第11話 庭で
文字数 1,822文字
――夏が過ぎ、暑い日差しも和らぐころ。
日曜日だけど、父はサキさんとデート。
母は仕事がお休みなようで、相変わらず祖父母の形見ともいえるユリオプスデージーのお世話に励んでいた。
その木と接しているときだけ、母は妙にうれしそうな顔をしている気がする。
丁寧に余計な枝を切り落とし、根元に肥料をまんべんなく敷く。
居間の座イスに座って私は、熱心に木の世話をする母を何気なしに見つめていた。
まるで母にとっては娘の私より、ユリオプスデージーの方が愛おしい存在だとでもいうように感じてくる。
そう思うと、なんだか心の中がドス黒くなりイライラしてきたので、私は母の近くの縁側まで行き、後ろから見下ろして意地悪くこう言った。
「そんなダサダサでショボイ木より、誰が観賞 もよろこぶバラの方がいいんじゃない? あ、でもダサいママにはそのショボイ木の方がお似合いだったわね♪ キャハハ」
母を小バカにして、ケタケタと笑う私。
しかし母は私に見向きもせず、ユリオプスデージーの近くの雑草を淡々とひき抜いていた。
そんな母の態度が気に食わない。
なんのとりえもない嫌われババアのクセに、私をシカトするなんて!
――と。
「ちょっとママ~。まだ三十代なのにもう耳が遠くなったのかな~? なんかさァ、ママより年上なサキさんより老けてるじゃない? それ以上ババアになったら、パパに捨てられちゃうよ~」
どんなに口悪く嫌味を言っても、私がいないかのような振る舞いをする母。
「私の声を聞きなさいよ! なんで何も言い返さないのよッ!!」
私ががなり立てても振り向きもしない。
ユリオプスデージー以外は、母の中では認識されないようだ。
イライラが止まらなくなってきた私は、縁側から飛び降り、裸足のまましゃがんで作業をしている母の背中をけり飛ばした。
母はうぐっとうめきながら前のめりに倒れる。
「私をシカトするからそうなるのよ!」
勝ち誇った言葉を上げたあと、私は口元をにんまりと吊り上げる。
しかし母は何事もなかったように起き上がり、服に付いた土を軽く払いのけると、作業を再開しはじめたのだ。
その姿にカッとなった私は、母の髪をつかんで強く引っ張る。
ブチブチッと母の髪の毛がちぎれる音が辺りに響く。
「――ツッ!」
「私をシカトすんなって言ってンだろ!!」
私がさらに母の髪の毛を引っ張りあげようとしたとき、父とサキさんが駐車場から庭へと飛び込んできたのだ。
「エリカ! やめなさい!!」
「エリカちゃん、暴力はダメよ!」
二人の制止の声に、私はハッとして母の髪から手を離す。
私の手から逃れた母は鼻を鳴らしながらも、やはりユリオプスデージーの世話をしようとする。
そんな母に私は、どうしようもない怒りと悔しさが込み上げてくるのだ。
「だって、このひとが! このひとが私を無視するンだもの!!」
私はそう訴え、その場にしゃがみ込んでわあわあと声を張り上げて泣いた。
「そうだったの……。エリカちゃん、つらかったね。悲しかったね。もうおばさんたちがいるから安心して」
はげしく泣きじゃくる私をそう言ってサキさんは抱きしめてくれた。
「ヒサコ……。無視するなんてひどすぎやしないか? エリカだってやりすぎたと思うけど、おまえのそのやり方も卑怯だと思うぞ。いいかげんこっちを向いて、エリカにあやまりなさい。そうすれば、エリカだってあやまって仲直りできるよ」
「子供にちゃんと向き合うのが母親の役目よ。ヒサコさん、あなた仕事にかまけて旦那さまや娘のお世話もロクにしてないそうじゃない。家族を大切にできないのなら、お仕事はやめて家庭に入って妻、そして母としての義務を果たしなさいな」
二人は母を諭すように訴えかける。
だが、その声すら母には届かないようだ。
「なあヒサコ。エリカだっておまえのことを心配しているから、こうして泣いてるんだぞ。サキだっておまえのことを気にかけてるから、心からの注意をしてくれてるんだぞ」
そう言って父は母の肩に優しく手を触れた。
しかし母は父の手をバシッと大きな音が鳴るくらい強く払い、私たちの方を向いて立ち上がり、
「アーッ!! もう、うるさい!!! うるさい! うるさい! うるさい!! うるさーーーいッ!!!」
涙で顔中グチャグチャし、憤怒に満ちた形相の母はけたたましい叫び声を上げ、手にしていた剪定ばさみをその場に投げ捨てて母屋へ走り去って行った。
そんな母を追う者はおらず、父とサキさんは私が泣きやむまでしばらくそばにいてくれたのだった。
日曜日だけど、父はサキさんとデート。
母は仕事がお休みなようで、相変わらず祖父母の形見ともいえるユリオプスデージーのお世話に励んでいた。
その木と接しているときだけ、母は妙にうれしそうな顔をしている気がする。
丁寧に余計な枝を切り落とし、根元に肥料をまんべんなく敷く。
居間の座イスに座って私は、熱心に木の世話をする母を何気なしに見つめていた。
まるで母にとっては娘の私より、ユリオプスデージーの方が愛おしい存在だとでもいうように感じてくる。
そう思うと、なんだか心の中がドス黒くなりイライラしてきたので、私は母の近くの縁側まで行き、後ろから見下ろして意地悪くこう言った。
「そんなダサダサでショボイ木より、誰が
母を小バカにして、ケタケタと笑う私。
しかし母は私に見向きもせず、ユリオプスデージーの近くの雑草を淡々とひき抜いていた。
そんな母の態度が気に食わない。
なんのとりえもない嫌われババアのクセに、私をシカトするなんて!
――と。
「ちょっとママ~。まだ三十代なのにもう耳が遠くなったのかな~? なんかさァ、ママより年上なサキさんより老けてるじゃない? それ以上ババアになったら、パパに捨てられちゃうよ~」
どんなに口悪く嫌味を言っても、私がいないかのような振る舞いをする母。
「私の声を聞きなさいよ! なんで何も言い返さないのよッ!!」
私ががなり立てても振り向きもしない。
ユリオプスデージー以外は、母の中では認識されないようだ。
イライラが止まらなくなってきた私は、縁側から飛び降り、裸足のまましゃがんで作業をしている母の背中をけり飛ばした。
母はうぐっとうめきながら前のめりに倒れる。
「私をシカトするからそうなるのよ!」
勝ち誇った言葉を上げたあと、私は口元をにんまりと吊り上げる。
しかし母は何事もなかったように起き上がり、服に付いた土を軽く払いのけると、作業を再開しはじめたのだ。
その姿にカッとなった私は、母の髪をつかんで強く引っ張る。
ブチブチッと母の髪の毛がちぎれる音が辺りに響く。
「――ツッ!」
「私をシカトすんなって言ってンだろ!!」
私がさらに母の髪の毛を引っ張りあげようとしたとき、父とサキさんが駐車場から庭へと飛び込んできたのだ。
「エリカ! やめなさい!!」
「エリカちゃん、暴力はダメよ!」
二人の制止の声に、私はハッとして母の髪から手を離す。
私の手から逃れた母は鼻を鳴らしながらも、やはりユリオプスデージーの世話をしようとする。
そんな母に私は、どうしようもない怒りと悔しさが込み上げてくるのだ。
「だって、このひとが! このひとが私を無視するンだもの!!」
私はそう訴え、その場にしゃがみ込んでわあわあと声を張り上げて泣いた。
「そうだったの……。エリカちゃん、つらかったね。悲しかったね。もうおばさんたちがいるから安心して」
はげしく泣きじゃくる私をそう言ってサキさんは抱きしめてくれた。
「ヒサコ……。無視するなんてひどすぎやしないか? エリカだってやりすぎたと思うけど、おまえのそのやり方も卑怯だと思うぞ。いいかげんこっちを向いて、エリカにあやまりなさい。そうすれば、エリカだってあやまって仲直りできるよ」
「子供にちゃんと向き合うのが母親の役目よ。ヒサコさん、あなた仕事にかまけて旦那さまや娘のお世話もロクにしてないそうじゃない。家族を大切にできないのなら、お仕事はやめて家庭に入って妻、そして母としての義務を果たしなさいな」
二人は母を諭すように訴えかける。
だが、その声すら母には届かないようだ。
「なあヒサコ。エリカだっておまえのことを心配しているから、こうして泣いてるんだぞ。サキだっておまえのことを気にかけてるから、心からの注意をしてくれてるんだぞ」
そう言って父は母の肩に優しく手を触れた。
しかし母は父の手をバシッと大きな音が鳴るくらい強く払い、私たちの方を向いて立ち上がり、
「アーッ!! もう、うるさい!!! うるさい! うるさい! うるさい!! うるさーーーいッ!!!」
涙で顔中グチャグチャし、憤怒に満ちた形相の母はけたたましい叫び声を上げ、手にしていた剪定ばさみをその場に投げ捨てて母屋へ走り去って行った。
そんな母を追う者はおらず、父とサキさんは私が泣きやむまでしばらくそばにいてくれたのだった。