第1話

文字数 1,221文字


 何かしませんか、という曖昧すぎる提案に、僕は首を傾げた。
「……何かって、何?」
「ほら、だって」
 シフォン君は困ったように眉根を寄せる。彼がこんな顔をしているときは、僕に何かリクエストがあるが言いづらいときだ、というのが近頃少し判ってきた。
「あの、ここって暦はボクらが知ってるのと違うけど、いまは一年の最後の月に相当しますよね。それで、冬で。それから、月の終盤」
 ゆっくりと考えるようにしながら、シフォン君は続けた。どうやら諦めずに何か言おうとしているようだ。
「あー……年末? 正月休みが欲しい、みたいなこと?」
 僕は僕らが前にいた世界のカレンダーを思い出して尋ねた。
「こっちの世界は年越しのタイミングでちょっと騒ぐくらいらしいし、年末と三ヶ日くらい休みをもらえるんじゃ……え、ち、違った?」
 シフォン君ががっくりと首をうなだれたので、僕も間違えたことを察した。
「年末の前に! あるでしょう! 一大イベントが!」
 がっと顔を上げると、彼は勢い込んだ。
「ああ、クリスマスのこと?」
 ようやく思い至って僕が呟けば、シフォン君はどうも不満そうだった。
「どうして忘れられるんですか。タクトさんは変なとこ抜けてますよね」
「クリスマスなんて楽しんでられない職場だったんだよ」
「あ、いま、『学生は呑気でいいな』って思いましたね?」
「思ってない。大体、いまのシフォン君は学生じゃないでしょ」
「それはそうですけど……」

 僕、タクトとこのシフォン少年が、住み慣れた世界から「こちら」へやってきたのは、いまから三ヶ月ほど前のことだ。
 それまで僕は異世界転生業、つまり、「転生を望む人のために適切な異世界を探し、送り出した顧客に問題がないようにしばらく世話をする」という仕事をしていたんだけれど、ちょっと事情があって、顧客のシフォン君と一緒に異世界で暮らすことになった。
 そして僕は、転生業で得た知識と経験を活かしてシフォン君をフォローしまくった。と言っても彼の望みは勇者という類ではなく、異世界での平穏な暮らしだ。料理が得意だという彼を料理人として――そして僕を給仕として――どうにか雇ってくれたのが古びた小さな食堂の〈雲橋〉亭で、シフォン君はここで日々創作料理に励んでいる。

 成果はと言うと、まあ、味について言うのなら、すごく美味しい訳ではないけれど、充分だと思う。いや、そんな上から言うつもりもないんだけれど、こちらの世界では食材も調味料も、「似て非なるもの」なんだから、少し的が外れるのは当然でもあるんだ。
 それでもシフォン君は、最低でも「食べられるもの」で、多くは「美味しいと言えるもの」を出してくるので大したものである。
 それに――彼には独特の才能がある。
 そのことが近頃、判り出してきた。これを伸ばすことができれば「味」そのものはどうでもいい、と言っては語弊があるが、そんなに重要ではなくなるだろう。
 そりゃもちろん、美味しいに越したことはないけれど。

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