5-9 罪

文字数 1,854文字

 星弥(せいや)達と別れた後、(はるか)蕾生(らいお)鈴心(すずね)の三人は無言のまま少し歩いて、銀騎(しらき)研究所からすぐ隣の公園の敷地にたどり着いた。
 ライくん、座って。どうかリラックスして聞いて欲しいんだ
 永は、いつも過去のことを話す時はそう言うな。その理由ってもしかして──
 うん、そうだね。君が(ぬえ)化してしまう条件について確かなことはわかってないんだけど、君が精神的もしくは肉体的に大きな衝撃を受けた時が一番危険なんだ
 そうか……
 ライ、今からする話は現在の貴方とは関係のない話だと思って聞きなさい


 それも難しいでしょうけど、あまり深刻に捉えてしまうと……

 な、なんだよ……
 蕾生(らいお)の手をきゅっと握る鈴心(すずね)の手はとても小さかったが、なんだか姉のような温もりがあり、蕾生(らいお)は少し照れ臭くなった。
 うん。これは遠い昔の話だ。童話でも聞くつもりで聞いて欲しい
 わかった
 ……(はなぶさ)治親(はるちか)(ぬえ)を討伐した後、その亡骸は木舟に乗せられて川に流された。その後、帝はすっかり回復して、彼は褒美に高い官職を得た。


 それから一年は何事もなく穏やかな日が続いた。けれど、当時の有力武家と朝廷に対立した皇子に与したことで戦になった

 戦……勝ったのか?
 ボロ負けだったよ。彼は高い地位に昇って調子に乗ってたんだ


 戴いた皇子も討たれ、いよいよ切腹するしかなくなった。けれどその前に妻と幼い子どもを逃す必要があった


 妻子だけを野山に放り出す訳にいかない。彼は最も信頼している部下の雷郷(らいごう)を護衛につけた


 めっちゃ嫌がられたけどね。でも終いには承知してくれた

 ……

(わかる気がする……)

 これで心残りもなくなって──リンを伴って死出の旅路へ、と思った矢先に逃したはずの部下が一人血相を変えて戻ってきた
(景色が……見える気がする)
 部下は雷郷(らいごう)と妻子が追手に見つかったって慌ててた。治親(はるちか)は特に気にしなかった。雷郷(らいごう)だったら追手くらい返り討ちにするはずだから


 けれど、どうも様子がおかしい。とにかくこの場は妻子を追って欲しいと言う。仕方なくリンと二人で雷郷(らいごう)の後を追った。──彼らは驚くほど近くの森の入口にいた

 何があったんだ?
 まず目に飛び込んできたのは妻と子どもが血を流して倒れた姿


 それから妻子よりも無惨な姿で横たわる敵方の追手達


 そしてその傍で雷郷(らいごう)は身を屈めて小刻みに震えていた。彼からはおよそ想像もできないほど低い声で唸ってもいた

 ──!
 全身に刀傷を負って、血まみれになりながら、雷郷(らいごう)は涙を流し苦しみながら唸り続ける


 治親(はるちか)とリンがその姿に圧倒されていると、どこからか黒雲が降りてきて、雷郷(らいごう)の身体を包んだ

 そこまで話すと、(はるか)は深く息を吸って肩で大きく吐いた後、目を閉じてその日の光景を語る。
 その時間は長く感じられたけれど、一瞬だったのかもしれない


 黒雲が引いた先には雷郷(らいごう)の姿はなく、代わりに化け物がいた。頭が猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎──かつて治親(はるちか)が討伐した、あの時の(ぬえ)がそこにいたんだ

 最初はとても信じられませんでした。雷郷(らいごう)は突然現れた(ぬえ)に喰われたんだと思ったんです


 でも、目の前の(ぬえ)の前足に、雷郷(らいごう)がいつも身につけていた数珠が……

 それで治親(はるちか)は悟ったんだ


 雷郷(らいごう)(ぬえ)の返り血を沢山浴びていた。そのせいで(ぬえ)に乗っ取られたんだろう、って

 それで、どうしたんだ?
 治親(はるちか)様は武家の棟梁ですが、文官に近い仕事をなさっていたので、純粋な武力では雷郷(らいごう)の足元にも及びません


 何より私達はとても動揺していました。何が起こっているのか理解が追いつかなかったんです

 事態は一瞬の出来事だった。治親(はるちか)もリンも暴れ狂う(ぬえ)に致命傷を与えられた


 でも雷郷(らいごう)をこのまま放っておく訳にはいかない。彼を(ぬえ)にしてしまったのは治親(はるちか)の罪だ


 だからせめてこの手で止めてやらないと、一緒に連れて行かないと──必死でくらいついて、(ぬえ)に止めを刺した

 蕾生(らいお)には(ぬえ)の断末魔の叫びが聞こえた気がした。同時に二人の慟哭も。


 壮絶な出来事を語った後、(はるか)鈴心(すずね)も少し黙っていた。

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登場人物紹介

唯 蕾生(ただ らいお)


15歳。男子高校生

怪力なのが悩みの種

九百年前の武将、英治親の郎党・雷郷の転生した姿


周防 永(すおう はるか)


15歳。男子高校生

蕾生の幼馴染

九百年前の武将・英治親の転生した姿


御堂 鈴心(みどう すずね)


13歳。銀騎家に居候している少女

英治親の郎党・リンの転生した姿

永と蕾生には非協力

銀騎 星弥(しらき せいや)


16歳。高校一年生

銀騎詮充郎の孫で、銀騎皓矢の妹

鈴心を実の妹のように可愛がっている

永と蕾生に協力して鈴心を仲間に入れようとする


銀騎 皓矢(しらき こうや)


28歳。銀騎研究所副所長

詮充郎の孫

銀騎 詮充郎(しらき せんじゅうろう)


74歳。銀騎研究所所長

およそ30年前、長らく未確認生物と思われていたツチノコを発見、その生態を研究し、新種生物として登録することに成功した


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