた。
だって、神様あの人達が私の教え方が嫌だと言いながら自分たちから出たんだよ。
まだ怒っているのかい。
そりゃそうでしょう!こっちは必死でカルチャ・ショックや授業の準備など頑張っているのに、それでも「頑張ってない!」や教え方に文句付けられると悔しいよ。
私は、そう心の中で話した時に神様がため息したような気がした。いや、ため息したんだ。
マリヤ、それでもその人達に教える事になったら引き取ってくれるかい。
私が嫌だと言ったら?
そこで彼が黙った。「こういう時に黙っていた理由を言ってほしいんだけど」と思い、私は怒った。
私、ヤダよ!またギスギスした人達と接したくないよ!
……マリヤ
私は、空に叫んだ。「You can’t make me do things I don’t want to
do! (私がやりたくないことをやらせないでよ。) That’s not
fair, God!(神様、それはフェアじゃない!)」
……My child. (……わが子。)
私は、また言ってやった。「I won’t do it! (やらないよ!)」
……Dear one. (……愛しい人。)
私は、しばらく黙った。
私は、人類を全て愛している。そのギスギスしている人達にも愛している。私は、あなたから同じように接してくれないか。この人達にもう一度チャンスを与えてくれないか。私の為にやってくれるかい。
「……分かった。でも、和尚さんからお願いされたら、受け取るね。いい?」
そう言った後、神様がちょっと微笑んだ気がした。
しばらくしてから、私の前に和尚さんがチャールズ先生と一緒に現れた。
「ああ、先生。ちょうどよかった、英語教室をもう一つ開いてくれないかとのクエストがありました。どうだね、引き受けてくれるかい。」和尚さんが言い出した。
「良いですけど……バイトが……」私は、バイトの理由でこの頼みから逃げようとした。
「ああ、その事は心配ない。もうノブちゃんは手が足りているって」チャールズ先生が答えてくれた。
神様……私は、心の中でため息をした。
「分かりました。じゃ、授業は、昼間にですね」
それから、水曜日と金曜日の昼間に英会話のクラスを教える事になり、喫茶店のバイトを辞め、英語教育に力を入れた。英会話を日常に使える簡単なものにした。何故か前の時と違い、生徒達が毎回通うようになった。まぁ、向こうが満足ならプラスの事だと自分に言い聞かせ、うまく言った事を神様にお礼を言った。
その同じ週の金曜日、午後の授業が終わった後、私は、メープル喫茶へ向かった。
「マリヤ」昴が喫茶店の調理場から出て来た。
「あ、昴」
「こんにちは、お嬢さん」
「渡さんもここに?」
「今日もコーヒーの勉強を」彼がちょっと恥ずかしそうに笑った。
「そっか、じゃ、今日は、渡さんが淹れてくれるかな」
「いやいや、滅相もない。まだまだ修行中で」彼が首振った。
「じゃあ、今後期待って事かな」
彼は、笑って店の中に入った。
「じゃあ、後でな」昴の店の調理場に。
「メアリー」また誰かに呼ばれた。
振り返ったら、皐月ちゃんがきれいな女性を連れて来た。その女性は、小柄で凛としていた。肩までの長さの茶髪がウェーブがあり、目が切なそうに垂れていた。
「皐月ちゃん!お客さん?」
「うん、紹介するね。この方は、神田ひとみ。私の母です」
「初めまして」神田さんがお辞儀をした。「うちの皐月がお世話になっています」
「今日ね、ママとデートなんだ」
「そう、楽し――」後ろで何かひっくり返った音がした。
「……ひとみ」渡さんが立っていた。彼の足元に段ボール箱に入っていたロールパンが散らかった。
「……あなた」
その時渡さんが店に逃げ込んだ。
今、「あなた」って……。
「おい、神田さん!どうした?」昴の声がした。
「すまん、急用」
「は?って、ちょっと!」
店の出口へ私は走って行ったら、渡さんがちょうど店を後にするのを見た。
「渡さん!」私は、彼の後を追いかけた。
私達は走った。やっと渡さんを捕まえたのは、町の前にある大通りだった。
「どうしたの?」私は、しっかりと彼のシャツを掴んだ。
「……妻」
「妻?あの女性は、あなたの、奥さん?」
彼は、息をのんだ。「ああ、そうだ」
「じゃあ……皐月ちゃんは――」
「娘だ」
「って、知ってたの?!」
「ああ」
「……何それ」
「怖かったんだ。だって、もう十年になるんだぞ」
「十年……」そんなに時間が経っているんだ。
「それに、言えるわけないだろう。『ああ、ところで、俺は君のパパ。お久しぶり』って」
確かに。
「でも、私は皐月ちゃんだったら、自分のお父さんに会いたいよ」
「お嬢さん……」彼が私を見て苦笑いした。「ほんとに、君ってやつは……」
彼は、私の頭に手をポンと載せ、髪をくしゃくしゃにした。
「うわっ!何を――」
「すまんが、今は、一人にしてくれないか?」
「仕事は?」
「ちゃんと戻って、ノブさんに謝る。それまでに少し、一人でいたいんだ」
「……分かった。でも、ちゃんと戻ってね」私は、彼に指差して命令した。
彼がふっと笑った。「了解」彼が軽く敬礼した。
私は、ちょっと名残惜しく、メープル喫茶に戻った。
店に入った時、皐月ちゃんがひとみさんと隅っこの方に座っていた。お邪魔しない方が良いと思い、店から出ようとした。
「メアリー」皐月ちゃんが私の所に寄って来た。「今、パパ――神田さんは?」
彼女も知ってたんだ。「ちょっとしたら戻るって」
彼女の肩がゆっくり上がり、そして、下がった。「そっか……」
「……あの、皐月ちゃん、今、『パパ』って……」
「神田さんは、私のパパなの」
「知ってたの?」
「うん、修学旅行から帰って来た時から。昔のパパの写真見た事があるから」
「……そっか」
「メアリー先生」ノブちゃんが私に携帯用の魔法瓶と紙袋を渡してくれた。「神田さんに渡してくれないか。それから、『パンの事を気にしないで』と伝えてください」
「分かりました」そう言って、コーヒーと紙袋を持って、店を出た。
少し見まわしたら、渡さんがHappy Homeのベンチに座っていたのが見え、そっちの方に向かった。
「渡さん」私は、彼に魔法瓶と袋を差し出した。「ノブちゃんが、渡さんにって」
彼が、その荷物を受け取った。袋の中身を見たら手紙があって、それを読んだ渡さんは泣きそうになった。
「ノブさんに伝えて下さい。ちゃんとお届け物が届いたと」
「うん、分かった。じゃ、またね」
そして、その後、渡さんは皐月ちゃんたちとチャールズご夫妻に訪問した。
「なぁ」夕食に食堂のテーブルで座っていたのは、私と昴だけだった。有希君とトムさんもいたけど、彼らは、自分の使った食器をを洗う為に席を外していた。
「何?」私は昴を見た。
「……あんたさぁ」彼が妙にソワソワしていた。
「?」
「……」
「何?言いたい事があるならはっきり言ってよ」
「……猫欲しいか?」最後がちょっと早くなっていた。
「は?何よ、急に?」
「いや、ほら、モモがいなくなってから、なんか物寂しいような顔しているからさぁ。もしかして、猫欲しいのかなぁと思って……」
「樹は猫嫌いでしょう」
「あいつの事を気にしなくても良い。ネズミの問題もあるから」
……つまり、猫を飼うのどうかと。
「考えておく……」
「そう?ん、じゃ、考えといて」やけにこの人いつもより明るいって言うか、ずいぶん猫の事こだわっているて言うか……。何が言いたいんだろう?……まぁ、気にしないでおこう。
「メアリー先生」トムさんが顔を出した。「そいつはな、神――」
「ああっ、やべぇ!俺行かなくちゃ!」騒ぎ立てた昴が席から、ガバッと立ち、ご飯の残りを急いで食べ終わり、食堂の流し場へ走った。その使った食器を洗い、吹き、そしてしまった作業が数分で終わり食堂から走り出した。
「新記録だな」トムさんが面白そうに顎を指でこすった。
彼の隣から見ていた有希君は、うんうんと頷いた。
ひとみさんは、RCGで三日間滞在した。その間に、渡さんは皐月ちゃんとひとみさんと話し合った後、もう一度チャールズご夫妻に話をした。
「皆さんに大事な話があります」渡さんがそう言って、寮の仲間がみんな揃った夜のミィーテイングを開いた。
私達は食堂で集まり、神田一家がみんなの前に立った。
「私は、実は、明日から妻と娘と三人で長野市に帰る事になりました。短い間でしたが、私を暖かく迎え、家族のようにして下さって本当に感謝しています。これから、私達は、もう一度家族としてやり直そうとしていますが、その上に祈り続けていただければありがたいと思います」渡さんは、頭を深々と下げました。
「私は、長野とRCGの間繰り返し滞在していましたけど、本当に、うちの父が言ったように家族の様にして下さって感謝します。また近いうちに遊びに来ますが、その時に、よろしくお願いします」皐月ちゃんがそう言って、ひとみさんと頭を下げた。
「ええ、神田さんにまず質問ある方」チャールズ先生が聞いた。
「はい」大助が手を挙げ、立ち上った。「神田さんは、これからどうしますか?」
「私は、和尚さんの紹介で、働くことになりました。小さな会社ですが、新しいチャレンジとして頑張りたいと思います」
みんなが拍手を送り、神田一家を囲んで話をした。
「皐月ちゃん」私は、彼女の元に行って封筒を渡した。「これ、帰りの旅に。何か美味しい物三人で食べてね」
「メアリー」彼女が私を抱きしめた。「ありがとう!」
私は、少し潤んだ眼を閉じて、彼女を抱きしめ返した。そして、渡さん達に「帰り気を付けて下さい」と言ってから、食堂から抜け出した。
「先生!」私が振り返ったら、渡さんが私の後を追いかけて来た。
「今まで、本当にありがとう」彼が頭を深々と下げた。
「そんな、対してやってません」
私は切ない気持ちを押し殺して言った。「奥さんと仲良くやって下さいよ」
それを聞いた渡さんが、しばらく見つめて笑った。
「ああ、そうするよ」