第2話

文字数 2,000文字


「とにかくですね、タクトさん。ボクは思うんです。この世界にきて初めてのクリスマスなんだから何かしませんか、と!」
「クリスマス、ではないよね?」
 僕は思わず指摘した。
「それは、そうですけど、いいじゃないですか! ボクとタクトさんの間でだけ、年末前にはクリスマスがあるってことで!」
「まあ、そういう感じならいいか」
 基本的に、異世界からやってきたことは秘密だ。「基本的に」と言うのは、シチュエーションによっては「異世界の勇者」とか「異界の巫女」とかが重要になるからで、そうでない場合は「遠い国からきたのでこの付近の風習をよく知らない」という設定になることが多い。僕とシフォン君もそれで行っている。
 だから、「同郷の友人」である僕らの「故郷の風習」ということにしてしまってもいいのだけれど、こっちの人に故郷や風習について興味を持たれると面倒臭い。僕たちの間で「設定のすり合わせ」をしなければならなくなるからだ。複数人を同世界に転生させづらい理由のひとつはこれである。
「それで、シフォン君は何かクリスマスっぽいことをしたいと」
「そうです!」
 少年は目を輝かせた。いつもより更に幼く見える――などとはもちろん言うべきではないので、心にしまった。
「タクトさん! クリスマスと言えば!?」
「あー、クリスマスと言えば」
「そう! デコレーションケーキに挑戦したいです!」
 両の拳を握って、シフォン君。
「そっちか」
 鶏の丸焼き的なものを想像していた僕は、思わず呟いた。
「あれ、嫌ですか? タクトさん、甘いの嫌いでしたっけ?」
 拳を開いて、彼は目をしばたたく。
「嫌いってことはないよ。たまに食べたくなる。でもケーキねえ……」
 うーんと僕は両腕を組む。僕はほとんど料理をしたことがないけれど、それでも聞いたことがある。菓子作りというのは、なかなかのスキルを必要とするらしい。
「ケーキと言えば……苺と生クリーム?」
 詳しくない僕は、ぼんやりとしたイメージで語った。
「うーん、見た目が近い木の実はあったけど、ものすごく苦かったよね。生クリームも見たことないな」
「よく料理に使う卵は鶏卵より大きいけど、混ぜれば泡立つんじゃないかと思います。アリミの粉は小麦粉みたいな使い方されてるし、砂糖っぽいのもあるし、ほら、スポンジくらい行けますよ!」
 一方、シフォン君には知識があるようだ。
「まあ、材料を無駄にすることをご主人が許してくれるのなら、いいと思うけども」
「どうして無駄にすることが前提なんですか?」
 シフォン君はどうやら自信満々だ。
「ケーキ、そんなに作ってたの? その、元の世界で」
 「元の世界」の部分を小声で言った。誰も聞いていないが、何と言うか、センシティブな話題だ。気をつけて悪いことはない。
「そりゃまあ、『シフォン』ってくらいですから」
 彼は少し照れ臭そうに言った。
「あー、シフォン、ケーキか」
「もしかして気づいてなかったです?」
「ごめん」
 僕は素直に謝った。
 転生時の名付けは自分でつけたりオプションで転生屋から提供したりといろいろだが、シフォン君は自分で考えたパターンだった。ちなみに僕は本名そのままだ。
「でもハンドミキサーがないと、シフォンケーキはちょっとしんどいんで……それを言ったらスポンジもしんどいですけど、そこはタクトさんに手伝ってもらいます」
「はいはい、やりますよ」
 シフォン君はかぼそい少年なので――気にしているようなので言わないが――力仕事はもっぱら僕の担当になる。
「でもデコレーションはやっぱり難しいんじゃないか? 生クリームみたいなものはこっちで見たことがない」
「生乳があれば近いものは作れるはずなんですが……衛生的な問題をクリアできるか難しいですね……」
 僕が衛生衛生と口を酸っぱくして言っているせいか、近頃はシフォン君も考えてくれるようになった。
「バタークリームは作ったことないしなあ……卵にはやっぱり火を通したいし、カスタードクリーム……うーん、でもカスタードでデコレーションっていうのはあんまり聞かないよね……」
 ぶつぶつと彼は独り言モードに入った。

(お菓子作りが好きだったのか)
(意外、ってほどでもないけど)
 むしろ名前からしてぴったりだ。ただ、彼はこれまでそうした素振りを見せていなかったものだから、僕は少しだけ驚いていた。
(ようやく気を許してきてくれた、のかな?)

 僕らはなしくずしに異世界生活を共にしているが、シフォン君からすると僕は当初、「転生体験キャンペーンの担当の人」でしかなかった訳だ。彼は人見知りをするタイプではないし、最初から懐っこく接してはくれたが、どこかで一線を引かれている感じがあった。

 まあ、僕の方が年上なんだから遠慮もあるんだろうし――彼から敬語は抜けそうにないし――、不思議ではない態度だとは思う。だいたい僕だって、何もかもをさらけ出している訳じゃないし。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み