アーケオプテリクスをさがして

文字数 2,000文字

 バスの中、私と(かい)君は隣同士に座った。目的地までの道中、雑談に花が咲く。
「小学校低学年の頃って、間違えて覚えていること多かったじゃない? 幼馴染を“おさなじみ”とか」
「いや、僕はそんなことなかった」
「えーっ? ここで話に乗ってくれないと、進まないよ」
 彼の素っ気ない返しに、思わず声を上げる。海君はちょっぴりしかめ面をし、早口で言い足してきた。
「誤解だ。“おさなじみ”はないってだけ。そうだな……長いこと、“あじあわせる”だと思い込んでいた」
「え。どこが変?」
「正しくは味わわせる。“わ”が重なる」
「そうだっけ? 習ったのが遙か昔で……歳は取りたくない、ごほごほ」
 口元に拳を当て、咳き込むポーズ。「つまんない冗談はやめ」と注意されてしまった。そのまま説明に入る海君。
「たとえば『戦う』は

を取り、

を加えて『戦わせる』になる。『味わう』も同様に変化させると、『味わわせる』だ」
 なるほどと感心したところで、左前方で歓声が上がった。見やると、大きくてきれいな湖が広がっている。
「ネッシー的なやつがいそうだな!」
 軽口が飛んだ。みんなばかにすることなく、しかし笑いが起きる。無理もない。何せこの辺りは、日本で最初に始祖鳥(らしき物)が目撃されたのだから。

 生きている始祖鳥が目撃された。それも日本各地で。
 早速、捜索隊の結成が決まった。始祖鳥を発見・捕獲し、真偽を確かめ、学術的に研究することを目的としたプロジェクト『

祖鳥

員会』、略称『始発委』により、メンバーの募集が行われた。
『始祖鳥を見付けて英雄(ヒーロー)になろう!』
 ベタなキャッチフレーズにつられたのかどうか、海君から久しぶりの連絡があったのは募集告知が出されてから、二日目の朝だった。
真純(ますみ)ちゃん、始祖鳥探し、二人で参加してみないか」
 幼い頃から、私も彼も化石や恐竜が大好きだ。それだけの理由で、幼馴染に当たる私を誘ったに違いない。けど、久々に聞いた彼の声は、まるでプロポーズのように情熱的だった。
「やってみたいけど、選ばれるかしら」
 私の懸念を彼は一笑に付した。始祖鳥が現存するなんて仮説、まともな学者は相手にしない。研究したくても(しがらみ)で言い出せない人がほとんど。
「だからって、誰でも彼でもって訳にも行かない。教員免許保有者という条件を付け、さらに適性検査を課した。今も小学校の先生をやっているよね? その上で真純ちゃんほどの知識があれば問題ないはずさ」
 実際、私はあっさり合格した。ちなみに大学講師の海君は若いながらも定評のある専門家故、肩書きだけで通ったという。
 私は誘われた際の経緯を思い出しつつ、「休職してまで参加なんて、確証があるのかしら」と彼に聞いてみた。バスは緩やかな上り坂に入る。
「目撃談の内、羽ばたいて飛んでいるのを見たとの証言は半信半疑だ」
「現在の鳥と同じ羽ばたきは難しい、滑空する時間が長かったろうというのが今の定説だから?」
「うん。ただ、今の鳥みたいに飛べるようになった変種の始祖鳥だからこそ、現代まで生き残ったとも解釈できる。秘境でひっそり暮らしていたのが、温暖化で広く世界に羽ばたいたと」
「ちゃんと考えて参加したんだ? よかった」
「当たり前。嘉田(かだ)先生から許可も得てる。おっと、そろそろ到着みたいだ」
 バスは広い駐車場に入った。北側に建物がある。放置されていた箱物を改装しただけとは言え、どうやって予算を引っ張ったのかと首を傾げたくなるほど立派な研究所だ。ここを拠点として、まずは始祖鳥の発見に努めることになるんだろう。
 やがてバスは駐車区画の一つに完全に停車した。
「建物正面に停めればいいのに」
 不満げな海君。まあまあ、ホテルじゃないのだからと宥め、私は席を立つ。私達よりも後ろに座っていた人達が進み行くのを待ってから、通路に出た。
「荷物、持つよ」
「今はいいわ。初日から楽してると、スタミナがなくなるかも」
「そんなばかな」
 海君は勝手に私の荷物まで持つと、先に歩き出す。私は慎重な足取りで、付いていく。
「ありがとうございました」
 運転手に笑顔で声がけし、それから私は深呼吸をした。より慎重に、ステップ毎に両足を揃えてはまた一段と降りていく。
「お手伝いしましょうか」
 と、運転手さん。私は「ありがとう、でも大丈夫」と応じた。けれども最後に地面を踏みしめる直前で、待っていた海君に手を取ってもらった。
「ヒーロー、いやヒロインになる第一歩だ」
「あ、ありがと。ほんと、歳は取りたくない」
「強きなんだか弱気なんだか」
 呆れ口調の海君は、私に歩調を合わせてくれた。
「ねえ、海君」
「何?」
「あなたから見て私は幼馴染だとして、私から見て海君は何?」
「うーん? 初めて会ったとき僕は七歳で、真純ちゃんは……」
「四十ン歳よ。言わせなさんな」
「ごめんごめん。ま、親友でいいのでは?」
 三十以上年下の彼は、幼馴染の私に微笑みかけた。

 終
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み