第2話:誕生

文字数 1,822文字

 堅い何かに体が包まれていた。
 光が薄く透けている。堅い何かは殻だろうか。私の体は湿っていて、少しとろみのついた液体に覆われていた。胸の前にクロスするように組まれた腕は、まだ動かせそうになかった。体育座りのようになった足は少しだけ動く。そっと両足を伸ばすと、指先が殻に触れた。

「もうすぐですよ、ロヴィ様」

 初めて聴く女性の声がした。
 ロヴィよりも落ち着いた低い声だ。

「モース、見て、ひびが入った」

 ロヴィの声が聴こえた。
 はしゃいでいるし、口調が砕けている。『モース』というのが、先に喋った人なのだろう。仲が良い人なのかもしれない。
 頭の中は、思っていたよりもクリアだ。
 さっきまでの『私』は、しっかりと残っている。
 事故に遭って亡くなって、異世界転生の権利を得た。それから、女神ロヴィの伴侶として生まれ変わっている途中のはず。今は、赤ちゃんの状態ということかな。
 私は、胸にクロスするように組まれていた手を、ゆっくりと開く。届いた殻の内側を押すと、ひびが裂け、眩しい光が飛び込んで来た。思わずギュッと目を閉じながら、とろみのついた液体と共に殻の外へと流れて落ちていく。
 落ちたはずの私の背中は、柔らかくて大きな布にくるまれた。

「おかえり、シエラ」

 目を開けると、ロヴィの笑顔があった。
 彼女の艶のある銀髪は、さっき見た時よりも短くなっていた。肩甲骨が隠れるくらいの長さだったはずなのに、今は毛先が首筋に沿った、いわゆるショートボブだった。タイプの長さで、ちょっと困る。
 いや、それよりも時間経過だ。
 さっき、だと私が思っているだけで、生まれ変わる時のタイムラグが少しあったのかもしれない。

「ああう」

 あれ? 言葉にならない。
 ただいま、と言ったつもりだったんだけど。

「ううああう」

 駄目だ。
 意思疎通がはかれない。
 赤ちゃんからスタートだから仕方ないか。
 とりあえず、『元気でーす』という意味を込めて、足をバーンと伸ばしておいた。

「あらあら、元気だこと」

 人間で言えば、五十代くらいの見た目だろうか。
 綺麗なチャコールグレイの髪をした女性が覗き込んでいた。目の前にいるロヴィは手ぶらだから、私はモースに抱かれているようだった。
 少し離れた籠の中に、真っ二つに割れた殻が見えた。
 どう見ても卵だ。
 待って、私、卵から生まれたの?
 仕組みが分からない。

「ロヴィ様、温めの儀の完了です。お疲れさまでした」
「モースのサポートがあったから出来たのよ。おかげで、九十日間、頑張れたわ」
「ありがとうございます。シエラ様が成人するまで、(わたくし)も頑張ります」
「よろしくね」

 ロヴィがモースの肩を抱き、笑いかけている。
 それから私の方を向いた。

「彼女の名前はイドゥラトゥモース。貴女の成長を助けてくれる人よ」
「モースとお呼びくださいね」

 二人が笑いかけてくれる。
 先ほどの会話から推測すると、ロヴィは卵になった私を九十日間温めていたようだ。やはり、時間が経過していた。髪の長さが変化していた理由が分かった。
 モースは乳母のような存在なのだろう。言葉遣いの感じからして、主従的な関係があるらしい。言葉を発するようになるまでは、受け取る情報から答えを出すしかないようだ。

「じゃあ、あとのことはお願いね、モース」
「かしこまりました」
「シエラ。私、お仕事に行ってくるからね」

 ロヴィは笑顔で手をふり、小さな風と共に消えた。
 自分のことを『ママ』と言わなかったのは、伴侶としての関係を見越してのことなのかもしれない。乳母が私の成長を助けるのも、同じ理由なのかなと思った。

「では、まずはお体を洗いましょうね」

 モースが私を抱えて部屋を移動する。
 うしろにまとめた彼女の髪から、爽やかな花の香りがした。彼女の名前、イドゥラトゥモースは花に関係する名前なのだろうか。この世界の命名センスは独特だ。ロヴィの名前が『旋風(つむじかぜ)』で、私の名前が『猛吹雪』だもの。モースの名前の意味も気になる。

「あうう」
「そうでした。伝え忘れてましたね、私の名前の意味を」

 ん?
 モースは、私の呻き声でも意思疎通が、はかれているのか?
 これは要検証だな。
 私は、今の自分を楽しみ始めていた。

「イドゥラトゥモースは水蒸気という意味です。水を操ることが得意です」

 モースが、にっこりと微笑んだ。 


    ☆


 ネモフィラ・ブルー、と言えばいいだろうか。
 美しい青が使われた素敵な家で、私は再び、世界に誕生した。


<続く>
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