第2話

文字数 3,858文字

 奈落(タルタロス)の司書、折口のえるは今日も今日とて暗闇坂から繋がっている異空間〈倶楽部タルタロス〉の奈落図書館で珈琲を飲みながら貸し出しカウンターでくつろいでいた。
 暗闇坂からこの奈落図書館に来たわたしは、折口のえるのいるカウンターにまっすぐ向かっていった。
「そんなに毎日飽きずに飲んでいて、おいしいかしら、珈琲は?」
 皮肉を込めて、わたしはそう言った。
「ええ。おいしいわ。なにせ葛葉りあむの活躍のおかげで、〈少女蒐集〉が進んでいるからね」
 少女蒐集。フォークロアは女の子の形をしている。その少女であるフォークロアの回収を、わたしは行っている。
 片方の瞳が邪眼のオッドアイになったわたしには、見えないものが見える。
 その、通常なら見えないものを見つけ出して回収する。
 そして優雅な女子高生の折口のえるが司書をしているここ、奈落図書館がその施設のひとつとして入っている巨大な虚数空間の楼閣〈暗闇坂倶楽部タルタロス〉で蒐集しているのを助けている。
 なぜわたしが協力しているかというと、倶楽部タルタロスを運営する暗闇坂家は表の顔では財団法人もあって、その財団の奨学金プログラムでわたしは念願の研究をするために、恩を売っておく必要が生じたからだ。
 困ったものだ。折口のえるの思うがままに働くしかない。でもこいつ、暗闇坂家の分家の人間なのだ。クッソ偉いし、のえるだって、その上の連中に言われて請け負っている案件を、わたしに回しているのだ。
 下請け業務を、わたしはしていることになる。わたしは高校一年生の女子、葛葉りあむ。進路のことを今から考えて行動しているのだ。どうだ、偉いでしょ、へへん。







 西日本の某県まで、電車に乗って、わたしは火山のある駅で降りた。活火山のある場所だ。
 わたしが今回捕まえて蒐集する〈少女(フォークロア)〉は、日本刀の名匠の女の子、である。
 村を歩くお婆ちゃんお爺ちゃんたちに話を聞くと、彼ら彼女らは笑いながら、
「火山口の近くまで行ってみるといい。あの兄妹には神様から罰が与えられたんだ」と、口を揃えて言う。
「なぜ罰を与えられたのですか?」
 わたしが訊くと、
「そりゃぁ、仲が良すぎる兄妹だから」
 と、煙に巻かれた風な返答が返ってくる。
「禁忌を破ったあの兄妹は、だから〈妖刀〉をつくるんだ」
 そんなことを、ぼそっと呟く者もいた。
 わたしは喫茶店のトイレでトレッキングウェアに着替え、その火山を登ることになった。
 ごつごつした山を数時間かけて登る。
 この兄妹は〈たたら吹き〉製鉄のプロである、名匠の血筋なんだそうな。兄妹がつくった日本刀は一振り数億円の値がつくそうだ。
 だが、妹の方の刀は、数年前から、新しい物がでまわらなった、という。
 新しい刀をつくっていないそうで、今は兄の方が精力的に刀をつくって市場をにぎわせているらしい。
 「らしい」とか「そうだ」とかの連発をしてしまったが、それは検索する限り事実のようだ。

「やっと火山口まで着いた……って、うひぃ!」
 口から胃の中のものを戻しそうになったわたし。
 火山口の近くに、磔になって鳥に内臓をついばまれている〈生きている女の子〉が、そこにはいた。
 火山の熱とはみ出た内臓をついばまれ、女の子はうめいていた。
 ギリシア神話で、ゼウスの怒りを買ったプロメテウスが、カウカーソス山頂でやはり磔にされ、内臓を鳥についばまれている、というエピソードがある。プロメテウスは、そのとき不死身で、内臓をついばまれても生きていたらしい。
 それと似たような境遇の、女の子がいる。
「もしもーし。あなた、もしかして多々良ぶるかんちゃん、ですかー?」
 内臓を鳥についばまれている女の子に、尋ねてみる。
「誰……、あなた」
「わたしは〈少女蒐集家〉の、葛葉りあむよ。あなた、名匠の多々良ぶるかんちゃん、で間違いないわね?」
「そうよ。でも、間違いね。名匠は、わたしのお兄ちゃんの、多々良ぼるけのよ」
 ビンゴ!
「ぼるけのくんね、検索して知ってるわ。〈噂〉の蒐集に来たの」
「ああ。〈奈落図書館〉の方ね。存じ上げているわ」
「あなたを連れて帰るには?」
「わたしはいいから兄を助けてあげてください」
「言うと思ったわ。そこでもうしばらく鳥に内臓をついばまれていて。あなたたちにそこまでされる〈罪〉はない。だから、〈罰〉を受ける筋合いもないわ」
 もうちょっとこう、言い方があったかもしれないけど、わたしは正直この場のグロテスクさを直視したくなかったし、
「どこに、日本刀をつくってる〈たたら場〉はあるの?」
 と、訊く。
 ぶるかんちゃんは女の子らしいチャーミングな笑みを涙交じりで、
「ここから東で十分程度の場所。この山の中」
 と、返した。
 ありがと、と礼を言って、わたしは、山の中を再び歩き始めた。


 移動すること三十分。十分では着かなかったけど、見つけた。〈炉〉がある場所。
 ここが、たたら吹き製鉄を行う〈たたら場〉ね。
「たのもう〜!」
 横開きの木枠でガラスの扉を開くと、そこには乗馬鞭でびしばし叩かれている男の子がいた。鞭で叩いているのは、これも検索しているから知ってる。ここの村の村長だ。
「誰じゃ!」
「わたしじゃぁ!」
「だから誰じゃい! 村の者ではないな」
「見りゃわかるでしょ、それくらい。爺さん。いや、村長さん。あなたが村長に就任したと同時に多々良兄妹の妹、ぶるかんちゃんの刀がつくられなくなって、そこに兄の、ぼるけのくんの日本刀が村の独占で取引されるようになったのは、調べがついている。中央にそれなりに太いパイプを持っているからなにも言われないみたいだけど……この幼い兄妹をこれ以上いじめると、録なことにならないわよ」
「聞いた風なことを言いよるわい、小娘。おまえになにがわかる!」
 わたしため息をついた。
「幼い名匠の兄妹に酷い虐待をして、荒稼ぎをしているのがわかるわ。どうせぼるけのくんの方に恋をして、ぶるかんちゃんをあんな目に遭わせて、そのうえでぼるけのくんにも鞭を打ってるってわけでしょ」
 村長……八十歳は越えてそうなこの老人はわたしをにらみつけ、鞭を投げ捨て、棚にたくさんある中から刀剣を掴み取り、鞘から刀身を抜き、
「おまえ、どこの誰だか知らんが、知らなくていいことを知っているな?」
 と、わたしに凄んできた。
 上等だ。
 日本刀を構える村長。
 わたしは徒手空拳だけど、勝機があった。
 わたしの〈オッドアイ〉には〈見える〉のだ。悪いものが。〈瘴気〉が。そしてわたしは、この〈瘴気〉を味方につけることができる。文字通り〈しょうき〉ってわけね。
「かかってきなさい、爺さん」
 キエエエエェェェェ、と叫んで、村長は刀を振り上げ、めちゃくちゃな軌道でわたしに刃をあてようとする。
 わたしは逃げる。村長は追いかけてきて、刀を振る。
「村長さん。あんたさ、妖刀って、なんで妖刀って言うか、知ってるかしら?」
「はひ?」
「呪われているからよ。使った者に災いをもたらす。まあ、もたらすのは、今回はこのわたしだけど」
 トレッキングシューズで思い切り村長を真横に蹴る。
 吹き飛ぶ村長。
 吹き飛んだ先にあるのは、たたら場の〈炉〉だ。
「うぎゃああああああああああああああ」
「うっさいわねぇ」
 もう一撃、蹴りを思い切り入れる。
 わたし、脚力には自信があるのよ。
 そして、オッドアイには、村長に呪いが絡みついていくのが〈見える〉。
 炉で大火傷を負い、そこから這いずりでようとする村長に、鞭で叩かれていた男の子、ぼるけのくんが、自分でつくった刀剣を引き抜き、そして、突きを入れた。村長の、その横っ腹に。
 刺され、足がよたよたした村長を、わたしは両手で押して炉の中にぶち込んだ。
 村長はもはや声も出ない。
 燃えながら、どろどろ溶けていった。
 村長が消えたのを確かめてから、わたしはぼるけのくんに言う。
「さ。助けにいきましょ、あなたの大切な妹を」


 さっきの磔されている火山口まで行くと、内臓をついばんでいた鳥はいなくなっていた。
 正確に言うと、はみ出た内臓も鳥も、オッドアイが見せた〈瘴気〉だった。だから、さっきは助けられなかった。だが、今ならば助けられる。
 張り付けられているところを刀で一閃、とはいかなかったが、磔を解いて、わたしはこの少女を解放してあげた。
 すると、わたしにお辞儀してから、抱き合う兄妹。
 兄妹愛ねぇ、とわたしが思っていると、ふたりはそのままディープキスをし始めた。
「ああ。そういうことね」
 禁忌を破ったって、〈そういうこと〉か。
「お姉さん、ありがとう!」
「ありがとうございます」
 キスを終えたふたりが揃って言う。
 いやぁ、お礼なんてぇ、と照れていたら、
「たたら吹き製鉄は一子相伝。僕らは、この世界にいない方が良い」
 と、ぼるけのくんが言った。
 いきなり言われて頭にはてなマークを浮かべていると、二人は手を繋ぎながら、活火山の火口に、ジャンプして飛び込んだ。
 突然のことだったし、目を丸くしてしまっただけで、わたしはなんの反応もできなかった。
 火口のマグマに沈んでいく二人は、火口から手を伸ばして、最後まで手を繋いでいた。
 繋いでいない方の手で、二人とも、同時に、親指を立てて、サムズアップして火口に沈んでいく……。


 こうして、わたしは今回の〈少女蒐集(フォークロアコレクト)〉を終えることになるのだった。
 こりゃぁ、奈落の司書・折口のえるに怒られるわね。
 速い展開で、わたしの方も、追いつかなかった。けど、二人とも、どうか安らかに。わたしは、天に祈った。



(了)
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