第2話

文字数 1,418文字

僕は朝早く家を出て空港へ向かった。妻はいつも通り
「気をつけて行ってらっしゃい。」
と言ってくれた。昨日あの手紙を書いたばかりだから尚更嬉しかった。
僕は飛行機に乗って、その飛行機が出発するときにある違和感を感じた。いつもなっている飛行機とはエンジン音が少しだけ違うのだ。初めは気のせいだと思っていたが、その不安は徐々に大きくなっていった。そしてその不安は的中してしまった。突如機内アナウンスが流れた。
「機体のエンジンに異常を感知しました。これから最寄りの空港に緊急着陸します。皆さまは安心してお待ちください。」
このアナウンスが流れると機内はパニックに陥った。機内は騒々しくなり、泣き出す者もいれば遺書を書き出す者もいた。ここで僕はあることに気がついた。昨日書いた遺書を家に忘れてしまった。僕は胸ポケットに入れあるメモに遺書を書くことにした。しかし頭がパニックで書くことを思いつかない。
悩んでいるうちに機体が揺れ始めた。僕はさらに焦ってしまい、ますます言葉を思いつかなくなっていった。そしてついに傾いてきた機体の窓から山肌が見えてきた。確実に墜落してしまう、そんなとき、自然に手が動いて気づくとこう書いていた。
『今まで会ったみんな、今までありがとう。みんなといるからこそ今の俺がいるのだと今改めて実感している。俺はもう死ぬが、お前たちは俺の分まで生きて幸せになってくれ。俺からの最後の願いだ。』
これを書き終わった瞬間、機内アナウンスが流れた。
「不時着します。皆さま伏せてください。」
機内がガタガタと音を立てながら揺れ、乗客の悲鳴が飛び交った。やがて揺れが収まり、悲鳴も止んだ。不時着が成功したのだ。僕はホッとした。ふと僕は思い立って妻に電話した。
「もしもし、恭子?愛してる。」
「いきなりどうしたの?昼間から飲んでるの?そんなわけないよね。今飛行機だもんね。」
「いや、改めて言いたくなったんだ。」
「ふーん。そういえばなんで飛行機の中で電話できてるの?」
「…どうでもいいんだ、そんなこと。そんなことよりうちに帰ったときの恭子のハンバーグ楽しみにしてるからな。」
「変なの。そういえば部屋から変な手紙が出てきたんだけど、これ遺書?こんなものを書いてる暇があったら今日生きることを考えて。私たちを幸せにすることを考えて。」
「わかった。一生約束するよ。」
俺は家に帰ると恭子のハンバーグを食べながらこの日の出来事を話した。あの手紙のことも今ではすっかり笑い事だ。ただ、その手紙を彼女が読んでから彼女はやけに僕に優しい。そんなことより、明日は久しぶりの休みだ。久しぶりに家族で遊園地にでも行くか。
人間なんていつ死ぬかわからない。もしかしたら明日死ぬのかもしれない。今日死ぬのかもしれない。『1日』というものの中には多くの出来事がある。『1日と』いうものが短いように感じる人も少なくないかもしれない。しかし、1日というものは永遠に続く記録なのだ。僕らはその『1日という永遠の記録』を永遠に繰り返している。出来るだけその『記録』がより良いものとなるように生きている。生きるのに大切なのは僕たちが死ぬために生きているわけじゃないこと、つまり今日を生きることを考えること。たとえ明日死ぬことがわかったとしても。

あなたは自分の『死』を考えるとき、誰にどんな手紙を書きますか?

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