第1話

文字数 67,958文字

「やっぱり俺か‥‥」広瀬は、ため息まじりにつぶやいた。
 長年担当して来たホールデンが退職したので、機巧族(きこうぞく)の担当主任のポストが空いたのだ。
 予想はしていたが、今朝、正式に上司のパリス次官から、機巧族(きこうぞく)の担当主任に指名されてしまった。
 真面目な広瀬は特別に仕事ができる訳でもないのに、なぜか、いつも難易度が高い種族の担当にされるのである。

 さっそく、外交員としてはニ年目の新米であるケイリイ・ブラウンと一緒に、機巧族(きこうぞく)の主星である惑星タイタロスに向かい、担当の顔合わせをする事となった。
 ケイリイは、就任当初からホールデンと一緒に機巧族(きこうぞく)の担当をしていたので、今後は広瀬と2人で担当を受け持つことになる。
 タイタロス行きの宇宙船の座席で、隣に座っているケイリイは機嫌よくニコニコしているが、広瀬は機械人の担当になるのが憂鬱(ゆううつ)で、どうしても気が乗らない。
 機巧族(きこうぞく)と同じように、機械人であるフルメタル族は人類と仲が良く同盟関係でもあり、人類が他部族と争うときには、必ず加勢(かせい)してくれるので、ほとんどの人間はフルメタル族に好感を持っている。
 しかし、人類連邦より(はるか)に高度な科学技術を持ちながら、他部族とは完全に中立の立場を取り、全ての種族と距離を置いている機巧族(きこうぞく)に関しては、不気味な存在でしかない。
 広瀬は不安な気持ちでいるのだが、ケイリイは楽しそうに見える。
「君は機巧族(きこうぞく)が苦手じゃないのかい?」
 と聞いてみた。
 ケイリイが、こっちを向いた。
 意外と小柄で(おさな)い顔をしている。今までは、あまり話したことも無く、背の低いホールデンと居ることが多かった為か、気が付かなかった。
 こんな顔をしていたのか。
 良く見ると成人しているとは、思えないような童顔ある。
機巧族(きこうぞく)は、人類より歴史がある素晴らしい種族ですよ」
 ケイリイは、機巧族(きこうぞく)を自分の事のように自慢し始めた。
機巧族(きこうぞく)は、銀河系で一番科学が発達している種族です。みんな白猫族(しろねこぞく)のことは(あが)めるクセに、機巧族(きこうぞく)に対しては(みょう)偏見(へんけん)を持ち過ぎだと思います」
 確かに、人類に限らず銀河系に住む部族は、機械人である機巧族(きこうぞく)に偏見を持っているのかも知れない。
 ケイリイのように、偏見無く機巧族(きこうぞく)と付き合える者は、銀河系でも、ごく少数だろう。
 ケイリイは、笑顔でこちらを見ている。可愛らしい笑顔であり、童顔が好きな男であれば一瞬で()れてしまうだろう。
 しかし、広瀬には(すで)に恋人がいる。その恋人というのは意外にも、上司である外務省事務次官のパリスなのである。
 外務省就任の初日に、広瀬はパリスに一目惚(ひとめぼ)れしてしまった。
 パリスは職場でも優秀で、美しく華のある女性なので、広瀬が一目惚れするのは無理もないのであるが、軍隊時代のパリスは、他部族から鬼ヤンマと呼ばれ恐れられている歴戦の勇者なのである。
 交際する前は、ベテラン外交官のホールデンから「お前さんの手には()えんよ」とよく言われていた。
 パリスと仲良くなるにつれ、意外とライバルが居ないことに気付いた広瀬は、思いきって交際を申し込んだ。
 パリスは、少し考えてから「別に良いわよ」と、返事をした。
OKされた割には、素っ気ない返事であるが、恋愛慣れしていない割りにプライドの高いパリスにとっては、せいいっぱいの返事であったらしい。

 タイタロスの宙港(ちゅうこう)に着くと、独特の風景が待ち受けていた。
 他種族の惑星の宙港(ちゅうこう)付近は、ホテルや飲食店などの店が道中に並んでおり、さまざまな種族が入り乱れて(にぎ)わっているが、タイタロスの街並みには工場のような機械的な建物と金属製の道路が続き、人影は作業用ロボットしか見当たらない鋼色で非常に味気ない街だ。
 せめて来客用に、ホテルや飲食店や土産屋でも作れば良いのにと思う。こういう気配りの無いところが機巧族(きこうぞく)の嫌な部分である。
 巨大なゲートをくぐると、外務省職員と思われる二足歩行の機械人がやって来た。
「こんにちは、お待ちしていました」
 五体を鉄パイプで作った様な奴だが、二足歩行しているだけ、他の奴らよりまだ人類に近い。
「新しく担当になった広瀬です」
 元々は、人類と同じような有機生命体だったと聞いているが、広瀬から見ると、ただの金属で出来た機械にしか見えない。
 鉄パイプに案内された建物は意外なことに、太古の地球を思わせる様な木造の小さな建物であった。
 しかも、現代の人類圏内でも珍しく、広瀬も実際には見たことがないほど見事な木材で作られていた。
「凄いでしょ、広瀬さん」
 なぜか、機巧族(きこうぞく)でもない人類のケイリイが自慢している。
「凄いな」
 とは言ったもの、なにかあざとい印象を受ける。いかにも、人類や昆虫系の種族が喜びそうな建物だ。
「ちゃんと見てます、広瀬さん?」
「ちゃんと見てるよ」
 別にお前が作ったんじゃないだろ。と、広瀬は思ったが、さすがに口には出さなかった。
 木造の建物に入ると、内装も外観と同じ木目調(もくめちょう)で、テーブルや椅子も木製である。
 鉄パイプが奥の扉に入って、しばくすると初老の男が現れた。どう見ても、本物の人類に見える男だ。
 ただ、人類には外観が初老の者は少なくなって来ている。ほとんどの人間は遺伝子操作で、老化防止処置を行っているので、若いままの人間が多いからだ。
「こんにちはナポレオンさん」
 ケイリイが初老の男に挨拶(あいさつ)した。
「初めまして、広瀬です。退職したホールデンの後任です」
「ようこそタイタロスへ、ワシが人類担当のナポレオンじゃ」
なんだか喋り方も古めかしい。
 機巧族は、とにかく謎の多い種族である。人類が誕生する頃には、すでに恒星間移動をしていたほど古くから存在する種族であるが、他部族との関わりは浅く争いも好まない。
 かなり高い科学力を持っている様で、以前は他部族が抗争を仕掛けた事もあったが、機巧族の高度な兵器の前にあっさり撃退されてしまった。機巧族と戦った部族は全て、恐れをなして二度と手を出さなくなるらしい。
「ナポレオンと言うのは、太古地球居た英雄の名前からとったのよ」
 また、人類であるケイリイが自慢げに言った。
 ナポレオンか、どこかで聞いた事がある名前だと思った。何をした人かは、まったく知らないけれど。
「ナポレオンさんは、かなりの人類通みたいですね」
 とりあえず広瀬は、お世辞(せじ)を言った。
「そんなお世辞は良い、今日は何のようじゃ?」
 ナポレオンは無愛想(ぶあいそう)である。
 さすがの広瀬も少しムッとしたが、機巧族担当の初仕事であるので、ここは我慢(がまん)した。
「今日は、引き継ぎの顔会わせを()ねて、人類連邦政府と機巧族の友好関係を確認しに来ました」
 ケイリイが空気を読んで、慌てて答える。
「心配せんでもワシら機巧族は、どことも争う気はない」
「それはわかってるんだけど、定期的に外務省の人間が機巧族に会っておかないとまずいのよ」
 ケイリイは、なぜかナポレオンに対して、慣れなれしい口の利き方をしている。
「人類は型式的なことが好きじゃな」
 面倒(めんどう)くさそうな(じい)さんだな。と、広瀬は思った。
「面倒くさい糞ジジイで悪かったの!」
 ナポレオンは嫌味に言った。
 頭の中で考えていた事を、そのまま言われたので、広瀬は驚いてしまった。
駄目(だめ)よナポレオンさん、勝手に人の脳波を読んじゃ」
 ケイリイが注意している。
 しまった!機巧族は脳波で他人の心が読めるんだった。
 広瀬は、急いで心を閉ざした。
 サマルカンドでは白猫族(しろねこぞく)を初め、ごく少数の種族ではあるがテレパシーで会話する種族もいるので、外交官は心の奥底を読まれない様に一応は訓練している。
「糞ジジイとまでは、思ってなかったですよ」
「ハッハッ、すまんの広瀬とやら、これからもよろしくな」
 謝ってはいるが、ナポレオンは全く反省していない様子である。
「よろしくお願いします」
 予想通り、不愉快な気分になった。
 ナポレオンと別れた後に、一通りタイタロスの主要な施設をケイリイに案内してもらい、広瀬は機巧族の担当初日の仕事を終えた。
 帰りの宇宙船の中でも、広瀬はまだ不機嫌である。
「やっぱり機巧族は、苦手だな」
「あの人は少し変わってるのよ。それに機巧族は、慣れれば難しくないわよ」
 ケイリイは、機巧族が気に入っているみたいだが、広瀬は他の職員が嫌がる種族を押し付けられて面白くない。
 帰還中、広瀬はずっと不機嫌であった。
 機巧族も機巧族を好きなケイリイも気に入らない。これから当分の間は、機巧族の担当になると思うと、どうしても憂鬱(ゆううつ)にもなってしまう。


 彼は、多忙(たぼう)であった。
 彼はアナクレト人と呼ばれる種族の一人で、アナクレト人は宇宙で最初に誕生した高度な知的種族といわれている。
 何故(なぜ)、彼が多忙かというと、他のアナクレト人は、ほとんどが広大な宇宙の外へ旅立ってしまったからである。
 宇宙は膨張を続けた後に縮小し、限界まで縮小しきった時に凝縮されたエネルギーが、一気に爆発してビックバンを起こして再び膨張し始める。この過程を永遠に繰り返している。
 アナクレト人は、その事に気付くまで数万年かかり、宇宙の外に出る技術を得るには、さらに数十万年かかった。
 宇宙の外に出る為には、光速を超えるスビードの宇宙船が必要であるが、物理的には物体が光速を超えることは不可能とされており、当然、光速を越える速度が出せる宇宙船を作ることも不可能である。
 宇宙内であれば、ワームホールを利用して光速以上の移動が可能であるが、ワームホールは宇宙の外には繋がっておらず、理論的には宇宙の外に出ることは不可能である。
 だが、宇宙は物理法則を無視して、光速を超える速さで膨張している様に見える。
 実際は、時空と共に膨張しているので、物理法則は無視していないのだが、光より速いスピードで膨張しているのは事実である。
 時空と共に膨張すると光の速さを超えられるのであれば、時空の仕組みを人工的に作り、光速を超える宇宙船を作ることも可能であるかもしれない。
 彼らは、長い年月を掛けて、ある程度であるが時空間を操作出来るようになった。
 そして、長い年月の末、ついに彼らは光速の壁を克服した。
 アナクレト人は、種族全体で宇宙の外に旅立つ予定であったが、彼を含め数名のアナクレト人は愛着(あいちゃく)のある宇宙に残ることを希望した。
 指導者たちは、彼らの希望を尊重(そんちょう)して宇宙に残ることを許可してくれたので、残った数名は宇宙をいくつかのブロックにわけ、各ブロックごとに担当を決めて残る事となった。
 残った者たちは、2兆以上あると言われている銀河の探索や研究に生き甲斐(がい)を感じていたので、宇宙の外に行くという事には、さほど魅力を感じていなかったのである。
 だが、アナクレト人全体としては、数万年前から宇宙の外に出ることが悲願となっており、それが宗教的な思想となり、他のアナクレト人たちは何の疑いもなく彼らを残して宇宙の外に出て行った。
 おそらくそれは、種に埋め込まれた本能のような物だと彼は推測している。
 宇宙の外など、どうなっているのか想像も出来ない。
 自分たちの生命の危険をかえりみず未知の世界へ旅立つなど、高度な文明を持つ種族としては考えられない行動であるが、彼の種族の通説では宇宙は生命を生み出す卵の様な物で、宇宙外に出る能力がある種族は、出て行くのが当然と思われていた。
 宇宙に残ることになった少数のアナクレト人たちは、初めの数百年間こそ宇宙を巡回して惑星や生物の観測に熱中していたが、宇宙は広大であり、とても数名では観測しきれない事に気付いた。
 そこで彼らは、自分たちの複製を各数十体作成して効率を上げることにした。それでも手が足りなくなると、超銀河団ごとに探査基地を設置して作業ロボットに基地の運営を任せた。


 人類連邦政府の外務次官の執務室では、次官のパリスがケイリイから近況報告を受けていた。
 パリスの予想では、機巧族(きこうぞく)の担当を(まか)せて半年もすると、さすがに広瀬も機巧族の扱いに慣れて来ると思っていたのだが、ケイリイからの報告によれば、今だに慣れる様子は無いらしい。
「なんとか、やってくれると思ったけど。なかなか機巧族に対しては、慣れないものねぇ」
 パリスがつぶやいた。
「機巧族の扱いは難しいですが、こちらに対して敵意はないので、大丈夫だと思いますよ」
 ケイリイは、いつも明るく楽観的である。
 自分も、こういう女性になりたかった時期があった。
 結局は、なれなかったが。
「彼は頑固(がんこ)なところがあるから、機巧族とは打ち解けにくいのかもしれないわ」
「そうですねぇ、広瀬さんは結構、頑固ですからね」
 この人は、なぜ広瀬さんのような、さえない人と付き合っているんだろう。と、思いながらケイリイはパリスを(なが)めた。
 外務省次官であり、美しくて切れ者であるパリスと地道で目立たない広瀬さんでは、とても釣り合いがとれているとは思えない。
トントン!
 ドアをノックする音が聞こえた。
 要領(ようりょう)の悪い恋人のことを心配しているパリスに、思わぬ客が来た。


 昼食中に、端末に信号が入り呼び出しがあった。
「飯食ってる時に誰だろう?」
 端末を見て見ると、パリスからであった。
「彼女か、仕方ない昼食は後にしょう」
 広瀬は昼食を一旦片付けてから、パリスのオフィスへ向かった。
 ミルキーウェイ(天の川銀河)の外渦の一角には、様々な種族が集まり、それぞれの文明を築いている。この一帯は、天の川銀河における文明の中心である。
 太古地球では首都がサマルカンドと言う地名だったらしく、現在の人類連邦政府は天の川銀河の首都とも言えるこの地域を、サマルカンドと呼んでいる。
 
 人類を含めた天の川銀河に住む各種族は、積極的にこの地域へ進出して勢力を拡大している。
 百以上の種族が集まるサマルカンドには、昆虫タイプや哺乳類タイプ・植物タイプ等さまざまな種族がおり、昆虫タイプが一番多い。
 昆虫タイプは、外骨格である為か小柄で、大きい種族でも身長は1メートルほどしかない。
 頭はあまり良くないが、頑丈(がんじょう)な身体と強靭(きょうじん)な精神力を持ち、真面目に良く働く種族が多い。
 征服欲が強く、すぐに他種族に攻撃をしかけるが、突撃しか戦法が無いので長期の戦争は苦手で、気が強く勤勉な割にはサマルカンドでの社会的地位はあまり高くないようだ。
 だが、個人的に争うと痛い目にあう。
 毒針で刺されたり、強力な(あご)で噛みつかれたりするからだ。

 植物タイプの種族は珍しく、種類も少ない。
 温厚で真面目な種族が多く、控えめな性質の為かサマルカンドでの社会的地位には、あまり関心が無い。
 哺乳類タイプは、人型が多く怠惰(たいだ)であるがずる賢い。
 その中でも青猿族は比較的人類と似ていて、なにかにつけライバル視しており、ずる賢く立ち回りサマルカンドの覇権を握ろうとしているのだが、小狡(こずる)さでは人類の方が上回り、かろうじて青猿族より社会的地位は上である。
 青猿族は、サマルカンドから遠く離れたケンタウルス腕出身で、広大なケンタウルス腕のほとんどが青猿族の版図であり、人口も人類の五倍以上いて人類の地位も油断はできない。

 現在人類は青猿族を含め、6種族と休戦中で、3つの種族と交戦中である。交戦といっても、死傷者が多すぎると、先進国が仲裁に入り、後に人道的に問題があると、交戦相手や周辺部族から賠償責任を求められる。
 だからと言って、一応は戦争である。負けるわけにはいかない。
 負けずに、ほどほどに勝つというのが、この時代の戦争だ。
 ただし昆虫系の種族は敵に容赦(ようしゃ)しないし、賠償責任なんてものは理解不能な種族が多く、全力で攻撃して来るので、こちらも徹底的に戦わねばならない。
 そんな状況であるため、広瀬を含めた外交官も戦闘訓練を行い他部族の支配地域に行く時には、軽武装して行くのが規則となっている。
 外交中に、いきなり後ろから首を切り落とされたり、焼いて食べられたり、古臭い鉄製の拳銃で撃たれたりするからだ。
 この様に争い事が絶えない銀河系であるが、サマルカンドには他の勢力を寄せ付けない圧倒的な文明を(ほこ)る種族がある。
 精神的に進化した白猫族である、彼らは精神エネルギーが進化しすぎて肉体を持たない純粋なエネルギー体である。
 その他にも、さまざまな種族等がサマルカンドに集まっており、3000億以上の惑星がある天の川銀河の中心地となっている。
 人類連邦政府は、人類の首都惑星であるヨッサンの中心部にある。その外務省次官であるパリスのオフィスには、銀河の運命を左右するほどの情報が届いていた。
 そんな事を、知るよしもない広瀬は、外務省に勤務する一職員である。
 外務省といえば聞こえが良いかも知れないが、現代では、ほとんどの仕事を機械が行ってくれるため、希望の仕事に()きやすく別にエリートという訳でもない。
 逆に、勤務時間が長く勤務規定も厳しいので、不人気なぐらいである。
 人気のある職業と言えば、作家や音楽家・デザイナー等のクリエイテブな仕事が多い。
 貨幣という概念が無いので、売上や人気を気にせず好きな事が出来るのである。


  広瀬がバリスのオフイスに着くと先客がいた。
「食事中に悪いわね」
 パリスは、別に悪がってなさそうに言った。
「この方はマリさん、白猫族の外交官よ」
 パリスの向かいに、若い女性が座っていた。
 白猫族は、そのエネルギー体の外見が一見(いっけん)白猫に見えるため、白猫族と呼ばれている。
 白猫族は寿命がおそろしく長く、肉体がないので食事もほんのわずかなエネルギー物質を摂取するだけで良いらしい。随分(ずいぶん)と経済的な種族である。
 それにしても、白猫族が来ているのに何故(なぜ)、機巧族担当の俺が呼ばれたのだろう?
 不思議に思いながらも、一応挨拶をした。
「どうも広瀬です」
 挨拶しながら広瀬は、パリスの向かいに座っている白猫族のマリを見た。
 中肉中背で地味な服装をしているが、整った顔立ちをしいている。 
 高級な白猫族の人類との交流用ボディだ。
 普段は、テレパシーで会話を行い、精神力で物を動かして生活しているが、人類との交流時には、人型ボデイを着用してテレパシーを封印し人類の言語でコミニュケーションをとるように配慮(はいりょ)してくれている。
 さすがに、銀河系で最も進化している種族である。機巧族なんかとは、やはり品格が違う。
「アンドロメダから、新しい情報が入ったそうよ」
 白猫族は、アンドロメダ星雲にも手を広げているらしく、神猫(かみねこ)と呼ばれる白猫族の中でも特に進化した個体が派遣されている。
 その神猫から数カ月前に、アンドロメダで大きな動きがあるとの連絡があった。
「神猫からの情報によると、アンドロメダに住む種族たちの大がかりな移住計画があるそうです」
 白猫族が初めて口を開いた、人工のボデイらしい美しい声である。
「どこに移住するのですか?」
 興味なさそうに、広瀬が(たず)ねる。
 実際に広瀬からするとアンドロメダは、あまりにも遠すぎて人類には関係が無いと思っている。
 ミルキーウェイからアンドロメダ星雲まで到達した事がある種族は白猫族だけであり、人類より(はる)かに進化した機巧族でさえ、まだ到達したとは聞いていない。
 そんな遠い所の話より、中断した昼食のことが気になった。
「おそらく、このミルキーウェイだと予想されます」
「なるほど、そうですか」
 と、適当に返事をした後で、思わず広瀬はビビッてしまった。アンドロメダに住む種族など、人類とはかけ離れた外見の化け物に違いないし、意思疎通すら出来ない連中に決まっている。
 そんな連中が来られても、どう対処(たいしょ)して良いのか分からないではないか。
 白猫族は、落ち着いた口調で説明を続ける。
「数十万隻の、恒星間宇宙船が確認されています」
 それは困る!さらに広瀬は(あせ)った。
「こちらに来る目的は何ですか?」
 広瀬とは対象的に、パリスは冷静である。
「それは、まだわかりません。なにかアンドロメダで大きな災害があったようです」
 数十万隻の船だと! そんな大規模な船団が、こちらに来たら大混乱になるじゃないか。いや、大混乱どころか戦争や大災害になりかねん。
 あせった広瀬は質問した。
「なにか、対応策はあるのですか?」
「まだ、ありません」
 白猫族は表情も変えずに答えた。
ーー無いのかいーー
 広瀬は落胆(らくたん)した。
「それで、あなたとマリさんが一緒に機巧族に行って、彼らと情報交換をしてきて欲しいのよ」
「ぼ、僕とですか?でも、機功族は銀河系を出た事が無いので、アンドロメダの情報は知らないと思いますよ」
「実は、公表はしていませんが、機巧族は複数の銀河に行き来しているらしいのです」
 マリが説明した。
「えっ、そうなんですか?」
 くそう、そうだったのか!そんな話は聞いた事がなかったぞ。やはり機巧族の奴らは信用出来ない。
 広瀬が怒っているのにかまわず、パリスは指示を続けた。
「あと、フイッシュとケイリイも、あなたの助手として同行させて」
「あの二人と?」
 フイッシュ・クレマンは、2メートル近い大男で一応外務省の職員であるが、二年前に入庁したばかりの若手である。
 ケイリイは機巧族の担当なので仕方ないが、ただでさえ苦手な機巧族の所に、若手を連れて行くのは正直に言うと面倒くさい。
「フイッシュにも、そろそろ重要な仕事をしてもらわないとね」
 機巧族は、人類からは不人気種族であるが、サマルカンド全体では、白猫族に次ぐ重要種族である。
「機巧族と白猫族は、あまり仲が良くないので、人類と一緒なら話を聞いてくれると思うの。お願い広瀬君」
 恋人であり、上司でもあるパリスに笑顔で頼まれたら断りにくい。
「お願いします、広瀬さん」
 だめ押しでマリからも、無表情で機械的に頼まれた。


 一時間後には、広瀬とフイッシュとケイリイとマリの4人は、機巧族の人工惑星タイタロスに向かう小型宇宙船に乗っていた。
「広瀬さんは、タイタロスに行かれた事がありますか?」
 マリが質問して来た。
「何度か行ってますよ。外務省では僕とケイリイが、機巧族の担当ですから」
 広瀬が答えると、フイッシュが興味深そうに聞いた。
「機巧族って機械人なんですよね?エネルギー源は何なんですか?」
「あんた馬鹿ねぇ、リチウム電池に決まってるじゃない」
 ケイリイが(あき)れた顔をしている。
「機巧族は、水素エネルギーを自己リサイクルしながら使用しています。超電導技術が発達しているので、効率よくエネルギーが使え補給が不要なんです」
 マリが説明してくれた。
「全然違うじゃん」
 フイッシュは不満そうにケイリイを見た。
「大して変わらないわよ」
 ケイリイは、逆ギレして不機嫌になってしまった。任務初っぱなから、いがみ合いをしている2人の後輩を見て、広瀬は(あわ)てて話題を変えた。
「そういえば君たちの前職は、何なんだい?」
 人類が長寿になってからは、一生同じ仕事を続ける人間は珍しい。たいていの人は何度か職を変えている。
「俺は、ずっと軍隊です。徴兵が終了しても、希望して職業軍人をやってました」
 フイッシュは長身で筋肉質であり、いかにも軍人といった風貌(ふうぼう)なので、元軍人と言われても、そのまま過ぎである。
「私は、歴史の研究機関で、人類の歴史の研究をしていました」
 ケイリイは、なぜか得意げであるが、広瀬は歴史には全然興味がない。
「あぁ!広瀬さんムッチャ興味無さそうにしている。人類の歴史には、まだまだ謎が多いんですよ、数千年前のことも良くわかってないんですから」
「昔の事なら学校で習ったよ」
「学校で習った事が正しいとは限らないわ」
「確かにそうかも知れんが、俺には学校で習った事で十分だ」
 広瀬が面倒くさそうに答えた。
「歴史ってもんは、常に時の権力者が作るもんだ、今さら正しい歴史を知ったところで、なんの得にもならんよ」
「それは違うと思うな」
 意外にも、フイッシュが口をはさんで来た。
「俺は軍しか知らないけど、歴史を把握(はあく)してなければ、誰が本当の敵か見極める事ができなくなる。例えばいつも人類といがみ合っている青猿族はライバルであって真の敵では無い。大きな戦いでは、いつも加勢してくれるフルメタル族との利害関係もイマイチわかってないし」
 なんだ、こいつは。ただの体格の良い軍人くずれと思っていたが、案外(あんがい)しっかりした意見を持っているじゃないか。油断のできん男だ。俺なんか、年上で外交官でも先輩だけど、特に何も考えて無いのに。
 と、広瀬が心の中で葛藤(かっとう)している間にモニター上には、いかにも人工物とわかる機械的な惑星タイタロスが見えて来た。
「間もなく到着です」と言う船員の声が聞こえると、四人ともスクリーンに映された惑星を見た。
 黒鋼色の、いかにも金属製という外見の星である。実際に金属製なので、当たり前なのだが。


 「また君か……」
 人間の初老男性の姿をした機巧族が現れた。僕の苦手な爺さんだ、まだ生きていたのか。
「生きてて悪かったの!」
「ナポレオンさん、また広瀬さんの頭の中を覗いたわね。マナー違反よ!」
 ケイリイが注意してくれた。
「今日は、お客さんを連れて来たんです」
 広瀬は、出来るだけ(おだ)やかに振る舞おうとしている。
 いきなり不仲そうな広瀬とナポレオンを見て、フイッシュは不安そうな顔をしている。
「まあ座ってくれ」
 ナポレオンはぶっきらぼうに、ソファーの方へ右手を向けた。
「で、今日は何の用じゃ?」
「彼は新人のフイッシュです。こちらのマリさんは白猫族なのですが、今朝アンドロメダに関する重要な情報を伝えてくれまして」
「そう言えば、白猫族はアンドロメダにも拠点があるらしいのぉ」
 ナポレオンは、あいかわらず渋い顔だ。
 フイッシュは、ナポレオンの顔をじっと見ている。
「お前のトコの新人さんは、ワシの顔が珍しいらしいな」
「すいません、思っていた機巧族のイメージと違ったものですから」
 フイッシュは、あわてて謝った。
「ワシはもう何百年も人類と付き合ってるもんでな。昔はこういう姿の方が威厳(いげん)があったんじゃ。それで、アンドロメダの情報ってのは何なんじゃ?」
「その事なんですが‥‥」
 マリがパリスの事務所で言った事を、もう一度説明した。
「なるほどな。それで神猫は対応策を何か言わなかったのか?」
「まだ、そこまでは。現在も観察中としか」
 広瀬はナポレオンに(たず)ねた。
「機巧族には、なにか情報は入っていませんか?」
「ワシらは、アンドロメダにあまり関心が無かったからなぁ、なにも無いはずじゃ」
 嘘つけジジイ、あんたらがアンドロメダにも進出してる事は、もう知ってるんだぞ。と、広瀬は思ったが、脳波を読まれる可能性がある事を思い出して心を閉ざす。
「そうじゃ、ワシの助手を預けるから、この件が落ち着くまで、お前さんと同行させてもらえないかの?」
 ナポレオンから意外な提案があった。
「助手?」
「助手と言っても最新式の機巧族じゃ。最先端のボディに最新のプログラム、最新のファッションじゃ」
 ファッションは任務に関係ないだろ!このクソ爺が。と、広瀬が心の奥底で密かに思っていると、後ろの扉から一人の機巧族が入って来た。
「ボス、呼びましたか?」
「こいつが助手のシドじゃ」
 シドは、背が高く細めで黒髪を立たせた、若い長身の人類型の機巧族である。
「シド、さっきの会話のデータを読んだか?」
 機巧族は、体内に高速通信装置が内蔵されており、機巧族同士で通信できる様になっているらしい。
「OKボス。この4名様と一緒に、調査にあたれって事ですね」
 この変な機巧族と一緒に行動するのか?
 なにかトラブルが起きそうで面倒だが仕方ない。広瀬は覚悟を決めた。
「なるほど。では、彼をお借りします。これから一度戻り調査を続けますので、何かわかりましたら連絡します」
「シド、期待してるぞ」
 ナポレオンは、笑みをうかべながら言った。
「任せといて下さいボス」
 シドは自身満々である。
 次に会うまでには、このジジイは死んでいて欲しい。と、広瀬思った。


 地表のほとんどが砂漠で(おお)われた惑星イネスは、ミルキーウェイで広範囲の勢力を(ほこ)るオーエン連邦の支配下にあった。
 イネスでは、反オーエン連邦勢力である反乱軍がいくつかあり、その一派の長であるシェリーマンは、同盟軍との会議を行うため砂漠用バイクを飛ばしていた。


「ナポレオンさんは人類に馴染(なじ)もうとして、外見や性格をプログラムし直したのですか?」
 事務所を出るとマリが尋ねた。
「外見も何度か変えたそうです。長年人類の事を研究していて、今では人類より人類について詳しいと思います」
「ナポレオンと言う名も、太古地球の、歴史上の英雄の名前だそうですよ」
 シドが説明を付け加えた。
「シドと言う名も、英雄の名前なのか?」
 広瀬が聞いた。
「シドは太古地球で、大英帝国が全盛期だった頃のパンクロックスターの名前です」
「ナポレオンの助手だけあって流石に詳しいな。でも、大英帝国全盛期にロックスターが居たかなぁ?」
「俺は機巧族は、もっと機械的だと思っていました」
 フィッシュが素直な感想を言った。
「そういう機械的な連中も、たくさんいますよ」
 シドは機巧族のクセに、口を(とが)らせながら答えた。


 シドを加えて、ヨツサンに戻った広瀬たちは、パリスのオフィスに向かった。
「ご苦労さま」
「機巧族のナポレオン氏より、助手のシド氏を預かって来ました」
 広瀬はパリスに帰還を報告し、シドを紹介した。
「ようこそヨッサンへ。私は事務次官のパリスです」
「シドです。銀河系の危機を救う為、参上しました」
「機巧族にしては、人間っぽい方ね」
 パリスは笑いながら言った。
「私は、人類や他種族とのコミニュケーションが、スムーズに行えるように設計されているのです」
「親しみやすくて良いわね。さっそくだけど、明日は白猫族を交えての対策会議があるのよ。五人とも出席してくれない?」
 明日も仕事か。広瀬のテンションは少し下がった。明日は自宅で、のんびり古い映画でも見て過ごそうと思っていたからである。
「明日ですか。わかりました」
 なぜか、シドだけが元気よく返事をした。


 他の部族との連合軍による、オーエン連邦への総攻撃は、連邦の圧倒的な兵力の前に完全な敗北に終わった。シェリーマンも負傷する程の大敗北である。
 シェリーマンは、命からがら自分の村に帰還した。
「皆すまない」
 シェリーマンは村人たちに謝罪したが、腹心のカーラから
「たった一度の敗北で諦めてはいけません」
 と(さと)された。
「800年に及ぶオーエン連邦の支配で、政治は腐敗し役人は堕落しております。支配されているイネスの人々の不満は高まる一方であり、一度でもオーエン連邦が負ける事があれば、人々は争ってあなたを支持するでしょう」
 カーラの言葉に(はげ)まされながら、シェリーマンはこれから何十回とオーエン連邦に攻撃を仕掛ける事となる。
 負ける度に、オーエン連邦に(しいた)げられていたイネスの人々から、シェリーマンの人望が高まり、ついにオーエン連邦の一部隊を破るとイネスの英雄になっていた。
 初めての勝利の後は、破竹の勢いで次々とオーエン連邦を破り、勢力を拡大して行った。
 イネスからオーエン連邦を排除した後も、オーエン連邦との戦いは続き、イネス同様にオーエン連邦の支配を受けていたウスやバルザック等の惑星も、シェリーマンに続きオーエン連邦に反旗をひるがえした。
 諸侯たちはシェリーマンを首領へと担ぎ上げ、オーエン連邦に各方面から攻撃を仕掛けて、ついに1000年以上の歴史を(ほこ)るオーエン連邦も弱体化して行く事となる。


 ヨッサンの国際会議場では、人類の指導者と白猫族の代表団と広瀬に加えて、シドも参加する事になった。
 人類連合政府のセイヤーズ外務大臣が議長を務める事になり、会議が行われた。
「白猫族よりアンドロメダに関する、新たな情報が得られました。今から、この場に来られている、白猫族代表のフール氏より説明して頂きます」
 セイヤーズ議長が、白猫族の1人に目で合図する。フールと呼ばれた白猫族は、すらっとした長身で美系の男性型人工ボディを使用している。
「現在、アンドロメダには3体の神猫が調査中ですが、昨日より1体の行方がわからなくなりました。他の2体が捜索中ですが、まだ有力な情報は得られておりません」
 フールの説明に対して、パリスが質問した。
「神猫が消息を絶つという事なんて、前例はあるのですか?」
「前例はありますが、この百年の間にはありません。かっては無謀な神猫が時空を越えようとしたり、巨大ブラックホールの探索に行ったきり消息をたった事がありますので、今回も予想出来る可能性としては、その2つか‥‥あるいは」
 フールは、少し周りを見回してから
「殺害されたかもしれません」
 人類出席者たちに、緊張感が走った。
「神猫が殺される事なんて、そんな事が、ありえるのですか?」
 パリスが驚いて(たず)ねる。
「現在のアンドロメダでは、なにが起こっても不思議ではありません。現に、私たちと同様に進化しているはずであるアンドロメダの住人たちが避難しようとしているのですから」
 確かにそうだ。ミルキーウェイの2倍以上の大きさを誇るアンドロメダの住民が、行ったことも無い未知の銀河であるミルキーウェイへ逃げ込もうとしているのだから。
 もしかしたら、白猫族よりすぐれた種族も存在している可能性は十分あるだろう。
「機巧族の独自の調査によると、この銀河系にも痕跡(こんせき)が有ると思われます」
 突然、シドが立ち上がって話だしたので、出席者全員がシドの顔を見た。
「ミルキーウェイを徹底的に調査した結果。今回のアンドロメダの異変の原因は、ミルキーウェイに有ると思われます」
「じゃ何故(なぜ)、彼らはミルキーウェイに逃げようとしているんだ。原因の場所から遠ざかるのが普通じゃないのかね」
 セイヤーズ議長が常識的な疑問を問いかけた。
「それは、アンドロメダの住民が原因を解明できていないか、あるいは現状のミルキーウェイが安全である事が、すでに調査済なのだと思われます」
「君たちは、我々が知らない事をかなり知っているようだね?」
「機巧族のマザーコンピュータは、過去三千年のミルキーウェイのデータがインプットされています。それに加えて、最新の調査団がミルキーウェイ各方面へ調査に出向き分析した結果です」
 シドは出席者の顔を見渡し着席した。
「大変参考になる情報でした。我々白猫族にも心当たりが有りますので、早急に対策を検討いたします」
 そう言うと、マリやフール達白猫族は、会議室から出て行ってしまった。
「なんだ、どうしたんだ急に?」
 セイヤーズ議長は、白猫族たちが出て行った扉に向かって言った。
「大丈夫ですよ、彼らにはアンドロメダの異変の原因がわかったんです」
 シドがセイヤーズ議長を、なだめる様に説明した。
「ただ、原因がわかったとしても、解決するのは非常に困難ですけど」
「君たちは、いったい何を知っているんだね?」
 セイヤーズは不満げな顔をして、シドを見つめている。
「のちほど、私のボスであるナポレオンから、詳しい説明があると思います」
「のちほどじゃ遅いわよ!今すぐ説明しなさい!」
 セイヤーズより、はるかに気が短いパリスが怒り出した。
「わかりました。では、パリスさん。私が案内しますので、これからボスであるナポレオンに会って頂きます」
 パリスの怒りに押された様にシドが答える。
「ちゃんと、わかるように説明してくれるんでしょうね?」
 パリスには威圧感がある。
「もちろんです」
 シドの返事は早い、おそらくタイタロスに居るナポレオンと、高速通信で話し合って了承を得たのだろう。
「では、議長行って来ます!」
 セイヤーズ議長は、よくわからないまま
「それでは、頼んだぞパリス君‥‥」
 と、パリスの勢いに押された感じの返事をした。
「それと、広瀬さんは、今から機巧族が行うアンドロメダ救出作戦に、私と一緒に参加してください」
 シドが広瀬に頼んできた。
「ちょっと待ってくれ。作戦って何だ?」
 広瀬は、わけがわからず、うろたえている。
 セイヤーズ議長は、黙って広瀬を(にら)みつけた。
「わかりました、行きますよ」
 勝手に決めるなや。俺は家に帰ってする事があるんだ、この老害が!と、思いながらも広瀬は観念(かんねん)してシドに付いて行った。


「いったい、どういう事なんだ?」
 タイタロスに向う途中で、広瀬はシドに(たず)ねた。
「ボスが全部説明してくれますよ」
「ナポレオンが?なんで機巧族が、そんなこと知ってるんだよ?」
「白猫族と機巧族の歴史は、人類が想像しているより、ずっと複雑なのです」
 そうかもしれないけど、それとアンドロメダと、どう関係あるんだ?
 広瀬には、わけがわからない。


 タイタロスの外務省に着くと、ナポレオンが出迎えてくれた。
「パリスさん、良く来てくれたの」
「久しぶりね、ナポレオンさん」
「ボス、私は広瀬さんと任務に就きます」
 そう言うと、シドは広瀬を連れて行ってしまった。
「きちんと、説明してくてるんでしょうね?」
「わかっておる。今まで公表してこなかったが、今が良い機会じゃ。しっかり聞いて皆に伝えてもらいたい」
「わかったわ」


 シドと広瀬は、機巧族の中心部まで来ていた。
 エレベーターに乗って地下に降りると、数人の人型機巧族が待っていた。
「ここに、旅に必要な物を(そろ)えている。船に乗る前に装備してくれ」
「オーケー」
「では、幸運をシド。必要な情報は、君のメモリーに送信しておいた」
「了解、必ず帰還する」
 そう言うと、シドと広瀬は扉の向こうに消えた。


 ナポレオンは、パリスを前にして話始めた。
「3千年前のサマルカンドに一つの文明があった、彼らは灰猫族(はいねこぞく)と呼ばれておった。
 灰猫族は、他の文明と同じく部族内での争いが絶えず、住民は疲弊(ひへい)しておった。そこにシェリーマンという1人の英雄が現れた。シェリーマンは、またたく間に周辺諸国を統一して、巨大で平和な帝国を作り上げたのじゃ」
 ナポレオンは続けた。
「灰猫族は当時すでに、恒星間移動やコールドスリープの技術も持っていた。人々は、シェリーマンを神格化して、神にふさわしい肉体を持ってもらおうと国家規模による研究機関を創設する。研究は進み、今の人類のように遺伝子レベルで老化を防ぐことに成功してからは、シェリーマンは歳をとらなくなったのじゃ。
 そして、数100年後には(つい)に、シェリーマンは神と呼ぶのにふさわしい肉体を得る事となる。
 不老不死の超人的な肉体を得た彼は、一般の市民にも肉体改造を推奨した。それ以降、灰猫族からは多くの超人が誕生する。
 しかし、中には過剰なほどの能力を身につける物も現れ、惑星や恒星さえ破壊する過激な集団も発生してしまった。
 他の種族を滅ぼす者が現れた頃には、さすがに灰猫族も過ちに気付いたのじゃ。
 それからは、肉体よりも精神の進化に力を入れるようになり、精神の研究が進んだ。
 やがて肉体を捨て去り、精神エネルギー体となる物が現れた。彼らはエネルギー体ゆえに、光速で移動する事ができる様になり、肉体が無いので衣類や住居も必要なくなった。肉体に縛られていた身体的な事から開放され、真の自由を手に入れたと思い込んで、(ほとん)どの者がそれにならったのじゃ…」
「ナポレオンさん、それってまさか?」
「そう、白猫族のことじゃ。灰猫族から精神エネルギー体になった彼らは、白猫族と呼ばれる様になった」
 ナポレオンは続けた。
「しかし、多くの者が精神エネルギー体になっても、一部では超人的な肉体を手放さない者もいたのじゃ。
 彼らは、当初こそ超人的な能力で、銀河系の物理学や生物学の研究と実験を行って科学者気取りでいたが、百年もすると飽きてしまい、自己の楽しみの為に能力を使い始めた。
 ただ単に、楽しむだけなら別に良かったんじゃが、銀河系に住む他の種族にも干渉(かんしょう)し出してからは、神や悪魔として敬われ恐れられて、神人(しんじん)と呼ばれる様になった。
 白猫族は、それらの者を危険分子とみなし、排除する事にしたのじゃが、彼らも大人しく殺される様な者どもではない。猛反撃を行い、他部族をも巻き込む大戦争となった。
 戦争は数十年も続いた末、他の種族の多くが白猫族側に付いたこともあって、白猫族側が勝利する結果となったのじゃ」
「白猫族に、そんな歴史があったんですね」
「重要なのはこれからだ。しっかり聞いておくんじゃ」
「はい」
「白猫族に破れたが、逃げおおせた神人も居たのじゃ。彼らは白猫族の追跡から逃れて他の銀河へ向かった。
 白猫族は、アンドロメダやマゼラン星雲へも捜索に向かったが、今回アンドロメダでは、神猫が返り討ちにあったらしいのじゃ」
 そうだっのか、今回アンドロメダの事件の真相は、昔の白猫族の内紛の続きであったのか。
「返り討ちにあったと言うことは、向こうの方が力が上だったのですね」
「神猫を殺すほどに、奴らも進化していると言うことじゃ。アンドロメダの各種族も逃げ出すほど、神人たちが勢力を持ったと考えられる」
「これからどうなるんです?」
「おそらくこれから、アンドロメダの住人が押し寄せて来る。その後に神人が白猫族に報復しに、このミルキーウェイにやって来るじゃろう。そしてミルキーウェイは、移民と戦乱の渦に巻き込まれてしまうのじゃ」
 パリスは、事の重大さに言葉が出なかった。
「じゃが、希望はある。我々は数年前から今回のことを予想して、ある計画を立てていた。数日前になってようやく白猫族も同意したので、シドがその任務についたのじゃ」
「シドが」パリスは驚いた。
「シドは、その為に作られたのじゃ」
「作られたと言うと、シドは機巧族では無く、純粋なロボットなのですか?」
「そう、シドはワシが造った機械人じゃ。じゃが、機巧族自体も、君達人類が認識している有機生命体から機械化したのではなく、始めから機械、つまり君らの言うところのロボットなのじゃ」
「そんなバカな!始めから機械の生命体なんて、存在する訳ないでしょう!」
「そうじゃ、始めから機械生命体が存在する訳は無い。我々を作った生命体が居たのじゃ。我々は創世者と呼んでいるが、彼らは遥昔(はるかむかし)に銀河系から居なくなってしまった」
「創世者?」
「彼らは必ず戻って来ると我々に約束してくれた。それまで天の川銀河の留守を我ら機巧族に頼んでな」
「あなたたち機巧族に、そんな過去があったなんて」
「それ以来、ワシら機巧族は銀河系の管理者となったのじゃ」
 そうだったのか、知らなかった。
 パリスは話してくれた事に感動したが、同時に大事なことに気付いた。
「そうだ、シドの任務って、いったいどんな任務なのですか?」
「いずれ、わかるじゃろう」
 ナポレオンは辛そうに言った。
 白猫族もまた、過去の戦争の大きな代償を、払わせられる時が来たのかもしれない。


 遂にアンドロメダからの難民が、銀河系との中間点にある急造の宇宙ステーションに到着した。
 白猫族はテレパシーで彼らと交信して、それぞれの種族が適した星域へ導いている。
 機巧族も、テクノロジーを使った脳波会話装置で交信を行い、天の川銀河のデータを送り、その種族に無人の惑星を手配していった。
 難民たちの情報では、高度な科学技術を持った種族は、現在も神人と交戦中であり、争いを好まない種族はワームホールを利用して、はるか彼方の銀河へ新天地を探しに旅立ったらしい。
 特にべリキド族とアマール帝国は、元々アンドロメダの覇権を争っていた有力な種族であるので、アンドロメダを離れるつもりは全く無く、神人と激戦を繰り返しているとの事である。


 シドと広瀬は小型の宇宙船に乗り込んで、機巧族が作った人工のワームホールへと向かっていた。
 ワームホールの行く先には、長年機巧族が探し求めていた創世者が居る可能性が高いそうで、機巧族も実際に行くのは初めてである。
 一応、広瀬にはシドから創世者の説明はしているが、広瀬は創世者の事を、どこの種族にもある神話の(たぐ)いだと思って本気では信じていない。


 時の感覚が無く、短いが遥か遠方まで続くワームホールを抜けると、遠くに赤く輝く恒星が見えた。
 その恒星の近くに、1つの惑星が見える。
「あの惑星が目的地か」
 俺にも都合があるのに、こんな所まで連れて来やがって。本来なら今頃は自宅で、のんびりくつろいでいたはずだったのに、と思いながら広瀬は、その惑星を見つめた。
「本当に創世者は、この惑星に居るのだろうか」
 惑星をスキャンすると無数の生体反応があり、どうやら知的生命体が存在しており、いくつかの集落がある事がわかった。
 シドは、一番大きい集落の近くに着陸することにした。
「なんだか原始的な惑星だな、学生の時に習った太古の地球みたいだ」
 広瀬は感心して辺りを見回している。
 着陸し集落に向かって歩いていくと、人類に似た生命体が数人近づいて来た。
 彼らの先頭にいた男性と思われる生命体が、シドに話かけてきた。
「あなたがシドか?」
 いきなり名前を言われ、少しとまどったが
「そうだ」
 と返答した。
「あなたを待っている方がいるので、案内します」
 その生命体は、振り向いて歩き出した。
「どうして俺の名前を知っている?」
 生命体は振り向きもせず、歩きながら
「あなたが今日ここへ来ることは、シェリーマンから聞いていた」
「あのシェリーマンが、ここに居るのか?」
 シドが驚いて聞いた。
「わたしは、シェリーマンの友人だ」
 男は続けて言った。
「シェリーマンの所に案内するから、私に付いて来てくれ」
「わかった」
 数千年前の伝説の人物が、すぐそこにに居るとは信じ難いが、とりあえず付いて行くしかない。
 しばらく歩くと村があり、人類に似た生命体が暮らして居た。
 男は一件の家の前で止まり
「ここが、シェリーマンの家だ」
 と指さした。
 そこには、古びた木製の小屋があった。
「入ってくれ」
 小屋に入ると、仕組みはよく分からないが機械だらけである。
 人類に似た若い男が、機械をいじりながら
「よく来たな」と、シドを見ながら言った。
「あんたがシェリーマンか?なぜ俺の名前を知っている?」
 若い男は笑顔で答えた。
「俺がシェリーマンだ。ここにある装置で、お前たちが来ることは、わかっていた」
「あんたは、千年以上前に死んだんじゃなかったのか?」
「俺は不死だから死なない。それより、お前たちは何しに、ここに来たんだ?」
「機巧族の創世者を探している、この星に居るとの情報があってな」
「そうなのか。実は俺も、お前たちの創世者を探してこの星に来たんだが少し遅かったみたいだ」
「もういないのか?」
「そうだ、百年前ぐらいに俺が到着した時には、もう彼らは居なかった」
 広瀬が驚いて聞いた。
「あんたは百年も、ここに居たのか?」
「ああ、彼らがこの銀河に向かったことが分かり追って来たんだが、ここから何処(どこ)へ行ったのか手掛かりが無くて、しばらく住んで居たんだ。ここの住民は、この星のことをラスキンと呼んでいて、みんな親切で暮らしやすいぞ」
 シドは、少し(あき)れながら尋ねる。
「あんたも創世者に、用があったんじゃないのか?」
「あったが、手掛かりが無いんじゃどうしようも無い。宇宙は広すぎる。そう言うお前も創世者に用があったんじゃないのか?」
「そうだ、ミルキーウェイ(天の川銀河)とアンドロメダの件で、俺たちや白猫族では手に負えなくなり、創世者に助言をもらいに来たんだが、居ないじゃしょうがない、母星へ連絡して指示をもらう事にする」
 シェリーマンが、興味深そうに聞いてきた。
「ミルキーウェイとアンドロメダの件って何だ?」
 シドは、教えて良いものかどうか迷った。
 二人の間に数秒の沈黙の時間ができた。
 シェリーマンが口を開こうとした瞬間に、広瀬がレーザーソードでシェリーマンの首を切り落とした。
 とっさに広瀬は2,3歩退き「シド下がれ!」叫ぶ。
「もっと下がれシド!こいつは偽物だ!」
 そう言いながら広瀬は、首が無くなったシェリーマンの身体に重力銃を撃ち続けている。
何故(なぜ)わかった?」
 切り落とされて、床に転がっているシェリーマンの首がしゃべった。
「俺はナポレオンに、何度か心を読まれてムカついていたから、脳波計測装置を作ってもらった。ナポレオンの考えている事を、逆に読んでやろうと思ってね。
 念のため、この星に着いたときに可動させといたら、お前の脳波が俺たちを殺すと言っているのが聞こえた。それにシェリーマンは百年以上前に死んでいるはずだ。おそらく、こいつは創造主に会おうとする俺たちのような者を妨害(ぼうがい)する為に、ここに居るのだろう」
 広瀬は得意げに答える。
「良く見破ったな。確かに俺はシェリーマンではない、だが神人だ。お前たちを創世者に会わせるわけにはいかん」
 神人の首から胴体が生えてきた。
「まずいぞシド!」広瀬が叫んだ。
「いや、ここでかたをつける。この百年の間に複数のシェリーマンの名をかたる神人が現れて、機巧族や白猫族が襲われている。ここで殺しておくべきです」
 そう言うと、シドは弓矢型の装備を持ち神人の頭部を狙った。
「お前らみたいな下等種族が、我ら神人を仕留められると思ったか」
 神人はフッと消えた。
「逃げられたな」
 広瀬が言うと。
「私の生命反応センサーでは、この付近に強力な生命エネルギー反応があります、油断(ゆだん)してはダメです。やつらは、そんなに甘くない」
 シドは弓矢型の武器を構えながら警戒している。そう言われて広瀬も、あたりを見まわした。
 周りには小屋と草木しか見えない。
 数十秒が経過したが、物音一つしない。
 突然、脳波測定器が背後からの殺意を感知した。
 とっさに広瀬は左側に飛びながら、後方へ電波銃を撃った。広瀬が居た場所の地面が急にえぐられ、右手を負傷した神人が立っていた。
「この下等動物が!」
 広瀬は、最大出力で電波銃を神人の顔面に撃ち込む。が、神人の周りの空間が歪んでおり、ダメージを与える事が出来ない。
「やつは、空間を操ることが出来るのか」
 シドが、そう言いながら弓矢型の武器を発射した。
 プシューっと音がして神人の顔面に命中した。
「クソー!なぜだ!」
 顔面へ小型弓矢が刺さったので、神人は激怒している。
「『銀の矢』は、空間をも貫く武器だ」シドは、にやりとしながら、『銀の矢』のシャフトにあるスイッチを押した。
 神人に刺さっている『銀の矢』が光だし、神人の頭部全体を光が包み込んだ。
 シドがつぶやいた「さらばだ、神人」
『銀の矢』の光が消えた時、神人の首から上が無くなっていた。
「何をしたんだ?」
 なにが起こったのか、広瀬には理解できていない。
「『銀の矢』の光に包まれた物は、空間を越えて表面温度が2万度のピストル星に送り込まれる」
「にっ2万度!」
 広瀬はうなった
 「機巧族が開発した、対神人用の武器です」
 シドは得意そうな顔をして言った。
 広瀬は機巧族の技術力に素直に関心した。
「確かに、その方法なら神人でも殺せそうだな」
 シドの後ろから声がした。
「お前たちは、やっぱり下等種族だ」
 シドが振り向こうとした瞬間、シドの上半身と下半身が分裂し、そのまま倒れこんだ。
「お前は!」
 シドが倒れながら言った。
 シドの後ろに神人が立っていた。信じられない事に、胴体から失ったはずの頭部が生えてきていた。
「俺は、わずかでも細胞が残っていれば復活出来る」
 そう言いながら神人は、右手をシドに向けて、とどめをさそうとする。
 大量の針が神人の全身に刺さった。
「俺もいる事を忘れるな!」広瀬がニードル銃が構えている。
「貴様!」
 そう言いながら、神人は苦しみ出した。
「人類が開発した、あらゆる毒やウィルスの仕込まれたニードル銃だ、楽には死ねんぞ!」
 広瀬はニードル銃を電波銃に持ち替え、神人に構えた。
 ふっ!と神人が消えた。
「逃げたか!」」
 広瀬が言ったとたん、いきなり目の前に神人が現れ、広瀬は数メートル吹っ飛ばされた。
「ぐっ!」
 広瀬は立ち上がり走って逃れようとしたが、バランスが取れず倒れこんだ。
「くそう!」広瀬が叫んだ。
「今のは効いたぞ、死ね下等動物!」
 神人が広瀬の顔面を踏み潰そうとと右足を上げた。
「死ぬのはお前だ!」
 上半身だけになったシドが『銀の矢』を再度神人に打ち込んだ。
「何度やっても同じだ、学習能力のない虫けらめ!」
 神人は脇腹に刺さった矢を抜こうとしたが胴体が光に包まれ消滅していく。が、すぐに失われた部分が再生しかけている。
「これは、ヤバイ!」
 広瀬は念動波銃で、神人の精神に直接攻撃を行った。
「グフ!」
 神人の再生スピードが鈍った。
「トドメだ!」
 シドが連続して3発の『銀の矢』を放った。右の足と肩に矢が命中し光り輝いた。
 体の大部分を失った神人は、空間に脱出用の亜空間を出現させて退却し始めた。
「まずい、逃げられる」
 シドが無念そうに言った。
 神人は、十分もあれば復活して襲って来るだろう。ここで逃げられたら勝機は完全に無くなる。
 広瀬は、重力銃で神人の再生を抑えていたが、亜空間に逃げる神人を見て、その場に倒れ込んでしまった。
「やはり俺の勝ちだ」
 神人は、勝ち誇りながら亜空間に入って行く。
 そのまま神人の姿が見えなくなる。はずであったが、いきなり神人は発火し炎上して燃え尽きた。


「良くやってくれたシド」
シドの後方にナポレオンが立っており、その横には銃を構えたパリスが立っていた。
「あなた達が弱らせてくれたお陰で、クラスター銃で焼き()くす事ができたわ」
パリスが微笑みながら言った。
 確かクラスター銃は、すべての物を焼き尽くす強力な銃で、残虐的なダメージを相手に与えるため、サマルカンドの条約では使用禁止になっている武器である。
 とは言え、パリスの言うとおり、神人には亜空間フィールドバリヤ等で防ぐ方法はいくらでもあるので、相当弱らせないと通用しなかっただろう。
「来てくれて助かったよ、危ないところだった」
 広瀬は素直に礼を言う。
「ナポレオンさんの話を聞いて、嫌な予感がしたのよ」
「このお嬢さんは、かなりの直観力があるらしい」
 ナポレオンが関心したように言った。
「それより、アナタたちボロボロじゃないの。早く手当しなくちゃ」
 銃を持ったパリスの姿は、思ったよりさまになっており、相変わらず美しく見えたが、ペルセウス腕での大戦で大暴れして、鬼やんまと呼ばれていた事も思い出してしまった。
 彼女が指揮した小隊が、青猿族の主力艦隊も壊滅させ、当時銀河系で最大規模の軍隊を持つ青猿族連合軍のペルセウス腕支配を断念させた大戦である。
 おかげで、いまだに青猿族から鬼ヤンマと呼ばれているらしい。
「ところで広瀬さん。脳波計測装置で奴の嘘がわかったと言ってましたが、種族によって脳波のパターンが違うので他種族には使わない方が良いですよ」
 シドが不意に思い出したように言った。
「それ本当か?」
 広瀬の背筋が凍った。


 シドは機巧族のメンテナンスセンターへ、広瀬は念のため病院へ送られたが、思いのほか軽症であった為、すぐに呼び出しがあった。
 セイヤーズ外務大臣からである。
 一日ぐらいは休んでいたいが、外務大臣の呼び出しなら仕方無い。
 広瀬は、しぶしぶ本部に向かった。
 本部にはセイヤーズ外務大臣と、すっかり治ったと言うか、修理して元通りになったシドがいた。
「ご苦労だった、良くやってくれたね、広瀬君」
 外務省に勤務して初めて、セイヤーズからねぎらいの言葉をもらった。
 4人掛かりで機巧族の手助けもあったが、人類で初めて神人を倒したのだから、当然なのかもしれない。
「広瀬さんの怪我は、もう大丈夫なんですか?」
 シドが心配してくれている。
 そういうシドは、機械の体とはいえ、神人に真っ2つにされたのに、元どおりに治っている。
「シドこそ、治るの早すぎだろ」
「私は予備のボディがありますから」
 シドがふざけた口調で言った。
 セイヤーズ外務大臣が、わざとらしく咳払いをして話出した。
「怪我が治ったばかりで申し訳ないんだが、任務の続きがあるんだ」
 ええっ!えらく人使いが荒いな、と内心思ったが
「呼ばれた時から覚悟してますよ」
 と広瀬は返事をした。
「あれからパリスとナポレオン氏は、君たちの任務を引き継いで、創世者の探索を行っていたのだが、やはり、あのラスキン星にはワームホールがあった」
「では、やはり以前に、あの星に創世者が来てたんですね?」
「断定は出来ないが、可能性は高い」
 セイヤーズは続けて言った。
「パリスとナポレオン氏は、ワームホールの行き先を計算して、可能性の高い位置を割り出した。君たちも合流して、そこに向かって欲しい」
 広瀬は不安そうにたずねた。
「そこって、どこですか?」
「我々には未知の銀河だ。今回の任務の為に、機巧族と共同で開発した最新鋭の船を用意した。基本は探査船だが神人の妨害を考慮(こうりょ)して、戦艦並みの武装をしてある」
 戦艦並の武装でも神人が相手なら無意味である、なぜなら戦艦だろうと何だろうと神人なら、やすやすと浸入して内部から船を破壊してしまうからである。
 セイヤーズの見積もりはいつも甘い、と広瀬は思っている。


 シドと乗り込む事になった船はエルデニイン号と名付けられた中型の船で、確かに最新ではあるが、既存の機巧族の宇宙船に人類が居住出来るように改造しただけの船であった。
 それでも、さすがに機巧族の宇宙船である。人類の広瀬から見ると、どんな動力を使用しているかもわからない、ツルっとした玉子型の外観である。
 機巧族の乗組員が、慌ただしく出港の準備をしている。
 広瀬も覚悟を決め乗り込むことにした。
「こんにちは広瀬さん」
 後ろから誰かに挨拶(あいさつ)されたので振り返って見ると、ケイリイである。
「私もエルデニイン号に乗ることになりました」
 今日はフイッシュと一緒じゃないのか?
「フイッシュは、どうしたんだ?」
「彼も来ていると思いますよ」
「そうか。こういう時には、頼りになりそうな奴だからな」
 周りを見わたすと、少し離れた所にシドの姿を見つけた。
「シド」
 と、声をかけると
「広瀬さん、着いていたんですか、こちらです」
 シドは、広瀬を案内しようとしてくれている。得体の知れない機巧族のシドではあるが、さすがにこの場では会えた事にホッとする。
 広瀬とケイリイは、シドの案内する方へ向かった。
「2時間後に出発しますので、こちらで待機していて下さい」
 そこは、前面に大きなスクリーンのある広い部屋だった。
「ここは、メインデッキの様に見えるが?」
「我々には、メインデッキは不要ですよ、ここは人類用のデッキです」
 なるほど、機巧族にはデータ通信で直接やり取りを行うので、みんなで集まる様なメインデッキは、必要無いか。
 人類用の船だけあって、10名程の人類の姿が見えた。
「彼らは、人類の選ばれた優秀な軍人たちです、機巧族と共同で開発した装備を身に着けており、今回の任務では頼りになる方々です」
 シドが説明してくれた。
 優秀な軍人さんかぁ、なんだか皆体格が良く近寄りがたい雰囲気である。広瀬は自分が浮いている気がした。
「みんな強そうですね」
 ケイリイは、あたりを見回している。
 広瀬も、一応徴兵で7年間の軍隊経験があるが、物資の補給船勤務であり前線には行った事が無く、パリスの様な華々しい功績は皆無である。
 目の前に居るのは、今回の任務の為に選び抜かれたエリート職業軍人であり、自分とは違う種族のような気がする。と、広瀬が思っていると、フィッシュが大柄の軍人を連れて、こちらへ近づいて来た。
「この方が、人類で初めて神人を倒した広瀬さんだ。こっちは軍隊時代の後輩で、アレクシスです」
 フィッシュが大柄の軍人を広瀬を紹介した。
「お会い出来て光栄であります」
 アレクシスは、えらく堅苦しい挨拶をして来た。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 広瀬は、とりあえず社交辞令的な返事をした。
 すると、アレクシスが、苦笑いをしながら。
「人類で始めて神人を倒した割には、謙虚(けんきょ)な方ですね」
 と、言った。
「本当に勇敢な人は、謙虚なんですよ」
 なぜか、シドが微笑しながら答えた。
 こいつら、俺のことを勘違いしている。
「まあ、勇敢と言うより、ヤケクソですよ。パリス次官に助けられたし」
「確かに、パリスさんが来なければ、2人共死んでましたけど」
 シドは変わらず微笑している。
「パリス次官の武勇は、良く存じてます。確かペルセウスの魔女と呼ばれておられましたね」
 鬼ヤンマから、ペルセウスの魔女へと、随分(ずいぶん)イメージが変わったもんだ。
 シドは機巧族同士のデータ通信で連絡を受けたようで「みなさん、今回の作戦の説明を行ないます」と言いながら、スクリーンの前に立った。
「今から、我々は未知の銀河であるk41にある惑星に向かいます。機巧族が付けた名前ですが、惑星バジナと言います」
 スクリーンに、その惑星らしき映像が写った。
「バジナには、創世者が居る可能性が非常に高いのです」
 シドがそこまで言うと、軍人の一人が質問した。
「あなた達の創世者は、アンドロメダの問題を解決してくれるのですか?」
「創世者がミルキーウェイを離れる際に、我々に約束してくれました。機巧族で手に負えない銀河の危機が訪れれば、必ず助けてくれると」
 シドは、続けた。
「しかし、神人も当然その事に気づいており、先日のように妨害して来るものと思われますので、機巧族と人類から精鋭を10名ずつ選抜して同行して頂くのです」
「バジナに創世者が居る可能性は、どのぐらいあるのですか?」
 さっきとは別の軍人が質問した。
「バジナには、我々と似た機械人が住んでいる事が判明しておりますので、彼らも創世者に作られたと思われます。少なくとも、創世者に関する情報は得られるはずです」
 創世者に関する情報か。しかし、機巧族の様な種族が居るのなら、何か助けになってくれるかもしれない。
「機巧族の軍人たちは、どこに居るのですか?」
 また、別の軍人が質問した。
 馬鹿な質問だ、機巧族で人類の姿をしているのは、シドやナポレオン等のごく少数で、ほとんどの機巧族は、それぞれ役割に適した姿をしている。
 もし、このフロアーに戦闘用の機構族が入って来ても生物には見えず、自動で移動する武器にしか見えないだろう。それにシド同様直接データ通信を行っているので、集まって話を聞くというのも不要である。
 船長に至っては、船の機関部と一体化できる様になっており、データ通信で船員に指示が出せる為、滅多(めった)に姿を現さない。
「全員配置ついて、出港の準備をしています」
 シドは、丁寧に答えた。
「現時点での神人について、わかっている情報を説明します」
 デッキ内が静まった。
「彼らは飛行能力があり、単独で惑星間移動が出来ます。又、亜空間移動や亜空間を利用したバリヤで身を守る事が出来ます。さらに、決定的なダメージを負わせても、一時間もあれば完全に再生します。始祖であるシェリーマンが尊敬され敬られている為か、自分がシェリーマンだと名乗っている偽者(にせもの)が、百体を超えると言われています」
 シドは、一息間を置いて。
「簡単に説明すると、神人は超人ではあるが、見栄っ張りと言う事です」
 デッキの軍人たちは、苦笑している。
「あんなバケモノと、また戦うのか」
 広瀬は、小声で言った。
「広瀬さん、聞こえてますよ」
 ケイリイが注意した。
「ヤバい、つい口に出してしまった」
 相変わらず間抜けな先輩だわ。と、ケイリイは思った。
 説明が終わり準備が整うと、エルデニイン号は機巧族の作ったワームホールへ入り、ナポレオンとパリスの居るラスキン星へと向かった。


 パリスとナポレオンは神人を倒した後、ラスキン星の探索を行って、惑星バジナがあるk41銀河に通じるワームホールを発見していた。
 どうやら居座っていた神人は、創世者に会いに来た者を片っ端から始末していたらしく、機巧族を含む多数の古い死骸が見つかったらしい。

 ワームホールに入ると、広瀬は再び時間と方向感覚を失い、出口に到着するまで椅子にしがみついていた。
 ワームホールを出てラスキン星に立ち寄ると、ナポレオンとパリスもエルデニイン号に乗り込み広瀬たちと合流する。
「あんた達もう大丈夫なの?」
 パリスは、神人との戦いで受けたダメージを心配してくれている。
「もう大丈夫です。ボスとパリスさんのおかげで死なずに済ました」
「神人は、ここにあるワームホールを、機巧族や白猫族に見つからないように見張っていたようじゃ」
「では、やはりこの先には、創世者がいるのですね?」
 広瀬は、気になっていた事を確認した。
「ここにいた神人が持っていた機器を調べてみたら、ワームホールの向こうのK41銀河にある惑星バジナには、機巧族と創世者が住んでいるらしいのじゃ」
 何だか、創世者の存在が現実味をおびて来た。
 一行は、さっそくエルデニイン号でバジナへ通じるワームホールへ向かった。
 このワームホールを抜けると、そこはK41銀河である。
 K41銀河は全体的に緑がかった銀河で、ミルキーウェイとは雰囲気の異なる銀河であった。
「みな油断するでないぞ、どこに神人が潜んでいるかわからんからな」
 確かにそうだ、ラスキン星の様に神人が待ち伏せしていても不思議ではない。
 いくつもの恒星や惑星を通り過ぎていると、破棄された人工物の残骸の様な物がいくつか見えた。この周辺に知的生命体が居るか、あるいは過去に居たのである。
 人工物の残骸をよく見ると、この周辺の種族は、かなりの科学技術を持っていた事がわかる。
 エルデニイン号が進むにつれ、人工物の残骸が多くなって来た。あまりにも残骸が多くなり、広瀬たちが不安になり出した時に、惑星バジナがモニターに映った。
  惑星バジナは、機巧族の星に似た機械的な星であった。見るからに高度な文明があり、人口も多そうだ。
 さっそく、高速通信でこちらの素性と目的を伝えると、案外簡単に着陸許可が得られた。後は、バジナ人の指示に従ってエルデニイン号は宙港へ着陸した。
 宙港を出ると、タイタロス等の機巧族の星と景色がそっくりであるのだが、なぜだか惑星の半分ほどが破壊されている。
 バジナ人の使者に案内されたシドたちは、数百階は有りそうな高層タワーの最上階のフロアーに案内された。
 そこには、一体の機械人が待っていた。
「お待ちしておりました。私がこの惑星バジナの管理者でアーディルと申します」
 2足歩行でシルエットは人類に似ているが、全身金属で出来ており、どう見ても機械人である。
「私たちは創世者に会いに、天の川銀河からやって参りました」
 シドが挨拶と要件をまとめて言った。
「あなた方の事は、存じております。我々も創世者に作られた種族なのです。
 ここは、創世者が作ったラニアケア超銀河団における、拠点的な役割をする為に造られた人工惑星です。
 ラニアケア超銀河団の情報は、ここに集まって来ますので、あなた方が来るのは、わかっていました」
「創世者は、この星に居るのですか?」
「居られたのですが、今は不在です」
「不在。どこに行かれたのです?」
 シドの問いかけにアーディルは、残念そうに答えた。
「惑星バジナの現状を見て想像がつくと思いますが。ダークドックと呼ばれる謎の種族に襲われて、ここは崩壊しかけてしまったのです」
 アーディルは続けた。
「そして我々も、あなた達と同じ様に創世者に助けを求めたのです。創世者は来て下さり、現在ダークドックの排除を行っております」
「ダークドック?」
「ダークドックは、宇宙にある全てのエネルギーを食い尽くす種族で、創世者でも手を焼いております」
「そんな種族がいるのですか」
「彼らは炭素惑星で進化したといわれており、我々とは生態系が全く異なります。彼らは機械的なエネルギーや生命全エネルギーを主食としているので、物理攻撃や精神攻撃もエネルギーとして吸収してしまい、我々にはなす術もありませんでした。この惑星バジナも、コアエネルギーを吸収されてしまったので、大半が機能停止してしまったのです」
 そんな大変な種族に襲われている状況では、こちらに救援を送るどころでは無いな。
「もし、創世者がダークドックを排除できなければ、どうなるのですか?」
「我々は滅びます。そしてラニアケア超銀河団も、いずれは滅びる事になるでしょう」
 これでは神人どころではではない。
「あなた達が、神人といわれる種族に困っているのは知っていましたが、今の私たちはダークドックの対応に追われており、あなた方の手助けをする余裕がないのです」
「確かに、それどころではなさそうじゃ」
「ですが、創世者には何体かのコピー体がいますので、その神人に関しては創世者に連絡をとってあります」
「そいつは、ありがたい」
「ただ、ダークドックの件がありますので、そちらに応援が到着するまで、いつになるかは約束出来ないのです。半年後になるか、あるいは50年後になるのか‥‥」
「そんなに待っておったら、サマルカンドは全滅してしまうじゃろう」
 ナポレオンは落胆した。
「申し訳ありません、我々も同じ様な立場なのです」
 同じ立場どころか、そちらの方が遥かに困難な状況のように見える。
 神人の問題が解決しても、ダークドックの様な種族が存在するなら、天の川銀河の住民も平穏に暮らすことは出来ない。
「創世者に会うのは思ったより難しいようじゃ。せめてコピー体が来てくれるまでは、自力で何とかするしかないのぉ」
「気休めかもしれませんが、これを持って行って下さい」
 アーディルは小さな丸い玉をナポレオンに渡した。
「ビーコンです、天の川銀河に戻られたら起動して下さい」
「ビーコン?」
「どういう仕組みか分かりませんが、創世者に対する救難信号の様な物が広範囲に出ますので、信号に気付いた創世者かコピー体に届けば来てくれるかも知れません」
「これは、ありがたい。お互い大変な様じゃが、何とか乗りきってまいりましょうぞ」
 一行は、社交辞令的な会話をしてバジナから引き上げる事にした。
「残念ですが、プランBへ変更しましょう」
 と、唐突にマリが言い出す。
 プランB、なんだそれは?
 全くの初耳なので、広瀬は聞いてみた。
「なんですか、そのプランBって?」
 マリが答えるより早く、シドが答えた。
「創世者に会って助けを求めるのがプランAでしたが、上手く行かなかった時の為に、プランBも用意されていたのです」
 なんだそれは?そんな事は全然知らなかった。
「どんなプランなんだ?」
 広瀬は気になって聞いた。
 シドは、少しためらいマリの方を見ながら
「マリさん、本当に良いのですか?」
 と、聞いた。
「やむを得ません、もう方法は残されていませんから」
「わかりました。広瀬さん、とりあえず船に帰ってから説明します」
 シドは、ひどく残念そうに言った。


 船に戻ると、シドは広瀬にプランBの説明を始めた。
 シドの言うプランBとは、数人で3千年前の惑星イネスに行き、最初の神人であるシェリーマンを神人になる前に暗殺してしまい、神人の誕生を防ぐという作戦らしい。
 広瀬からすると、とても現実に出来るとは思えないプランだ。
 機巧族はプランBの実行については、かなり難色を示していたらしいが、人類と白猫族・青猿族の強い要望で実行する事になったらしい。
 シェリーマンが、大帝国を造る前に死ねば大帝国は造られず、神人も生まれて来ない。
 その代わり、白猫族の存在も無くなってしまう。そんな計画を白猫族が良く承知したものだ。
 時をさかのぼる方法として、タイムマシンがあるが、現在の科学では理論的に製造は不可能であるとされている。
 しかし、なぜかシドの話では、数万年前に創世者が造った人工惑星ラフォーマに、時空を超える装置があるらしい。


 バジナを後にしたエルデニイン号は、ミルキーウェイに戻り、かって創世者が作ったタイムマシンがあるという人工惑星ラフォーマに向かう事になった。
 ラフォーマは、一見どこにでも有りそうな、ガスの雲に覆われた少し大きめの惑星である。
 この惑星に創世者が作った最終兵器が隠されているとは、誰も思わないだろう。
 ガスの雲に突入すると、想像通り濃いガスで視界が悪く、時折鳴るカミナリぐらいしか見えなかったが、雲を抜けると岩や砂で出来た地表が出て来た。しばらく上空を飛んでいると、遠くに古代地球にあったピラミッドの様な建造物が見える。
 シドがピラミッドに通信を行なうと、ピラミッドの側面に宇宙船が通れるぐらいの扉があり、ゆっくりと開いた。
「あの建物に入ります」
 エルデニイン号は、ピラミッドの中へ入って行った。
 ピラミッドの内部には、エルデニイン号が10台は留める事が出来そうな、立派な宇宙船用ドックがあり、シドは空いている場所に着陸した。
「この先に、創世者が作った装置があるはずです」
 シドが皆を案内してくれた。
 冬眠カプセルの様な物が、数十台並べてある。
 さっそく、ナポレオンが計器を操作し始めた。
「もう一度説明しておきますが、ボスと私と広瀬さんの3人が、そのカプセルに入り、三千年前の過去へ行って灰猫族のシェリーマンを暗殺します」
 シドが説明してくれている。
 いや、ちょっと待てよ、過去に行く3人の中に俺が入っているじゃないか!
「なんで、俺なんだよ。そんなの聞いてないぞ!」
 広瀬は怒って抗議した。
「仕方ないですよ広瀬さん。青猿族と人類連邦が、機巧族だけで過去に行く事について難色を示したんです」
「いや、しかし、俺じゃないとダメかな?」
「やはり、一緒に神人を倒した広瀬さんが適任でしょう」
 シドにそう言われ、周りを見渡して見ると、屈強な軍人達が並んでいるが、理論上不可能と言われているタイムマシンに乗って三千年前に行くとなると、みんな尻込みしている様に見える。
 その中で、堂々としている人物が一人だけ居た。
 パリスである。
 他の者とは違い、パリスは自分が行きたい。という様な顔をしてこちらを見ている。いくら嫌がっている広瀬でも恋人を危険な目に合わせる事は出来ない。
「わかったよ」
 広瀬は、しぶしぶ納得した。
 現在まで天の川銀河では、タイムマシンは作られていない。理論上は作成できると言う科学者もいるが、恐らく不可能であろう。
 だが、数万年以上前に創世者が造ったこの機械は不可能とされていたタイムマシンである。
 何故(なぜ)そんな物が存在してるのか、造った創世者しか説明出来ないだろう。
「では、広瀬さん、これを飲んで下さい」
 シドが、錠剤を一錠差し出した。
「なんだこれは?」
「イネスと呼ばれる惑星に住んでいた灰猫族は、人類とは少し外見が異なりますので変装する必要があります。この錠剤を服用すれば彼らと同じ姿になります」
 なるほど、灰猫族と外見が違う人類のままでは、現地で目立ってしまう。
 広瀬は錠剤を服用しながら「後でちゃんと元に戻れるんだろうな?」と確認した。
「今は元に戻る薬はありませんが、任務が終われば、すぐに作りますので安心して下さい」
「まだ、作ってなかったの?」
 やっぱり、引き受けるんじゃなかった。広瀬は激しく後悔(こうかい)した。
 ナポレオンとシドは、カプセルに入ろうとしている。
「私たちは、ここで皆さんの帰りを待っています」
 マリが言った。
 皆が戻って来るまで、マリたちがここを守らなければならない。
 しぶしぶカプセルに入ると、すぐに広瀬は意識を失った。


 ナポレオンたちを送り出した後、機巧族の主星であるタイタロスのマザーコンピュータは、今後の起こりえる、あらゆる可能性の計算を行っていたが、現在までのミルキーウェイで、いくつかの矛盾がある事に気が付いた。
 自分が作られた時には、タイタロスとは別の場所であったはずだが、いつタイタロスに来たのか記録が無いのだ。
 天の川銀河で、最も高性能な人工知能である自分にそんな重要な記録が無いとは、ありえない。
 それに、今まで気にも止めなかったフルメタル族であるが、彼らはいったい何者なんだ。
 我々、機巧族は創世者に造ってもらったが、彼らフルメタル族は、いったい誰が造ったのだ?
 いつの間にか、サマルカンドに当たり前のように居るが、いつサマルカンドに現れたのかも、私の記録には残っていない。
白猫族や人類連邦などの種族は、ハッキリと記録されているのに、フルメタル族に関しては、ほとんど記録が無い。
推測出来る原因としては、記録データを改ざんされたか、あるいは‥‥‥


 目が覚めると、誰かが広瀬をのぞき込んでいた。
 大きなつりあがった目で耳が頭の上部に付いており、顔にも体毛がある。
「うあっ!猫人間だ!」
「気が付いたか広瀬」
 自分の名前を呼ばれて、広瀬は状況を把握した、そうだ自分は時間軸カプセルに入り三千年前に居るのだ。
 そして、自分をのぞき込んでいる2人の猫人間は、ナポレオンとシドだ。灰猫族に変装しているのだろう。
「広瀬さんも猫人間になっていますよ」
 そう言われて、広瀬は自分の顔を触ってみた。
 耳の位置と形がナポレオンと同じになっている、あの薬が効いて来たのだ。
「ここが、かつての白猫族。当時は灰猫族の惑星イシスじゃ」
 ナポレオンが説明してくれた。
「灰猫族語の翻訳機も頭部に内蔵してあるので、誰にも疑われず潜入出来るはずじゃ」
 ナポレオンが自慢げに言った。
「三千年前に干渉すると、どんな事が起きるか予想出来ません。出来る限り機巧族で補正する為に、私が記憶しているミルキーウェイ(天の川銀河)のデータをこの装置に記憶させておきます」
 確かに、シェリーマンを殺せばミルキーウェイ(天の川銀河)の歴史が変わってしまうだろう。シドは現状の情報を細かく装置に入力した。
 シドの作業が終わると、3人はピラミッド内に何台か用意されていた宇宙船の一つに乗り込み、ラフォーマを出発した。


 この時代の惑星イネスは、同じ種族のオーエン連邦の支配下に置かれており、シェリーマンはまだ小さな部族をまとめる若い族長であった。
「思ったより平和な星じゃな」
 ナポレオンは、少し気が抜けた様子である。
「確かにそうですが、オーエン連邦に占領されている事には変わりないので、イネス人としては不満があるはずなのですが」
 シドもイネス住民のオーエン連邦に対する感情が、あまりにも穏やかであり、逆に反乱軍に対しては、厄介者や無法者扱いである事に驚いていた。
 良くこんな市民感情の中で、革命を成功させたものだ。
 それにしても、街中に居る人全員が猫人間だ、当たり前なんだけど。

 3人は聞き込みを続けながら、反乱軍の勢力圏へと近づいてみる事にした。
 あまり人類の街と代わり映えしない街並が続いており、人通りも多い。
「もうそろそろ、反乱軍の一人や二人居ても良さそうなものじゃが」
 ナポレオンがつぶやいた時に、前方から二人の屈強そうな男が現れ、こちらに向かって来た。
「あんた達、どこから来た?」
 二人組の大きい方の男が訪ねて来た。
「わしらはポテチ星から来たんじゃが、思ったより治安の良い所じゃの」
 ナポレオンの返事に、二人の男は笑い出した。
「爺さん、なにも知らないのか?ここは反乱軍の指導者プリトウ将軍の領地だ」
「プリトウ将軍?」
「他の星から来たんならしょうがないが、ここは戦闘地域だ。あまり近づかん方が良い」
 そう言うと2人組は、立ち去って行った。
「いつの間にか、反乱軍の支配地に着いていたみたいですね」
「そのようじゃが、どうも様子がおかしい。シェリーマンは、オーエン連邦の圧政から民衆を開放した事になっていたんじゃが、いかんせん三千年前の情報じゃからのう。それに反乱軍の指導者がブリトウ将軍とやらになっておる」
「この辺りでも、聞き込みをしてみます」
 シドは人通りの方へ向かって行った。
 いろいろ調べていくうちに、少しずつイネスの情勢がわかって来た。
 かってイネスは、内戦が続いて無政府状態となってしまい、人々の暮らしは貧しく学校や病院も不足していった。
 まともな仕事は少なく、殺人や強盗等の犯罪がはびこり、飢え死にする者も多い。といった悲惨な状態であった。
 同じ灰猫族で先進国であるオーエン連邦は、人道的に物資や人員の援助を行い、イネスに民主的な臨時政府を作り間接的に支配した。というより実際は援助していたのであった。
 だが、それを良しとしないブリトウ将軍のような武装グループも多数あり、他国からの内政干渉を嫌がって、幾度となく臨時政府を攻撃している。というのが現状らしい。
「それで、シェリーマンの居所は、わかったのか?」
「彼の部族は少数で、かなり郊外の方に拠点があるらしく、プリトウ将軍とは対立しているようです。
 民衆から評判の悪いブリトウ将軍と戦っているせいか、さほど評判は悪くは無いようです」
「とりあえず、行ってみるかの」
 3人は歩き出した。
「過去に戻って要られる時間は、どれぐらいあるんですか?」
「特には無いが、しいて言えば、三千年じゃろうな」
 広瀬の問いに、ナポレオンは笑いながら答えた。
 三千年経てば、結局は元の時代に戻ってしまう。つまり制限は無いと言う事か。
「心配せんでも良い、ちゃんと安全装置もついておる」
「安全装置?」
「創世者が造ったタイムマシンには、トラブルが起こると強制的に送還される様になっとるので、帰れなくなる事はないのじゃ」
 それなら、何らかのトラブルが起きても、この時代に取り残される事は無いか。
 1時間ほど歩くと街の外に出ており、民家もほとんど見当たらなくなった。
「道を間違えましたか」
「そうかもしれんのう。一度街に戻ってみるか」
 3人が引き返そうとした時
 ナポレオンが「伏せろ広瀬、シド!」と言いながら、シドの頭を抑えて伏せさせた。
 いつの間にか、後方に4人の男がこちらに銃を向けて、今にも発砲しようとしている。
「お前ら何者だ!どこから来た!」
 一人の男が叫んだ。
「わしらはポテチから来た旅行者じゃ」
 ナポレオンが答えた。
「こんな所に来る旅行者はいねえ、お前らプリトウに雇われた殺し屋だな」
 男は、興奮しており今にも発砲しそうだ。
「わしらは、武器なぞ持っとらんぞ」
 ナポレオンは両手を広げて見せた。
 4人組の、年配で背の高い男が言った。
「よその星には、機械の体を持つ者が居ると聞いた事がある。機械人なら武器無しでも人を殺すぐらい簡単だろう」
 太った男が驚いて言った。
「こいつら機械人か?」
「おそらくそうだ。こっちの2人からは生き物の臭いがしない」
 広瀬は4人組の推測に驚いた。
 プリトウとは関係ないが、シェリーマンを暗殺しに来たことと、ナポレオンたちが機械の体である事が簡単にバレてしまった。
「ボス、もう仕方ないですね」
「もう少し待つのじゃシド」
 ナポレオンは、そう言うと背の高い男に向かって
「お前はシェリーマンの仲間か?」
 と(たず)ねた。
「俺の名はカーラ、シェリーマンの参謀(さんぼう)だ」
 男は答える。
 カーラに危険を感じたシドは、素早く飛びついて全力で首を絞め上げて、頚椎(けいつい)を折った。
 カーラは地面に顔から倒れ込む。
 カーラが倒れ、他の3人がひるんだ隙に、ナポレオンが武器を奪った。
「お前らも殺されたくなければ、この場から立ち去れ!」
 と脅すと、3人の男は一目散に逃げて行った。
 大した事ない奴らで良かった。広瀬が胸をなでおろしていると、後ろから声が聞こえた。
「いきなり、(ひど)い事をするなぁ‥」
 倒れたままカーラーが言った。
 シドは驚きもせず。
「お前は何者だ、ただの人でも機械人でもないな?」
 と、聞いた。
 カーラーは、ゆっくり立ち上がりながら、首をさすった。
「お前たちは、我々の歴史を変えに来たのか?」
「なんだって!」
 シドは驚いた。こいつは何故、私たちの作戦を知っているんだ。
 カーラーは穏やかに答えた。
「歴史を変えることは、許されぬぞ」
「お主は何者じゃ?」
「さっきも言ったが、私はシェリーマンの参謀だ」
 カーラーがゆっくりと答えた。
「何故、こいつは死なないんだ? もしかして強化手術か?」
「わからんが、尋常な者では無いな」
 ナポレオンが答える。
「こいつは、今のうちに殺しておいた方が良い」
 シドはカーラを、なんとしても始末しておきたい様だ。
「また会おう」
 そう言い残すとカーラーは、スッと消えた。


 カーラが居た場所を(なが)めながら
「シェリーマンの参謀が、あんな化物じゃったとは。オーエン連邦も倒される訳じゃ」
「しかしオーエン連邦は、支配しているとはいえ紳士的で、住民からは以前よりも暮らしが良くなったと、評判は良いのですが」
 シドが話し出した。
「逆にプリトウ将軍が独裁的で、私腹を肥やしているらしく、評判は最悪です。シェリーマンの一派は打倒オーエン連邦というより、反プリトウ将軍派というのが一般の見方ですね」
「情勢は、どうであれ我らの任務が、シェリーマン抹殺って事に変わりはないわ」
 ナポレオンは言った。
「あのカーラという男が、気になるのですが」
 シドはカーラの存在が、かなり気になる様子である。
「奴が、やっかいな存在なのは間違い無いじゃろう。お主が感じた様に、危険な存在じゃ」
パーン!と、いきなり大きな音がした。
 シドが周りを見わたすと、先ほどのプリトウ将軍の部下らしき2人組が、こちらに向かって発砲してきている。
 すぐさまシドが銃で反撃を始めたが、2人組の後ろには数十人の民兵らしき者たちがこちらを銃で狙っている。
「ここは逃げた方が良いじゃろ」
 ナポレオンがそう言うと、一行は逃げる事にした。
「ここは三千年前の世界じゃ、むやみに人を殺してはいかんぞ」
 逃げながらも、ナポレオンは2人に注意する。
 ドーン!
 大きな爆発音がした。と、同時に爆風で広瀬たちは吹き飛ばされた。
 ナポレオンとシドが倒れているところを確認したが、広瀬自身も意識を失ってしまった。


「いったい、なにが起こったのじゃ!」ナポレオンが怒鳴りながらカプセルから出て来た。
 どうやら、現代のラフォーマのピラミッドに、戻ってしまったようだ。
 誰かが、こちらに向かって走って来る。マリである。
「無事でしたか」ナポレオンとシドの顔を見ると、安心したように言った。
「広瀬が、まだ戻って無いわ!」パリスが不安げに、広瀬のカプセルを(のぞ)いている。
「何があったのじゃ?」ナポレオンは広瀬のことより、現状が気になる様子である。
「現在ラフォーマは攻撃を受けています。先ほどこの基地近くにも敵の重力波が届いて、かなりの衝撃がありましたので、カプセルの安全装置が働き停止したようです」
「敵だと!いったい誰が攻撃してるのじゃ?」
「ゲブ族です。奴らはサマルカンドを裏切り、神人側に付きました」
「なんじゃと!」
 ゲブ族とは、全身を強化している部族で、銀河系内では6番目の軍事力を持つ軍事国家である。
「白猫族や機巧族・人類・青猿族等の主力部隊が、アンドロメダ方面の防衛に集中している(すき)に、機巧族の領土に攻撃を仕掛けて来たのです。一番近くの宙域いた人類の艦隊に連絡しましたので、ラフォーマまで来てくれる事になっています」
「それより広瀬が、まだ戻って来ないんだけど」
 パリスは心配そうである。
「ゲブ族とは、また厄介(やっかい)な事になりましたね」
 シドも心配そうである。
「被害は、どれぐらいじゃ?」
「シールドを張っているので、大した事はありません。ただ、あまり執拗に攻撃されると、いずれシールドが崩壊します」
「連絡した、人類連邦艦隊の到着予定時間は?」
「約四時間後です」
「このカプセル、何だかおかしいわよ」
「現在、ラフォーマの自動迎撃システムで応戦していますが、ゲブ族の奴ら、案外数が多くて苦戦しています」
「まずいな」
「まずいですね」
「エルデニイン号で応戦しましょうか?確か最新の攻撃兵器を装備しているはずです」
 シドは提案したが、フィッシュは否定的な返答をした。
「敵は戦闘艦が8隻に惑星級母艦も居るのですよ。たとえ最新艦でも一隻では状況を変えられません」
「なんじゃと!それを早く言わんかい!」
 ナポレオンが怒鳴った。
「そんな大軍に攻撃されているのに、人類の一艦隊の応援だけでは全然足りんじゃろ!」
「ねえ、このカプセルおかしいんだけど!」
「地上からの砲撃と、人類の一個艦隊ではさみ打ちにすれば、何とかなりませんか?」
 フィッシュは、自信無さげに聞いた。
「何ともならんわい!!そもそもゲブ族の惑星型母艦というのは、人工知能を搭載している高性能戦闘艦じゃぞ。しかも我々の情報では銀河系内で禁止されておる隠匿(いんとく)兵器まで搭載しておるんじゃ。奴らがその気になれば、ラフォーマを消滅させる事も出来るんじゃ!」
 ナポレオンは機巧族にしては、珍しく激怒している。
「しかし、隠匿兵器は使用禁止なので」
阿呆(あほ)かお前は!天の川銀河を裏切った者たちが、天の川銀河の条約を守るわけないじゃろ!」
 ナポレオンに怒鳴(どなら)れて、大柄なフィッシュが、かなりの小さくなっている。
「でも、それじゃいったいどうしたら……」
「ちょっと!いい加減にしなさいよ!!広瀬のカプセルがおかしいって言ってるでしょ!!」
 パリスが大声で怒鳴った。
 その場に居た全員がパリスの顔を見た。
 鬼の様な形相であった。
「そっそりゃ大変じゃ、早いとこ広瀬を呼び戻さねば‥‥」
 ナポレオンは、オロオロしながらも広瀬のカプセルを操作し始める。
「どうなの!広瀬は大丈夫なの!!」
 パリスは、まだ怒りが治まっていない。
「こりゃマズい、広瀬の現在地がわからん。おそらく重力波の衝撃で、プロセッサーがいかれたみたいじゃ」
「修理できるの?」
「機巧族が造った物じゃないので難しいかもしれん、かなり時間がかかりそうじゃ。誰かが迎えに行った方が早いじゃろう」
 ズドーン!
 爆音と共に激しい揺れが起こった。
「また敵の攻撃です」
 フィッシュが言った。
「私がエルデニイン号で、ポンコツどもの惑星型母艦を破壊して来るから、誰か広瀬を迎えに行って!」
「エルデニイン号の装備では、ゲブ族の惑星型母艦に対抗できぬぞ」
 ナポレオンはパリスの提案に反対した。
「私が操縦して、フィッシュが自分の端末にエルデニイン号のマニュアルをダウンロードすれば大丈夫よ」
「わしは反対じゃが、他に打つ手が無いようじゃから仕方ないのう、シドと一緒に広瀬を連れて帰るか」
 ナポレオンは観念して、自分のカプセルを調節し始めた。
「じゃ、行くよフィッシュ」
 パリスとフィッシュは、エルデニイン号へ向かった。
「勝算はあるのですか?」
 フィッシュは気になって聞いてみた。
「エルデニイン号にも、隠匿(いんとく)兵器が積んであるでしょ?」
「そんな物、積んでるはず無いですよ」
「私の目はごまかされないわよ、エルデニイン号の装甲の厚さを見れば、隠匿兵器使用時の衝撃に備えてる事がバレバレよ」
「今、マニュアルをダウンロードしました。隠匿兵器とは少し違いますが、生物兵器が積んであります」
「生物兵器ですって!」
 パリスは、思わず声を上げた。
「宇宙での戦闘に生物兵器って、時代錯誤(じだいさくご)にも(ほど)があるわ!」
 強力な惑星破壊兵器並みの隠匿兵器が有ると思っていたのだが、当てが外れた。
 仕方が無い、こうなったら玉砕覚悟で敵と戦うしかない。
 ナポレオンたちが任務を果たせば、この混乱は終わるのだから。


 気がつくと広瀬は、ベッドの上であった。
 ここは何処(どこ)だ?ナポレオンたちは、どこに居るのだろうか?
 周りを見渡して見ると、どうやら古くて小さい建物の中らしい。
 身体に異常が無いか確かめる為に立ち上がってみたが、特に目立った怪我は無いようだ。
 ナポレオンたちを探さなくてはいけない。そう思い広瀬は部屋を出ようとすると
「意識を取り戻したか」
 背後から男の声がした。
「誰だ?」
 振り向くと、今まで気が付かなかったが、部屋の隅に若い男が椅子に座ってこちらを見ている。
「私より、あなたこそ何者なんです?ここイネスには他の星の住民も来るが、あなたはどの部族とも違うようだ」
 そうか、気を失っている間に持ち物を調べられたか、当然といえば当然なのだが。
「俺は、ラフォーマという惑星から来た」
「ラフォーマ?聞いた事がないなぁ」
「俺と一緒にいた仲間はどうなった?」
「貴方が倒れていた付近には、誰もいまでんでしたよ」
 誰も居なかったという事は、無事に現代に戻れたのか。
「ありがとう、おかげで助かった。ところでここは何処(どこ)なんだ?」
「ここはカサという町ですが、プリトウ派と対立しているので、あなたの様な旅行者は、オーエン連邦の保護地域に戻った方が良いですよ」
「そうするのが良さそうだ。ところで、その保護地区は、どう行ったら良いんだ?」
「この辺は物騒ですので、途中まで案内しましょう」
 えらく親切な男である。
「ところで、あんたの名前を聞いても良いかな?」
 広瀬は、世話になった若い男の名前を聞いておきたかった。
「私の名前は、シェリーマンです」


 エルデニイン号に乗りこんだパリスは、いきなりフィッシュの言っていた生物兵器を使用した。
 パリスの長年の戦闘経験から奥の手こそ初弾で使用して、敵の判断力を鈍らせる戦術である。
 機巧族の生物兵器とは、やはり細菌兵器であった。
 機巧族が開発しただけあって、ただの細菌では無い。金属でも有機物質でも、すべての物質を食べ尽くす、恐ろしい細菌兵器である。
 エルデニイン号の装甲が厚いのは、万が一船内で細菌が活性化した時の為である。
 この細菌を殺す為には1000度以上の高熱が必要らしく、エルデニイン号の装甲は巨大な電子レンジの様になっていて、船内を丸ごと高熱殺菌する事が出来るようになっている。
 ゲブ族の8隻の戦闘艦と母艦に発射されたミサイルは、直径10センチ程の超小型なので、敵に見つからないはずである。
 パリスは用心深く敵の注意をそらす為、通常のミサイルも数発ずつ発射した。
 ゲブ族もエルデニイン号を発見すると、同時に重力波を撃って来る。
「あいつら警告も無しに発射しやがって」パリスは怒ったが
「我々も警告していませんよ」
 と、フィッシュにつっこまれた。
 エルデニイン号は、すぐさま回避行動をとったが、敵の重力波の影響で船体の20%に重大な損傷を受けた。
「クソっ、やってくれたわね」
 パリスは、かなり頭にきているようだ。
 ゲブ族艦隊は、防御スクリーンを張ってミサイルを防いでいる。
「生意気に防御スクリーンなんか使いやがって!フィッシュ、この船にはスクリーンを破壊出来る武器は無いの?」
「防御スクリーンは、なかなか破壊出来ませんが、生物兵器のミサイルは何発か命中しましたよ」
「さすが機巧族の新兵器ね、でもどうやってスクリーンを突破したの?」
「攻撃目標に防御スクリーンが張ってある事は想定済です。細菌ミサイルは直径10センチほどの超小型で高速で推進しますので、ゲフ族のスクリーンぐらいは軽く突破できます。さらに先端にはセンサーを搭載しているので、固形物に衝突するまで止まりません」
「なるほどね。そういえば敵の様子がおかしいわね、命中した事に気付いたようね」
 敵の8隻の戦闘艦は、パニックになっており、戦闘から離脱し初めている。
 母艦も離脱はしていないが攻撃もして来ない。
「やりましたね、奴らを追っ払いましたよ」
「まだよフィッシュ、なんだか母艦の様子がおかしいわ」
 フィッシュはモニターに敵の母艦をアップで映して見た。確かに様子がおかしい、攻撃もせずこっちに真っ直ぐ向かって来る。
「何だか変な動きですね」
 フィッシュがモニターを見ながら言った。
 確かにおかしい。細菌で攻撃兵器が使用不能になっているとしても、こちらに突っ込んで来るなんて。
 母艦でエルデニイン号に体当たりするとつもりだろうか?でも、いくら何でもあんな巨艦よりエルデニイン号の方がスピードは上だ、難なく避けられるだろう。
 考え込んでいるパリスを見てフィッシュが聞いた。
「どうしました?」
「まさか、まずいわ」
「何がマズいんですか?」
「母艦のマザーコンピューターは、細菌の性質に気付いたのよ」
「着弾してから気付いても手遅れです、細菌からは逃れられません。いったい何を(あせ)っているのですか?」
「母艦が向かっているのは、エルデニイン号じゃなくて、ラフォーマよ!」
「ラフォーマだって!それは駄目(だめ)だ。細菌に汚染された母艦がラフォーマに不時着すると、細菌はラフォーマを喰いつくす。タイムマシンが破壊されたら広瀬さん達が戻れなくなります」
 パリスは沈黙して、頭脳をフル回転させた。
「仕方がないわ、最大速度で敵の母艦前面先端部に、エルデニイン号をぶつけるわよ」
 アレクシスは驚いてパリスの顔を見た。
「母艦の進路を変えて、直角にラフォーマの大気圏に突入させると、母艦は細菌と共に燃え尽きて無くなる。私たちは、ぶつかるギリギリのところで脱出ポッドでラフォーマに戻るのよ」
駄目(だめ)だ、危険すぎます」
「じゃ、15秒以内に代替案を出しなさい。じゃないと手遅れになり、ミルキーウェイ(天の川銀河)は救えないわよ」
 確かにそうだ、このまま緩やかな角度で母艦がラフォーマの大気圏に突入すれば、恐らく細菌はラフォーマ地表に到達するだろう、そうなればラフォーマは細菌に食い尽くされて消滅する。
 機巧族もやっかいな兵器を作ったもんだ。今の時代では惑星を丸ごと破壊出来る兵器が存在しており、以前は使用された事もあったが、銀河の星体系に影響するとの事で天の川銀河内での使用は禁止されている。
 しかし、ゲブ族の様に隠匿している種族も多く、当然のように機巧族や人類も保有している。
 だが、パリスは惑星破壊兵器が何度も使用されていた時代を経験しており、鬼ヤンマと他の部族から恐れられた戦士だ、この手の対処方法は心得ている。
「わかりました、その作戦で行きましょう。ただ、ぶつけるのは母船の最先端では無く、20メートル程中心部よりの方が効果があるでしょう。それで大気圏突入角度を5度ほど、ずらせます。」
「たったの5度?」
「5度で十分、ラフォーマの大気は濃厚なガスで覆われています、大気圏突入時に1000度を超えますので大丈夫です」
 パリスは少し不満げに
「なら良いけど‥」
 と、言いながら突入作業に移った。


 2年後

 広瀬は、シェリーマンと行動を共にしていた。
 シェリーマンに助けられてから、オーエン連邦の保護地区に行く予定ではあったが、相手がシェリーマンだと知ってからは頼み込んで仲間に入れてもらう事にした。
 シェリーマン一派に入りながらナポレオンの接触を待っていたが、まだ何の連絡もないので、単独でシェリーマン殺害を検討していたのだ。
 実際に、何度か殺害を試みたのだが、その都度(つど)カーラーが現れ実行できなかった。
 この2年の間にシェリーマンの一派は勢力を拡大した。逆に、ブリトウ将軍は腹心のベルントに殺害され、ブリトウ将軍派は分裂し縮小していった。
 元々、ブリトウ将軍に対して兵を上げたシェリーマンは目標を失いけたが、腹心であるへスタへイスの助言で「イネスのオーエン連邦からの開放」という新たな目標を見出していた。
 へスタへイスは、背が高く精悍な顔つきで、野心家であった。
イネスから、オーエン連邦を追い出すだけでなく、他のオーエン連邦の植民地である惑星にも興味を持っていた。
「広瀬、お前からもシェリーマンに言ってくれ。俺が何度言っても宙港への攻撃をためらっている」
 それはそうだ、今は市民からオーエン連邦が支持されている。こんな時にオーエン連邦が管理している宙港を攻撃すれば、シェリーマン派は市民からの支持を失うことになる。
 へスタへイスから、シェリーマンを説得するようにと、しつこく頼まれ根負けした広瀬は、仕方なくシェリーマンに会いに行くことにした。
 シェリーマンの部隊司令室は、以前ブリトウ将軍が使っていたオフィスビルにあるので、一見、一般の会社の事務所のように見える。
 広瀬は、一階の顔見知りである受付嬢に挨拶をすると、シェリーマンのオフィスに向かった。
「へスタへイスに言われて来たのか?」
 広瀬の顔を見るなり、シェリーマンは言った。
「それでだけでは無い、俺もあんたの真意を知りたい」
 華奢(きゃしゃ)な体型で整った顔立ちな為、中性的な容姿であるシェリーマンは威厳を出すために、いつも軍服を着用している。
 猫の様な外見にも慣れて来たのか、今見ると、かなりのイケメンある事がわかる。
「俺はブリトウ将軍を倒したかったんだ。あいつのせいで罪の無い大勢の市民が死んだ」
「それは、俺もへスタへイスも知っている、ブリトウは死んだ。これからどうするかだ。バジナ空港攻撃し、この星からオーエン連邦を追い出すのか、それともオーエン連邦と和睦して共存して行くのか?」
 シェリーマンは、広瀬の目を見つめながら尋ねた。
「オーエン連邦は、俺たちが倒すべき悪党なのか?」
「いや、彼らは紳士的で人道主義者だ。だが、イネスの事はイネスの民が決めるべきだ、オーエン連邦からは独立すべきだと思うが」
「でも、今までのイネス人では、ブリトウやベルントみたいな指導者しかいないぞ」
 確かにイネスの歴史上、真に民の事を考えていた政治家は、ほとんど存在しない。どちらかと言うと、私腹を肥やす事しか考えていない独裁者ばかりである。オーエン連邦の支配の元で初めて市民の人権が守られる様になったのである。
「あんたが指導者になれば良い」
 広瀬は思わず、本来の自分の任務に反する事を言ってしまった。
 シェリーマンは、うつむきながら
「俺にはオーエン連邦を追い出すことも、イネスを治める事も出来ない」
 と、つぶやいた。
「どうしてだ?」
 シェリーマンは、うつむいたまま
「恐いからだ。俺はオーエン連邦もベルントも恐い」
 と、答えた。
 ほぼ、予想通りの返答である。
 このシェリーマンという男は、いざという時以外は、ただの弱気な青年である。
 へスタへイスから頼まれている事もあり、一応広瀬は励ましてみた。
「あんたが一番適任だと思うが、指導力も人望あるし、あんたがやらなければ、いずれ他のクズ野郎がイネスを治める事になる」
 シェリーマンは返事をせに、ずうつむいたままである。
 どう見ても目の前に居る男は、伝説なっているシェリーマンでは無い。
 この2年の間シェリーマンを見てきたが、ごく普通の若者といった感じだ。
 始めの頃は、暗殺の機会をうかがっていたが、シェリーマンを知れば知るほど、とても大それた事が出来る人物ではなく、広瀬は疑問を感じていた。
 それに、あの不気味なカーラという男の存在だ。あの男は、創世者や神人の様な超常的な存在である事は間違いないのだが、今だに正体がわからない。
 今では、自分が暗殺すべきはシェリーマンではなく、カーラーだと広瀬は確信している。
 だが、シェリーマンもへスタへイスもカーラの素性は良く知らないようで、時折現れて助言したり厄介(やっかい)な問題を解決したりしているとの事で、住まいも出身もわからないらしい。
 結局、シェリーマンから宙港攻撃への明確な返答を得られなかった広瀬は、へスタへイスの元に向った。
「広瀬」
 街中を歩いていると、見知らぬ2人組の男たちから声を掛けられた。
「ワシじゃ」
 どうやら、以前と外見が少し違うが、ナポレオンとシドが復帰したらしい。
「お前さんのカプセルに戻そうとしたんじゃが、あちらの機械の不具合で戻せなかったんじゃ」
 なるほど、それで僕だけこの時代に取り残されていたのか。
「それにしても、2年は待たせ過ぎだ」
「すまない。実際は数時間後にこちらに向かったんじゃが、どうしても数年は誤差が出るようなんじゃ」
 機巧族や白猫族でも、原理がわかっていないタイムマシンなので、多少の誤差は仕方ないのかもしれない。

「銀河系の様子はどうです?神人は、もう銀河系に来ているのですか?」
 ずっと気になっていた事を、広瀬は尋ねた。
「もう銀河系まで来ておる、今は白猫族と交戦中じゃ。おまけにゲブ族の裏切りにあって、我々も散々な目にあった」
「ゲブ族が寝返ったのですか?他の部族は?」
「オロール族やブノアト族も寝返ったが、奴らは大した事無い。厄介なのはゲブ族だけじゃ。不意をつかれて、こっちの陣営は大打撃を受けた。かろうじてラフォーマは無事じゃが、まだ攻撃を受けている」
 元の時代では、当初の予想より大変な事になっているみたいだ。
「ラフォーマにはタイムマシンがある。まずいですね」
 ラフォーマのピラミッドが破壊されたら、ここに居る3人は元の時代に帰れなくなるかもしれない。
「今のところ、かろうじて白猫族が神人を防いでいるのじゃが、思ったより神人の数が多いので、あまりもたないじゃろう。早いとこシェリーマンを暗殺してしまおう」
「ちょっと待って下さい。どうやらシェリーマンを殺しても、解決しそうに無いんです」
「なんじゃと!」ナポレオンは驚いた。
 広瀬はシェリーマンとカーラの件を2人に説明した。
「カーラというと、前に会った不気味な男か?」
 ナポレオンは少し残念そうに言った。
「奴を殺すのは、少し難しそうじゃな」
「今の僕らの装備では無理だと思う。アンタの装備はどうなんです?」
「ワシも急いで来たから、大した装備は無いわ」
 ナポレオンは残念そうに答えた。
「一度ラフォーマに戻って、強力な兵器を持って来れませんか?」
 広瀬が言った。
「そうじゃな」
 そういえば、この時代には、まだミルキーウェイに創世者が居るのだろうか?居れば力を貸してくれるのだろうか?
 きっと、自分たちが造った機巧族の手助けならしてくれるだろうと思う。
 いったい、どこに居るのだろうか。
「ワシらは一度ラフォーマに戻って、カーラを倒せそうな武器を調達して来る。広瀬、お主はそれまでカーラの調査を続けてくれ」


 ラフォーマに戻ると、ナポレオンはシドに指示した。
「一度、この時代の機巧族に会いに行こう」
「カーラは、放っていて良いんですか?」
「奴の存在は不気味じゃが、取り合えずこの時代の機巧族の助けが必要じゃ」
 2人は、この時代の機巧族の主星である惑星アヴァロンに向かった。
 惑星アヴァロンは、タイタロスに似た機械都市である。
 三千年前の機巧族もラフォーマの存在は知っており、スムーズに状況を理解してくれた。
 予想外であったのは、マザーコンピューターが慎重になり過ぎた為か、カーラの抹殺より惑星イネスの破壊を勧めた。
 当然、ナポレオンは強く反対したが、マザーは正体のわからないカーラを殺すことは困難との結論を出して、イネスの破壊を決定してしまった。
「えらい事になりましたね」
 シドが心配してナポレオンに言った。
「マザーの判断じゃ、仕方あるまい」
「私は反対です。イネスには何の罪の無い人々が、大勢住んで居るのですよ」
「そんな事は、わかっとる」
「わかっているのなら、何故(なぜ)マザーに従うんです!」
「そう深刻な顔をするな、誰もこの時代のマザーに従うとは言っとらんじゃろ」
「そうなんですか?」
「そうなんじゃが、実は他の方法も思いつかんのじゃ」
 ナポレオンは苦笑いをしながら、本当に困ってしまった。


 現在のタイタロスでは、マザーコンピュータが時間と空間について、ある結論に達していた。
 いつの間にか機巧族の主星が、アヴァロンからタイタロスへ移っている件と、出生不明のフルメタル族に関しての件である。
 機巧族のマザーコンピュータである自分の記録を改ざんする事は、天の川銀河の、どの種族であろうと不可能である。
 ニつの謎は、ラフォーマにあるタイムマシンの影響である。
 今までにも何度か、ラフォーマのタイムマシンが使われていると推測すると、当然の事ながら何度か歴史が変えられていると思われる。
 現実としては、時間は逆行出来ないハズであるが、創世者が別次元の空間を利用して、無理やり作製したタイムマシンで歴史を変えたとなると、変えた後の時代に歪ができて矛盾が現れる可能性が高い。
 時間を無理やり変える事は、宇宙の法則に反しており、変えられた時空が反発して元に戻そうとする力が働くのであろう。
 さらに推測すると。今後ラフォーマのタイムマシンで変更するかもしれない歴史も、現代の時空に影響を与えていると考えられる。
 何故なら、今から行われる変更であっても、過去に戻っておこなわれる事は、現在からみても過去の事なのである。
 ラフォーマにタイムマシンがある限り、少なくとも天の川銀河の時空には、いくつかの歪が生まれているはずである。
 おそらく、自身の記録の欠如もフルメタル族の出現も、タイムマシンによる時空間の歪みが原因であり、現在進行中であるナポレオンの任務が終われば、ラフォーマは封印すべきである。


 パリス・アントノーフは、外交官の父デニス・エフレモフと、詩人の母ポリーナ・アントノーフとの間に生まれた。
 外交官や詩人と言っても、この時代は、(すで)に貨幣経済は無くなっており職業は自由に選べた。
 住居は配給制度で、政府の要人でもない限りは、ごく普通の住居が無償で与えられる。
 食料や日用品も無償で、人気のある家具や服などは、順番を待たなければいけない事もあるが、必要な物はほとんど手に入る。
 無名でも詩人が書く詩は、無条件に電子出版される。
 母の詩は、読者からダウンロードされて読まれる事は少なかったようだ。
 貨幣が不要の時代では、母の様に詩人や小説家・クリエイター等の創造性のある仕事が人気だが、余程の実力がないと、多くの読者にダウンロードされて人気作家になれる事は無い。
 逆に、父の様なオフィスに出勤して責任感のある仕事は、無償な分どちらかというと不人気と言える。
 パリスは将来医者なりたかった。
 医者といっても病院は完全に機械化されており、医師のする事といえば、実質ほとんどオペレーターであるのだが。
 その頃、不幸にも青猿族とミツバチ族・黒トカゲ族の連合軍と、人類・フルメタル族連合との戦争が起こった。
 人口が圧倒的に多い青猿族は、サマルカンドから遥かに遠方のケンタウルス腕で巨大な勢力を持っており、軍事力によるサマルカンド進出を狙っていたのである。
 元々、似た者同士で仲の悪かった人類連邦政府の勢力圏に、同じくサマルカンド進出を狙っていたミツバチ族と黒トカゲ族を誘って、大部隊を送りこんで来た。
 単独では、勝ち目が無いと判断した人類連邦政府の首脳部は、フルメタル族に援軍を要請した。
 フルメタル族は、機巧族同様に個体も機械化しており外見も機巧族に良く似ている。一定した外観を持たず目的によって、それぞれ個体の形が異なる機械種族である。
 サマルカンドでの歴史は比較的新しく、人類とは良好な関係であり、以前も何度か同盟を結んでいたので、今回も当然のように援軍を出してくれた。
 フルメタル族との連合軍とはいえ、青猿族も遠方では最強の軍事力を保有しており大規模な戦争となった。
 機械化された人類連邦政府の軍隊でも、やはり指揮官は人間でなくてはならず、パリスも18歳になると徴兵された。
 この戦争は、第一次天の川大戦と言われ、他種族も巻き込んで60年間続く大戦となる。
 パリスは下士官として後方支援に廻されていたが、戦争が泥沼化して来ると、小型戦闘艦の船長として最前線に行くことになった。
 パリスの乗る戦闘艦は、無人小型艦載機を20台格納しており、5人の人間の下士官である部下と、20体のロボット兵が搭乗しているのに対し、圧倒的に人口が多い青猿族は、無人艦載機の除けば、すべての乗組員が青猿人で構成されている。
 装備の面では、人類・フルメタル族の方がやや優っていたが、物資・人員的には圧倒的に不利な戦いであった。
 外交官である父は、昆虫型のカリフ族の担当となり、カリフ族の主星に出向いていたが、カリフ族が人類と友好的な関係にある為、ミツバチ族から敵とみなされミサイル攻撃を受けた。
 ミサイル攻撃により、カリフ族の主星にある首都カリフンドは壊滅的な被害を受けてしまう。
 それ以来、父からの連絡は途絶える。おそらく亡くなったのであろう。
 カリフンド壊滅の知らせが届くと、しばらくして母が再婚した。
 この時代に、配偶者が死んですぐに結婚する事は珍しくは無い。寿命が長くなった人類にとって2回や3回の結婚は当たり前の事である。
 しかし、戦場に居るパリスの心境は違った。
 身近に戦死する者を多く見すぎている為か、パリスは死者に対する思いが母と違い、母を薄情な女性だと思った。
 青猿族連合軍との戦いは激化する一方であり、その上に父の死と母の再婚と重なったため精神的にまいってしまう。
 さらに、青猿族の主力艦隊である銀河系第7艦隊が、ペルセウス腕に向かっているとの情報が入った。
 人類連邦軍艦隊と、フルメタル族の混合艦隊で迎え撃つことになり、パリスの所属する艦隊も参加する事になった。
 パリスは上司であるイエスゲイ提督に、自身の戦闘艦単騎での奇襲作戦を進言した。
「いくら実績のある君の提案でも、さすがに、そんな危険で成功率が低い作戦は認められない」
 提督はパリスの作戦が、あまりにも無謀すぎると却下した。
「提督、今回の相手は青猿族の無敵艦隊ですよ、まともに戦えば勝ち目はありません」
 パリスは、あきらめずに言った。
「しかし、奇襲部隊の生還は望めないぞ」
「今回、私の艦は私以外はロボット兵だけで十分です」
「じゃ、君はどうするんだ? 今は昔と違って特攻は世論が認めないぞ」
 提督は厳しい表情で言った。
「連邦艦隊全滅も世論は認めませんよ」
 パリスは、さらに厳しい表情で答える。
「うむ‥‥」イエスゲイ提督は返答に困り、しばらく考えてから
「少し待っててくれ、他の提督達と隠密で話し合ってみる」
 と、提督室の奥にある個室に入り、提督専用の極秘回線を使用した軍議を行う。
 その結局、連邦艦隊としては黙認する事になり、パリスの奇襲は決行された。
 青猿族の第七艦隊は、数百光年先から進撃して来るため、亜空間移動を行なうはずである。
 パリスの艦は逆の進路より亜空間移動を行ない、フルメタル族と共同開発した亜空間かく乱装置を使い、亜空間の出口をかく乱させて第七艦隊の出現を防ぐという作戦である。
 しかし、自身の艦も亜空間に閉じ込められてしまうという、凄まじい戦法である。
 実際にパリスは、その凄まじい作戦をやってのけ、第七艦隊は亜空間から出る事ができず、目的地とは全く違う銀河の果てまで飛ばされてしまう事になった。
 当然、パリス自身も亜空間から出られなくなり、しばらく亜空間をさまよう事になってしまった。
 亜空間内時間で数日さまよったパリスは、ミルキーウェイ(天の川銀河)に帰還する事を諦め、生き延びる為に通常空間に出る事にした。
 だが、それは青猿族の第七艦隊のように、帰って来れなくなる程の遠方である可能性が高く、苦渋の決断であった。
 その時、前方に白い球体が現れて、パリスの艦を無事に出発した地点の近くまで導いてくれた為に、人類連邦に帰還する事が出来た。
 おそらく白猫族が助けてくれたのだとパリスは思い、以降は白猫族に恩義を感じるようになる。
 実際には、フルメタル族がパリスの艦からの救命信号を受け取り、救助したのであるが、パリスが白猫族だと思い込んでいたので、そのまま身元を隠して立ち去ったのである。
 結果、第七艦隊が消えた青猿族連合は、人類・フルメタル連合軍に大敗し、長年に渡り続いた戦争は終結する。
 帰還したパリスは昇進して軍人を続けていたが、戦争が終わり平和になると母が詩人であった事を思い出し、母が書いた詩を読んでみる事にした。
 ウェブ上で手軽にダウンロード出来るのだが、悲しいぐらい少ないダウンロード数である。
 詩集の内容には、パリスの父である夫との恋愛と結婚生活の事も書かれており、意外な事に夫の事を激しく愛していた。
 夫の優しさやユーモアのある会話等で、なかでも外交官という仕事に誇りを持っている所を、母は尊敬していたようくださいである。
 ほとんどの人々が、楽な仕事や自分の趣味を仕事にする風潮があるなか、自分の夫が人々に役立つ仕事をしている事について、いろいろ触れられていた。
 夫が死んだ時には、絶望し生きる気力を失ったが、友人たちの協力で少しずつ立ち直り、夫を亡くした悲しみを埋めてくれる優しい恋人も出来た。
 非常に哀しい事ではあるのだが、夫を失った心の穴を埋められるのは、新しい恋人を作る事であった。
 他人が読めば、退屈な詩集であると思うが、パリスは夢中で読み、読み終わった後にパリスは軍に転職希望を出して、父と同じ外交官になる事にした。


 三千年前のマザーは、ナポレオンにイネスの破壊を指示した。
 しかし、未来から来たナポレオンとシドは反対している。
 彼らに、イネスの破壊は酷かもしれないと判断したマザーは、ナポレオンには知らせずに直接イネス破壊の部隊を編成して攻撃する事にした。
 機巧族の部隊は完全なステルス機能を使用して、住民に気付かれ無いように、イネス上空よりターゲットであるシェリーマンの居場所を把握していた。
 後は、マザーが攻撃命令を出せばイネスは消滅する。


 ナポレオンの命令で、別行動をとっていたシドは、珍しく今回の任務には不安をいだいていた。
 今までは、機巧族のマザーコンピューターからの指示通りに行動していたが、ナポレオンの指示とマザーの指示が食い違う事は初めてである。
 シドはナポレオンの指示通り、機巧族の工作船を数隻引き連れて、アンドロメダに向かっていた。
 この時代の技術でアンドロメダまで行くには、どうしても3年はかかってしまうが、それぐらいは機巧族にとって特に苦では無い。ナポレオンの指示は、過去を思い通り変えるのは困難である事がわかり、アンドロメダでも神人対策を行っておいた方が良いとの考えである。
 要するに、プランBが失敗した時用の保険である。
 プランBが失敗すれば、歴史通りに神人がアンドロメダに逃げてくるはずである。アンドロメダで待ち伏せしているシドが、その神人たちを抹殺するという計画である。
 ただ、プランBがもし成功すれば、神人対策からダークドック対策へと変更する任務となる。
 機械人であるシドは、アンドロメダ星雲に来てから、ようやく自分が造られた意味を理解した。
 不死である機械の身体と、他種族から取り入れた柔軟なコミニュケーション能力を持った自分の存在価値がハッキリとわかったのだ。
 まずは、現状のアンドロメダにおける、知的生命体の把握が必要だ。
 小型探索船を使ってアンドロメダ探索を行ってみると、以前に大規模な戦争が行われた後があり、廃墟と化した惑星がいくつもみつかった。
 その中からシドは、複数の惑星を持つ恒星を選び、その第三惑星を「ネオブリテン」と名付け、アンドロメダにおける機巧族の本拠地とした。
 シドの機巧族は兵器開発と平行して、アンドロメダ銀河の探索も行ない、かなりの情報を集めることが出来た。
 まず、アンドロメダには宇宙空間に何種もの微生物が存在していた。微生物が居ると言う事は、もっと大きな生物もいるはずである。
 いくつかの惑星には水や大気があり、植物も確認できた。
 だが、戦争をしていたはずの知的生物が、なかなか発見出来ない。
 もしかしたら、遥か昔に絶滅してしまったのかもしれない。
 時が過ぎ、ネオブリテンに機巧族の都市と大艦隊が完成した頃、調査隊からアンドロメダの知的生命体発見の報告があった。
 ネオブリテン付近は廃墟であるが、数千光年離れた地域には、知的生物が生息しており、彼らが使用している通信を傍受して得た情報によれば、数千年ほど前にネオブリテン付近で、高度な知的生命体同士が数百年にも及ぶ戦争を始めた為、両種族共に滅びた様である。
 その後は、戦死者の幽霊が出るとの噂が広まり、どの種族も廃墟地区には近づかないそうだ。
 報告を受けたシドは、ネオブリテンに新たに作製したマザーコンピューターの前にいた。
 電送で対話出来るのであるが、気分転換のためシドは時折ここに来て、マザーコンピューターと会話をする事がある。
 機巧族には気分転換は必要ないのだが、人類の真似をしているだけなのではあるが。
 機械人であるが、時折サマルカンドが恋しく思う時があるので、人類タイプの執務室も作りそこで執務を行うようにした。
 さらに、人類型の女性秘書も造って、エヴァと名付けた。
 シドは、最近になってネオブリテン付近の宇宙空間で目撃された生命体の事が気になっており、マザーと分析を初めていた。
 どうやら、アンドロメダの住人が見た幽霊と、目撃された生命体が同一の者であり、実在する可能性が極めて高いとの結論に達した。
 すぐさまシドは調査隊を増員して、発見しだい交渉する様に命じたが、何も収穫が無いまま数年が経っている。
 兵器開発と、アンドロメダ探索は順調に進んでおり、機械人であるシドでさえ忘れかけていた頃に、捜索隊が宇宙空間に住む一体の生命体を発見した。
 黒い小型の生命体で、白猫族の様に、ほとんど質量を待たないエネルギー体である為、なかなか発見できなかった訳である。
 調査隊がテレパシーで交信してみると、意外に友好的であり、ネオブリテンに訪問してくれる事になった。
 この時には、機械人であるシドでも、さすがに興奮して生命体を出迎えた。
 彼らは以前に、ネオブリテン近隣に高度な文明を築いていたが、数千年前にこの付近で起こった、長期による星間戦争により廃墟と化してしまったらしい。
 一部の生命体は、宇宙ステーションや衛星のコロニーで、ほそぼそと生き長らえていたが、戦争兵器による放射能や宇宙線による影響により、遺伝子に異常をきたして現在の姿になってしまったとの事である。
 彼らは、異常進化したミュータントとなり、宇宙空間でも生きて行ける様になったが、故郷を破壊してしまった事を悔やみながら暮らしていたところに、機巧族がやって来た。
 機巧族が、以前のように都市を築き繁栄させた事で懐かしくなり、ネオブリテン付近に近付いた時に、たまたま調査隊と遭遇した。というより彼らの方から接触して来たようである。
 彼らは機巧族から黒猫族(クロネコぞく)と呼ばれ、丁重にもてなされた。
 彼らは、かなり高度な文明を持っていたらしく、シドも学ぶ所が多かった。全く違う場所で生まれ進歩した技術というのは、シドからすると宝の山の様であり、お互いに技術を教え合い、共存して行く事となった。
 機巧族と黒猫族が十分な信頼関係を築いた所で、シドは黒猫族に自分達の目的を打ち明けた。
 神人がアンドロメダに逃げ込んで来て、三千年後にアンドロメダと天の川銀河に大惨事が起こる事。
 天の川銀河では、別のグループが歴史を変えて、神人が生まれて来ないようにする作戦を行っている事。
 又、神人が来なくても、ダークドック対策をしておかなければいけない事。
 黒猫族は、一度文明の崩壊を経験している為か、シドに同情してくれた。


 イネスへの攻撃直前に、突如(とつじょ)として機巧族の母星であるアバロンが破壊されてしまった。
 破壊したのは、カーラの種族である。
 彼らは機巧族がイシスへ攻撃する事に気付いていた。
 さらに、彼らは次の攻撃目標である、ラフォーマへと向かった。


 日が経つにつれ、ラフォーマへの攻撃は激しくなり、防衛が難しくなって来ている。
 神人を中心とするアンドロメダの軍が、ラフォーマから大量のエネルギー反応を感知して、重要施設があると断定しー猛攻撃をかけて来たのだ。
 白猫族や機巧族と人類連邦政府は、ラフォーマの重要性を理解しており援軍をよこしてくれるが、さすがに主力部隊は、サマルカンドの防衛に当たらずをえないので動かす事が出来ない。
 パリスはフィッシュや他の軍人と同様に、ラフォーマから何度も出撃して、神人軍と戦闘を繰り返した。
 神人軍の攻撃は凄まじく、ついにフィッシュの乗った艦に神人が侵入して来た。
「神人二侵入サレマシタ」
 船内コンピューターの警告が聞こえる。
 この船に乗っている人間は、船長とフィッシュだけで、あとは機械兵である。
「神人に侵入されたら、もうこの船は助からん。自爆するので脱出する!」
「わかりました」
 艦長とフィッシュは、急いで脱出ポッドに向かう。
 ドーン!
 機関室から爆発音が聞こえた、おそらく神人が爆破したのだ。
 彼らは敵船に侵入すると、まず機関部を狙う。
 船長とフィッシュは、無事に脱出ポッドに乗り込み、船外に脱出したが、それに気づいた神人が追いかけて来た。
 脱出して数秒で、船長の乗った脱出ポッドが神人に破壊された。
「こりゃヤバい。今回はさすが助からないな」
 神人がこちらに向かって来ているが、脱出ポッドには武器が無い。  フィッシュもさすがに、あきらめかけた。
ドガッ!
 神人の放ったエネルギー波が、フィッシュの脱出ポッドに命中し、フィッシュはそのまま意識を失った。


「フィッシュ」
 誰かが自分を呼ぶ声がする。女性のようである。
 目を開けて良く見ると、ケイリイだ。
「なんだ、君も死んだのか」
「何言ってんの生きてるわよ、大丈夫?」
 何故だか知らないが、生きているみたいだ。
「俺は助かったのか?」
「私が助けてあげたのよ」
 ケイリイは自慢げに言った。
「正確には私が助けたのよ」
 パリスが現れた。
「あの状況からどうやって?」
 フィッシュには、理解できなかった。
「先に、お礼ぐらい言いなさいよフィッシュ」
 ケイリイが不機嫌そうに言った。
 良く表情が変わる娘だ。
「ありがとうございます、助かりました。でも、あの状況でどうやって?」
「あれから、すぐに機巧族の最新艦が援護に来てくれたのよ」
「あなたを見つけて、なんとか転送できたわ」
「転送ですか。機巧族の技術は凄いですね。ところで俺を追いかけて来た神人は、どうなりました?」
「零エネルギー波を喰らわしたら、逃げて行ったわ」
 笑顔でパリスは答えた。
「なんです、その零エネルギーって?」
「対象物を絶対零度にして、原子を全て固定してしまうそうよ」
「凄い武器ですね」
 フィッシュは感心した。
「まあ、一時的なもんよ、温度が戻れば神人なら復活するし」
「凄い!液体窒素に付けた金魚みたい」
 ケイリイが喜んでいる。
「そうだ、広瀬さんやシドも帰還したのですか?」
 ケイリイは、笑顔のままで聞いた。
「二人ともまだよ‥‥」
 パリスの笑顔が消えた。


 機巧族のイネス攻撃隊はマザーからの通信が急に途絶えたので、攻撃して良いのかわからず、一旦アヴァロンに引き返す事にしたのだが、戻ってみるとアヴァロンはマザーごと破壊されており、さすがに人工頭脳を持つ機巧族でも、うろたえてしまっていた。
 いつまでも、うろたえている訳にはいかないので、とりあえず生存者というか機能している機巧族の残骸や記憶チップを回収していると、三千年後から来たナポレオンの記憶チップを見つけた。
 ナポレオンのチップは「座標A3067へ迎え」と繰り返し訴えている。
 マザーが消滅した今となっては、未来から来たナポレオンに何か考えがあるのだろうと推測して、少数の部隊をアヴァロンの復興作業に残し、機巧族たちは座標A3067へ向かうことにした。


 イネスに一人取り残されている広瀬は、成り行きで現在はシェリーマンと行動を共にしている。
 そのシェリーマンは、へスタヘイスやカーラの協力で惑星イシス全体を支配下に治めるほど大勢力となり、オーエン連邦からは見過ごせない存在となりつつある。
 シェリーマンの急激な勢力拡大にも戸惑(とまど)ったが、広瀬が驚いたのはイネスの文化であった。
 物を買ったり取り引きする時に、キャッシュという物を使い、その都度カードと指紋認証で口座から決算していた。
「これでも進歩してるんだぜ、昔は紙や金属製の貨幣という物を持ち歩いて取り引きしていたらしいからな」
 シェリーマンは説明してくれるが、広瀬の居た時代には貨幣という概念が無く、物は無料であり、住まい等の大きな物は申請して受理されると支給されるので、理解するのに時間が掛かった。
 広瀬の考えでは、生産力の違いだと思う。広瀬の居た時代では、物質にあまり価値は無い、なんでも簡単に3Dプリンター等で作れるからである。
 食べ物もフードプロセッサーで、好きなものがいつでも作れるので、貨幣みたいな物は要らず調理する必要もない。
 何を手に入れるのにも、貨幣という物がいるというのは面倒な時代だ。
 しかし、シェリーマンは反対の事を言う
「貨幣というものは、我々にとって無くてはならない便利な発明だ。しかし貨幣があるから貧富の差や争いが起こり、貨幣に人々が振りまわされている」
 そんな物なら、わざわざ使わなくて良いと広瀬は思うが、この時代ではそうもいかないらしい。
 それよりも、広瀬には大きな心配事がある。ラフォーマに武器を取りに行ったはずのナポレオンたちから、一年以上経つのに何の接触もないのだ。
 俺はこのままこの時代に取り残されるのだろうか。と、いう不安が日に日に強くなる。
 シェリーマンの参謀とも言える今の生活も、それなりに充実していて悪くは無いが、やはりパリスの居る元の時代に戻りたい。


  ーーサテライトニュースーー
『神人との戦闘で機巧族の最新鋭のホログラム艦隊が10数人の神人を抹殺しました。しかし、依然として戦況はサマルカンド連合軍の劣勢で青猿族軍の第一艦隊と、人類連邦政府軍の第四中隊の行方が不明であり、神人軍によって壊滅した可能性が高いと見られています』


 サマルカンド連合軍と神人との戦闘は、泥沼化して来ており、当初はサマルカンド攻略に楽観的であった神人も機巧族の最新技術には、かなり手を焼いていた。
 精神エネルギーで攻撃して来る白猫族も、やっかいだが、特に機巧族のホログラム艦隊には、物理攻撃が効かず光学兵器もほとんどの効果が無いため、超人である神人にとっても戦いにくい相手であった。
 青猿族や人類連邦政府などからは、神人と機巧族・白猫族連合の戦闘は、まるで神々の戦いを見ているようである。
 他の部族も同様に、神人たちのあまりにもレベルの違う戦闘力に対して、戦闘に参加するというより、状況を観察しているだけの状態になってしまっている。
 唯一フルメタル族が、勇敢にも神人に向かって行き、神人軍にダメージを与えていた。
 フルメタル族の船団も甚大な被害を受けているが、どこからともなく続々とフルメタル族の戦闘艦が現れ、神人軍に挑みかかって行く。


 十年後
 シェリーマンはオーエン連邦を退け、銀河系内にサラサール帝国という巨大帝国を築いていた。
 現在、帝国では兵士の肉体強化手術が進んでおり、元首であるシェリーマンも、副官であるへスタヘイスも強化手術を受けている。
 神人化を恐れた広瀬は、強化手術に反対し続けたが、聞きいられる事は無く、ついにシェリーマンとへスタヘイスに(うとま)まれ、オーエン連邦の掃討部隊に配置転換させられていた。

 オーエン連邦の版図は大幅に削られていたが、辺境では粘り強くサラサール帝国と戦闘を繰り返している。
 一応、上級士官扱いであるが、広瀬はその最前線である軍事宇宙ステーション『ガリオス』送られていた。
 広瀬は半ば、元の時代に戻ることを諦めていた。相変わらずナポレオンからは、連絡が途絶えたままである。
 まれに夢で、パリスが側に居てくれたり励ましてくれる事がある。それが唯一もとの時代との繋がりといえた。
 シェリーマンが大帝国を築いてから、広瀬はアヴァロンとラフォーマが何者かに破壊されたと知った。
 タイムマシンのあるラフォーマが破壊されてしまい、元の時代に帰る事は諦めたが、せめてシェリーマンが強化手術を受けて神人化するのを防ごうと、強化手術を反対し続けたのだが、ここまで疎まれるとは思ってもいなかった。
 ガリオスは巨大で、戦闘力も高い最新の要塞であるが、オーエン連の主力軍と対峙しており、常に戦闘が行われている非常に危険な場所でもある。
 今もオーエン連邦の大艦隊が、こちらに向かっているとの報告を受けた。
 だが今回は、広瀬もあまり心配はしていない、なぜなら味方の最新鋭艦隊が到着しているからである。
 いつも堂々としている司令官が、さらに堂々として艦隊に指示を出している。
 最新鋭の艦隊が敵に向かって行く。攻撃に備えてのガリオスの防御も完璧であり、いつも通りオーエン連邦の艦隊は退却して行くだろう。
 ドガーン!!
 激しい振動と共に物凄い爆音が聞こえた。
 広瀬は司令室の壁に叩きつけられて転倒した。司令官が何か喚いているが、爆音で耳をやられたらしく何を言って言っているのか、さっぱりわからない。
 立ち上がろうとしたが、転倒時に頭部を打ったのか、目まいがする。
 オーエン連邦の新型兵器だろうか、前方に居る味方の艦隊は無事である、ガリオスが直接攻撃を受けたようだ。


 カーラの部族に破壊されたアヴァロンに残っていた修復部隊は、破壊された部品を回収して、アヴァロンの修復を始めた。
 人類なら、とっくに諦めているような細かい作業であるが、機械人達はコツコツと時間を掛けてやり遂げようとしている。


 気が付くと広瀬の視界に懐かしい姿が見えた。
「ナポレオンか?」
 猫人間の姿ではなく、元の人類型のナポレオンである。
「気が付いたか」
「確か俺は、オーエン連邦の攻撃を受けてたはず?」
「オーエン連邦軍もサラサール帝国軍も、まとめて殲滅してやったわ」
 ナポレオンの表情は、何故か険しい。
「しかし、カーラという奴には、してやられたわ。まさかアヴァロンを惑星ごと破壊するとはの。やっとタイタロスに機巧族の拠点が完成したんで、迎えに来たんじゃよ」
「カーラか‥‥ 何年もサラサール帝国に居たが、結局あの男の正体はわからなかったよ」
「彼の正体は不明ですが、おおよその検討はついています」
 ナポレオンの後方から、聞き慣れない声がした。
 良く見ると、30センチ程の白い玉子型の物体が、1メートルほど床から浮いている。
「あの玉子は何だ?なにかのデバイスなのか?」
「デバイスではない、彼こそがワシら機巧族を造った創世者様じゃ。バジナでアーディルから貰ったビーコンの信号を受けて来て下さったのじゃ」
 あの玉子が創世者?そんなのが本当に存在していたのか。機巧族の宗教的な想像上の者と思っていた。
 しかし、あのビーコンが三千年前の銀河系で役に立つとは、思ってもいなかったな。
「正確には、機巧族から創世者と呼ばれている、アナクレト人のコピー体です」
 アナクレト人のコピー体?よくわからないがナポレオンが創世者様と呼んでいるのなら、相当の知識と技術力があるのだろう。
「声は聴こえたが、口はどこにあるんだ?目も耳も無いじゃないか」
「広瀬よ、お主サラサール帝国に長く居すぎたようじゃな、創世者様は白猫族のように直接脳に話しかけるんじゃ。それに目が無くても、お主以上に見えておる」
「長く居すぎたのは、ナポレオン。あんたの計画がお粗末だったからだろ!本来なら俺は、とっくに元の時代に戻っていたはずだ!」
「すまんかった。確かにワシのミスじゃ、カーラを(あなど)っていた。だが我々の仲間がついに創世者様を見つけたんじゃ」
 元の時代では見つからなかった創造主も、三千年前のこの時代で、ようやく見つかったのか。
 そうだ、創世者が見つかったんだったら、全ての問題が解決するかも。
「あんた、カーラの素性を知っているのか?」
「ハッキリとはわからないが、予想はつきます」
「どんな予想だ?」
「私たちは、宇宙で最初に銀河系間移動した種族であるのです。数億年に渡り宇宙全体を観察して来ましたが、あんな種族は居ませんでした」
「じゃ、いったい、カーラは何者なんだ?」
「この宇宙の者ではありません」
 宇宙の者では無い、なんだそれは?偉そうな割に、わかりにくい話をする玉子だ。
 とりあえず問題が解決したら、あの玉子を割ってやる。
 しかし、一応は俺も知的生物だ、今は現状の問題を解決しないと。
「この宇宙の生物では無いという事は、宇宙の外の生物という事か?宇宙の外に生物が住んでいるのか?」
 広瀬は気を取り直して聞いた。
「住んでいます」
 創世者は、はっきりと答えた。
「何でわかるんだ?」
「我々の種族のほとんどが宇宙の外に移住しています、あまりにも遠すぎて連絡はとれませんが、少なくとも彼らは宇宙外で暮らしているはずです。しかしカーラの場合は単純に宇宙外というより、異次元の宇宙から来た可能性が高いですね」
「その根拠は?」
「サラサール帝国の近くに、空間の歪みが頻繁に発生しています。カーラはそこを通って、こちらの宇宙に来ていると予測できる」
「その空間の歪みを、真空爆弾で破壊する」
「真空爆弾!そんな物騒な物使っても大丈夫なのか?」
「計算上は、大丈夫です」


 ナポレオン率いる機巧族の艦隊は、創世者が指示した惑星イシスから数光年離れた地点に向かっていた。
「広瀬よ、そう心配する事は無い、上手く行くはずじゃ」
「そう思いたいが、気になる事がある。僕は元の時代に戻れるんですよね?」
「ラフォーマにタイムマシンがあったのですが、カーラに破壊されてしまった」
「ちょっと待って下さい。そのタイムマシンは、あなた達が作ったんでしょ?破壊されてても、あなたが新たに作れば良いんじゃないか」
「タイムマシンを作る技術は、宇宙のどの種族にもありません」
「はぁ?」
「そもそも時間という物は、実は元々存在していないのです。物質の経過の単位として出来た物であり、ただの単位に過ぎません。知的生物が生活する上で、便利なので時間という概念を作ったのです」
「はぁ‥‥」
「存在していない物を、さかのぼったり先回りする事は出来ません」
「いや、でも現実にラフォーマには、タイムマシンがあったじゃないですか?」
「あれは、私が作った物ではありません」
「じゃ、いったい誰が?」
 この玉子野郎の話は、本当にわかりづらい。
「彼とは別の創世者じゃろう。もしかしたらコピーではなく、オリジナルの創世者かもしれん」
「でも、彼はタイムマシンなど理論上は造れないと言った。だが、俺たちは実際に過去に来ている」
「何をそんなにこだわっとるんじゃ、創世者の誰かじゃろう、もしかしたらカーラの種族かもしれんの」
 カーラの種族?そういえば奴らは、亜空間に住んで居る。
「わかったぞ!カーラだ!奴らは亜空間を利用して、タイムマシンを作ったんだ!」
 ナポレオンは、広瀬の顔を見つめて言った。
「確かに亜空間は、時間の流れ方が我々の宇宙と違うじゃろうから、時間を逆行する事も可能かもしれんな」
「そうなんだ、この宇宙では時間が流れるスピードは場所によって変わるが、逆行する事は絶対にない。だから創世者はタイムマシンを作れなかっんたが、カーラの種族なら作れるんだ」
「じゃが、それがわかったところで、今からワシらがする事に変わりは無いぞ」
 玉子型の創世者が近づいて来た。
「その推測が本当なら、カーラが黙って我々のする事を見ているはずがないですね、必ず妨害してくるでしょう」
「奴らはタイムマシンが使えるんだ、過去から妨害してくるぞ」
 広瀬は、あせって言った。
「なるほど、今やっとカーラの目的がわかりました」
 創世者は続けた。
「彼は、我々が彼らの世界を破壊する事を知ったので、以前より妨害し続けていたのですよ」
「なんで、カーラが我々が今からする事を知ってるんだ?」
「アホかお前は!奴はタイムマシンで時間移動ができるんじゃぞ。奴がこれから起こる事を知ってても当たり前じゃ」
「ああ、そうか」
 広瀬は少し考えてから、思いついた様に口を開いた。
「じゃ、カーラに亜空間を爆破する計画を中止すると伝えれば、和解できるんじゃないかな?」
「なんと、幼稚な発想じゃ」
 ナポレオンは(あき)れている。
「いえ、単純ですが効果はあるかも知れません」
 意外にも、創世者は広瀬の意見に乗り気である。
「非常にくだらん発想だと思うんじゃが。いったい、どうやって伝えるんじゃ?」
 そうなのだ、カーラが現在どこにいるのか、わからないのでは伝えようが無い。
「そうだ、亜空間の出口付近に、我々には攻撃の意思は無いというメッセージボックスを、たくさん置いておけば伝わるんじゃないでしょうか」
「それが良いかも知れませんね」
 創世者も同意した。
 ナポレオンはシブい顔をしているが、創世者の意見には反対しづらいようだ。
 広瀬たちは、亜空間の出口と思われる地域に、大量のメッセージボックスを設置して様子を見る事にした。
 数日経った頃に小型の宇宙船が一隻で、こちらに近づいて来た。
「まさかと思ったが、意外とやって来たの」
 ナポレオンが、少し悔しそうにつぶやいた。
「私だ、今からそちらに行く」
 宇宙船から、カーラと思われる聞き覚えのある声の通信があり、しばらくすると、転送されたカーラが広瀬たちのいるコックピットに現れた。
「久しぶりだな広瀬」
 カーラは広瀬の顔を見ながら言った。
「メッセージは読んでくれたか?」
「読ませてもらったが、あんたらは信用できるのか?」
「できるとも。ワシは機巧族の責任者で、この方は我々の創世者様じゃ。広瀬は一応人類の代表という事じゃ」
 ナポレオンが自身満々で答えた。
「あんた以前と姿が違うな。広瀬はメッセージボックスに人類とあったが、人類もそんな姿なのか?」
「俺は、まだ灰猫族の外見のままだが、今のナポレオンの姿が人類の姿だ。そういうお前も灰猫族に化けているんだろう?」
「そうだな、では一応、俺も自己紹介をしておこう。俺はトトール人という亜空間に住む種族のカーラだ、本来の姿は君らとは全然違う。それで、その玉子型をした創世者というのは何者だ?」
 さすがのカーラも、創世者を見るのは初めてらしい。
「私は、この宇宙を管理しているアナクレト人のコピー体です。ラニアケア超銀河団については、私も担当しています」
「アナクレト人については、少しだが知っている。宇宙最古の知的種族と言われている種族だな。オリジナルはまだ居るのか?」
「いるはずですが、私はもう何千万年も会っていません」
「そうなのか‥ 確かに広瀬は信用できる男だが、俺とシェリーマンで彼を辺境の地に追いやったので、恨みを持たれている可能性が高い。機巧族とアナクレト人は元々よくわからん。よって3名共に信用は出来ない」
 なるほど、カーラの言う事は理論的である。
「じゃ聞くが、俺を左遷した原因の強化手術だが、何故(なぜ)お前たちはそんなに急いでいるんだ?」
「君たちのような銀河系に住む種族を守る為だ」
「どういうことじゃ?」
「俺たちトトール人の中には、危険な思想を持つ過激派グループが大勢いる、そいつらは、将来的に亜空間の脅威となりうる銀河系の種族を抹殺しようとしている。君たち機巧族の拠点を破壊したのも、恐らく過激派の仕業だろう。俺はシェリーマンを中心に、大帝国を築き強化手術を推進して、過激派に対抗出来るような武力を持たせようとしていたのだが、お前が強固に反対するので左遷せざるを得なかったんだ」
 まさか、カーラが灰猫族や天の川銀河を守る為に活動していたとは。
「そういう訳だったのか。だが強化手術は駄目(だめ)だ、結局は銀河系を滅ぼす事になる。左遷の件はもう水に流すから、俺の事は信用してくれ」
「なるほど、では広瀬は信用しよう。だが他の2人は無理だな」
「我々の目的は同じです。私に良い考えがあります」
 創世者が提案した。
「トトール人とサマルカンドは共存できるはずです、私が力をかします」
「アナクレト人が、俺たちに何をしてくれるんだ?」
「サマルカンドの近郊に、トトール人の居住区を作って、亜空間から自由に行き来できるようにします」
「ワシも、それが良いと思う、機巧族も居住区作りに協力するが」
カーラは考えこんでいる。
「まだ信用してないようだな、俺がトトールまで行って、トトール人を説得してやる」
 広瀬が思い切った提案をした。
 一度は、元の時代に帰るのを諦めた事もある。この計画が失敗すれば、元の時代に戻れても神人に殺される可能性が高い、俺も出来るかぎりの努力はしてみよう。
「本気か広瀬。トトールは亜空間にあるんだぞ、君の体に有害かも知れない」
「もし、俺の身体に有害で体調に異辺が出れば、そこの創世者に治してもらえば良い、アンタならそのぐらい簡単にできるだろう?」
「確かに、あなたの様な単純なタンパク質の生物は、簡単に修復できます」
 玉子から、単純なタンパク質と言われると、なんだか馬鹿にされたように聞こえたが、今それは重要ではない。
「そうか、広瀬にそこまでの覚悟があるのなら、俺も義務を果たさなければならぬな」
 少し考えてから、カーラは口を開いた。
「よし、俺は自分のすべき事をする、あんたらも約束は守ってくれよ」
 カーラを見つめていた創世者が、カーラに向かって「もしかして、あなた達トトール人は、ビックバン以前から居たのですか?」と、尋ねた。
「さすがにアナクレト人だな」
 カーラは、感心したように言った。


 カーラの種族は、ビックバン以前からあった前宇宙で誕生していた。
 しかし、恒星間移動が出来るまで進化した時には、以前の宇宙は末期の縮小期に入っており、宇宙は崩壊しかかっていた。
 トトール人は生き延びるために、偶然発見した亜空間に種族全員で逃げ込んだのである。
 そして宇宙は、縮小しきった後に何度目かのビックバンを起こし、現在の宇宙ができあがった。
 その頃には、亜空間に居たトトール人も衰退期を迎え、人口が激変しており滅亡の危機に瀕死ていた。
 トトール人の一部の者は、自分たちの子孫を残すため、交配可能な種族を探したが、まだ見つかっていない。
 他のトトール人は、遺伝子操作等の科学的な研究を続けて、種族の存続を図っていた。
 だが、カーラのグループは、トトール人の衰退の根本的な原因は、外的要因が無い亜空間に閉じこもっている事と、科学と医療技術の発展で、極端なほどの長寿と健康であると考え、銀河系への移住を計画していた。


「1つ頼みたいんじゃが。あんたらがラフォーマを破壊したから、この男が元の時代に戻れなくなったんじゃ」
 ナポレオンは、広瀬を指さした。
「あんたらトトール人なら、なんとか出来るじゃろ?ワシらは機械人じゃから数千年ぐらいは平気じゃが。タイタロスの建設も、まだ途中じゃしな」
「すまない。ラフォーマにある時間移動装置は、俺たちトトール人が元々あった装置を改良した物なんだ。君の話を聞いていると、おそらく、オリジナルのアナクレト人が造ったんじゃないかな?トトール人は、長い歴史を持つ割に文明が停滞していたので、君らが思っている程の科学力はないんだ」
「ちょっと待ってくれ!じゃ、俺は結局帰れないのか?」
 広瀬は、(あせ)っている。
「あわてるな広瀬」
 カーラがなだめた。
「帰る方法はある。三千年ぐらいなら、コールドスリープを使えばあっという間だ」
「そうじゃぞ広瀬。未来に行くのは意外と簡単で、過去に戻る事が難しいのじゃ。オリジナルの創世者様は亜空間を利用して、タイムマシンの制作をやってのけたようじゃが。ワシがタイタロスに、コールドスリープ装置を作ってやるから、そこで三千年間寝ておれ」
 カーラとナポレオンに説明されて、広瀬は渋々納得した。
「ナポレオンよ、本当に良いのですか?サラサール帝国が人体強化手術をしなければ、確かに神人は生まれないが、その影響で人類や他の種族の歴史も変わる可能性があり、産まれるはずであった人間も生まれて来ない可能性があるのですよ」
 創世者が気を使って聞いてくれた。
「そこは我々機巧族が、出来る限りの事をするつもりです。元の時代通りとはいかなくとも、近い状態にするつもりですじゃ」
「では、私も手伝おう。どのコピーかわかりませんが、あなた達を助けると約束したようですから」


「しかし、コールドスリープで三千年も大丈夫なのか?」
 どうも気になって広瀬は、念のためもう一度カーラに聞いてみた。
「意外と心配症だなぁ。良いか、もしも、お前が今ここで死んだとしても、元々お前が産まれた日に、またお前は産まれて来るんだ」
「えっ、そしたら元の時代に戻っても戻らなくても、結果は同じってことか?」
「そうだよ、コールドスリープで戻ったとしても、結局、お前はまた産まれて来る」
「じゃ、もしかするとコールドスリープを使って三千年眠っている間に、もう一人の俺が誕生してるって事になるのか?」
「その可能性は‥‥‥‥無くはないかなぁ」
「それは困る」
「大丈夫じゃ、そうなっても機巧族が人類連邦政府に事情を説明して、何とかしてもらう」
 いくら政府公認でも、自分が2人居るのは良い気はしない。
「そうだ、この時代に残って、サラサール帝国の改革に協力するつもりはないか?どうせお前は将来また産まれるんだから」
 カーラは何故か楽しそうに笑顔で言った。
「でも、俺は元の時代に居るパリスに()いたい」
「なんだ女が居るのか、しかし俺もお前が居てくれた方が、サラサール帝国の改革がしやすい。シェリーマンはああ見えて頑固だし」
 シェリーマンで思い出した。
「お前ら一度俺を左遷したくせに、何言ってんだ!」
 広瀬の怒鳴り声で、さすがのカーラもひるんだ。
「あれはすまなかった、謝るよ」
 カーラは、以外にも素直に謝罪した。
 だが、このままパリスに一生会えなくなるのは辛い。
「すまなかった広瀬」
 改めてカーラは謝罪した。
「ワシからも残ってくれるよう頼む広瀬。やはり人類で事情がわかっている者が居れば助かるのじゃ。サラサール帝国の改革に手を貸してくれんか」
 ナポレオンからも頼まれた。
 断りたいが、非常に断りにくくなって来た。
「ちょっと待ってくれ、とりあえずトトールから帰ってから、ゆっくり考えてさせてくれ」
 ちゃんとタイムマシンで帰れたら、こんな複雑な状況にならなかったのに。トトール族の奴らに文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。
「まあ、それもそうじゃのう。ゆっくり考えてくれ」
 ナポレオンは、広瀬に同情気味に言った。


 カーラと広瀬は、亜空間にあるトトール族の評議会に向かって出発した。
「何をされているのですか?」
 ナポレオンは創世者に尋ねた。
 沈黙している創世者の前方に、白い影の様な物が浮かび上がっている。
「ゴーストを呼び出しているのです」
何故(なぜ)そんな事を?」
「あの2人には、死相が現れていました」
「なんですと!」
 ナポレオンは、機巧族にしては珍しく大きな声を出した。

 亜空間に入ると、カーラは変身を()いて本来のトトール人の姿に戻った。人類より少し小柄で、海老の様な外見であった。
「うあっ、エビ人間だぁ」広瀬が叫んだ。
「なに言ってる、お前らだって俺から見たら化物(ばけもの)なんだぞ」
「そう言われば、そうなんだろうけど、今までのお前とイメージが違い過ぎるからなぁ」
「くだらない事言ってないで、トトールの評議会に向かうぞ」


 評議会の建物は、白色に統一されているにもかかわらず、汚れ1つ無く真っ白に磨き上げられている。
 カーラの話では、自動修復機能と洗浄装置のおかげで、何万年経っても新品同様だそうだ。
 評議会の中に入ると、広瀬は他のトトール人から珍しげに見られたが、カーラはそんな事は気にせず、有力な議員を探し始めた。
 すると一人の男がカーラを見つけ、こちらに駆け寄って来た。
「カーラ、まずい事になった。君の留守中に過激派が主導権を握って反対派が次々と逮捕されている、君も危険だ」
「なんだと!ヘルマン総統はどうした?」
「失脚して、軟禁されている」
 カーラを信頼してくれていたヘルマン総統が失脚していたとは、計算外であるが仕方がない。
「そうか、じゃ過激派と話をするしかないな」
「止めておけ、下手すると殺されるぞ」
「確か過激派の首領はオーレンドルフだったな、広瀬、少し危険だが付いて来てくれ」
「えっ、あぁ‥‥」
 二人の会話を聞く限り嫌な予感しかしないが、こんな所で一人にされても困る。
 広瀬はカーラの後を付いて行った。


 オーレンドルフは、評議会の総統室で勝利の余いんに浸っていた。
 今まで抑圧されて来たヘルマン総統を倒し、ついに自分がトトール人の総統になった。
 これからは、この狭い亜空間から銀河系へ進出して、広大な宇宙での生活が出来る。
 いろんな種族と出会うだろうが、どうせ我々より進化した種族は居ないのだから、気に入らない種族は滅ぼしても支障は無いだろう。
「オーレンドルフ総統、カーラが面会したいと言って来てますが?」
 守衛が総統室に入って来た。
 彼らは、トトール人そっくりに造られたアンドロイドで、非常に忠実である。
「カーラ1人か?」
「いえ、人類の広瀬と名のる異星人が一緒です」
 異星人だと、カーラのやつ銀河系から連れて来たな。
 目障(めざわ)りな奴だが、元々カーラは、対銀河系工作員で強化手術を受けている猛者だ、排除するのは容易ではない。
「何を、ためらっておる」
 急に守衛の口調が変わった。
「エンジニア」
 オーレンドルフがつぶやいた。
 エンジニアとは、太古にトトールの設備を作った技術者たちで、その意識はトトール中の設備に入り込んでいる。
 その為、あらゆる無機物を、デバイスとして出現する事が出来る。
「カーラは我々が始末する、異星人の方はお前が殺るのだ」
 太古の亡霊であるエンジニアには、総統といえど逆らえない、何故ならトトール中の設備やアンドロイドを、全てエンジニアが支配しているからである。
「何も殺さなくても、良いのではありませんか?」
「奴は銀河系の種族と、勝手に和平条約を結ぼうとしている、明らかに裏切り行為だ。許すわけにはいかん」 
「わかりました」
 この数百年間は沈黙していたので、その存在すら忘れかけていたのに。総統就任直後にエンジニアが現れるとは、ついていない。
 仕方なしに、オーレンドルフは小型レーザー銃を引き出しから出して膝の上に構えた。
「どうぞお入り下さい」
 エンジニアが守衛の口調でドアを開けると、カーラと広瀬が入って来た。
「オーレンドルフ、急ぎの話だ聞いてくれ!」
 話し始めたカーラに、エンジニアである守衛が襲いかかり、同時にレーザーが広瀬の胸部を(つらぬ)いた。
 カーラの奴、やっかいな男だと思っていたが、死んでしまうと少し可哀想に思える。
「遅かったか」
 何者かの声が聞こえた。
 いや、これは普通の声ではない、直接頭に語りかけている。
「何者だ!」
 エンジニアは声の主を探しているが、姿は見えない。
「何だあれは?」
 オーレンドルフの視線の先に、白い玉子型の影が現れた。
 白い影はエンジニアに襲いかかり、エンジニアは機能を停止されて崩れ落ちた。
「ここのシステムには、妙な物が入り込んでるな」
 白い影の声がした。
「何者だ!」
「私はアナクレトのゴーストだ」
 そう言われてもオーレンドルフには、なんの事かさっぱりわからない。
「ここのシステムの中枢部は、どこだ?」
 もしかして、こいつはエンジニアたちを、一掃するつもりかも。
「エンジニアに中枢部は無い、彼らはトトール全体のネットワークを、支配している」
 ゴーストは広瀬とカーラの遺体に触れると、遺体と共にスッと消えた。
 総統就任直後に、こんな目に合うとは、本当に俺はついていない。
 オーレンドルフは頭を抱えた。


    -サテライトニュース-
『形勢が膠着(こうちゃく)状態になった事により、神人連合軍はアンドロメダからの物資の補給が滞り、焦った神人軍が惑星破壊兵器を大量に使用したようです。
 それにより、白猫族・タイタロス・ヨッサン等のサマルカンド主要種族の主星を破壊され、サマルカンド側種族は敗走を始めました』


 パリスたちも、ついにラフォーマ防衛を諦めて撤退する事となる。
 サマルカンドを破壊され、怒り狂った昆虫系の種族たちは、核兵器を積んだ戦闘艇での特攻作戦を繰り返し行い、神人連合軍の拠点を破壊し始めた為、戦闘は泥沼状態と化していく。
 もはや、人類連邦は国家としての体裁を保っておらず、パリスたちはエルデニイン号で人類連邦の軍事基地がある惑星カロスまで撤退していた。
 政府や軍司令部が壊滅状態であり、パリスの独断で人類連邦が保有していた惑星破壊兵器をエルディシン号に詰め込んで、フィッシュや残った軍人たちと、神人連合軍への攻撃準備を行っていた。
「予想していた中でも、最悪のシナリオになってしまいましたね」
 フィッシュも悲観的になっている。
「サマルカンドは壊滅したけど、それでも銀河系のほんの一部よ。まだ負けたわけじゃないわ」
「しかし、ヨッサンが破壊されたと聞いて、ケイリイが家族の事を心配してます」
 それはそうだろう、ヨッサンに住んでいたケイリイの家族が助かっている可能性は低い。
 パリスにしても、過去に行ったきりの、広瀬の事が心配でたまらないのだ。
 内心は、不安でいっぱいであるが、パリスは自分に言い聞かせるように
「では、出撃する。まだ生きているかもしれない我々の家族の為に、神人を銀河系より排除する」
 と、みんなの前で宣言した。
 フィッシュたちは、エルディシン号出撃の準備に取り掛かった。
「ケイリイ、あなたも準備するのよ」
「でも、みんな死んでしまったかも知れない。私のお母さんやお父さん、姉さん‥‥それに広瀬さんも帰って来ないし」
「私たちは、まだ生きているわ。あなたの家族も生きているはずよ。でも、今私たちが神人どもを倒さななければ、これから殺されるかもしれない。一人でも多く神人を倒せば、それだけ殺される人々の数を減らす事が出来るのよ」
 そうなのだろうか?
 人類連邦政府が壊滅状態になった今、もはやみんな神人に殺されてしまうのではないか。
 しゃがんだまま、ケイリイはパリスを見上げて見た。
 姿勢よく立っているパリスは堂々として見える。
 この女性(パリス)は、何故こんなに自信があるのだろう?
 あの頼りげのない恋人(広瀬)が、極秘任務に就いたっきり音沙汰がないのに心配じゃないのかしら?
 それとも、その広瀬さんが任務を遂行して、この状況を変えてくれると信じているのかしら?
「出撃の準備が出来ました」
 報告に来たフィッシュは、まだ、しゃがみ込んでいるケイリイを見て「ケイリイ、心配しなくても良いよ、ここで待っていてくれ。俺たちが、神人どもを皆殺しにして来るから」と、優しく笑顔で言った。
 ケイリイを残して、パリスの部隊は出撃して行った。
「一人でも人手が欲しいのに、なんでケイリイを説得しなかったのよ!」
 パリスはフィッシュに怒っている。
「俺は軍人生活が長かったので、戦闘で死ぬ覚悟はしていましたが、彼女は違います。彼女には死に方を選択する権利があります」
 そういうふうにフィッシュに言われると、そうなのだとパリスはあっさり納得してしまった。
 ケイリイのことは諦めて、とにかく今から総攻撃をかける。
 神人軍は、もう人類連邦軍は壊滅したと油断しているだろう、神人軍にありったけの惑星破壊兵器を打ち込んでやる。


    -サテライトニュース-
『人類連邦の残存部隊が、神人連邦軍の本隊に攻撃を仕掛けました。
神人軍の旗艦及び多数の神人が消滅しましたが、人類連邦の部隊も壊滅したもようです』


 創世者とナポレオンのもとに、2つの遺体を連れたゴーストが戻って来た。
 広瀬の遺体を見るなり、ナポレオンは「なんて事じゃ、早速トトール人に報復してやる!」と、激怒した。
「待ちなさい、こっちの男は、まだ可能性があります」
 創世者は、カーラの遺体にナノマシンを送り込みながら
「かなりの強化手術を受けているせいで、まだ微かに生命反応がある」
 と、カーラを蘇生させようとしている。
「カーラは生きておったか。じゃが、広瀬を殺したのは許せん事じゃ。トトールには代償を払ってもらう」
 ナポレオンがタイタロスから軍隊を呼び寄せて、トトール攻撃の準備をしていると、創世者と回復したカーラがやって来た。
「やっとカーラが蘇生しました」
「すまない、俺のせいで広瀬が殺されてしまった」
 ナノマシンの治療で、カーラは完全に回復しているようだ。
「お主のせいでは無い、じゃが広瀬を殺したトトール人は許せぬ」
「広瀬を殺したのはオーレンドルフだが、命令したのはエンジニアだ!俺を殺そうとしたのも、エンジニアに乗っ取られた守衛ロボットだった」
「そのエンジニアとは何者じゃ?」
「彼らは、太古に現在のトトールの都市と、ネットワークを作った技術者たちだ。彼らは半永久的にシステムを作動させる為に、精神をシステムに移して現在もトトールを支配し続けている」
「何じゃそれは、そいつを殺せばいいんじゃろ?」
「それは不可能だ、彼らはトトールのシステム全体に入り込んでいて、何人いるのかもわかっていない」
「じゃ、システム自体を破壊するしかないの」
「だめだ、!そんな事をしたら、生活の全てをシステムに依存している、数十億人のトトール人が死んでしまう!」
 それでは、どうする事も出来ない。一同は黙り込んでしまった。
「仕方ありませんね、こうなったら覚悟を決めましょう」
 長い沈黙を破るように、創世者が口を開いた。実際には口は無いのだが。
「我々の種族がよく使う、対角線上転送と言われる転送方法があります」
「転送方法?何を転送するんだ?」
 カーラは、トトール人に被害が及ぶ事を恐れている。
「何十億年もトトールを支配しているエンジニアを排除するには、こちらも相当な覚悟をして行う必要があります。数日や数ヶ月で出来る事ではありません」
「そう言われると、そうじゃな」
「亜空間の入り口を数秒開けてもらえると、私がトトール人の星系ごと、対角線上転送でサマルカンド付近で空いている宇宙空間に、そのまま転送しますので、後はあなた達で仕上げて下さい」
「そんな広範囲で転送なんか無理だろう、不可能だ」
「対角線上転送には、質量や範囲は関係ありません。カーラ、あなたは数秒間だけ亜空間の入り口を、開いてくれれば良いんですよ。少々強引かもしれませんが、無理やりにでもトトール人を亜空間から引っ張り出します」


 よく事態を把握できていないまま、カーラは自分の小型艇で亜空間の入り口まで行き、空間の扉を開く事にした。
 何度も出入りしている亜空間の扉を開くことは、カーラにとっては簡単である。
 創世者は数秒で良いと言うが、数秒入り口をを開いて何が出来るのだろう、と考えているうちに、目には見えなかったが何か巨大な物が亜空間から出て行くのを感じた。
「まさか」
 カーラの小型艇の星図には、亜空間にあったはずのトトールの星系が、そのまま天の川銀河に移動していた。
 これが対角線上転送か。星系自体を亜空間のわずかな入り口を通して、一瞬で対角線上に移動させるとは、凄まじい科学技術だ。
「トトールの移動は終わりました」
 創世者の声が聞こえた。
「あなた達トトール族は、これから天の川銀河で暮らすのです。近隣の惑星を開発して積極的に移住して行きなさい。徐々にではありますが、エンジニアの影響力は減少して行くでしょう。何百年かかるかわかりませんが、エンジニアの支配から抜け出して自立するのです。そして他の種族との交流を深めるのです。そうすれば、トトール族は必ず繁栄するでしょう」
 確かに、この開かれた宇宙では閉鎖的な狭い亜空間と違い、エンジニアの支配が及ばない惑星に移住も容易だ。
 創世者の言うように、数百年かかるかも知れないが、とにかくやってみよう。
 おそらく、機巧族も協力してくれるだろう。
「ありがとう」
 カーラは、素直に創世者に感謝した。


「ナポレオンよ。私はもう、行かなくてはならない」
 機巧族の宇宙船内で、ナポレオンは創造主から告げられた。
「どちらへ、行かれるのですか?」
「バジナです」
「ダークドックの件ですか?」
「そうです、あなたの話では、三千年後にダークドックという厄介(やっかい)な種族が、ラニアケア超銀河団にやって来るらしいではありませんか。私の次の任務は、事前にそれを阻止しに行く事にしました」
 任務とは言ったものの、創世者にとっての任務とは誰かに指示されたものではない。各々が自分で決めるのである。
カーラが灰猫族から手を引き、神人が誕生する事のない銀河には、創世者の仕事は無いのである。
「では、天の川銀河は君たちに任せる」
 創世者はナポレオンの前から、フッと消えた。


 機巧族の修復班の地道な努力が実り、数十年ぶりにアヴァロンのマザーコンピュータは目覚めた。
 マザーは、当然の事ながら現在の近隣部族の状況と、自分を破壊したのが何者で目的は何かを調査し始めた。
 まず、トトール族という、今まで天の川銀河に存在しなかった部族が近隣に現れていた。
 この数十年の間で、これほどの文明と勢力を持つ部族が出現する事は、理論的にありえない。
 それと、自分の代わりに、ナポレオンと呼ばれる未来から来た機械人が新たに機巧族を立ち上げており、トトール族や灰猫族と交流を持ち、もはやそちらの機巧族が本家のように振る舞っている。
 あまりにもの変化に、マザーは数十年ではなく数千年経過したのかと思い、他の部族や星の配列を調べ直したが、やはり30年ほどしか経過していない。
 とりあえず、ナポレオンの機巧族に使者を送って、状況を聞く事にした。
 帰還した使者からの情報で、サマルカンドの現状は(おおむ)把握(はあく)できた。
 アヴァロンを破壊したのが、トトール族の過激派である事もわかった。
 そして、ナポレオンという機械人は、三千年後のマザーの指示で、この時代にやって来たらしい。
 今後の機巧族についてはナポレオンから、マザーが今まで通り機巧族の指揮をとる様に要請があったのだが、マザーはこのままナポレオンに機巧族を率いて行くように伝えた。
 ナポレオンに機巧族を任せると、マザーには妙な開放感が訪れた。
 今までは天の川銀河の管理者であったが、これからは自由である。新たな機械人の種族を作ってみよう、すべて機械で作るのでフルメタル族という名が良いかも知れない。


 惑星カロスでは、ケイリイが皆の帰りを待っていた。
 しかし、誰も帰って来ない。
 もちろん、パリスもフィッシュも、他の軍人たちも帰って来ない。
 ケイリイは泣きながら、みんなの事を待ち続けた。ずっと、待ち続けた。
 ある日、ケイリイは、いつの間にか眠ってしまっていた。
 眠っている間に、3千年前の銀河で大きな変化が起きていた。
 時空が改変され、銀河に住む住人たちにも多大なる変化をもたらすのであるが、それが広瀬が命を()して行った事とは、改変後の人類は誰も気が付かないであろう。


 目が覚めると、ケイリイは、見慣(みな)れた人類連邦政府の外務省のオフィス居た。
 広瀬やパリス、古株のホールデンもいる。
 そうだ、私は昨年から、外務省に務めているんだった。
 私が担当しているのは機巧族で、主任担当者はホールデンだ。
 機巧族は、サマルカンドではトトール族と並び最も発展している部族であり、高度な科学力を持っている。
 3番目に進歩しているのは、機巧族と似た機械人のフルメタル族という機械人だ。
 彼らは、昔から人類が他部族と争っている時に加勢してくれる頼もしい同盟国である。
 人類と青猿族との大戦の時も、フルメタル族の援軍のおかげで人類連邦が勝利した。
 ただ、トトール族とは馬が合わないようで、何かに付け敵視している。
 その次に発展しているのは灰猫族である、彼らは人類と猫を足した様な外見で、その可愛らしい容貌(ようぼう)のため、人類からは大人気である。
 もちろん、ケイリイも灰猫族は大好きだ。
 でも何故か、トトール族と機巧族は、灰猫族を良く思ってないようで、いつか銀河系に災いを起こすのではないかと警戒しいてる。
 人類はその次、銀河系では5番目に発展しているが、青猿族の人口の多さには圧倒される事もある。
 オフィスでは、広瀬さんが、またパリス次官と一緒にいる。
「あの2人、付き合っているらしいぜ」
 同期のフイッシュが、聞いてもいないのに報告して来た。
 隣のディスクのホールデンは「広瀬には、あの娘はお前には手におえん、と忠告しておいたのになぁ」と、ため息まじりに、つぶやいてる。
 内容は覚えていないが、何だか、恐ろしい夢を見ていた気がする。
 でも、何故(なぜ)か、今はまるで天国にいるみたいに良い気分だ。
 ケイリイは幸せに包まれていた。   
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