似顔絵

文字数 1,116文字

小さなスケッチブックに、彼の写真を見ながら、線で似顔絵を描いてみた。
似てるのだろうか?写真と見比べ、まだ描きつづけてみる。
この絵を見せた時、彼はどう思うのだろうか?
私が初めてフィルムカメラで写真を撮ったのは、高校生のころ。
海に行ってフィルムカメラで写真を撮った。
私は写真が好きじゃなかった。子供のころの自分の写った写真が好きじゃなかったのと、
上手に笑わなければいけなかったこと。上手に撮れなかったこと。
私は好きという言葉が、そもそもうまく言えない。
考えてみると、好きなことというのが、親や兄にも聞かれたこともなかったなと思う。
むしろ私が嫌いなことを親は気にしていた気がする。
自分から好きだと思い始めたことを嫌になってしまったりということが、
度々、あったからかもしれない。
犬を飼い始めて、たくさん吠える犬が嫌いになったり、ピアノを習い始めて、先生が怖くて、いやになったり。
好きだと思っているいとこのお兄さんに実際にあったら、はずかしくて、うまく話せなかったり。
時間の経過で好きだと思っていたことが、嫌いなものに変化していったからだと思う。
好きと思って口に出したら変わっていったからかもしれない。
彼は写真が好きだと言っていた。
何かの物事を好きと言えて、理由を話せる彼を素敵だと思った。
フィルムカメラの写真が好きだと。
現像をして偶然が起ることも、容易に修正できないことも。
失敗することもあったり、どんな写真が出来上がるかわからないことが、
面白いんだと。
私は彼のカメラを借りて、彼を撮ってみた。
ピンボケしたもの、光で彼の顔がよく見えないもの。
現像した後に出来上がったのは、そんな写真ばかりだった。
一枚だけ彼の顔がはっきりわかるものがあった。
それを見ながら、私は、彼の似顔絵を描いてみた。
似顔絵を描きながら、いつか彼に見せたいと思っていた。
ひとりで、花を撮って、花の絵を描いた。
花の絵を、彼に見せて褒められてうれしかったけど、似顔絵は見せなかった。
高校を出て、私は美大に、彼は写真の専門学校に進んだ。
彼とは会わなくなって、
彼とは違う人生が始まった。
今も彼には写真が好きだと言っててほしいし、写真の仕事について続けてほしい。
机の上には、まだ彼の似顔絵がある。
私は、写真を撮って絵を描く。
今は飼い始めた猫も、花も、外で、森や木も、人も。写真を撮って家で描く。
私は今も、好きという言葉がうまく言えない。
口に出すと変わっていくかもしれないからだ。
でも写真を撮って絵を描くのは、彼のことが好きだったからだろう。
彼と出会って始めたことだったから。













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