第1話 天涯孤独

文字数 1,757文字

日本
平成20年6月某日

その日、ただ買い物に行く予定だった。
メカアニメのフィギュアを珍しく買いたいと思った。
鶴見線の浅野駅より鶴見駅まで行き、京浜東北線に乗り換えて、秋葉原へと向かった。
部屋にいても、何もやることがない、だらだらとした休日が嫌いだった。

僕はずっと一人だった。
生まれた時から、すっと。
児童養護施設育ち、親の顔も知らない。捨てられたこどもだった。
施設の職員には虐待はされなかったが、愛されもなかった。
友と呼べる者もいなかった。

小中高にはずっと同級生にいじめられ、学生時代のいい思い出、何一つない。
施設から出て、浜川崎駅の近くの工場で働いていた。

24歳になり、同僚ともあまり接点を持たず、黙々と作業を行う、単調な毎日だった。
名字も名前も平凡だった。

その日、秋葉原へ行かなければ、ずっと孤独に生きる予定の空虚な人生だった。

だが空虚な人生が突然終了した。

12時ごろ秋葉原駅に着いた、買い物行く前に歩行者天国を歩ていたら、突然トラックが突っ込んできた。何人か跳ねられた、運転していた男が下りてきて、パニック状態になった人々を刺し始めた。

「妊婦を助けなさい。」

突然頭の中に無機質な声が響いた。

叫びながら人を刺していく男が恐怖で腰を抜かした妊婦へ一直線に走っていてた。

それから体が勝手に動き、男と妊婦の間に立ち、ダガーナイフを持った男の顔面を思い切り殴った。
男が一瞬足をよろめいたものの、次の瞬間、男が僕を罵りながら、腹部を深く刺した。

男の両肩を掴み、男の顔に頭突きをかまし、股間を蹴った。

僕の腹部にダガーナイフを刺したまま、男が崩れ、失神した。

警察官や周りの男たちが失神している男を抑えた。

「あんた、大丈夫か?」

中年男性に声をかけられた。

「ああ、大丈夫、大したことない。」

泣いている妊婦に目をやり、彼女に対して、ほほ笑んだ。

「もう大丈夫、もう大丈夫。」

僕がそれを言った後、すべてが真っ黒となり、意識が切れた。




何処かの場所
時間不明

「起きなさい。」

無機質な声に呼ばれて、目を開けた。
周りが白い光に包まれた空間だった。

「あなたは元の世界で死に、そしてこれから私の信者がいる世界へ転生する。」

無機質な声が空間に響いた。

「冗談は止めてくれ、あんたは誰だ?」

不機嫌そうになった僕が聞いた。

「私は神、魔族や魔物と呼ばれる者たちの神。」

「魔族?魔物?漫画や小説の悪者たちの?」

「魔族や魔物であっても、悪者にあらず。」

「本当に僕は死んでいるのか?」

「はい、元の世界の肉体のみだが、そしてこれから転生するのだ。」

「人間に?」

「魔族に。」

「何故だ?」

「私の信者、私の民を助けてほしいのだ。」

白い空間に女性的なシルエットが見えた。

「我が民を助けてほしいのだ。」

無機質な声が女性的な声に変化していた。

「何から助ければいいのか?」

「暴力的な人間たちから助けてほしいのだ。」

「人間から?何故だ?」

「転生したらわかる。あなたに加護を授ける。」

「ちょっと待って、何で僕が?」

「あなたは元の世界で一人だった、異質な存在だった、そしてあなたは元々これから行く世界に生まれる予定だった。」

「何のこと?」

シルエットがだんだんと鮮明になり、黒髪の美しい女性に見えた。
今年のミス・ジャパンよりも美しいなと思った。
頭に二本の立派な角が生えていることを除いて。

「傷付かない強靭な肉体、尽きることのない魔力、全ての魔法を無詠唱で扱える能力( スキル)、すべての言葉を理解、使用できる能力( スキル)、そしてあなたが望む能力を出現、創造する能力( スキル)だ。」

魔族の女神が僕に言った。

「嘘だろう、何者でもない僕が。。」

「我が民を助け、この世界に平和を。」

光に包まれ、何も見えなくなった。


再び日本
平成20年6月某日

大きな音を立てながらダガーナイフが地面に落ち、妊婦も周りの人たちも腹部が刺された若い男性が突然消えることを見た。
気絶していた通り魔の男が捕まり、警察に連行された。
数人が亡くなったものの、身元不明の若い男性のおかげで数十名の命が助かり、
突然消えたことも併せて、彼のことを【守護神】や【天使】などとメディア騒がれ、
しばらくワイドナショーのネタになった。

働いてた会社と部屋の大家以外、彼が消えたことに気づく者がいなかった。

通り魔の男が死刑宣告され、年号が代わり、令和になってから死刑が執行された。
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